カレン・シリウス
騒動の翌日、僕とステラはブラーエ先生に事の顛末を報告した、先生は少し考え込んだ後、僕たちを学園長室に案内した、先生はドアを三回ノックして、入室の許可を待つ。
「入れ」
「失礼します……」
「「失礼します!」」
先生に続いて僕たちも入室する、三人での訪問に何かを察したのか、ジャックおじさんは、真剣な面持ちになる。
「今日はどうした? 生徒を連れてくるなんて珍しいな」
ジャックおじさんの声のトーンが普段より低く感じる。
「結界を使う黒フードの男がまた現れ、その男の力でミモザ君が暴走したそうです……」
先生が簡潔に報告する。
「ミモザ君、もう大丈夫なのかね?」
ジャックおじさんが尋ねる。
「はい、怪我もしてません」
ジャックおじさんは安堵した表情になったが、すぐに真剣な表情に戻り呟いた。
「俺がいない時ばかり襲撃してくるな……内通者でもいるのか? それに、結界を使いこなす魔人というのも、気になるな……」
「結界……魔人王との不可侵条約によって張られた、大結界を越えて来た魔人の可能性が高いですね……」
大結界とは、十年前の戦争が終わった際に、王国と魔人国が共同で張ったものであり、アルタイル王と、魔人王が同時に解除しなければ、通過することはできない。
「結界の扱いに長けた魔人だから、突破できた可能性があるか」
「強力な結界を張る力があるようですね、対処は困難かと……」
「お前でも難しいか」
「はい……」
ジャックおじさんと、先生は話し込んでいる、僕とステラは置いてけぼりの状態だ、暫くしてジャックおじさんはこちらを向いた。
「現状気を付けてくれとしか言えない、不甲斐ない学園長ですまない」
ジャックおじさんは頭を下げる。
「学園長が謝る必要はないですよ、悪いのは黒フードの男ですから!」
「そうです! 学園長、頭を上げて下さい」
僕たちがそう言うと、ジャックおじさんは頭をかきながら、いつもの自信満々な表情に戻った。
「俺らしくもなかったな、よし! 今度来てみろ、俺が叩きのめしてやる!」
ジャックおじさんは右腕をブンブンと振り回している。
「そろそろ見回りの時間なので、これで失礼します……」
先生が退室する。
「それじゃ、お前たちも帰っていいぞ、と思ったがアスターは残ってくれ」
僕に何の用だろう?
「失礼しました、ふふっ、なにやらかしたの? アスター」
「さ、さあ?」
ステラは僕に悪戯な笑みを浮かべながら耳打ちした後、退室した。
「ミモザ君と随分、仲が良いんだな、アスター?」
笑顔が怖いよ、ジャックおじさん。
「同じクラスメイトだし、ステラは親友だよ」
「ほーん、親友と情熱的なキスをしたのか? 婚約者のカレンが泣いているぞ……」
ジャックおじさんは、ヨヨヨとウソ泣きをする。
「あれはステラを助けるためで、それにカレン先輩と婚約だなんて、一言も聞いてなかったよ!」
僕は少しムキになって反論する。
「まあ言ってなかったしな、で? カレンの事はどう思っている? 自慢の娘だ、結婚したいだろ?」
グイグイくるな、ジャックおじさん。
「カレン先輩の事は好きだけど、結婚とかまだ僕には早いって!」
こっちの世界では十五歳で結婚している人もいるが、まだ僕は前世の倫理観もあるので、早いと思った。
「いや、もう時間がないんだ、早く子供が産まれないと、カレンは……」
ジャックおじさんは、今までの表情と打って変わって、深刻な表情になる。
「どうなるんです……?」
こんなジャックおじさんは初めて見る、少し怯えているようにも感じる。
「二十歳の誕生日に死ぬ……」
どういう事だ? なんで子供を産まないと死ぬんだ?
僕が困惑していると、ジャックおじさんは語り出した。
「順を追って話そうか、まずカレンには呪いがかかっている、厳密に言うと、私の妻にかけられていた呪いだ、その呪いは二十歳の誕生日に発動し、対象者を殺す、俺の妻は二十歳で死んだ、腹の中のカレンが産まれる直前だった、なんとかカレンは無事に生まれたが、呪いが移ったんだ、カレンには妻と同じ呪いの刻印が首筋にある」
「なぜ、子供を産まないといけないんですか?」
今の説明では、子供を妊娠しても、死んでしまうようだが……?
「この呪いは母体から胎児へと移動する、胎児が胎内にいる間は、母体も呪いの影響を受け続ける、だから妊娠するだけではダメで、出産してしまえば母体は助かると言う訳だ」
「呪いの影響を減らすために、シリウスと契約させた、だが祠がある学園から出ることも叶わない、カレンも好きでもない男じゃなくて、アスターなら良いと思っているはずだ、カレンはアスターの事ばかり話すんだぞ……頼む、もう時間がないんだ……」
悲痛な表情でジャックおじさんは僕に訴える。
「他に方法はないんですか? そうだ! メグ先輩ならなんとかできるかも!」
子供云々は流石に僕には重すぎる、そこまでの覚悟をいきなりはできない。
「メグ……? ああスピカ君か、頼れるものなら、頼りたいが、私は恨まれているだろうからな……」
ジャックおじさんがメグ先輩に恨まれている?
「メグ先輩はそんな人じゃありません」
ちょっと変な所はあるけど、恨んだりするような人じゃない。
「私のせいで、彼女の家が滅茶苦茶になったとしてもか?」
ますます意味が分からない。
「最も優秀な星詠み、その才能を見出したのは私だった、すぐに空席になっていたスピカに推薦したよ、彼女は最年少でスピカを継承し、星霊学の論文も素晴らしいものだった、まさに天才だ」
なんだろう? 別に恨まれるような事はしてないけど……。
ジャックおじさんは目を伏せながら続けた。
「だが、彼女の家族はその頃から、彼女の事を金儲けの道具としか見なくなった、親は離婚して、親権争いをした、彼女がもたらす莫大な金が狂わせたんだろう、逃げ込むように学園の寮生になったが、その才能故に学園でも孤立してしまった、私が彼女の人生を狂わせてしまったのだ……」
ジャックおじさんは自嘲的に語る。
「そんなことありません! ジャックおじさんはメグ先輩とちゃんと話したんですか? 僕の知ってるメグ先輩は人を恨んだりするような人じゃありませんよ」
「それは、話してはいないが……」
煮え切らない様子に、僕は苛立った。
「メグ先輩に頼んできます!」
身体が勝手に動いていた。
「待て、アスター!」
ジャックおじさんが静止するが、僕はそれを無視して、星霊研究部の部室に全速力で走って向かう、そして息を切らしながら、部室にいるメグ先輩に声をかけた。
「メグ先輩に話があります」
「そんなに急いでどうしたんだい? アスターくん?」
メグ先輩は少し驚いた様子で僕に問いかける。
「実は……」
僕はカレン先輩の呪いの事や、メグ先輩がジャックおじさんを恨んでいると思っている事を話した。
「私が学園長を恨んでいる? そんな事はないよ」
メグ先輩はあっけらかんとした感じだ。
「感謝こそすれ、恨むような気持ちはないよ、確かに家族は滅茶苦茶になって、逃げて来た先でも一人だったけど、私には希望が見えていたからね」
メグ先輩はこちらをしっかりと見て語る。
希望? 何の事だろう?
「さて、星詠みの力をご所望のようだね、じゃあ見てみるよ!」
メグ先輩が目を閉じ、周囲に光が満ちる。
「見えた! 呪いをかけた呪術師と呪具、両方があれば解呪できる、そしてそいつの居場所は、王都近郊の森、その湖の小屋、今日の深夜!」
呪いの解呪方法と呪術師の位置まで当てる、流石は最優秀の星詠みだ。
「そしてステラくんも、そろそろ入ってきたらどうだね?」
「その、なかなか入るタイミングがね!」
ステラが部室に入ってくる。
「じゃあ、三人で向かおうか?」
「いや、もう一人いるみたいだよ?」
メグ先輩がドアの方を指差した。
「カレン先輩!? どうしてここに」
「ごめんなさい、父さんから話を聞いて、多分ここだろうって」
だがカレン先輩は、呪いのせいで学園から出られないはず。
「そんな顔しないで、今日決着をつけるなら、少しくらいなら大丈夫なはずよ」
「分かりました、不調を感じたら、すぐに言ってくださいよ」
カレン先輩の体調が第一だ。
「メグ、この間はごめんさないね」
カレン先輩が頭を下げる。
「別にいいっていっただろう、カレンくんも、もう気にするな!」
仲直り、でいいんだよな?
「よし、呪術師捕獲作戦決行だ!」
メグ先輩が号令をかける、そして、僕たちは王都近郊の森に出発した。
深夜の森、湖のそばまで僕たちはやってきた、辺りは静まり返っており、時折魔物の呻き声のようなものが聞こえる。
「誰もいないように見えるわね」
静寂の中ステラが呟く。
「静かに、もうすぐ来るはずだ」
メグ先輩が注意を促す、僕たちは草の陰に隠れながら、呪術師が来るのを待った、暫くすると、痩せたローブ姿の男が現れた、奴が背中を見せた瞬間に僕たちは奇襲した。
絶対に逃がす訳にはいかない。
男は星霊術で抵抗しようとしたが、僕の剣の鞘での一撃の方が早く、一発で沈黙した、そして男を縄で縛り付けたのち、顔に水をかけて強制的に目を覚まさせた。
「なんだ、お前たちは!」
男は僕たちを怒鳴りつけるように言い放った。
「カレン先輩の呪いを解いて貰おうか!」
僕は男の胸ぐらを掴みながら言った。
「カレン? ああシリウスの娘か! あの女そっくりじゃねぇか、殺すには惜しい女だったが、まあ命令じゃ仕方ないよな、へへへ」
男はカレン先輩を舐めまわすように見る。
「こいつが母さんの仇!」
「カレン先輩、我慢してください、こいつしか解呪できないんですから」
激怒するカレン先輩をステラが抑える、するとカレン先輩が苦しみだした。
「カレン先輩、大丈夫ですか?」
僕はカレン先輩に声をかける。
とても苦しそうだ、早く解呪しないと。
「早く解呪しろ!」
今度は強く男を脅す。
「俺も年貢の納め時か……カハッ!」
男が突然血を吐いて倒れる。
まさか、自殺しやがった?
男の下に魔法陣が浮かび上がり、眩い光を放つ、そして地龍が三体現れた。
「地龍が三体も!? まずいぞ皆、離れるんだ!」
メグ先輩が促したが、僕は立ち尽くし、カレン先輩は呪いの影響からか倒れていた、ステラとメグ先輩だけが、地龍から距離を取った。
「危ない二人とも!」
ステラが叫ぶ、地龍の攻撃が僕とカレン先輩に迫った。
「ふざけるな!」
僕は怒りのまま、地龍三体にありったけの力で雷の星霊術を放った、瞬間、轟音と爆風が辺りを包み、地龍三体は灰となった、僕は肩で息をしながら、項垂れた、そしてメグ先輩の方を見た。
「まだ、何か方法があるんでしょ……」
一縷の望みを託した。
「無理だ、奇跡でも起きない限りは……」
僕は天を仰ぎ、己の無力さを痛感した。
カレン先輩を助けると、息巻いた結果がこれか、奇跡……七つの願いを叶える力なら救える?
「この力は大切な人を守るための力だ……お願いだ、カレン先輩の呪いを解いてくれ!」
夜空に一筋の流れ星が輝いた、そして僕の左手に痛みが走った後、カレン先輩が起き上がった。
「これは、一体……?」
カレン先輩が呟く。
「ステラ、カレン先輩に呪印があるか確認して!」
「失礼します、カレン先輩」
ステラが確認する。
「どこにもないわ! つまり……!」
「「「解呪成功だ!」」」
カレン先輩以外の声が合った、そしてカレン先輩は目に涙を浮かべていた。
「ありがとう、みんな! そしてアスターくん!」
カレン先輩が微笑みながら、お礼を言う。
やっぱり笑顔が一番だ。
「しかし、アスターくんが叫んだら解呪できたみたいだね? 奇跡を起こす力でもあるのかな?」
うっ、流石はメグ先輩、鋭いな、仕方ない三人になら話しても大丈夫だろう。
「信じられないかもしれないけど、僕には願いを叶える力があるんだ」
「いや、信じるぞ、だって目の前で奇跡を起こしたのだからね」
メグ先輩は食い気味に言った。
「私も信じるわ」
ステラもすんなり信じてくれた。
「私は助けてくれたアスターくんのこと信頼してるから」
カレン先輩は柔和な笑みで言った。
「あと三回、叶える事ができる」
僕の左手には点が四つ、あと三つで北斗七星の形になりそうだ、北斗七星のそばの流れ星に祈ったからかな? アメオ様の悪戯心だろうか?
「何回でも叶えられる訳ではないのか……」
メグ先輩は考え込むような仕草をしながら言った。
「ごめんなさい! 大切な力を私なんかのために使わせて……」
カレン先輩が申し訳なさそうにする。
「謝らないで下さい、この力は大切な人たちのために使うって、そう決めてるんです」
僕はしっかりと先輩の目を見て言った。
「アスターくん……」
カレン先輩の顔が少し赤いな、疲れているのだろうか?
「じゃあこの事は四人の秘密ね、願いを叶える力なんて知られたら、アスターが狙われるわ!」
「ステラの言う通り、秘密にしてくれると嬉しい」
別件で狙われているとは言うまい。
「もちろんだ! アスターくんを危険に晒すわけにはいかないからね!」
メグ先輩が快諾する。
「もちろんよ、命の恩人だもの」
カレン先輩も了承してくれた、命の恩人だなんて、照れくさいな。
「しかし、皆の者問題があるぞ!」
メグ先輩が大袈裟に話す。
「「「問題って?」」」
「寮にどう戻るかだ! もう朝だ、門限どころの話ではないぞ!」
「とにかく急いで戻ろう!」
僕たちは急いで寮に戻った、そしてそこにはブラーエ先生がいた。
「朝帰りとは……しかも女子三人とだと……」
「これは、違うんです、本当に……」
結局説明するのに、一時間を要した、なお罰としてレポートの山が僕たちに課されたのだった。




