第八章 ブルーサバーバンスカイ ②
第八章①
十数年という月日が経ち、中学のクラス会でカエデと会ったオレは、彼女の口からポテチが亡くなったことをきく――
カエデの話は続く。
「だから喪主はナカサンだったのよ」
「いつの話だよ?」
「去年の九月ころだったんじゃないかな」
「なんで教えてくれなかったんだよ!」
「だって、まだ地元にいるなんて思ってなかったもの」
たしかにカエデとは、十年まえのオレたちの結婚パーティを最後に音信が途切れていた。お互い忙しかったこともある。しかもカエデは、いつからか知らないが、地元を遠く離れた東海地方にいるのだ。
「ポテチの葬式にいったの?」
「ポテチクンはT町に住んでたの。アタシのところから一時間もかからないところ」
たしか、ポテチは実家が愛知県の半島の町だといっていた記憶がある。
「ポテチは実家でナカサンと暮らしていたんだ?」
「姉は遠いし仕事もあるから、アタシが参列したの」
「ポテチは学生結婚してたから、もう大きい子どもがいただろ?」
「そう」といって、カエデは思い出したように手を叩くのだ。
「すごいイケメンの男の子で、ポテチクンそっくりよ。女性関係で苦労しそうな」
オレは思わず破顔した。
「こんなときに笑わすな、オマエは!」とカエデの頭を小突いた。
まちがいなくポテチの血はひいているらしい。
「それよりナカサンの変わったこと、びっくりしちゃったわ」
カエデは、有名アーティストのライヴなどでバックダンサーも務めたことがあるといっていた、あの日の洗練されたクールアクトレスが年月を経て、こんなにくたびれているとは思いもよらなかったという。相当の苦労があったのだろうと想像できたらしい。
「ああ、そう? オレの記憶では、こんなキレイなひとが、なんでこんなところにいるのかと思った印象しかない」
「憶えてないんじゃ、無理もないわ」
「オンナは変わるらしいからな。そこへいくと変わらないのはオマエくらいのものだな」
「どうせ、アタシは進化してないわよ」
「だれか知った顔のヤツがいなかったのかよ?」
カエデは首を振って、「町の斎場だったけど、参列者が少なかったから知ってる人がいればすぐにわかるわ」といった。
そうか、ポテチのような東京からきた自由人には住みづらい場所だったのかもしれないな。とくに彼らのような洗練された美形のカップルにとっては気苦労があったにちがいない。地方都市は得てして小さいコミューンが多いから、いろいろな詮索話が出るのだろう。あること、ないこと、尾ヒレがついて翼が生えて関係のないところまで飛んでいく。
「ナカサンからきいたんだけど――」
「彼女と話しできたの?」
カエデは頷いて、あの日、西伊豆でポテチたちと別れた後のことを話してくれた――
ふたりはポテチの実家へいって結婚の許しを得ようとしたのだが、ポテチの父親という人は厳格なひとで、既成事実をつくってきたことを怒って「結婚するのは自由だが、ウチに一切関わりがない」と追い出されたうえ、大学卒業までということで借りていたURマンションも解約されてしまったという。
翌年には子どもが生まれるというのに、ポテチは帰るところも失って、ナカサンのマンションに転がり込んだ。学費も止まったのだが、ナカサンが「学費を出すから大学は続けてくれ」と頼んた。
それをおとなしく了承する彼ではない。大学にいきながら、ポテチはオレがやっていたような配達のバイトを始めた――
「ふたりは、どこに住んでたのさ?」
「だから都内にあるナカサンのマンションだって。詳しい場所はきかなかったわ」
「東京にいたのか」
――それでオレたちの、いや、少なくてもオレのまえから姿を消したんだ。たびたび見かけても逃げるようにバイクで消えたのはそういうわけだったのか?
「でも卒業まではいなかったよな?」
「ポテチクンのお父さんが倒れたんだって。ちょうど子どもが生まれるタイミングも重なって、それで実家に戻ることになって。実家から大学に通えないじゃない? それで辞めたみたいね」
「大変だったんだな… 」
「ナカサンも仕事辞めてポテチクンの実家に入ったから、ポテチクンは近くのカフェにバイトに出ることにしたんだって」
「カフェ? そんなものがあるのかよ、あのへんに?」
「ポテチクンが実家に戻るたびに顔を出していたカフェがあったらしいの。そこのオーナーは、もともと東京の人で、そこで古民家風の古着屋とカフェを始めてからポテチクンと知り合ったみたいね」
「ふうん… それで?」
――ポテチはイケメンだし、仕事もできるし、お客の扱いがうまかったから、すぐにカフェの方を任せられるくらいにまでなった。
生活は順調だったのだが、子どもが中学を卒業するころ、今度はポテチの身体に異常が表れだした。偏頭痛が続いていたのだが、そのうちコーヒーカップを落としたり、段差でけつまずくということをくり返して、どうも半身の感覚がおかしいとポテチは訴えた。
医者で診てもらったところ、脳腫瘍があることがわかった。ポテチの若さでは、あっという間に病状はすすむ。手術をして取り除いたのだが、翌年再発して彼は徐々に体力を失い、去年の秋にあっけなく亡くなった――
「ナカサンはどうしたの、小さい子どもを抱えて?」
「もう、そのころには高校生になってるから、生活のためにナカサンはアタシが住んでるT市でダンス教室を始めたんだって」
「そんなもので喰っていけるのかよ?」
「彼女は超有名アーティストのバックダンサーをやってたから、それを売り文句にして、けっこう繁盛してるっていってたわ」
オレはとりあえず安堵の表情を浮かべたのだろう。「そりゃ、よかった」とまではいわなかったが…
しかし、大学を卒業してからの時間の経過は速過ぎないかと思えた。オレの知らない間にポテチは亡くなっていて、まだ生まれていなかったポテチの子どもが高校生になっているのだから!
もうひとつ、謎が残っていた。
ポテチがオレを避けるようにしていた時期のことだ。アヤとつき合っていたのも、たぶんこのころだ。どうやってつきあいが始まったのかは憶測ができるが、結婚したばかりでどういうつもりだったのかまではわかりかねる。だが、それをカエデにきくわけにはいかなかった。
「アヤちゃんもきてなかったんだ?」
すると、カエデは苦笑いした。
「くるわけないじゃない。連絡してないもの」
「そうか、あのあとポテチとつき合ってたもんな。気まずいか」
「一瞬かもしれないけど、なんであんなひととねえ」
今度はこっちが眉をひそめることになった。
「なにいってるんだ。オマエだろ、ポテチをなんとかしてくれって頼んできたのは!」
するとカエデはオレ以上に怪訝な表情でいうのだ。
「アタシがそんなこといったの? いつ? どこで?」
「ほら、海へいったあとにオマエとアヤちゃんに呼び出されたことがあっただろ? 憶えてないかよ」
カエデは呆れた顔で手を振った。
「ちがう、ちがう。アヤとポテチクンをつき合わせたいなんていったことは、一ミリたりともありません!」
「?」
「あのときアヤは、ポテチクンからしつこく電話がかかってくるんだけど、ちゃんと話をしたいから繋ぎをつけてくれないかってアナタに頼んだんでしょ?」
「オレはそのことをポテチに伝えたの?」
「伝えなかったの?」
オレは要領を得ていなかった。どういうことなのか、意味がわからなかったのだ。ふたりに学生食堂に呼び出されたことは憶えているが、ポテチとアヤのこと以外の内容までは記憶になかった。
「ちょっと順序だてて説明してくれないか。もう昔のことだから、どうでもいいだろうけど、気になって夜も眠れなくなる」
カエデの説明はこういうことだった。
補習授業のときに、カエデの友だちだったアヤの連絡先をきいたポテチは、みんなで海にいくから一緒にいこうと誘ったという。ところが、海でポテチが夢中で遊んでいたのはナカサンだったらしいのだ。
「なるほど。アヤちゃんにしてみればポテチに口説かれてきてみたが、まったく相手にされなかったと。でも、そもそもポテチの目的は奥さんサービスなんだから、しかたがないよな」
そこでオレはハッと気づくことがあった。ポテチは、オレがアヤを気に入っていることに気づいて、なんとかしてやろうと企んでいたのではないか?
オレの生来の煮え切らない性格とアヤの世にもアングラな趣向性のせいで、チャンスはいくらでもあったはずなのに、なんの展開もしなかったのだが。
「にも拘らず、そのあと何回もアヤに会いたいって連絡してきたのよ。だから秋野クンにどんなことなのか知っていたら教えてってきいたんでしょ?」
「そうだったっけ? それでなんだったの?」
カエデは両手を広げてみせた。
「なんだったのか、わからない。ポテチクンにきいてみなかったの?」
「どうだったかなあ… きいた記憶がないな」
「でも、アヤはポテチクンとつき合ったでしょ?」
オレは頷いた。たしかに見たのだ。アヤがポテチのバイクにタンデムしていたのを。
「結局は長続きしなかったみたいね。よくは知らなかったけど、アヤがポテチクンのことをよくいってたわ。多重人格か、激しい健忘症だって」
「ふたりの間になにがあったんだよ?」
「だから秋野クンに繋ぎをつけてもらって、ふたりは会ったじゃない。そのときの印象がとっても良かったんだって」
オレは正直いって、そんな仲睦まじいふたりの話などききたくなかった。なぜなら、あのころオレもアヤのことが気になっていたのだ。だから、オレがふたりを会わせる繋ぎをつけたというカエデの話も信じ難かった。そんなことをした記憶が一切ないのだ。
カエデは喋り続けている。
「ところが学校が始まってから、ひとが変わったようになったんだって。最初に会ったときよりも、もっと優しいんだけど、反面、妙に粗暴なところも目立つようになって。そのうえ夏休みに話したことを、それこそ一ミリも憶えてないみたいだっていってたわ」
「へえ。アヤちゃんは、けっこう神経質だったのかな?」
「そういう問題じゃないでしょ。そんな短期間に人って変わるものかしら、という話よ。あのおっとりしたアヤがそう思うくらいだから、相当変わったんだと思うよ」
オレは首を傾げた。たしかにポテチはアヤがいうような性格だったが、そうじゃないポテチはどんなふるまいをしていたのか想像がつかない。
「それが理由で別れたのかな?」
「だからポテチクンのお父さんが倒れたでしょ? それこそ脳溢血だったらしいわ。それで大学も辞めて実家に戻らなくちゃならなくなったからよ」
「それでお父さんは亡くなったのか。なるほど… じゃあ、その後、アヤちゃんとは連絡とり合ってないの?」
「結婚するまでは何回か会ってたんだけど、T市にきちゃったらなかなかね… 」
「アヤちゃんはいつ結婚したのさ?」
「結婚したのはアタシよ。結婚してT市にきたんじゃない」
「ああ、そうなんだ。じゃ、アヤちゃんは?」
「まだ独りなんじゃないの? わからないけど、結婚したなら連絡くれそうなものだから」
「彼女、なにしてるの?」
「だいぶまえだけど、なんかF市にいるっていってたよ」
「F市って、東京の? 米軍基地があるF市?」
「そうそう。米軍基地のすぐ近くで西洋雑貨の販売とカフェをやってるっていってたわ」
「自分で? そりゃ、たいしたものだな」
「あのおっとりムスメがね。《ブルーサバーバンスカイ》ってお店」
「ブルーサバーバンスカイ?」
――なんだって・・・?
オレは一瞬、眩暈を覚えた。オレはあきらかに表情が変わったのだろう、カエデはひとの顔を覗きこむようにしていうのだ。
「どうしたの? アヤのお店知ってるの?」
「いや、そうじゃないんだけど… 」
「なんかヘンだよ、秋野クン。アヤのこと、好きだったの?」
「なんでそうなるんだよ」
そうはいったが、オレはあのころまちがいなくアヤが好きだった。カエデはアヤのことを「おっとり」というが、オレにとっては第一印象でお淑やかな女性に思えていた。
それに《ブルーサバーバンスカイ》といえばオレが好きだった曲のタイトルじゃないか。同時にアヤが好きだった映画のテーマ曲でもある。それで意気投合して、なんとか関係をつくろうとしたじゃないか。
「だって、アヤのことばかりきくから」
「今度はオマエのことをきこうと思ってたんだ!」
するとカエデは手を叩くようにして喜んだ。
「アタシのことなんか興味ないくせに。ほら、顔が赤いよ」
「オレはオマエとちがって呑んでるからな」
カエデはいつかみたいに世紀末的な形相になるのを恐れてか、今夜はノンアルコールに徹していた。この齢になってくると、こういう気の置けない友だちというのが少なくなってくる。あのころの仲間は、みんなそうだった。
「それでオマエは、だれと結婚したんだ? 披露宴にも呼んでくれなかったし」
「もう、いいよ、アタシのことは。秋野クンとは知らない人と結婚したんだから」
「そうか。オマエがシアワセならいいよ」
「よけいなお世話よ」
不思議だ。ウマにはもう会えないかもしれないと思っていたが、ポテチとは二度と会うことはないのだ。
しかし、オレの気持ちは穏やかだった。もちろん、久々に昔の仲間に会えたということもある。だが、それ以上にポテチがアヤとのつき合いを続けていなかったということに、どこか安堵したのかもしれない。ノラと会わせてくれた運命があったいまだからこそ、無責任にそう思えるのだ。
「近くにくることがあったら連絡ちょうだい。ノラチャンによろしくね」
「ああ、いっとく」といって、そのときはカエデと別れた。
つづく
毎週金曜日23時に更新します。
*作中の人物、団体、作品等の名称は、実在する一部を除き、特定のモデルはありません。




