第七章 禁断のシーズン ④
第七章③
就職してしばらく経ったころ、カエデからウマの同級生を見つけたと連絡がある。オレはカエデとそのコに会うことになった――
「次の懸念材料ってなによ? オンマサンが引きこもりになるような原因が、ほかにもあるの?」
カエデは、もう真っ赤な顔で目が虚ろに見えた。真っ赤な顔はノラ嬢も一緒だが、彼女の表情は変わらなかった。ノラ嬢は、あまり吞んでいないか、どうやら酒に強いのだろう。オレは酒を呑んでも顔色が変わらないので酒が強いと思われがちだが、実はある程度呑むと頭痛がしてくるという弱点があった。今日は気分がいいのでまだだが、そろそろかもしれない。
「懸念材料は、まだいっぱいある」
「ノラチャンにフラれたこと以外にも?」というカエデに、ノラ嬢が「こら」とド突く。
「最大の要因はウマの勘ちがいだ」
「ノラチャンに好かれてると思い込んでた?」
今度は黙ってド突くノラ嬢。
「大きな勘ちがいがあったんだ。だいたいアイツは極端なひとり合点をしすぎる」
「どんなのよ?」
「アイツのお父さんは学校の先生なんだろ?」
「そう、高校の現代国語かなんかの先生だったんじゃないかな」とノラ嬢。
「教え子に銀行員がいるらしくて、就職が決まらないなら、その人に相談してやるくらいのことをいわれたらしいんだ」
「員のつく職業に就きたくて就けなかったってのはオンマサンだったの?」とカエデ。ヘンなことだけはよく憶えているのだ。
「ちょっと、ひとの話をきけ」
オレは、一目で酔っ払いのカエデを黙らせると先を続けた。
「おそらくお父さんは、銀行員だからいろんな伝手があるだろうというつもりでいったと思うんだけど、ウマは銀行に就職できると思い込んだんだな」
カエデとノラ嬢は顔を見合わせ「はあ~」と溜息をついた。
「ところが実際紹介してもらえたのは近所のスーパーだったらしい」
「スーパーでいいじゃない。なんの苦労もしないで正社員でとってくれるんでしょ?」
実際、就職活動をした連中はみなそういう。いま世間では正社員で採用してくれる企業が少ないのだ。そんなコネがあるのだから贅沢いうな、という気持ちがあるのだろう。もっともオレはコネの権化みたいなものだが。
カエデの一方ノラ嬢は、同級生で気に入られていたからというわけではないのだろうが、ウマに少し理解を示すようなことをいった。
「裾裳クン、なにかやりたいことがあったんじゃないの?」
だがオレは彼女の疑問に容赦なく首を振った。
「なにもない。銀行員の肩書にあこがれていただけだ」
「それじゃあ、まるでサイテーじゃない。銀行なんて、コネなんかで採用してくれないよ。まして四大卒じゃあ、まかりまちがってなれたとしてもその後が大変だと思うよ」
カエデは「常に正義の味方」だというが、まちがいなくリアリストだ。それはオレやエルザだっておなじだった。
「だから、オレやエルザに内定がもらえたと自慢していたんだ」
「それきいて秋野クンはどう思ったの?」
ここからはオレとカエデのやり取りが続く。
「オレもエルザも羨ましかった―― ホントの話ならばな」
「秋野クンも銀行に就職したかったの?」
「まさか」
「堅苦しいのはヤだっていってたよねえ?」
「その通り!」
「じゃあ、なんで羨ましいのよ?」
「進路が早々と決まったことが、だよ」
「秋野クンはフーテンが好きなんだからともかくとして、エルザクンは将来のことを考えてなかったの?」
「エルザは自分のことをなにもいわないからよくわからないが、人知れず努力をしていたんだと思うよ。だから、アイツから就職先をきいたときはびっくりした」
「どこに就職したの? 上場企業?」
「地方公務員」
「地方公務員ってアタシたちと一緒じゃない。先生になったの?」
「市役所だ」
「エルザクンは市の職員になったんだ。強面だったからなあ」
「顔が怖いとかは関係がない」
「秋野クンが社会福祉法人の事務員でアタシたちが教員でしょ? オンマサンはやっぱり銀行員になりたかったのかもね」
「員がつくから?」
カエデは頷いた。
「まさかあ」とノラ嬢は首を傾げる。
「スーパーだって店員でしょ?」
「パートじゃないんだから社員だろ」とオレ。べつに韻を踏んでいるわけではない。
「どっちにしたって員がつくのにねえ」
そんなことをいえば、みんな「員」がつくのだ。「員」などに拘って引きこもりになるヤツはいない。
「員がつく、つかないは関係ないだろ。やっぱりグレードの高そうな金融機関に就職できると思い込んでたんだよ」
するとカエデは素っ気なくいった。
「そんなことはわかってるわよ。その程度のことで引きこもりになんか、なるわけないじゃない。ねえ?」とノラ嬢の顔を見ると、彼女も頷くのだ。
そして、オレの方を眠そうな怖いまなざしで見ると「あとは?」といった。ほかに引きこもりになった要因があるのか、ということだ。
「さらに二年次に取らなければならない単位を落として留年が決まった」
「!」
今日、初めて驚愕の表情をふたりともが見せた。
「オンマサン、留年したの?」
オレは黙って頷いた。
「それだよ、それしかないでしょ!」
ノラ嬢も一緒になって目を見開いたまま首を上下に振っている。
「そんなに驚くことか?」
「だって、バイトばっかりして、ろくに大学にきてない秋野クンが現役で卒業できたのよ。オンマサンなら余裕で卒業したでしょうに。自動的に」
オレはおかしくなって、思わずカエデの頭をド突いてやった。
「オレだって、それなりに努力したんだよ!」
「でも、それだけが引きこもりの原因とは、やっぱり考えづらいよねえ」と考え込むようにするカエデ。これにも「うん、うん」と同調するノラ嬢。
彼女は聞き上手なのか、奥ゆかしいのか知らないが、あまり自分の意見をいわないコだ。
「オレたちの憶測では、これらの要因が互いに絡み合っているんじゃないかという見解なんだ」
「オレたちって?」とカエデ。
「オレとエルザとウマの同級生」
「オンマサンの同級生ってなによ? キミたちだって同級生でしょ?」
「ウマとエルザのゼミに、ウマの中学の同級生がいたらしいんだ。そもそも、そいつらからウマの異変をきいたようなもんだ」
すると、ここで初めてノラ嬢が口をはさんだ。
「中学の同級生ってだれかしら。アタシの知ってるひとかな?」
いわれてみればノラ嬢もウマの中学の同級生だ。オレは首を傾げて「さあ、オレはゼミがちがうからわからないけど、二人いるっていってたよ」と教えた。
ノラ嬢は虚空を物色していたが、やがて思いついたようにきいてきた。
「さっきから名まえが出てくる〝強面のエルザ〟って裾裳クンの同級生なの? 女のコ?」
なにかと思えば、それかい。女のコは気になるようだ。
「男、男。ただの呼び名なの。ウマに女のコの友だちなんていない」
そういったとたんに足に強烈な痛みを感じた。
「痛いな、なんだっていうんだよ!」と隣を見れば、この世の終わりのような人相をしたカエデが「じゃあ、アタシはなによ」と恨めしそうにいうのだ。
「アンタ以外は、と付け加えようとしてたんだ」とノラ嬢に指差し確認で示した。そのまえに「オマエは飲み過ぎだ」といいたかった。
「結局、どういう憶測なんですか?」
オレは順序だてて、その憶測を説明した。
「つまり、ウマは二年の後期試験のころに、まず就職のことをオヤジからいわれて勘ちがいをした。その後の春休みにあったウマの中学のクラス会に、何度も誘ったにも拘らずノラサンがこなかったことに軽いショックを受けた。だが、それはある程度予測ができたことだったので、オレたちに冗談めかして話すことができたのだが、その直後に後期の試験の結果で留年が決まってしまった。ただでさえ進路を自慢していた手前、留年したなんてことはいえないが、隠してもおけない。かりにコネで就職が金融機関に内定していたとしても卒業できなければ、そこまで待ってくれるお人好しはいない。ウマは精神的に追い詰められてしまったのだ。明るく留年しちゃったよっていってくれればいいものを。ウマのキャラクターなら、たとえそれを茶化されてもダメージは受けないと思っていたのに」
するとカエデはムキになっていうのだ。
「じゃあ、秋野クンがその立場だったら引きこもりにならないっていえる自信があった?」
このヨッパライ女は、急にシラフになって鋭いところをツッコんできたりするのだ。
「オレは仲間にも留年しちゃったよって笑っていえるよ。実際、そうなってもおかしくない学生生活をしてきたわけだから」
そういってから、しかし―― とも考えた。
試験まえにはオレを頼りにしていたウマたちがいなければ、たしかに単位の取得は難しかったかもしれない。情報がなければ、みんなもろともに留年していただろう。
「でも、わからないな。そうなってみないことにはな」
だが、たとえ留年したとしても、オレに限って引きこもりはありえないと断言できた。あえてそれをいわなかったのは、ますますウマを蔑むようにとられないかと思ったからだった。事実、蔑んでいるわけではないのだ。ウマの留年をきいたときには、カエデたちとおなじように衝撃を受けていたのだから。
しばらく空気が動かない時間があったが、やがてカエデはぽつりといった。
「秋野クンたちの憶測通りかもね」
ノラ嬢は、あいかわらず右におなじと頷いて、諦めたようにいうのだ。
「結局、アタシがクラス会に参加しなかったことも要因の一つになっちゃうんだ… 」
オレたちの憶測通りなら、そういうことになるが、ここは話をそらそうと思った。
「ウマのウチは、それでいつ引っ越したの?」
ノラ嬢は小首をかしげて「わからない」といった。
「照山サンから裾裳クンのことをきくまで、アタシも知らなかったの」
「なんで引っ越したってわかったの?」
「もう無いのよ、裾裳クンのウチ」
「エッ?」
オレもカエデも唖然とした。
「ない?」
ノラ嬢は黙って、こっくりと頷いた。
「家が無いってこと?」
「そう。もう更地になってます」
「更地って… じゃあ、もう家が無い?」
お約束のようにカエデがド突く。
「さっきからウチが無いっていってるじゃないの! おなじことを何度いわせるのよ」
オレとしては、この期に及んでボケたつもりではなかった。何度もきき返して確かめたかった、そのくらい衝撃的だったのだ。
「更地ってことは家だけじゃなくて、土地を売ったってことだよね?」
「たぶんね」と、なおも自信なさそうなノラ嬢の顔。
「更地って、どうなってるの? なにも無いの?」と、カエデも確かめるようにきく。
「なにも無いから更地なんだろうよ。おなじことをきくな」と今度はオレがツッコんだ。
「裾裳クンのウチがあったところは一件分だけ空き地になってて、敷地に沿ってロープが張ってあるんです。アタシもよく知ってるわけじゃないんだけど、たぶん、あそこが裾裳クンのウチだったところだと思うの」
オレが知っているウマのウチは住宅街のなかの一件だった。昔は見渡すかぎりの農地だったらしく、わずかではあるが住宅街のはずれの方にいくと、いまもその名残があった。
「だから自信はないけど、住宅街のなかに家庭菜園みたいなスペースが不自然にあるのよ。昔みたいに。こんなところに空き地があったかなって思ったの」
「ホントにウマのウチかい、そこ?」
「絶対だなんていえないんだけど、照山サンからその話きいて、見にいったら空き地になっててびっくりしたの」
つまり、カエデからウマのことをきいたノラ嬢がウマの家にいってみたら、なにもなくなっていたので、家を売り払って引っ越したと推測したらしかった。
「じゃあ、まだオンマサンが引っ越したとはかぎってないじゃない」
カエデは、かなり酔いが醒めてきたらしく、顔色が戻ってきていた。そんな楽観的な彼女の言葉をオレは否定した。
「いやあ、まちがいないだろう」
「家を売って引っ越したの?」
オレがウマのお母さんと電話で話したときの感触では、かなりの重症に思えた。想像するに世間の目を気にしてか、家族がそこにいることが堪えられなくなったのだろう。カエデやノラ嬢には理解できないかもしれないが、オレにはなんとなくわかった。
時間は、だいぶ経っていた。「そろそろ、いこうか」と、だれからともなくいう雰囲気になって、そこでお開きとした。
帰るころになると、カエデはもう醒めきっているようだった。いまがチャンスだ、とオレは思っていた。獄門寺や東村大和まで送らされるとなると何時に帰れるのかわからない。明日も仕事があるし、そのうえクルマがないから電車通勤しなければならないのだ。
八川の駅でカエデとは別れたがオレとノラ嬢はモノレールなので、しばらく一緒に歩いた。オレは彼女の話のなかで、ひとつだけ引っかかるところがあって、その確認もしたかった。
「ノラサン」
オレは横をついてくる彼女に声をかけた。きょとんと、こっちを見上げるノラ嬢を見てドキッとした。
店のなかで見ていた角度がちがうのか、それとも顔のパーツをアップで別々に見ていたせいか、いま横にいる女のコと全然ちがう印象なのに気がついたのだ。引きで見るノラ嬢は小さい顔に絶妙にパーツが配置されていて、容姿端麗なのだ。初めて顔を拝ませてもらったときは、ウマがいうほどのものではないなと思っていたのに、見慣れた景色をちがう方角から見たときのように新鮮だった。
カエデもたしかに「カワイイよ」といっていたが、それは女のコ同志の社交辞令みたいなものだろうとしか思わなかった。ウマにいわせればカエデだってカワイかったのだから、万人に「カワイイ」と思わせるようなコが、やたらにいるものではないというのがオレの持論だった。
だいたいオレは人の顔を一回で憶えられないくらい、認識機能があやふやな男だ。ほとんどイメージで記憶しているようなところがあった。ある程度、刻み込まれてからでないと評価ができないのだ。ノラ嬢にしても、どうせ気位の高い女だから、というイメージが優先したせいで、正しい認識ができていなかったのだろう。
いま、オレの横にいる女のコは、派手な化粧もしていない、ほとんどスッピンの清楚なマドンナだった。しかも、「身体の真ん中にデッカイ穴が空いている」という人間くささも持ち合わせている。「カワイイ」し、キレイでもあるのだ。
オレはこんな経験が初めてだった。アヤみたいな一見爽やかそうな女子大生でありながら、うさん臭いものが好きだというアンバランスな魅力もわるくはないが、ノラ嬢は正統派のナチュラルマドンナだった。そう自覚したとたんに眩暈を覚えるようだった。
「なんですか?」
呼びかけたにも拘らず、彼女の顔を凝視したまま固まっているオレに怪訝な表情できき返した。
「ああ、ゴメン、ゴメン。ちょっと呑み過ぎたみたいで眩暈がした」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です」とはいったが、オレは彼女の魅力に突然当てられたようにフラついた。
「ホントに大丈夫ですか? 独りで帰れますか?」
オレは「大丈夫」と手ぶりで彼女にアピールした。
「ノラサンは」といいかけると、今度は彼女が「待って」という手ぶりをした。
「〝ノラサン〟はやめてもらっていいですか。なんか有名な俳優さんみたいだから」
彼女にしてみれば内輪の会話ならそれでもかまわないけれど、外を歩いているときは知らない人にヘンにきこえるのではないかという危惧があったのだろう。それはもっともなことだ。こんな清楚なアイドル女教師がフーテンキャラクターの名まえで呼ばれているなんて。
ところが、このマドンナは意外なことをいうのだ。
「〝ノラ〟でいいですよ」
「〝ノラ〟? 学校の先生に向かって、いくらなんでもそれは」
「お友だちになったんだから親しみが湧くじゃないですか」
「だって、どこでキミの生徒がきいてるかわからないよ。わかった、ノムラサンって呼ぼう。でなければ、ミネコサン」
すると彼女は不服そうな顔で「なんかヨソヨソしくないですか」と返す。
「だけど〝ノラ〟はいい過ぎでしょ? じゃあ、カエデみたいに〝ノラチャン〟は?」
「じゃあ、それでいいです」といったが、なおもまだ不満げなのだ。
どうしても、オレに「ノラ」と呼んでほしいとしか思えなかった。こんな見たこともないようなアイドルキャラクターにペットの飼い主ではあるまいし、「ノラ」なんて呼べるか、という話だ。オレにとっては絶対に無理な相談だった。
「それで、秋野サンのききたいことはなんですか?」
「ノラチャン、その〝秋野サン〟もやめてくれる? 〝クン〟づけでいいよ。なんだったら呼び捨てで」
少しはウケてくれるかもと期待したが、彼女はドライに「じゃあ、〝クン〟づけにします」といいうのだ。その受け応えもオレには響いた。なんて素直なのか。
「それはともかく、キミの話を信じないわけじゃないんだけど、その、なんというか… 」
「?」
呑み会の席だったら、もっと率直にいえたはずなのに、ノラ嬢の本質を見極めたときから妙な感情が生まれたようだった。つまり、惚れてしまったのだ。こんなことは、初めてアヤを見たとき以来だった。だから、いえなくなった。それを見透かされてヘンな下心があるのではないか、と邪推されたくないと思ったのだ。
「ウマのウチがあったところを見てみたいんだけど、オレも数えるほどしかいったことがないし、あのへんは似たような路地の住宅街だろ?」
「ああ、アタシが勘ちがいしてるのじゃないかってこと?」
「自信なさそうだったし」
「そうなんですよ。今夜のことで、ますますもう一度確かめてみなければって思ったほどです」
「やっぱり、そうなんだ」
「いってみますか?」
「オレは自分の目でたしかめなければ、気になって夜も眠れなくなる」
「そんなに気になるの?」
「キミにとってはタダの中学の同級生かもしれないけど、オレは高校、大学を通して長いつき合いだからな」
「今度、一緒にいってみますか?」
――エッ…?
オレは思いもよらない彼女の言葉に夢を見ているのかとも思った。実は場所の記憶が曖昧なので、よければ案内してもらえないかと頼むつもりだったのだ。それがいい辛かった。まさか彼女の方からいってくれるとは思いもよらないことだった。
ふいに、ゴウッという音がガード下に響いた。オレの乗るモノレールがきたのだ。オレたちは改札に上がる階段の下にいたのだ。いまから走って上がって、切符を買って、ホームに上がっても間に合わないだろう。まったく皮肉なタイミングだ。
「いいんですか?」とノラ嬢は上空を指さしながら、その美しい顔で穴のあくほどオレを見つめる。
「どうせ、間に合わない。次の下りにするから」というと、彼女は「じゃあ、アタシは」と早足で階段を上がる。
どうやら、今度は彼女の乗る上り方面がくるようだ。オレは、あと三十分近く駅で待たなければならない。もし彼女に「アタシも残ります」なんていわれたら、オレはブッ壊れるかもしれない。ここは未練がましくならないように潔く別れようと思った。
階段のうえでノラ嬢はふり向きざま、「また連絡します」と声をかけてくれた。オレは手を挙げてクールを装ったが、内心はウキウキしていた。
切符を買ってホームのベンチに腰かけて、ひとときのささやかな幸福感を噛みしめているときに思い出した。
――そうだ、オレは確かにくるときはモノレールだったが、帰りは電車でよかったんだ…
つづく
毎週金曜日23時に更新します。
*作中の人物、団体、作品等の名称は、実在する一部を除き、特定のモデルはありません。




