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第五章 夏草のいざない ②

第五章①

八月になって、また独りでバイトをしていたら、ある日カエデからアヤの相談にのってやってほしいと連絡がある。アヤがポテチから「会いたい」と連絡をもらったというので、オレはポテチにチャットしてみると、メタフィジカルのある場所にきてくれと返事をもらう――


 当日の朝、ポテチにチャットした。

《今日いくけど、オマエのキャラクターを貸してくれないか。いきなり知らない人と待ち合わせるのは気おくれするから、紹介者であるオマエの代理を立てる》

 オレは考えたのだ。ポテチのキャラクターでメタフィジカルにダイブすれば、だいぶ気が楽だし、よけいな気遣いもしなくて済む。アヤなら自分に戻ればいいし、見知らぬコならポテチのフリをすればいい。

 しかしポテチが、なんでオレの?と訝る可能性もある。だからものごとをスムーズに進めるために、いないはずのポテチの姿をした架空(カレント)のキャラクターを立てたいと頼めば、断れないと思ったのだ。オレとしても、くる相手にとっても、まちがいのない保障をするということだ。

 問題は待ち合わせの相手がナカサンだった場合だ。ポテチがいれば、大喜びになることは見ずにもわかる。その場合があるから、早くいって物陰にでも隠れて見ていることにしよう。まあ、おそらくそんな可能性はないに等しいとは思うのだが。

 こっちの計略は立った。あとは、うまくポテチが乗ってくることを祈ったのだが、意外に彼の理解度は優れていて、すぐにキャラクターのデータを送ってくれた。

 万事準備が整うと、なんだかワクワクしてきた。憂鬱だった夕べまでのことが嘘のように、この底抜けの郊外の晩夏の空同様に解放された。街のスポットにいって、早速ポテチのキャラクターをエントリーし、所定の場所へダイブした――


 待ち合わせの場所は、どうやら日本らしかった。

 見たことあるような大きな橋のたもとなのだ。下には当然のごとく、この橋に見合ったサイズの幅の川が流れている。川面が西日を照り返して、きらきら光っていた。河川敷には雑草が生い茂って南風になびいている。

 もしかしたら東京近郊のどこかではないかと思えた。こんな風景は、かつて見たことがある気がする。メタフィジカルなので見た目ほど暑さは感じないのだが、どこにでもありそうな残暑の情景だった。

 見上げれば橋に沿って鉄橋が架かっていて、電車が通っているようだ。この場所は東京と隣県の境を通る私鉄の沿線がモデルになっているのではないか。そうならば、この川はT川だ。

 ただ、現実世界(フィジカル)とはあきらかに違和感のある風景も見える。川の下流には、もう入り江が見えているのだ。波光が踊る湾だ。目に見えるところの向こうは、おそらく海だ。

 もうひとつ、目に見えて現実的ではない光景があった。こんな場所なのに人影がまったく無いのだ。メタフィジカルだからしかたないが、実際その地に立ってみると異様としか思えなかった。

 この時期メタフィジカルのこんな場所なら、釣りや草野球のシミュレーションをやっている人の五人や十人はいてもよさそうなものだが、どうやらここは特設の場所らしい。特定の目的でだれかが創った、ありそうで無い架空の場所なのだ。

 まさか、ポテチがオレをアヤと会わせるためだけに創ったとは思えなかった。それだけが目的ならば、メタフィジカルの立体地図アプリである『サマーブリーズシティ』に登録してある実在の場所を使えばいいはずだから。

 オレは、まずだれがくるのか観察するための物陰を探したが、こんなにだれもいないとかえって目立ってしまう気がする。だれもいないのに隠れているなんてマヌケとしか見えない。だいたい隠れるにしても、橋のどっちからくるのかさえわからないのだ。

 待ち合わせ場所は、この橋なのだ。つまり橋のたもとから少し離れたところで見ていればいいのではないか、とオレは考えた。どっちからくるにせよ、橋に見あたらなければ、渡って反対側のたもとまでくるだろう。

 オレは手前の交差点の角にあるファミレスに入ろうとした。ここならウィンド越しに橋が見えると思ったのだ。ところが、この店はただの見せかけだった。なかには入れないのだ。見た目は橋に向かう道路に沿ってファミレスやら、クリニックやら、住宅が並んでいるのだが、奥行きがないのだ。物陰などない。

 この道端に立っているしかなかった。つまり、ここなら人違いをする可能性はないということになる。百発百中で落ち合えること請け合いだ。

 オレは時計を見た。待ち合わせの時刻まで、おおよそ十五分くらいあった。その間になんとか方策を考えなければと焦った。

 

 ――少しでも橋から遠ざかった場所で待つというのはどうか?

 

 相手からはっきり見えないけど、こっちからも相手が何者なのかわからない。川沿いの側道に隠れるという手もあるが、高低差があるから、やはり相手が確認できない。いずれにしろ、近くまでいかないとならない。

 さて、どうしたものかと八方塞がりになってしまったが、冷静になるとそんな必要がないことに、やっと気づくのだ。

 それはファミレスのブラインドガラスに映る自分の姿を見たからだ。そうだ、相手がナカサンでないかぎり、隠れる必要などなかったのだ。

 ウィンドに映っていたのはオレではない。オレそっくりの立居振舞いをする()()()だったのだ。ナカサンがきたら、すぐさま自分自身のキャラクターに交換して、彼女にはポテチがこられない旨を告げようと考えていた。

 彼女にはポテチを諦めさせるために、彼はいまごろ結婚してますよ、といってやろうとも考えていた。ナカサンはさっぱりした性格のようだから、たぶんすぐに手を引くと思うが、それでオレになびくとは思えない。それでいいのだ。

 そんなことを頭のなかでこねくり回しているうちに、橋の向こう側に人影があるのがわかった。遠くからでも潮風に長い髪をなびかせているのがわかる。ショートカットだったナカサンではないことがたしかめられた。

 徐々にこちらへ近づいてくるシルエットから、完全にナカサンではないという確信が持てる。彼女はあんなに身長がないし、地味な水色のワンピースなど着てくるはずがない。だが初めて会う女性とも思えなかった。

 この容姿はオレの知るかぎり、一人しかいない。歩き方も知っている。吹きつける髪をうるさそうに手で漉くしぐさも憶えがある。まさか、と思った。いちばん想定外の人物がきたのだ。

 

 ――アヤだ!

 

 あんなに嫌がっていたのに、不安そうに相談してきたのはなんのためだったのか。オレは隠れるのも忘れ、橋のたもとで呆然と立ち尽くしていた。だからアヤは、すぐわかったらしく小さく手を振っているのだ。見たことのない明るい表情だった。

 そうだ、オレはいまポテチだった、と我に返り、ポテチがしそうな軽い所作で手を振り返した。つぎは「やあ、西伊豆以来だね」といわねばならない。

 ところが先に声をかけてきたのは、あろうことかアヤだった。

「ごめんなさい、こんなところにきてもらって」

 どうやら、ここに誘ったのはアヤらしい。どういうことなのか。

「いいんだよ、どうせヒマだから」

 オレはポテチを装うのに腐心した。

「実家の方は、のどか過ぎて退屈してたんだ」

「そうなんですね」

 そういうアヤは、なんと楽しそうな表情をしているのか。まさか、アヤになりきっているカエデじゃないだろうな、とあり得ない想像をしたりする。この喋り方は少なくともカエデではない。

「ゴキゲンそうだね。そんなに楽しみにしてたんだ?」

 オレには見せたことのない、こんなに浮かれたしぐさをポテチにはするのかと妬ましくなるほどだった。

「だって一度はきてみたかった場所ですよ。もう楽しみで夕べなんか寝つけなかったわ」

 

 ――そうだ、思い出した。ここはどこなのだ?

 

 アヤから誘ったということは、それをきいてもおかしくあるまい。

「そんなにきたい場所だったんだ。ところでここはどこだったっけ?」

「T川です。後の〝メガネウラスタン〟ですよ。この時代は、まだ〝ジェネシスサイズ〟ですけど」

「?」

 それはなんのことなのか、とオレは戸惑った。まさか、また電気クラゲの類ではないだろうな。アヤは橋の欄干から落ちそうなくらい身を乗りだして下の川を眺めている。

「このあたりに〝ドラゴノイド〟が現れたんですよ」

「どらごのいど?」

 どこかできいたようなワードだった。それはなんだっけ、と必死に思い出そうとしたが出てこないのだ。

「ほら、『夏草のいざない』に出てくる怪獣」

「ああ、映画の?」

 アヤは満面の笑みで頷く。

 やっと、わかった。アヤの大好きな「怪獣映画」のロケ場所なのだ、ここは。


 ――しかし、ガキじゃあるまいし、そんなにうれしいか?


「キミの好きな映画だったね。いつも持ち歩いてる―― 」

「そうなんです」

 どうりで見たことのある風景だと思ったのだ。オレもあの映画は観たが、アヤほど惹かれる要素を見いだせていない。

「そんなにスキなんだ?」

「大スキ!」

「どこがそんなにいいのさ?」

 すると小首をかしげて黙ってしまった。

「どこといわれても… どこでしょうねえ?」

 まるで他人ごとだ。

「まさか、あの怪獣がいいわけじゃないだろ?」

「あれはあれで必要なんですけど、やっぱりストーリー全体かな。あとBGMがいいですよね、なんか切ない感じで」

「『ブルーサバーバンスカイ』ね。あれはオレも好きだ」

 オレたちは、ぶらぶらと橋を渡りはじめた。アヤがきた方に戻るのだ。

 橋の上は入り江から抜ける風が強かった。アヤは何度も何度も髪を掻きあげている。水面に西日が反射して眩しかった。

「オレたち、まるで映画のなかにいるようじゃないか」

 するとアヤは急に怪訝な顔つきでこっちを見る。

「ここは『夏草のいざない』のなかですよ。いったじゃないですか」

「えっ、ホントの映画のなかなの?」

「そういう約束だったでしょ? どこのアドレスだと思ったんですか?」

 なるほど、やっと読めてきた。オレは映画のロケ地だとばかり思いこんでいたのだ。

 アヤは、ポテチがあまりしつこいから、譲歩策としてこの映画のなかなら、という条件でOKしたのだろう。あんなに不安がっていながら、おそらくカエデにも相談しないでくるということは、よほどこの映画にダイブしたかったということなのだ。そのくらい、この映画に執着しているのだろう。

 ということは、いまオレの横を歩いているのは紛れもないリアルなアヤということにもなる。オレは、ひょっとしたらアヤはポテチに興味があるのかと思っていたが、その疑惑が晴れてホッとした―― まあ、キライでもないのだろうけど。

「すると、ここは『サマーブリーズシティ』じゃないってことか」

「違うアプリですよ。『シンクロナイズドシネマ(=SC)』のアドレスです」

 どこがちがうのかといえば、たぶん実在しない場所にダイブできるということなのだろう。『サマーブリーズシティ』のようにユーザーが手を加えることなどできない映画の舞台という、そもそもの既設(パッケージ)にダイブしているのだ。

「オレは、あの映画を二、三回は観たんだけど、ストーリーがイマイチよくわかってないところがあってさ。カエデじゃないけど、なんで怪獣があんなところに出てくることになったんだっけ?」

「怪獣はこの河川敷で発生したんじゃなくて、もともとは川の源流にあった〝ジェネシスサイズ〟という閉鎖環境実験施設で誕生したんですよ。そこが台風で起きた地滑りによって壊滅して、外界に流出してしまったんです」

「怪獣はそこにいたんだ? それが川に流されて下流のこのへんに棲息していた、と?」

「〝ジェネシスサイズ〟では〝結界テラフォーミング〟の実験をしていて、ある程度の生態系ができていたんです。それが台風五十一号の影響で破壊流出したせいで、源流がテラフォーミングされてしまったという設定なんです」

「台風五十一号? ひとシーズンにそんなに台風がきたの?」

「それだけ地球の気候変動が進んだ近未来の話なんですよ。このままでは地球環境が破壊されてしまうというんで、一度リセットするためにテラフォームし直そうという計画が立ち上がったんです」

「怪獣はどこから出てくるの?」

「それを実験していた”ジェネシスサイズ”から流出した生態系が、その時点の地球環境に適応して、下流に流された実験施設内時間の食物連鎖の頂点にいた巨大昆虫の卵が孵るんです。それが〝ドラゴノイド〟」

「怪獣は昆虫の一種だったのか」

「〝ドラゴノイド〟はトンボの祖先です。おもに映画に登場するのは幼虫期のものなんですけど、成虫になるまで三年ぐらいかかるんです。成虫は竜に似た姿かたちをしているんで〝ドラゴノイド〟と呼ばれてるんですよ」

 このコは、ほとんど病気だと思えた。


 ――どれだけこの映画がスキなのか知らないが、こんなに詳しく知っているか、フツウ?


「しかしオレは、そのへんのくだりを観た記憶がないんだけど」 

「最初に嵐による地滑りで壊滅する〝ジェネシスサイズ〟のシーンがあるだけですよね」

 いわれてみれば、なんかそんなシーンがあったような気がするが、それが映画のストーリーと関係しているとは思わなかった。

 オレたちは橋を渡りきったたもとから、川に沿った遊歩道に下った。近未来の話とはいえ、この風景は実際目にするものとそうは変わりないと思える。

「あの映画は原作があって、すごく長いストーリーなんですよ。『メガネウラスタン・クロニクル』っていう。そのいちばん最初の部分を映画化したものなんで、まるで地滑りで地下に埋まっていた怪獣の卵が下流に流されて、そこで孵化して人を襲うみたいなイメージになってるんです」

 そうだとすれば、純粋な怪獣映画だ。

「その…メガネスカタン? みたいなタイトルはなんのことなのさ?」

「あの映画が始まりで、やがてこの川の流域が〝ドラゴノイド〟を崇拝する人たちの独立居住区になるんです。そこの名まえです。原作はその地区の歴史のなかで起こるエピソードを綴ってるんです。つまり〝結界テラフォーミング〟された地域の話」

 どうりで先住民居留区みたいな名まえだと思った。

「じゃあ、ゴジラみたいにシリーズ化されるんだ?」

「シリーズ化されるんだったら、原作に忠実になるはずでしょ? そんなに大ヒットしたってほどじゃないみたいだから、どうでしょうねえ」

 川の堤にある遊歩道には心地よい風が吹いている。河川敷は広くグラウンドのように整備されていた。乾いた土の地面が、いかにも夏のたそがれという色なのだ。

 アヤに、ここが映画のなかの世界だといわれなかったら、現実にありそうな景観だった。いや、実際にT川の流域のどこかには、こんな景色があるにちがいない。それを切り取ったのだろう。そうでなければリアルすぎるではないか。

 この遊歩道だってそうだ。表面が固いコンクリート製でないことがわかる。ラバ―が貼ってあるやさしい造りになっている。ここをフィジカルなら犬の散歩をしたり、ランニングする人が何人もいるはずだ。

 オレは、そんな人造の夏の情緒を味わいながらアヤのうしろを歩いていた。どこか空の彼方からBGMが響きだす。主人公がここをカノジョと連れだって歩いていくシーンにかかる挿入歌だ。


♪Sentimental おおぞら There beneath the blue suburban skies ~


つづく




毎週金曜日23時に更新します。

*作中の人物、団体、作品等の名称は、実在する一部を除き、特定のモデルはありません。

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