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第四章 海のポテチ ⑤

第四章④

カエデたち推奨の秘密の穴場に着いたオレたちは、スキンダイビングのポテチ組と設営部隊のオレやカエデ組とに分かれた。そこでカエデが思いもよらない危険な生物に遭遇し、オレとアヤは海水浴のチャンスを失う羽目になる――


 ポテチたちが上がってきた。

「ほら」といってポテチはカエデに、なにかゴミみたいなものを見せる。オレもウマも、それがなにかと凝視した。

 赤い木の枝の欠片のように見えた。

「なんだよ、これ?」

 ポテチは太陽を背に笑って「サンゴ」というのだ。なんというカッコいいショットなのだろう。これがオレだったらイヤミとしか映らないだろう。

「サンゴなの?」

 カエデもアヤも、それを至近距離で見ようと顔を寄せた。

「そんなに潜ったの?」

 エルザはポテチを指して、「コイツだ」という手ぶりをする。一方のポテチは、ちっともエラぶらないのだ。

「いや、沖の大陸棚みたいな崖にそって潜ってたら生えてたんだ」

「電気クラゲがいなかったか?」

「電気クラゲ?」

 そこにカエデが割り込んで、いまあったことをポテチたちに喋った。オレやウマ同様、もう二度と海へ入らないというかと思えば、逆にポテチは興味を示したようだった。

「そんなにデカいの?」

「だからブイかと思ったくらいだ」

「おい、いこう!」

 ポテチはエルザに向かっていうのだ。エルザは苦笑いで「オレはいい」と手をふった。あたりまえだ。命をかけてまで見る価値があるとは思えない。

 ところがだ、こともあろうに「アタシもいく」といった女性がいたのだ。アヤではない。アヤは電気クラゲより潮流の速さを怖がっていきたがらなかった。

 ナカサンだ。彼女は濡れてキラキラ光る『ゴールドフィンガー』みたいな金粉を纏った太陽の化身だ。まるでグラビアから抜け出てきたようなスタイルなのだ。

 オレたちが呆然と見ているなか、ふたりはビーチマットを抱えて、また海中へと戻っていった。

「カノジョ、素敵だよなあ」とウマがうつ伏せたまま呟く。

「ポテチクンにべったりね」とカエデがいえば、オネエチャンも「潜ってるときもそうだったんだよ。もうシラケちゃって」とパラソルの陰に寝転んだ。

 その隣で、あいかわらず体育ズワリで水平線を見ているアヤが、ぼそっといった。

「でも大丈夫ですかね。カツオノエボシはあれだけじゃないと思いますけど」

「エッ?」とオレは彼女を見降ろした。

「ほかにもウヨウヨいるっていうの?」

「ブイに見えたのは大きな個体で、小さいのがけっこう漂ってると思いますよ」

 なんでそれを早くいわないのだ、と思ったが、もはやあとの祭りだった。ポテチたちは湾のそとに漕ぎ出している。

 オレが水際で見送っているとカエデが呼ぶのだ。

「秋野クン、あのふたりなら心配ないって」

 なにを根拠に「心配ない」なんていえるのか。あのふたりは命知らずだから、とかいう理由じゃないだろうな?

 カエデはポテチの事情を知らないからノンキにそんなことをいえるが、オレは不安だった。ポテチの子どもが生まれたときに、父親はクラゲに刺されて死んでいたなんてことにならないだろうな、と。

 しかし、いくらどれだけ心配したとしても、当の本人たちが自覚していないのではどうしようもない。オレは踵を返した。

 眼下には浜に打ち上げられたアザラシが並んで日向ぼっこをしているような景色があった。みんな気怠そうな表情をしている。オレも、その一番端に自分のバスタオルを敷いて横になった。


 ――もう、知らん!

 

 紫外線がじりじりと肌を灼いていく。ここにきてからどのくらいの時間が経ったのだろうか。太陽は真上にあるように見えるが、いま昼頃だろうか?

 海にきて水に浸かっていないのはオレとアヤだけだ。アヤはずっとパラソルの下にいるからまだいいが、オレは汗まみれだった。だが海水には近づけなかった。どうしても電気クラゲに襲われる強迫観念が消えないのだ。

 なんの気なしに、その原因となることをいったアヤを見ると独りだけ体育ズワリのまま、こっちに気づいて顔を向けた。オレと目が合うとニコリと頬笑むのだ。

 

 ――なんて素敵なのだろう! 

 

 こんな清楚な佇まいの女のコは見たことがない、とオレは懲りずに惚れ直すのだ。

「アヤちゃん、アザラシが見たいっていってたろ?」

 アヤは首を傾げるようにした。

「ほら」といって、そこらに寝転がるカエデたちを指さした。彼女は「?」という表情だったが、どこかから砂が飛んできた。

 それを最後に意識が遠のいていった。徹夜でドライブしてきた疲れが、ここにきて一気に出たのだろう――


 zzzzz・・・


 次に気づいたときにはオレのまわりにだれもいなかった。頭を起こせば、カエデたち女のコが波打ち際に並んで立っている。ウマとエルザの姿がない。

 どうやら寝込んでしまったようだが、どれくらい時間が経ったのかわからなかった。モバイルを失くす癖があるオレは、うえの茶店に置いてきたのだ。あれがないと時間もわからない。

 潮風が心地いいくらい身体が火照っている。日焼け止めなど塗っていないから、これは大火傷かもしれない。オレはずるずると引きずるように身体を起こすと、カエデたちの方にいった。

「なにしてるの?」

 カエデはオレに気づくと「うわ、真っ赤!」と大袈裟にいうのだ。

「そういうオマエだって、鼻の頭見てみろ」

「見えるわけないじゃない。でも、赤い?」

「アザラシの粘膜みたいだ」

「それ、なに? 赤いの、それ?」

「オマエは色が白いからな」といって、ちらとアヤを見ると彼女はそんなに灼けているように思えなかった。

「アヤちゃん、日灼けしないタチなの?」

「アタシ、すぐ真っ黒になっちゃうんです」と、こっちを見ないでこたえるのだ。

 いわれてみれば、オレやカエデのように赤く見えないぶん、黒くなっているのかもしれない。この強烈な陽ざしの下では、目がもうアテにならなくなっている。

「ウマたちは?」

 カエデは湾の向こうを指さした。

「まだ帰ってこないのよ、ポテチクンたち」

「ええ?」

 いったことじゃない。


 ――まさか、いまごろ海のモクズになっているのではないだろうな。


 オレも、アイツらが漕ぎだした方に向かって歩き出した。

 昔の映画みたいに原色の青い海原が拡がっている。凪いだ海面や潮がひいて磯が拡がっている様子からすると、まだ昼ごろかもしれなかった。

 いくらもいかないうちに帰ってきたウマとエルザに出会った。

「クラゲに刺されたか、潮に流されたか、さもなければクラゲに刺されてマヒしたまま潮に流されたかだな」

 どっちにしろ、無事に帰ってこられる可能性はない。

「生きていれば、いまごろ大島あたりにたどり着いてるかもしれないぞ」

 ウマは冗談でいっているつもりなのだろうが、笑えるような空気じゃなかった。

「ハラへったな」と、赤黒く灼けているエルザはノンキにいう。

「オレも」とウマが同調する。

 オレが反応を示さず遠くを注視していると、ふたりはいうのだ。

「ユウヒ、心配しててもしょうがない。メシでも喰ってのんびり待ってよう」と肩を叩くのだ。肩がヒリヒリと痛む。

 オレは、オマエらこんなときによく食欲がわくな、といってやろうかと思ったが、こいつらのノンキさを見ているとオレの方が心配し過ぎなのかとも思えてきた。

 カエデたちのところに戻って、うえの茶店でメシでも喰って待とうと提案したら、彼女たちも案外簡単にそれに従った。やはりオレは心配性なのかもしれない。

 熾烈な陽ざしのなか、急斜面の階段を登らなければならなかった。これだけで、もう食欲がなくなる。

 ところがウマやエルザは、とっとこと登っていくのだ。どれだけ元気なのか。

 女性軍の方はおとなしくついてくるのだが、もしかしたら不機嫌かもしれない。

「もう、ここを登りたくないよな」と、ご機嫌取りのつもりでカエデにいえば彼女は見上げて「登らないと帰れないよ」と返す。ここで見ると、もはやアザラシの粘膜色の顔なのだ。

「もう一回下に降りたら、また登るんだぜ」

「いやなの?」

「いや、面白いところに連れてきてもらったなと思ってさ」

「喜んでもらって光栄だわ」と少しも嬉しそうじゃない。

()()()()()()、怒ってるの?」

 オレが茶化したようにいうと、横を向いて「べつに。なんで怒らなきゃいけないのよ」と澄ましている。

「オマエら、仲がいいなあ」とウマが割り込む。

「べつに」とオレもカエデの真似をすると、カエデは初めて破顔して「怒ってるのお?」と面白そうに顔を覗きこむのだ。

「この!」

 見降ろせば一番下にいるアヤの顔が見えた。汗ひとつ掻いていないのだ。藪からの微風に涼しげに長い髪をなびかせている。


 ――なんて美しいのだろうか!

 

 彼女を見ていると、たとえ疲れていようと、灼熱の陽を浴びて急斜面を登っていようと、ポテチが行方不明だろうと、力が湧いてくる気がするから不思議だ。

 茶店に戻ってみて初めてわかったのだが、駐車スペースにはあいかわらずオレたちのクルマしかないのだ。

「カエデ、ここはホントに秘密のポイントみたいだな」

「朝からだれにも会わないしね」とカエデも訝しげな表情なのだ。

「ホントは泳いじゃいけない場所なんじゃないの?」

「だって、ちゃんと降りれるように階段があるし… 」

「いや、降りるのは自由なんだけど、泳ぐと流されるんじゃないのか?」

「だったら遊泳禁止の貼り紙かなんか、あったっていいんじゃない?」

「いままで泳いだヤツがいなかったかもしれないぞ」

「そんなバカな… 」

 そこにまたウマが割り込んできた。

「いまさらそんなこといったって始まらないじゃないか。すでに、ふたり流されてるんだから」

「オマエら、いい加減にしろよ」と口数が少ないエルザまでが参加してきた。

「まだ流されたって決まったわけじゃないだろ!」

 そうひと言いうと茶店のなかに消えていった。

「そうだよ」とカエデたちもエルザのあとに続く。

 そこに残されたオレは腕組みをしていたが、「なるほど、そういう考えもあるな」とウマまでも納得したように背中を向けた。


 ――「そういう考え」とは、どういう考えだ?


「おい、ウマ」

 オレは、それをたしかめようと彼を引き留めた。

「ポテチたちは、わざとオレたちから離れたというのか?」

「そういう考えもあるだろ?」

 たしかにナカサンの登場から、ふたりは「べったり」だ。だが、ポテチには婚約者がいるのだ。そんな行き当たりばったりの関係になるものか、とオレはどこかでポテチを信じていた。

 だが、みんなのドライな振舞いを見ていると、どうも「そういう考え」のヤツが多そうだ。カエデが不機嫌そうに見えるのは「そういう考え」なのかもしれない。

 オレはみんなを説得できそうになかった。説得するにはポテチの秘密を喋らなければならない。できれば、わかりやすく流されていれば一番いいのに、とオレは最悪の場合を望んだりした。

 楽しいはずのバカンスなのに食事中は、みな寡黙だった。なんだか、しらっとした空気で、そとは灼けつくような陽が降り注いでいるが、茶店のなかは深い雪に埋もれた陸の孤島みたいなのだ。

 少し疲れていることもあるだろう。エルザはもともと寡黙なのだが、ウマは食事に集中したいだけなのかもしれない。だが照山シスターズには、なんだか不穏な空気が漂っている。

 なんといってもポテチとナカサンが帰ってこないのが、いちばんの原因だったろう。ほんとうに心配をしているのはオレだけかもしれないが、ほかの連中がなにを考えているのかは知りたくなかった。

 ふと、まえに座るアヤを見ると、ラーメンにほとんど口をつけてないようだ。

「アヤちゃん、食欲ないの?」

 彼女もオレのまえのカレーを見て「秋野クンも?」と上目遣いでいう。

「オレたち、ひなたぼっこしてただけだからな」と苦笑して見せた。

「かき氷だけにすればよかったね」というと、アヤは「アタシ、かき氷がダメなんです」と穏やかな口調でいうのだ。

「オツムがキーンとするから?」

 彼女は口もとを抑えて頷いた。どうやら笑っているらしかった。そういえば、彼女がおかしそうに笑っているのを初めて見た。いつもは、どう見ても愛想笑いだとわかっていたが、なにが彼女のツボにハマったのだろうか。

 オレがアヤのそばに座ったのは偶然だった。たんに茶店に入った順に奥から座っていったから、オレとアヤが最後尾だったということだ。

 こんなチャンスなのに話は弾まなかった。オレの気分が変わらなかったからだろうし、オレたちだけが楽しそうにしているわけにいかない雰囲気だった。

 ポテチたちが流されていなければ、もっとなんとかなったはずだったのに、と恨みがましく思わずにいられない。

 こうしてお通夜の残払いのような昼食を終えた者から、ふたたび灼熱の外気に晒されにいく。結局、食がすすまないオレとアヤだけが残された。こうなると、かえって気まずくなって口もきかなくなる。

 オレはスプーンを一回口に入れるたびに正面のアヤを観察した。ここはエアコンが効いているせいもあるだろうが、彼女は汗ひとつかかずに麺を一本一本口に含んでいるようだった。

 とてもお上品に見えるが、いい方を変えれば不味そうだった。これがカエデだったら「残せば?」といっていただろう。

 海の家だか単なる観光地のお茶屋だか知らないが、弁当でも持ってこない限り、ここで食事を摂るしかない。店はここしかないのだから、料理が不味かろうと値段が高かろうと文句はいえない。耐え難ければ残す以外にすべがないのだ。

 オレもそこまで食欲があるわけではないので、もしかするとアヤ以上にすすんでいないかもしれない。そうかといって、オレは食べ残して彼女を独り置いていくわけにもいかなかった。彼女につき合うのは苦にならない。こんな距離で顔を見ていられるのだ。

 それに気づいたアヤはいうのだ。

「秋野クン、不味そうですね。残せば?」

「そんなことはないですよ… 」

 アヤに先にいわれてしまった。

 もう全面が照り返しの砂利敷きに出てみれば、みんなまだ浜へ降りていなかった。オレのワゴンのハッチをあけて、荷台にペットボトルを持ったカエデとウマが腰掛けて喋っている。その日陰になった地べたにオネエチャンとエルザが体育ズワリできいているといった具合だ。

 もし、ポテチの悪口でもいっているのなら、ひと言いってやろうかと思っていた。冷静に考えてみれば、ウマやエルザがポテチをそんなに悪くいうはずがない。

 では、なにを相談しているのか。

「帰りの割り振りを考えてたんだ」

 ウマは眩しそうにこっちを見上げる。

「もう帰るの? ポテチは?」

「アイツらが戻ってきたら帰ろうかって」

 ポテチたちは戻ってくるのだろうか、とまた不安がよぎった。ウマのかったるそうな顔を見れば、またこの断崖を登り降りするのが面倒になった、と書いてある。ちょうど腹も満たされ、いちばん動きたくなくなる場面だ。

「早く出れば渋滞にハマらなくて済むだろ?」

「そうだな。でも、もう一回はこの急斜面を登り降りしないとならないぞ」

 まだ下の浜にウマの持ってきたビーチセット一式が置いてあるのだ。エルザは冷笑しながら立ち上がった。

「ポテチが戻ってきたら、すぐ解散できるように片づけよう。どうせ、アイツは方向がちがうんだ」

 オレとエルザが丸太の階段を降り始めると、あとをウマが追いかけてきた。

「荷物の番をカエデちゃんたちに頼んできたから、撤収はオレたちだけでやるようだな」

「往きも帰りも、やっぱりオレたちだったな」

 そういうとウマは「まだエルザがいるだけ助かるよ」と、もう汗だくなのだ。

 シークレットビーチに続く断崖下の通路にさしかかったときにエルザは足を止めた。

「どうした?」

「あれ」と浜辺を指さしている。



つづく


 

毎週金曜日23時に更新します。

*作中の人物、団体、作品等の名称は、実在する一部を除き、特定のモデルはありません。

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