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第四章 海のポテチ ④

第四章③

予期せぬトラブルがありつつも、オレたちはカエデたちと合流できた――


「さあ、出発しようぜ」と、ポテチが声をかける。さっそくウマが女性たちを自分のクルマへと導いたが、ナカサンだけはポテチとタンデムでいくというのだ。

「なんでポテチだけがあんなにモテるんだ」と、ウマはその後ブツブツいい続けた。

「しょうがないだろ」とエルザが慰めるように肩を叩いた。

 結局、ポテチとナカサンがバイクでいったので、オレとエルザが荷物ワゴンの係で最後尾を追いかけることになった。

 通りに出て、きたみちを戻るように目的地を目指した。先頭はポテチのバイクだが、ナカサンの指示で進んでいるようだった。それを見ながらエルザはいう。

「ナカサンっていうひとは、ずいぶん積極的だな」

「アクティブだしな」とオレ。

「どこへいくのかな? このへんは岩場ばかりで海水浴場なんてないだろ?」

 オレが進行方向を見ながら呟くとエルザが教えてくれた。

「カエデちゃんが去年ここにきたときに、カラ研の連中と見つけた秘密の場所があるんだってさ」

「秘密の場所? 海なんだろうな、そこは?」

 みちはだんだんと登りになって、松林の遥か崖下に青い海面が見えるようになった。


 ――ひと山越えて、南伊豆の方に向かうのか? あそこなら砂浜だからな。

 

 ところが松林を抜けきらない途中のケモノミチみたいな細い轍に入っていくのだ。もう舗装道路じゃない。みちとは思えない木々の間を縫って奥へと進むのだが、鬱蒼とした森という感じでもなかった。

「秘密の場所らしくなってきたな」とエルザは口角を上げた。

 期待に胸を膨らます彼に比べて、オレはホントにこれでいいのかよ、と心配になってきた。断崖の上の松林で、こんなところに水辺があるとは思えなかった。

「カエデはこんなところで泳いだっていうの? 大丈夫かよ」

 すると突然、開けたところに出た。砂利敷きのけっこうなスペースで、クルマが何台か停まれるほどの広さがあった。敷地の隅に幟を立てた小屋があり、お茶屋みたいだった。

「お茶屋の駐車場だな」

 ウマのクルマが神経質に何度も切り返して駐車しようとしている。ウマはああ見えて、実は律儀な性格なのだ。がらんとしたスペースの砂利に貼ってある枠の紐にきっちり合わせて停めようとしているのだろう。

「どこでもいいじゃないか」と、オレはかまわずお茶屋の脇にクルマを寄せた。

 どうやら、ここがカエデのいう秘密の海水浴場らしい。高い絶壁の上だけあって、そと海が見渡せるのはいいが、海辺がないのだ。

「ということは、この店は海の家か、もしかして?」

 オレはクルマを降りながら途方に暮れた。エルザがハッチを開けて、自分のバッグを取り出している。ウマのクルマから女のコたちが降りて荷物を取りにくる。

「カエデ、ここで泳ぐの?」

 カエデはバッグを持って「泳がないの?」とふり向く。

「どこで?」

 カエデに促されるまま、駐車場の端までいってみた。恐ろしいことに、ここにはフェンスもなにもなく、いきなり断崖の際から下が見降ろせた。遥か下界に、ちょっとした砂浜があるのだ。

「ここを降りるの?」

 カエデは黙って砂利敷きが途切れたところを指さす。そこには敷地を囲むように藪があるだけなのだ。

「?」

 よく見ると木の札が立っていて《海岸降り口→》と書いてある。そこに丸木を並べた階段がついている。

「なるほど、これは秘密の場所だ」

「女のコが先に着替えるから、キミたちはそとにいてね」

 仕方なくオレたちはそこで屯した。

「オレたちで貸し切りの状態だな、このお茶屋」

「海の家だろ?」とウマは拘るようにいう。

「エルザ、大丈夫か? 断崖絶壁だぞ」

 オレはエルザの高所恐怖症を思い出して気遣う。

「エレベーターとちがって、ここは地に足がついてる。しかし、よくこんなところを発見したな」とエルザは感心する。

「こんなところをたまたま発見するわけがない。だれかにきいたに決まってる」とポテチはクールに構えている。

「そうだよな」

 おそらく、カエデたちが慰問にいった施設の関係者に教えてもらったのだろう。

 しばらくすると女のコたちが水着で出てきた。みんな、熱帯シリーズみたいなデザインのワンピースなのだが、ナカサンだけがひときわ目を惹くビキニだった。

 ウマは興奮していうのだ。

「おい、見ろよ。金色のビキニだぜ」

「鼻血、鼻血」

 ポテチが面白がって、ウマの首の後ろを叩いた。

「鼻血なんて出てないよ、この! しかし、いい眺めだなあ。きた甲斐があったよ」

 たしかに金色といわれれば、そうとも見えるが、もっとくすんだ黄がかったピーナッツ色だった。色黒の肌とメッシュの髪との兼ね合いが見事だ。さすがにダンサーだけあって凄まじいスタイルなのだ。

「先にいってるからね」と、カエデたちは絶壁の丸木を駈け降りていった。陽はもうすでに、だいぶ高いところにあった。

 水着に着替えて、オレとウマは彼の持ってきた装備品を抱え、やっと下にたどり着いた。降りたところは砂浜とはいえなかった。砂利のような小さな石に混じって、大きな岩が転がる岩礁といってよかった。

「ここじゃ、日向ぼっこは無理だな」

「そのためのビーチマットじゃないか」とウマは得意げなのだ。

「穴が開くぞ」

 よく見れば大きな岩は海水に浸食されて角が尖っている。小石は丸いのだが、微妙な大きさのちがいで、かえって歩きにくいのだ。

「アイツら、どこにいるんだ?」

 女のコたちどころか、先に降りたポテチやエルザもいない。オレたちが途方に暮れていると、この磯を見降ろすようにしている崖のたもとでカエデとアヤが手を振っているのに気づいた。

「こっちだよー」

「どこにいくんだよ… 」

 カエデたちの方に荷物を持って、足場の悪いところを向かった。少しいくと、コンクリートでできた堤防の名残みたいなものが誘導路のように現れた。波打ち際に沿って歩いていくと断崖の陰に開けた浜が見えた。

「まるでプライベートビーチだ」とウマが呟く。

 背後に岸壁の急斜面を抱えた、だれもいない砂浜だった。よく見ると砂浜の下地はどうやら岩で、そこに砂を撒いた人工の浜辺だった。

「お茶屋がつくったのかな?」

「海の家だろ」と妙に拘るウマ。

 そこにもポテチたちの姿はなかった。カエデとアヤの足もとにバスタオルが広げてあって、そこにヤツらのものと思われるサンダルやサングラスなどが置いてある。

「ポテチたちは?」

 カエデは沖を指さす。海水に洗われた浜辺はやはり岩場だった。その沖の方にシュノーケルが浮いたり沈んだりしているのが見えた。

「そういえば、海の家で素潜りセットを借りてたな」とウマが教えてくれた。

「オレたちの分は?」

 カエデは両手を開いて肩をすぼめる。彼女の横に黙って立っているアヤは手をかざして沖の方を眺めている。カエデより少し背丈があるアヤは、ほっそりとした体形でまっすぐ立っていた。赤系の子どもじみた柄のカエデの水着と比べ、ブルー地に熱帯植物をあしらったデザインのワンピースが彼女の大人っぽさを引きたてる。

「どうやら、ふた手に分かれたようだな」

 オレはアヤのいる組でよかったと思ったが、ウマはナカサン組に入りたかったのではないか。

「ナカサンはポテチにべったりだな」とこれ見よがしにいったが、ウマは反応を示さなかった。

 彼は健気にも、さっそくビーチマットを膨らませている。しかたなくオレも手伝った。カエデたちもビーチパラソルを組み立てている。

「こっちの組は設営部隊だな」

「撤収もやらされそうだ」とウマは諦めたようにいう。

 膨らませたビーチマットを引きずって、ウマは水際で誘う。

「あそこの浮標(ブイ)までいこうよ」

 彼の指さす先の沖に古びた色のブイが波間に見え隠れしていた。

「だれもいなくなるのはまずいんじゃないですか?」

 アヤが心配そうにいった。

「それもそうだね」

「アタシ、見てます」とアヤはパラソルの陰にしゃがみ込んだ。オレもその隣に座って、カエデに「いってこい」と手ぶりで示した。

 カエデはこっちを見ながら、手を小さくふって見せる。やっとアヤとふたりきりになれた。ちょうどいいカップルができたじゃないか。

「こんなプライベートビーチにも遊泳区間があるんですね」

 落ち着いた口調のアヤの言葉で、オレもちょっと不思議に思った。

「ブイがあるってことは、そういうことなんだろうね。ここはそと海に面しているからだろうな」

「そと海に出ると危険なんですか?」

 アヤは目線を海から離さずにきく。

「潮の流れが速いから、沖へ連れていかれちゃうんだよ」

 かなりのところまでウマとカエデは歩いていった。遠浅なのだ。ビーチマットに掴まったふたりは、やっとバタ足でどんどん沖へ出ていく。

「大丈夫ですかね?」

「ブイの内側なら大丈夫。次はオレたちだから」

「アタシ、怖いわ」

「アザラシなんかいないから」

「アザラシなら見たいけど、沖に流されちゃうのは… 」

 アザラシは見たいのかい、と意表を突かれた。もしかしたら、カエデはホントに「アザラシが見れる」とアヤを口説いたのかもしれない。アヤの趣向性がよくわからない。

「大丈夫、オレがついてるから」とはいったものの、オレもこんなところは初めてだった。

 

 ――アザラシより危険なものがいないだろうな…


「秋野クンのところはタバコ屋さんなんですか?」

 アヤはカエデたちのビーチマットを遠目に眺めながら、不意にそんなことをきいてきた。カエデのお父さんの話は彼女の耳にも入ったということだ。


 ――ポテチめ!


「オレのバーサンがやってるんだよ、道楽でね」

「どうらく?」

 アヤは「道楽」の意味がわからなかったようだ。

「趣味。それで生計を立てているわけじゃなくてね」

「どういうこと?」

「ウチはオヤジ、オフクロが共稼ぎなんだけど、ジーサンの代までは酒屋だったんだ」

「さかや?」

「お酒を専門に売っていたのさ」

「ああ、専門店ですか」

「そんなたいそうなものじゃないんだけど、昔はそれで商売になってたらしいんだ。そのついでにタバコも扱っていたんだよ。ジーサンが亡くなってから酒屋の商売が成立しなくなってきたんでオヤジがやめたんだけど、バーサンは店に出ているのが生活の一部になっていてね。それでなし崩し的にタバコ屋になったってわけ」

「お婆さんが独りでやってるんですか?」

「そうなんです、道楽で」

 アヤはひとの話をきいているのかどうかわからなかった。ずっと、こっちを見ないのだ。照れくさいのかなとも思えたが、顔色ひとつ変えない。

「松尾サンのところは普通のお勤め?」

 オレは彼女に、なにか近づき難い距離間のようなものを感じて「アヤちゃん」といえなかった。

「アタシのところは母が美容院をやってるんです」

「じゃあ、キミがあとを継ぐの?」

 するとアヤは首を振って初めて苦笑いした。

「アタシは器用じゃないし、だいたいああいうことが好きじゃないんで」

「学校の先生になるの?」

 シートに片肘ついて寝ころんだオレは、体育ズワリで沖にまなざしを投げているアヤを見上げた。目のまえに彼女の艶めかしい太腿があった。細い印象があったのだが、まぢかで見るとバランスのいい美しい体型じゃないか。

 彼女はしばらく考えているような素振りをしたあとに、首をちょっと傾げた。

「アタシも、どっちかっていえば自分の趣味のお店を持ちたいなって…」といいかけて、「あっ、アレ」と指さす。

「?」

 オレはアヤの指さす方を見た。さっきまでウマたちの水しぶきが見えていたが、突然ヘンな軌道を描いてUターンし始めたのだ。まるでブイを避けるかのように大きく円を描いて戻ってくる。遠目にも、カエデがなにか大声で叫んでいるのがわかる。

「オンマサン、〇▲✖☆よ、オンマサン!」

 はっきりききとれないが、一方のウマは眉をひそめて戸惑った表情だ。どうやらビーチマットの主導権を執っているのはカエデのように見えた。

「どうしたんでしょうねえ」と、おっとり調子のアヤ。

 彼らは足が立つところまでくると、ビーチマットを抱えて走ってこっちにきた。

「ブイまでいくんじゃなかったのかよ?」

 ふたりはオレたちのところまでくると、肩で息をしながら四つん這いになった。

「〇▲✖☆!」

 息を切らしたカエデは相変わらず奇妙な単語を口走っている。

「なに?」

「〇▲✖☆よ! 〇▲✖☆!」

「オマエはいったいナニジンだ? なにをいってるのか、さっぱりわからん!」

 そういってウマを見れば、彼はもう浜辺に大の字でグロッキーだった。

「おい、ウマ」

 ウマは手を振って「オレにもわからん。サメかと思った」と声を絞り出す。

 仕方がないので、しばらくふたりをそのままにしておいた。カエデがビーチマットの上に寝転んでいるから、アヤと漕ぎだすわけにもいかない。

「秋野クン、いっちゃダメだよ」

 やっとカエデは声を発した。

「アレ、ブイじゃないの」と沖を指さす。

「えっ」

 ウマも含めて、オレたちはカエデが指さす方を見た。ここからではもう見えない。沈んだなら、ブイではないだろう。


 ――では、なんだ?


「カツオノエボシよ!」

 オレとウマはお互いの顔を見合わせた。そして、もう一度たしかめた。

「なんだって?」

「カツオノエボシ!」

「だれのエルボー?」

「人じゃないわよ、カツオノエボシ!」

「それ、だれ?」

 ウマが真面目とも茶化すともわからない微妙なニュアンスで、きき返す。

「だから、ヒトじゃないって―― アンタたちは!」とカエデは砂を掴んでこっちに投げつけた。

「カツオノエボシって、いわゆる電気クラゲでしょ?」といったのは、いたって平静なアヤだった。

「クラゲ?」

 カエデを見れば、アヤを指さして「それよ、それ」というしぐさをしている。

「クラゲ? あんなデカいクラゲがいるかよ」とウマは笑い出すのだ。

「知らないの、キミたち?」

 そういうカエデの表情を見ていると、まんざら冗談とも思えなくなった。事実、あんなにはっきり見えていたものが、もう波間に消えている。

「あっ、あそこだ」とウマが指さす。

 目を凝らすと、この湾のはずれたところを漂っているのがわかる。こちらからだと、どう見ても少し色褪せた小汚い青いブイとしか思えなかった。だがブイが流れているということは、ただ浮いているだけの証しではないのか。

「あの下側に、もじゃもじゃにぶら下がった触手を見たのよ!」

「それが電気で動くの?」

 カエデは、こっちをきつく睨みつけていうのだ。

「バッテリーで動いてるんじゃないの! 感電するのよ」

 やっと彼女が慌てふためいて逃げてきた理由がわかった。さらにアヤが補足する。

「正確にいうと、刺されると痺れるから電気クラゲなんです」

「電気ウナギみたいに放電するわけじゃないんだ?」

「なーんだ」といってウマは浜に寝転んだ。

「痺れるだけならたいしたことないじゃないか」

「でも、麻痺するくらいの猛毒らしいですよ。死ぬこともあるみたい」

「エエッ!」

 オレとウマは蒼ざめた顔で、カエデを見た。彼女は「どうだ、いっただろ?」と不敵な笑みを浮かべる。

 ところがアヤはカエデをビーチマットから退けようとしている。そしてオレに向かっていうのだ。

「秋野クン、いきましょう。アタシ、もっと近くでカツオノエボシが見たいわ」

 オレは、この女は正気かとカエデたちを振り返った。

「じょっ… 冗談でしょ?」

 カエデは顔が引きつっていた。ウマは俯いたまま、肩を震わせているのだ。笑いを堪えているのにちがいない。

「松尾サン、刺されると死ぬんだろ?」

 オレは完全に怖気づいていた。


 ――まさか、そんな危険なものがホントに現れるなんて…


「死ぬこともあるんです。でも、身体が麻痺するくらいで済むみたいですけど」

「すくなくとも麻痺はするんだろ?」

「海面からでは見えないんですけど、海中に何メートルもある触手があって、それが巻きつくんですよ。何度も刺されるとアナフィラキシーショックで死ぬこともあるみたい」

「松尾サン―― アヤちゃん、わるいこといわないからやめよう」

「大丈夫ですよ、刺されなければ」

 そうか、じゃあいこう、なんてことにはならない。絶対に刺されないなんて保証はどこにもないのだ。

 そこでカエデが助け舟を出してくれた。

「アヤ、もう見えないよ。追いかけていけば流されるかもよ」

「そうですよ」とオレがいえば、ウマはもう耐えきれずに両腕で顔を隠している。たぶん大笑いなのだ。

「オレがついていれば大丈夫」といったオレの面目まるつぶれだった。

「流されるのは怖いし… 残念ねえ」

 そういって、またシートに腰を降ろした。

 どうやら諦めてくれたらしいが、オレはこのアヤというコの性格がわからなくなった。だいたいカラオケで事故物件や幽体離脱の歌を好んで歌ったり、カエデいわく「怪獣映画」が好きで常に持ち歩いているなんていうのは普通の人間ではない。

 だが、ルックスはオレ好みのお淑やかさで、だれかみたいにやたらとでしゃばらないところが捨てがたい魅力なのだがなあ。


つづく


 


毎週金曜日23時に更新します。

*作中の人物、団体、作品等の名称は、実在する一部を除き、特定のモデルはありません。

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