203.草木を踏み、また道を拓こう。 *
舞台は、幻想都市・ジュテム。地下街・オラトリアの近隣に位置するこの街は、前衛的な建造物が林立する、壮麗な景観を誇った。煉瓦造りを基調としながらも、流動的なデザインを持つ時計塔。鮮烈な色彩がちりばめられた集合住宅。ガラスのドームが空一帯を覆い尽くす商店街。異彩を放つ町並みは、玲奈の知る世界でもそうそう目にはかかれない。
昼下がりの頃。街の検問には、一台の魔力駆動車が到達した。運転席に腰掛ける温和な男は、そこで検問の騎士へとある書類を提示する。
「――はい。この件で街を出てましてね」
男の名は、コムレス=レーメット。男は魔導師パーティ・獣道に属する、ギルド魔導師であった。
そしてその車両の後部座席には、二人の男が腰を下ろす。エクア=ウィーターと、レント=ハンジュ。二人もまた、魔導師パーティ・獣道の構成員であった。
リーダー・レント=ハンジュの帰還から、早くも数ヶ月。再始動を始めた魔導師パーティ・獣道は、またギルド依頼に精を出す日々を送る。
この日の依頼は、都外での車両警護任務。無事に魔力駆動貨物車を目的地へ送り届けた彼らは、ようやく復路を辿って街へと戻った。
「――ふう。今日も一仕事完了、ですかね」
コムレスは都内の幹線道路をゆっくりと進みながら、後部座席の二人に声を掛ける。威勢の良い返事をしたのは、すっかり機嫌を取り戻したエクアであった。
「なーに。こんなの仕事のうちに入るかっての。日暮れまでに、もう一件くらい片付けてもいいくらいだ」
コムレスは小さく笑うと、優しい声色のまま応じる。
「まあまあ、どんな仕事でも無碍にするもんじゃあないですよ。それに獣道のリーダーさんってば、まだ病み上がりですから。無理せずいきましょう。ね?」
その気遣いへ天邪鬼に応じるのは、当の本人であるレント=ハンジュ。
「おい、一体俺はいつまで病人扱いなんだ」
「そーですね……当分はもう暫く、でしょうか」
心の傷は、意外と閉じないものですから。そんな一言は蛇足だと分かりつつ、コムレスは心の内で呟いた。
ただそんなコムレスの横顔を見たレントは、ふとして思い出す。そういえば彼は以前まで、もう少しだけ口数が少なかった。加えてパーティのリーダーたる自分は、もう少しばかり会話の中心に立っていた気がする。きっと彼はリーダーを喪失した獣道を繋ぐべく、自ら奮ってくれたのだろう。
ならば彼には、きっと報いてやらなければならない。そんな打算に突き動かされたわけではないが、レントはふと言葉を紡いだ。それはかつての獣道の日常を回顧させる、何気ない一言。
「……よし、飯食おう。ギルドで腹一杯食って、そんで今日は終わりだ」
ギルド・ジュテムにて。木を基調としながらも、壁面に直接描かれた前衛的な絵画が点在する鮮烈な内装は、きっとこのギルド特有のものだろう。落ち着かない雰囲気は否定出来ずとも、ここが現地の魔導師たちの帰る家。彼らにとっては、もはや見慣れた光景であった。
「……か、乾杯」
レントはどこか景気の悪い声で音頭を取る。二人はそれを可笑しくおもいつつも、そこに応じた。ギルド酒場とは、どの街でも魔導師たちの憩いの場所。再始動したばかりの三人には、尚のことこの場所が沁みる。
コムレスは朗らかに呟いた。
「いやぁ、こんな明るい時間からお酒を飲むのも悪くないねえ」
「そんなの飲んで、何が楽しいんだか」
どこか不貞腐れながら応じたのはエクア。彼が手にするのは、至って平凡な水だった。
コムレスはからかうように返答する。
「なーに、エクア君も飲めるようになったら分かるよ。あと一年だね」
「はいはい。どーせ俺はガキだよ」
「そこまで言っちゃいないよ」
他愛の無い会話。しかいその平凡な一欠片が、少しずつ傷心の男を引き戻してゆく。レントは己を凝り固めていた心の歪みをまた少し解消すべく、あえて遠慮なく言葉を紡いだ。
「……お前は真性のガキだ、エクア。出会った頃よりは、幾分かマシになったけど」
突然の暴言に、エクアは苦言を呈す。
「な、なにい!? レントお前って奴は!」
「今でも覚えてるぜ。許可証も持たず都外に忍び出ては、修行と称してそこで手当たり次第に魔獣討伐。あの日俺がお前を引き入れてなかったら、騎士に捕まってたか、もしくは魔獣に殺されてたか」
事実の羅列に、エクアは押し黙る。当時既に獣道の一員であったコムレスは、レントと同じくその頃を振り返った。
「エクア君との出会いは、随分と奇想天外でしたね。対して私とレント君の出会いは、平凡なことにこのギルド食堂。酒の趣味だけが、全てのきっかけでしたね」
レントは顎に手を当てて呟く。
「そっか。そんなんだったな」
子細を知らぬエクアは、更に回想を求めた。
「なぁ、そういえば俺、お前らの出会いの話聞いたことねーよ! 教えろよ!」




