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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第7章 ~革命の塔編②~
122/203

117.和やかに、そして等しく。 **

 エルが孤児院に身を寄せてから数年が経過した。そしてこの日、孤児院は重大な節目を迎えることとなる。

 「――ご臨終です」

 始まりは、老神父の永眠から。昨晩突然倒れた男が帰って来ることはなかった。孤児院の隅にひっそりと設けられた神父室には、村の治癒魔導師の宣告が響き渡る。小さな部屋に押し寄せた子供たちの多くは、また人の死に直面した。

 なんとなく状況を理解する幼き日のカルノは、ただ泣きじゃくる。年長であるクレントは、そばで不安な顔をしたフィノンの頭を撫でた。

 



 村から訪れた司祭が先導のもと、葬送は滞りなく終えられた。それでも儀式が終われば、その司祭はそっと目を背けるように教会を立ち去る。司祭とはいえど単に村の小さな祭事を仕切るだけで、一村民と変わらない生活をする彼には、これからの孤児院の運営を支援する力も、その義理も無い。

 子どもたちは静かな教会へ取り残された。夜になろうとも、神父が炊事場から手製の食事を運んでくることはない。




 漠然とした不安がそうさせたのだろうか。深夜になれば彼らは自然と暗い庭に集った。

 「……俺たち、どうなるんだ」

 ホーブルはふと不安を口にする。しかしそこには一つの返答も訪れない。神父ひとりの手で切り盛りされていた孤児院が経営困難に陥っているということは、誰の目にも確かだった。

 エルはどうにか希望を見いだしたく、分かりきっていることを口にする。

 「村の人たちに頼んでみればさ……」

ティタは一蹴した。

 「そんなの無理。エンジ村は冬も厳しいし天候も不安定だから、食糧も油も足りてない。私たちのぶんなんて、どこ探しても無いわよ」

 「……なら、いつも村の外から来てくれる貨物車のおじさんに」

 「神父様が居ない以上、あの人はもうここには来ない。あの人だって慈善活動じゃないんだし。私たちに残されたのは少しの食糧と、冬に向けて届けられた油の蓄えだけよ」

 村と交流の無い孤児院での生活を可能にしていたのは、老神父が契約した貨物商の存在があった。貨物商は定期的に孤児院を訪れ、そこに食糧や生活品をもたらしていた。しかし老神父が世を去った今、貨物商がここへ来る理由も無い。

 逃れられぬ絶望は静寂を呼んだ。しかしそんな最中、ひとつの声が差し込む。

 「――これが世界だ。弱者はただ排斥され続ける」

どこからともなく現れた声の主。それは普段全く喋らぬ例の少年のものだった。

 少年は手にした小型の灯火魔法具を掲げる。その魔法具は本来であれば、握った者の魔力を消費して周囲を照らす代物である。しかしどういうわけか、それは灯らない。少年の周囲は依然として暗がりに包まれていた。

 少年の演説は、ある告白から始まる。

 「――魔力拒絶症。魔法に溢れた世界に居ながら、あらゆる魔法が使うことが叶わない。魔法具ですら、僕にとってはガラクタだ」

なぜ少年が魔法具を握ってここへ現れたのか、その意図がようやく分かった。彼はそれを躊躇無く投げ捨て、また言葉を綴る。

 「世界のあらゆる知識人は、平和と平等を呪詛のように唱え続ける。それでも世の理という不文律は、永遠に不平等と差別生み続ける」

 「僕は弱い。果てしなく弱い。僕から何か奪うことはもちろん、殺すことだって容易い。言うなれば、僕は弱者の象徴だ」

 「平和、平等。それは弱者が生きることのできる世界。それが机上の空論から永遠に抜け出せないのは、強者がこれを語るからだ。平和も平等も、弱者にしか実現できないのに」

そして演説は強烈な一言で締めくくられた。

 「――弱者の象徴たる僕が、世界を統べなければならない」

 広場の皆はただ硬直した。圧巻されたというよりは、それが途方も無い戯言にしか理解できなかったから。

 まずその沈黙を振り払ったのはティタだった。

 「……あんた、頭おかしいの?」

見下したような目をする彼女に、少年は真っ直ぐな瞳を合わせる。

 「大真面目だよ。これこそ僕に与えられた宿命であり、過去の僕が街で野垂れ死ぬことなく、今ここで立っている意味なんだから」

 「……変な奴だとは思ってたけど、ほんとにイカれてる。意味わかんない。弱肉強食って言葉を知らないの?」

 「それは理性の無い野生の世界の話だ。人間には理性がある。人間の文明が醜い獣と同じ価値観で存立するのは不適当だ」

クレントはまた何か反論しようとするティタを遮るように立ちはだかると、少年と対話を試みる。

 「それを俺たちに話したのは、何の目的がある?」

少年はそれを待ち望んでいたかのように返答する。

 「僕に服従しろ。平和と平等の実現の為に」

広場の空気はより一層険悪になった。ティタは構わず野次を飛ばそうとするが、冷静なクレントはそれを掻き消して対話への挑戦を続ける。

 「俺たちにはそんな無謀な話に乗っかる理由も無い。名も知らぬお前に服従する義理も無いな」

 「それじゃあ君たちは、このまま孤児院で何も成さず死んでいくのかい?」

 「誰がそんなことを」

 「だって僕たちは、このままだと死ぬんだ。僕たちには、生きるために統率が必要だ」

 「そうだな。でもお前が適任では無いことだけは確かだ」

遠慮なく言い放ったクレントに怯まず、少年はある突如としてある計画を示す。

 「夜明け頃、村へ降りて民家をひとつ襲撃する。まずは数日生きながらえるための食糧を手にするんだ」

 「愚かな奴だ。お前はさっき、自らで弱肉強食を否定したんだろ」

 「革命とは血の代償の上に成り立つ。これはあくまで必要な過程だ。弱者として生きる者が抱えた(ひず)みを、弱者たる苦しみを理解させる。一種の教育のために、奴らを喰らう」

 「……分からんな。大義名分にしか思えない」

 「分からなくていい。まずは君たちが明日を生きるために、僕へ服従してみろ。それに僕にも、それなりの覚悟ができている」

少年は懐からナイフを取り出した。掌を広場の芝生へ置けば、その刃を躊躇うことなく、己の手の甲へと突き刺す。

 「生きる為に、村の襲撃は必要事項だ。誰かがやらねばならない。僕の指示に従え……なんて言っても、聞く耳をもたれないことくらい分かっていた」

 場は騒然とした。少年は顔を歪ませながらも、不敵な笑みで語る。

 「ならば僕も背負おう。そこで一人でも怪我を命を落としたなら、僕はその責任を負って、絶命するまで己の肉を削ぎ続ける。僕を殺したい奴がいたなら、そいつに任せてもいいな」

No.117 革命の塔における「塔主」


革命の塔の全権を握る指導者を意味する。


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