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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第7章 ~革命の塔編②~
121/203

116.始祖の天使 **

 ツィーニアは施錠された木の扉を迷わず叩き斬る。洗脳魔導師の存在を危惧し下を向いて瞼を閉じると、ゆっくりと暗闇へ歩みを進めた。

 そこはギルド・ホルトの裏通り。ティタの証言どおり、廃れたバーは確かに革命の塔の支部として使われた形跡がある。古い内装の中には似通わない、整備された通信魔法具や液晶魔法具が並んでいた。

 ツィーニアは視界に頼らずとも、最大限の警戒をしたまま慎重に歩みを続ける。そのとき突如として鳴り響いた物音が耳に差し込むと、彼女はすぐに入り口へ一歩後退した。冷静に耳の神経を研ぎ澄ます。

 次に己へ飛び込むのは投擲系の暗器か、魔法弾か。想定を怠らぬ彼女に届いたのものは、一寸の害も感じぬ細い声だった。その声は僅かな震えを帯びつつも、どこか大人びた色彩を見せる。

 「……どなたでしょうか?」

ツィーニアは目を閉じたままそれに応じる。

 「……質問するのは私よ。あんたが洗脳魔法の使い手で間違いないのかしら?」

ツィーニアの手は魔法剣の柄にかかる。臨戦態勢でその問いの答えを待った。

 「……そうです。でも、実際に使徒を操るのは私じゃありません。天導師です」

 「天導師ならもう死んだわ。あの性悪な女のことでしょう」

 「……そう、ですか。なら、使徒の権限は私に帰属しているはずですね」

それは脅しともとれる文脈ながら、悪意は感じられない。ここでツィーニアはようやく剣から手を離した。

 洗脳魔導師の女は落ち着いた声で話す。

 「私に戦意はありません。それに、こんなにも拘束されているのですから、私の命はもうあなたの手中にあるようなものです」

金属の擦れる音は拘束具のものだろうか。それでもツィーニアは安易に目を開けず、探りを入れるように質問をした。

 「私の髪の色は何色に見える?」

 「へ?」

 「質問に答えなさい」

 「……分かりませんよ」

その言葉が嘘に思えなかったツィーニアは、女に目隠しがされていることを信じて瞼を開いた。そこで彼女の視界に映り込むのは、会話の通り厳重に拘束された女性の姿。椅子に座らされた状態で両手両脚と腰までもを繋ぎ止められ、大きな目隠しを装着させられている。

 ツィーニアは再び歩み出す。女と距離を縮めたところで立ち止まると、そこで会話を試みた。聞き出さなければならないことは山のようにあるのだ。

 「私の弟子が操られた魔導師と闘ってるの。あなたの手で傀儡を止めることはできる?」

 「傀儡というのが使徒のことであるのならば、それは可能です。せめて腕の拘束具を外していただければ、ですが……」

 女は上の巻き付いた両腕を差し出す。ツィーニアは再び剣を握ると、腕の間の接続部だけを器用に断絶した。

 女は何も語らず、差し出したままの両腕から魔法陣を展開した。その黒き魔法陣は、国選魔導師ツィーニアにも新しく映る。彼女は思わず一歩退いた。

 僅か数秒の出来事だった。その魔法陣が消えたとき、女はまた口を開く。

 「解除しました。あなたのお弟子さんも、もう大丈夫です」

 「……分からないわ。どうしてあんたはそんなに従順なの。あんただって、革命の塔の一員なんでしょ?」

気づけばツィーニアは興味本位でそれを聞いていた。女は迷いなく返答する。

 「私たち天使はもはや、革命の塔の一員ではありません。このとおり、ただの道具です。冷たい拘束具で自由を奪われ、人間を辞めさせられたのですから」

 「天使ってのは、あんたのことで合ってるのかしら?」

 「はい。革命の塔において、天使とは洗脳魔導師を指します。天使は天導師と使徒を主従関係を確立する使命のために、こうして各支部に配置されるのです」

ツィーニアはしばし会話を止めた。冷酷に生きてきたつもりだったが、目の前の女の虚しい声色から同情すら覚えてしまう。

 ただ同時に、その女性の心境はツィーニアにとって都合の良いものだった。ツィーニアはどこか心苦しくも、その女性の心境を利用する。

 「それは反乱の意思って解釈でいいのなら、話してもらえるかしら。あんたの知っていることを全て」

女は従順に、革命の塔によって狂わされた人生を語りだす。

 「――私の名はエル。革命の塔によって生み出された、最初の洗脳魔導師。いわば、始祖の天使でした」




 そして時は十数年前に遡る。エンジ村の離れにて。

 かつて村から手放されて寂れた木造の教会は、とある都市から移り住んだ老神父によって再び管理され始めた。村と教会の間で交流が再興することは無かったが、老神父が教会の裏に佇む平屋を少しずつ修復し小さな孤児院を設立したことで、教会はささやかな賑わいを取り戻す。

 エルは、その孤児院に引き取られた一人だった。

 「――エル、ここでの生活も慣れてきたかな?」

老神父の優しい声色に、エルは応じる。

 「……はい。ここに来れて、よかったです」

 「そうかいそうかい。それは良かった」

 孤児院で生活する子供は、エルを含め七人だった。一番の新参者である彼女が環境になじめていることを知ると、老神父は安寧した様子を見せる。

 「あ、でも……」

 そのときエルは、窓の外に映るひとりの少年へ視線を向けた。老神父はそれを追うと、彼女が何を言おうとしたのか察することが出来る。

 「……君が相手でも、やはり口を開いてくれなかったか」

老人は少し悩ましそうにして、また呟いた。

 「彼のことだろう」

 「……はい」

 「彼は孤児院の立ち上げ当時から居る子だ。あまりに口数が少なく、身の上を何も教えてくれない。現に私が彼について知っていることは、ギノバスで捨てられていた哀れな幼子(おさなご)だということだけだ」

 「あの子の名前は、何ですか?」

エルの答えに、老人はまた俯く。

 「……それも、私にはわからない」

 「え?」

 「彼が名乗らないものだから、最初は名も無き子だと思い、私が新たに名付けた。でも彼はいつになろうとそれに応答しない。まるで、拒否しているようだった」

 エルは孤児として生を受けながらも、慈悲深き少女だった。そのとき彼女は何かに突き動かされるようにして庭の方へと飛び出す。神父はその少女が少年との対話に挑まんとしていることを理解した。彼は縋るようにそれを見守る。

 エルは裸足のまま庭の雑草を踏みしめた。少年は背後から囁く草の音を気にも留めず、ただ腰を下ろして空の高いところまで伸びる雲を目にする。

 その少年は、エルよりもいくつか年上だった。それでも彼女は怖じ気づかずに声をかける。

 「……ねえ。聞こえる?」

少年はゆっくりとエルの方へ振り返る。どうやら声が聞こえないわけではないらしい。

 「私、エル。あなたは?」

やはり少年は応じない。彼は綺麗な瞳で、ただエルを観察するように見つめた。

 エルはそのまま少年に近づくと、その横に腰を下ろす。

 「私、あなたとお話したいな」

それでも彼が応じることはなかった。




 「――ねえ、また今日も空を見てるの? 雲が好きなの?」




 「――ねぇ、雨なのにまだ外に居るの? 服が濡れちゃうよ?」




 「――ねぇ、雪降ってるのにまだ庭に残るの? 風邪引いちゃうよ?」




 少女の挑戦は幾月も続いた。そんなある日少年は根負けしたかのごとく、ようやく口を開く。それはエルの発した一言がきっかけだった。

 「私ね、最近魔法のお勉強してるの。ほらっ!」

エルは掌を上にすると、そこへ小さな魔法陣を展開する。そこに現れた赤の魔法陣から、小さな炎が灯った。すっかり日が落ちて暗がりになった庭が、ひとつの温かな光に照らされる。

 「……いいね、君は魔法が使えて」

 それは少年がエルの前で初めて声を発した瞬間だった。突然の出来事にエルは聞き返す。

 「え?」

 「僕は君が羨ましいよ」

そしてそこから少年は、まるで心の何かかが決壊したかのように身の上を語り始める。

 「僕には魔力適性が存在しない。それ以前に、体が魔力を拒否してしまう。症例も無いから、僕は勝手にそれを魔力拒絶症と呼んでいる」

少年は自嘲するように吐き捨てた。

 「魔法が全てのこの世界で僕はあまりに無力過ぎる。理不尽だ」

少年はエルからの慰めや励ましを期待するわけでもなく、ただそのまま彼女を差し置いて話を続ける。

 「僕は弱者だ。弱者が声を上げなければ、この不条理な世界は終わらない。僕はその世界を変えるために生まれてきた。弱者の象徴として、両親も、金貨も、魔法すらも持たずに生まれた」

少年の思考は(ひず)みを抱えていたが、事実あまりに達観していた。エルはただ圧倒され、声を挟む隙すら見出せない。

 「僕には魔法が無くとも、この狂った世界を反転させるだけの力がある。君にもいつか証明してみせる」

 少年は立ち上がる。一歩前に出て立ち尽くすその背中には、何かの意志が見て取れた。

 最初はただ物静かで内気な少年なのだと思い込んでいた。優しく接してあげることが、彼の救いになると考えていた。しかしこの日、エルの中の彼の人物像は目まぐるしく変容する。少年が吐露した言葉は抽象的で空論ながらも、本当に何かを成してしまいそうな気迫を感じた。弱い少年が、何者よりも強く見えた。

No.116 フィノン=ズニア


 革命の塔所属。第一天導師に使える者。投擲に向いた分厚い手袋を装着し、黒い髪で右目を隠している。ラブリン詰所を単独で奇襲したが、王国騎士団第三師団長・ロベリアの手で討たれた。

 金を発現させる金魔法と強化魔法を扱う双魔導師。金をコイン状に形作り、強化魔法を用いてそれを投擲する攻撃を戦闘の軸とする。

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