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GUNMAN GEORGE  作者: 根井
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第6話 モトローラ・セーバー編(後編)

9、自分さえ良ければいい


 アーサーがいる所は、会議室とB塔を繋ぐ、ブリッジの上だった。さっきの騒動で声が漏れる会議室を背景にアーサーは無表情のまま黒いコートを靡かせ、悠々とブリッジを渡る。


すると、その後ろからカツカツと追いかける、普通なら「そこにいるはずのない」人物が1人、アーサーの背後に向かって走っていた。


アーサーはその瞬間、足を止めた。左脚を軸に、角の鋭い黒の靴を、円を描くように滑らせ、ピタリと振り返る。


生気のない灰色の瞳は、その手に装飾のついたデリンジャーを持つ、


―アヴァ議員を捉えていた。


「やはり、貴女だったのですね。」


黄金のデリンジャーをアーサーに向ける無表情のアヴァ。

しかし、そこからは虚無ではなく激しい憎悪をアーサーは感じ取った。

細く長い白いアーサーの指がガラスの日差しに当たる。それを真っ直ぐアヴァに突きつける。


「貴女が、魔女だったんですね。アヴァ議員。」


彼女はそれにニヤッと嗤った。


「はめたわね。」


と冷たい口調で一言。


「カップに何かメモを仕組んだかどうだか知らないけれど、それであの健気な女Gメンを誑かし、協力させたのね。」


黄茶色の瞳が濁った光を放った。


「それでわざと無線機を落として、彼女に奪われたフリをして、このブリッジに渡る扉の鍵を受け取る。そして私の弾を避けてここへと逃げ出した・・・・というワケか。」


ちらりとオートロック式で閉められている扉を睨んでもう一度嗤った。


「そうだ。私が「魔女だ」という疑いをあえて皆に向けさせる事で、尋問を受けさせようとする雰囲気を作り上げる。そうして私が尋問に受けられれば、貴女は私を殺すチャンスを失う。そうなる前に先手をとるだろうと思って居たよ。案の定だったな。」


「あらまぁ。メンバーの皆まで手玉にとっていたワケなの。

自分がターゲットだと言う事も気付いてたのね?さすがは死神様。」


とアーサーの牽制に感嘆の声をあげるも、目は笑っていなかった。


「しかし、いくら私の作戦から避けるためだからって、女秘書とあの私Gメンを誑かすだなんて・・・全く、随分と紳士としてお行儀の悪い事をしたものだわね。

と、あえて丁寧に罵る様は人の神経の逆撫でさせるものだ。

しかしアーサーは何も応えず、ただ拳を握りしめただけだった。


「あら、何とも思わない訳?アンタがはめた事であの女Gメン、アンタの代わりに撃たれはめになったじゃない。恋する女の気持ちを利用した行為、少しは罪悪感ってものもなくって?」


「今は貴女に対する怒りで頭がいっぱいだ。」


よどみのない低い声にアヴァは口角をあげる。そして灰色の瞳の中から自分に向かって開かれる瞳孔と、視線を合わせた。


「貴女は、一体どういう想いに駆られて、メンバーを・・・そして息子を殺してまで事件を起こさせたのだ。なぜ、そんな事でここまで。」


「そんな事。」


お前が何を知っている、と機械仕掛けにようにアヴァはゆっくり首を傾ける。


「もうすべて知っているんだよ、私は。今まで殺されたメンバーの皆は、私を入れて魔女委員会であると同時に…今から何十年前になるか、放射線廃棄物・・・「ネバダRW処理場建設」を積極的に推進したメンバーでもあった。これが、貴女が事件を起こした本当の狙いだったんだな。」


「ほぅ・・・・分かっているなら話は早いわね。」


とアヴァはデリンジャーをほいと投げ捨て、悠々とアーサーに向かって歩きだした。


「そうよ・・・・・アンタたちは、そのネバダに置かれた放射線倉庫を・・・ムンダネウムに売る事に、核テロリズムを防ぐため、と執拗な程反対してきた奴ら。それを抹殺するがためこの事件を「提案した」当人は、私よ。」


デリンジャーが落ちる高い音が吹き抜けに響いた。


「アンタら、アメリカから守るという口実で、私たちの故郷・・・・・ネバタを生贄に捧げた下衆どもをね。」


「ネバダ」と言った途端にさっきまでの笑いがふと消え、小さな鼻に皺を寄せる。

刻まれた皺に陰る影が彼女の憤怒を描き出した。


「超解釈だな。」


と、一方アーサーは淡々と格子に片手をついて呟いた。


「言っとくが、私たちの判断は間違っているとは、今も思って居ないぞ。私たちが言った通り、案の定ネバタに置くはずだった、RWをムンダネウムに売りつけたお蔭でこの通りじゃないか。

その地下に忍び込んだ本当のトゥルーデの魔女に足元をすくわれ、アメリカは危機に陥っている。間違っているのは昔もそして今も、貴女の方だ。ネバダを守るためにアメリカを追い落とす?は、とんだ滅茶苦茶な理論じゃないか。」


アーサーの言葉に、アヴァは濁った瞳を見開いた。


「そこまで、知ってた!?どこから・・・!?誰から一体…!?あの無線から・・・!」


「そんな事はどうでもいい。それより問題なのは、本当はとっくのとうに分かっていたトゥルーデの魔女の居場所を、貴女以外のメンバーが報告を受けていなかった、という事実だろう。どこからそれを止めていた?」


アヴァは答えない。

アーサーは息を吸う。信じたくもないが、と重々しく口を開く。


「NSAからか・・・・・。」


「・・・・そうよ。」


アヴァは眉を顰めたまま応えた。


「NSA…アメリカ国家安全保障局。このFBI、ましてやCIAをも凌駕する程の実力を持つペンタゴン所属の超機密諜報機関、俗称「アメリカのトゥルーデの魔女」、か・・・・・。確かにあそこならば、トゥルーデの魔女の居場所を見つける事など、とっくのとうに出来たであろうな。」


「魔女も魔女で、別に隠すつもりはなかったみたいだけれど。」


それはそうだ。放射線廃棄物処理倉庫の地下に潜むテロリストなど、攻撃しようにもできるワケがない、だから魔女は安心してそこに居なおる事が出来る。


「それをNSAから報告を受けた時の私の驚き様は想像できるわよね。

サイバー対策も出来なければ、直接攻撃も出来ない、トゥルーデの魔女という名の「悪魔」を。」


「しかし、それでも私たちはアメリカを守るためには彼女と戦わなければならない。」


「その通り。で、それがメンバー全体に知られ、会議が開かれた時、貴方ならどう答えるかしら…?」


「RWを一旦ネバタの処理場に買い戻す。それで直接攻撃のチャンスを狙う。」


即答だった。今まで殺された―メンバーたちも必ずそうするであろう。と続けた。


「そう、それを私はどうしても許せなかった。」


そうして答えた声は女のものとは思えない、獣の、唸るようなものだった。


「そうか・・・。それで、貴女はそうならないために、NSAからの報告をすべて委員長に一旦報告する様にと、楔を撃って情報を止めていたんだな。その情報を基に、魔女を偽り、テロを起こして恐怖を煽らせるシナリオを考え付いた。ポール捜査官の携帯電話を傍受出来たのも、携帯を切る前にNSAから情報を受け取っていたからか…!」


「ええ、気付かれない内にアンタら「買戻し派」の意見を魔女のテロと偽ってつぶし、ターゲットの混乱、携帯の使用不可による連絡の齟齬を通じて、私が犯人である情報を閉じ、魔女に対する恐怖を掻き立てさせるのが私の目的。

それでRWがあるにも関わらず怒りにまかせて今後即刻攻撃するなり、そのままずるずるとサイバー対策を続けるなり、すれば良かった。それがいずれ、私の指導で、それが実現出来る様にしたかった!」


アヴァの睨みはアーサーへの同意を促した。それにアーサーは悔し紛れにそれに応じる様頷き、そして眉を更に顰めて顔をあげる。


「そうだな。「あの」メンバーのメンツなら貴女一人でそれは出来様。が、しかし・・・・そんな事になればどれほどのアメリカ国民の犠牲が強いられる結果になるのか分かっての行動だったのか!アメリカの平穏なくして、ネバダの平和などない!」


「ネバダを犠牲にしてでも、アメリカが助かればいいってものでもないわ!アメリカなんていっても、そんなもん所詮都市にいる人間の事なのでしょ!?」


「良い加減にしろよ!」


この時初めてアーサーは「怒った」。

眉を深く顰め、顔を影にして、そして精一杯に声を張り上げて唸る。


片方だけ発達した犬歯がアヴァに噛みつかんと顔を出す。人間が一番表に出す感情は「怒り」だ。

アーサーもその例に漏れず、「死神」から取り戻した感情が久々にアーサーの全身に血流となって溢れ出したのだ。



「そこまで…!こんなに人を殺してまでネバダにRWが送られるのが嫌だったか!? この、自分の事しか考えられない悪党が!」


アーサーは格子のポールを思い切り殴った。鉄のパイプが鈍い音を共鳴し、アヴァの足取りを一瞬止める。


「嫌に決まってるじゃない!」


2人の怒声がぶつかり合って、吹き抜けに空しく相殺した。


「育ちの良い坊ちゃんの悪態はなんだか味気ないわねえ。」


アヴァは頬に手をつき、怒りに震え、同時に戸惑うアーサーを見上げながら皮肉る。


「私の気持ちが分からない?」


「分かりたくもない。」


「あっそ。けどこれが貴方の故郷、NYの場合だったら同じ口が言えたかしら?」


「NY?大都市が処理倉庫になるわけがないだろ。」


「そういう事を言ってんじゃねえよ!」


があん、とヒールで格子の柵を、思いっ切り蹴る。アーサーの肩がびくと震えた。


「こんな時にまで冗談を言うつもりか?ふざけるのも大概にしろ。言いなおしてやろうか。これがもし自分の州だったらどう思うって言ってんだよ!NYやワシントンD.Cだけがアメリカじゃないだろが!」


がさつな声と態度は男の前で「女装」する事をやめた、アヴァの本性の姿だ。

アーサーはその問いに対し犬歯を出したままに、何も言えないでいる。


「嫌だよね?そこで生まれそこで生きた愛おしい街が、森が、山が、リオの日の出が、そして人が、RWによって汚染され、隔離される悲しみと恐怖を。想像するだけで嫌だよね?あんたら都市部の人間が良い生活をするために地方が犠牲になるこの理不尽な気持ち…どうせあんたらには分からないでしょう…!」


「……。」


アーサーは沈黙したままだった。


分からなかったのである。


怒りに駆られて、というものであもあったが、何よりアーサー自身がそのネバダのイメージさえ良くつかめなかったのだ。アメリカ、と一口に行ってもその州と州との間隔は、いわゆる国と国とのやりとりのソレと同じようなもの。


しかし、アヴァは、アーサーは、互いに地につく故郷の中にイメージする同じ「アメリカ国家」というものを共有して、今まで協力してやってきた。


しかして、その「幻像」がそのアヴァの憎悪の目つきを見た事で、こうも脆いものだったのかと思い知り、だから、何も言えないのだ。


「…日本の二の舞はさせないわ…ネバダを絶対に…あんなにはさせない…!」


歯を食いしばりながら、アヴァは斜め上に白い雲がたなびく青い空を見上げた。


***


 「2011年3月11日に起こった東日本大震災。それによって福島原発は堤防を破壊され、大量の放射線が福島沿岸に拡散された。それにより沿岸部は閉鎖・隔離されて、経済的にも環境的にも日本が大きな被害を受けたんだ。その混乱とパニックとで、あれほど狂気的な原発廃止運動が始まってしまった。」


薄い朝もやがかかる丘の上、頂上でたたずむ群青のエリーゼ。

その中でホイールを掴み俯いたまま、椴は隣に座るミナに呟いた。


「デモが渡り、署名活動が頻繁に行われ、自民党が原発に対して懐疑的になっても、少しずつ、少しずつ原発廃止に向けて、政策が続けられていたはずなんだ。それに伴って放射線に対する恐怖も少しずつなくなっていく。そうなるはずだったのに・・・チクショウ。神様ってのは、残酷なモンだ。その努力をあざ笑うかの様に、その矢先に起こったのが―。」


「知ってます。地震の時に歪んでいた地盤が崩れ、地下水が崩壊した事件ですよね。」


ミナは助手席で膝をついたまま真っ直ぐに、綺麗に削られた椴の横顔を見つめる。

黒髪に埋もれた中で、椴は小さく口を開いてミナの言葉に続いた。


「ああ・・・・。それによって、東北地方の暫定放射線廃棄物処置場が・・・おおと、具体的な場所は彼らたちが汚染されたとか言って差別されないためだ。これ以上聞くのは勘弁してくれ。水流が崩れた地下水がなんという事か―、処理場に流れ込んでしまった。その事故により湧水が汚染、それに伴い川が、そこを流れる森がすべて汚染され、それはもう福島以上の被害を受けてしまった。その時の、日本全体で怒ったパニックを今でも俺ははっきり覚えているよ。忌々しいくらいにね。」


ぎゅっと力なく拳を握りしめる椴。


「結局ね。日本において原発停止なんて大した解決になりゃしない。問題だったのは地下に眠っていた廃棄物の方だったんだ。最近起こった福島との恐怖を思いだし、更に混乱した日本全体の意識に煽られて、政府はそこでついに…考慮する間もなく、緊急対策として悪魔との契約を交わしてしまった。」


―それがRWをすべて、他国に売りつける事だった。


「その場所がムンダネウムというのですか・・・・まさか、そんな中に魔女がいたなんて…。」


「ああ、さっき田中さんが言った「撫子」というのは世界一の実力を保つ日本のスパコン「京」よりも、高性能の機能を持つ、沖縄のスパコンの総称だ。ムンダネウムの遠隔管制機能処理をも兼ねているのはあまり知られていない事なんだけれど…。おそらく…そのバグによって、日本も魔女の存在に気付いた…んだと思う。」


「ムンダネウム・・・・そうしてその、場所は・・・。」


「古造山帯故地震もなく、乾燥地帯で水もなく、そんな危なっかしい物を原発再利用という「金」のタマゴのために、平然と受け取る所。―大体想像はつくだろ。」


「……そんな……。」


暗喩に気付き、ミナの髪が揺れる。

そして、椴の叫びと嘆きがエリーゼの中に響いた。


「俺だって、俺だって、俺だって!新聞で小さくそれを見た時は、さすがにそこまでやるのは酷いとは思ったさ!けれど何だって?!住民の反対に会って候補先が見当たらない!?日本はRWを保管できる地形ではない!?再利用しようにも原発は停止されるからどうにもならない!?財政が賄えない!?そうしたらもう……売る事以外どうする事も出来やしないじゃないか!なのに!」


ホイールを何度も叩きながら、椴は頭を振り回す。


そんな日本の弱さを、どうしようもなさを。―魔女は容赦なく利用した。


ここでようやく椴は魔女を初めて憎悪した。

しかし、本当に悪いのは弱みに付け込んだ魔女か、それとも付け入る隙を見せたこっちか。


「……どっちにしろ、自分の所さえ安全でいればいいなんて思ったのが、そもそもの間違いだったんだな……。」


「椴さん…まさか、それを荷重に思って―。」


椴は答えない。だた、脱力しずるずるとホイールにもたれかかる。

椴は思い出す。デモ隊の声、停止を唱えるマスコミの声、非人道な行為の是非をとって大喧嘩した両親の顔―それでも俺は―、額に汗をかきながらゆっくりと目を開ける。


「ごめんミナ…憎いだろうな。こんな事件がもたらされた原因に一役買った、この俺たちが憎いだろう。でもごめん…俺はどうしても日本人を嫌いにならなければ、自分自身をも嫌いになれない。結局、やっぱり自分が可愛いんだ。ごめん。」


そう言った瞬間、ミナは椴の広い背中に手をそっと添え椴ははっとなる。

蛇柄のジャケットがミナの手のひらをなぜた。


「そんなに深く考え込まないでくださいよ。たとえ、この事件によって…私が被害にあったとしても私は絶対に貴方を恨んだりはしません。」


「君が狙われるって―」


もたれたまま顔を向ける椴に、ミナは微笑み、胸に手をあてる。


「私は委員会のメンバーアーサー様の秘書ですよ?メンバーの精神的ショックを与えるためならば、魔女がいつ私を狙うか分からないじゃない。


それでも私は絶対に貴方に恨みなんて残さない。


最後に貴方には「ありがとう」といって、潔く死んでいきますよ。」


細長い黒い瞳が毒蛇の目を優しく見つめた。


「だから、魔女を野晴らしにさせたのは、自分たちのせいだなんて―思わないでよ。」


しかしミナの誠実な気持ちを椴はまだ解さなかった。


「けれど…。」


まだ信じられないと言った椴をミナはやはり分かってくれない人ねと笑う。


「正しい国なんて、この世には存在しないんですよ椴さん。」


とミナは静かに語った。


「椴さんの国日本だって、私の国韓国だって、そしてこのアメリカだって互いにどうしようもない問題や事態に振り回されながら、それでも懸命に秩序を保とうとしている。その中で欠点や失態が現れるのはある意味ではお互い様な話。 車だって同じです。HSV―010にも、ファントムにも、エリーゼにも、良い所と同時にどうしても悪い所があるように。」


「え。」


「車だって発注者の要求と現実との狭間に振り回されて、それでも懸命に設計者たちによって作り上げられていく。それでも、どうしてもスペック上で悪い点も出てしまうではないですか。けれどそれぞれ国民も、常用者も、その国を、その車を理屈なく誠実に愛している。それを否定する権利なんてどの国にも、どの人にも一体どこにあるというのです。だから、罪悪感に陥る必要は全くないのですよ、椴さん!」


ミナなりの精一杯の気遣いだったのであろう。しかしその言葉に椴はとんだ拍子抜けしてしまったのだ。


「こんな事をわざわざ車に例えて語るばk・・・・いや、女がどこにあるか。」


正直ミナに対しては、呆れという感情が真っ先に沸いて出たが、神妙な面持ちで語る生真面目なのっぺり顔がどこか滑稽で、そして愛おしくて笑えてきた。


「と、椴さん?なんで笑って―。」


顔を真正面に向けながら椴は、ミナの動揺に答えずただ笑う。

笑いながら彼女の言葉を繰り返し思い出して、また笑う。


「ふふふ・・・・こんな事ってもう、本当にねえ・・・。」


―やっぱり俺、この女の事好きなんだ。初めてそんな気持ちになった気がした。





10、本物のトゥルーデの魔女


 ちょうどその時、窓から乳白色の空に朝の日が刺す病室で、ジョージは本物の「魔女」と対面していた。


「あなたのメールボックスに伝達専用のソフトを送っておいたわ。それを開けば、すぐに私と連絡がとれるわよ。」


というあいさつと共に、ヨーナスのi-padを奪い取りボックスを確認する。

受信箱1つと点滅する画面。さすがのジョージも緊張で唾を飲み込んだ。


「ジョージさン…。」


自分の膝の上に乗せられたi-padを横目に、高珊は側につくジョージの顔を伺う。向かって左手に座るヨーナスを伺って見るも、


「まさかね…。」


と疑い、深く眉を顰め、眼鏡に画面を映らせていた。


「つけるぞ…。」


ジョージの言葉に2人も唾を飲んで頷く。ジョージの長い指が添付されたソフトをクリックした。すると突然画面が真っ白になったかと思えば、清々しい音楽と共に萌木色の粒子が画面中央で渦をまった。


その中から現れたのは-。純白のワンピースを着た「少女」だった。


一気に画面を覗き込む3人。すると少女はぱちりと黒い眼を開き、薄桃色の唇を開いた。


「こんにちは。ジョージさん、それと他のお二人方。」


「うわあああ喋ったぁああ!!」


音楽と同じく清々しく、かつ大人っぽい声に高珊を中央に3人はのぞけった。

少女はその様子に腰を優雅にひねらせ、口に手を当てふふふと笑う。


ワンピースに羽織られた丈の短い茶色の革製のベストには、桃色・赤・黄緑と色鮮やかな草花の刺繍が縫い付けられている。そして、赤味がかった黒髪は長い三つ編みを上に巻いた形になっている。

刺繍のベストといい、その髪型といいそれは、実に草原の中を走る「東欧の少女」を彷彿とさせた。


「全く。まさかNYの中で自ら「私」を呼び出す人がいたなんて。さすがの私も、想像もできなかったわ。」


少女にしてはあまりにも色気の効いた声に、3人が再び画面を覗き込んだ。

刺繍で彩られた革製のベストから張り出た胸が、笑いに応じて揺れる。大きいとも言えず、しかし、ないとも決して言えない膨らみが、妙にリアルでヨーナスはぞっとした。


モノグラムかもしれない、本当はただプログラミングされた幻想であって、実在しない少女なのかもしれない。しかしそれでもよく出来た3Dだとその「魔女」の実力にもヨーナスは恐怖していたのだ。


「私まで呼び出すまでに至ったのは、よほどの事があったのね。」


と、口に手を添えながら少女は目を伏せて微笑む。高珊はふっと滲み出た同年代の彼女の妖艶さに目を疑った。身長は頭身を見れば少女の割には相当高めであることも見て取れた。


「ああ、早速話を始める。とりあえず「俺たちに協力しろ」って話だ、トゥルーデの魔女。」


それに対しジョージが魔女にすかさず命令を始めた。それにあらまあと声をあげた魔女はジョージの方へ顔を向ける。


「一体何を協力すればいいと言うのかしら、ジョージさん。」


「お前の名を偽って人を殺しまくってる、テロリスト実行犯の居場所を突き止めろ。」


「私の名前を偽って、ですって?」


大きな眼を見開かせる様は、本物の魔女さえも、その事態を知らなかったようだ。

一通りの事を説明するジョージに向かって興味深そうに頷きながら話を聞く魔女。


そしてうんと、ゆっくり頷きひじを手で支え、考え込む仕草をした。


「成程・・・・。しばらく見に行かない間、随分と厄介な事が行われていたものね。」


「うだうだ考えてねえで、なんとかしろよ。死神野郎が主犯人を追いつめるまでに、こっちもそっちを潰なきゃないんだからよ!」


アメリカも恐れるトゥルーデの魔女に高慢な態度で責めるジョージに、高珊とヨーナスはなんて態度をと、慌てた。


「まあ、とりあえず、これを提示した方が良いかしら。」


とふっと画面の3人に向かって魔女の手がかざされた。

その先から粒子を巻いて現れたのは、アメリカの黒地図だ。

その中でオレンジ色の点があちこち無数に散らばっている。


「なんだコレは。」


「今、魔女対策の無線を受信している、トランシーバーの現在地を表したものよ。州毎、都市ごとに拡大する事も可能だわ。」


と答えた。


「なるホド。この中のどれかに、実行犯がいるといウ事なのデスか…でも、それでも案の定多すギますネ。この資料だけデハ…。」


何が「だけでは」なもんだ。ヨーナスはメガネを曇らせ両手を握る。


「とりあえず」と言ってこのレベルのソフトを簡単に掲示したヨーナスの衝撃を、ジョージと高珊は理解しない。


一方、魔女は高珊の声に再び頷き、その目からまた新たなソフト画面を映し出した。水流の如く流れる膨大な情報を、黒い眼が細かく動かして一寸の狂いもなく把握している様だ。ふと「CAUCION」と黄色の文字が魔女の目の前に現れる。小さいアラーム音に魔女は


「おかしいわ。」と呟いた。


「何、何があったんだ。」


「今、アメリカ国内のすべての無線機の登録番号と、その現在地を照らし合わせた所なんだけど、その中で1つだけ。何故か、・・・故人のトランシーバーが使われているのがあるわ。」


なんだそれ、とジョージとヨーナスは顔を見合わせる。


「ええ、どうやらその登録番号によると、その無線機の機種はモトローラ・セーバー…。」


「「それはNYPD指定のトランシーバーの名称だ!」」


顔を並べて叫んだ2人の前に、魔女は瞬時に腕を振ってNYの地図を取りつける。


NYのマンハッタンに散らばるオレンジ色の点。その中で一点だけ、マンハッタンの北端が赤い点となっている。


「そう、ここよ。ここが、その問題のトランシーバーがある所。」


と魔女の声と同時に赤い点から白い線がのびる。その斜線にのびた登録番号に、ヨーナスは短い悲鳴をあげた。


「なんだ、ヨーナス。」


「ヨーナスさン?」


怪訝に顔を向ける2人にヨーナスは汗を掻き、画面を指しながら短く答えた。


「この指定登録番号は……アレクサンドルさんが持ってたトランシーバーの番号だ…!」


―これ娘の誕生日と同じなんだよなぁ。偶然にも出来過ぎるだろ。


トランシーバー片手に笑う、アレクサンドルの姿が一瞬視界に入った。


「間違いないです。これは絶対にアレクサンドルさんの無線機ですよ!」


突然の衝撃にヨーナスは訳が分からないと激しく頭を振る。


「意味分かんねえ。アレックスのトランシーバーは焼け焦げたけど、遺留品としてきちんと回収されてるぞ。それなのになんだって、あんな所に今…。」


一方ジョージは、メアリーの証言を思い浮かべながら赤い点を睨みつける。


「焼け焦げた、という事で実は登録番号までハ、確認出来ていなかったかラではないですカ。」


その2人の間で淡々と高珊が推理した。


「実ハ犯人ガ奪っタのは、アレックスさンの銃でハなくて実は…、トランシーバーの方だったのでハないのでしょうカ。そう気付かれないようニ、わざわざ挿げ替えまデしテ。」


「そんな…そういう事になると、アレクサンドルさんは、最初からトランシーバーを奪うためだけに狙われていたという事なのですか!?」


「ああ、助けようと乗り込むトランシーバーを持った警官だったら、ぶっちゃけ、誰でも良かったんじゃねえの。」


ジョージの言葉にヨーナスは、と肩の力がなくなるのを感じた。

参加者を守った殉職の巡査という名誉が途端に、ただの巻き添えを食らった巡査へと格下げられた真実。アレクサンドルへの憐みと同時に、別れの悲しみのあまりに忘れていた実行犯に対する怒りが、ここでようやく、染み入る様に、こみあがってきたのだった。


「っしゃあ!取りあえず、これで実行犯の居場所は突き止められたぜ!さっさと退治にし行くぞ!ヨーナス!」


途端、力のないヨーナスの肩を思い切り弾き飛ばし、ジョージは立ち上がる。ヨーナスのi-padを持ちながら、ジョージは再び魔女に命令して廊下へと出た。


「おい魔女、俺たちは、今度はその赤い点に向かって攻撃をする!援護しろ!」


「了解。じゃあ、早速NYPDの交通管制を統制して、早く着くように準備しておくわね。」


と聊か魔女は嬉しそうに答えた。

噂通り、敵に回せば実におっかねえが、味方にすればこれ程頼もしいものもねえ。

とジョージも顔を上げ、得意気に鼻を鳴らした。


その間ヨーナスは黙って座り、そしてメガネの奥から生気のない瞳を高珊に向ける。


「・・・行ってくるよ、高珊ちゃん。君の思いも私たちがすべて引き受ける。」


とだけ呟き、颯爽とメガネを光らせて病室を去って行った。


「ヨーナスさン…ジョージさン…。」


高珊は神妙な面持ちで2人が出て行った後の、開きっぱなしのドアを見つめる。そして、眉を顰めうんと頷くと、人目をはばからず突然患者服を脱ぎ始めたのだった。


***


 細い雲が空をたなびく、まだ空が青くならない早朝のNY。その中をシボレー・ボルトのパトカーが一直線に走る。朝もやを切り、真っ直ぐ通り過ぎたボルトに続くように、角の信号機が青になり、待っていた車がすべりこむ。


魔女の操作によって大都市故混雑する道がうってかわり、自分たちを避けるように車が道を譲る。それに調子良くしてジョージはひゃっはあ!と声を上げながらアクセルを踏み込んだ。


「トゥルーデの魔女…私は別に貴方に聞きたい事がある。」


その隣の助手席でヨーナスはジョージとは対照的に、今度はカーナビの画面にいる魔女に向かって冷静に尋ねていた。


「何かしら?」


「貴方は何故、アメリカの管制施設に嫌がらせをしてくるのです。そしてその分、何故私たちを助けようとしているのですか?」


生真面目な顔に魔女は再びくすりと笑って、耳の後ろからのびる黒髪をかきあげた。


「援護をしているのは、敵であるはずの私に大胆にも呼びかけた、ジョージの潔さに興味をもったからよ。」


「はっ、用はただの気まぐれか。」


ホイールを動かしながらジョージは嗤った。


「違うわよ。そんな人聞きの悪い事を言わないで。」


と魔女は少し頬を膨らまして反論した。


「それでは、今までの嫌がらせの理由は。」


「嫌がらせですって?貴方、私を悪意あるテロリストだとでも思ってるのかしら。だとしたらそれは大きな勘違いだわ。」


「・・・どういう事です。」


ヨーナスが翳した冷たい眼差しに、ふふふと魔女は笑う。

そして途端に真顔になり、斜め上を見るように顎を引いた。


「私は正義の味方なのよ、ヨーナスさん。」


と、一言念を置いて彼女は睫毛の長い目を瞬かせた。


「私たちは貴方たちの国、-アメリカがこれから為さんとする非人道な行為について「世界の声」を代表して止めさせるように、少しずつ「脅し」をかけていた、今までの嫌がらせとかいうのはそういう事なのよ。」


「非人道な行為…?アメリカが?」


ヨーナスは眉を顰め、魔女を見下ろす。


「まあ、今はそれどころじゃないでしょうから、具体的な話はしないけれども。」


それに魔女は、ふっと首を傾け振り向こうとする仕草をしながら、言った。


「一つだけ述べておくわ。貴方たち、これからあまり上の言葉を信じていくのはやめた方が良いわよ。

今、この国の上層部は自分さえ良ければよいという傲慢に囚われ、この世界の秩序を、シナリオを捻じ曲げ、取り返しのつかない方向へと導こうとしている。」


その言葉に、運転をしているジョージもホイールごしに魔女を横目に見る。


「私はそれを絶対に許さない。世界はアメリカだけじゃないのだから。」


そして2人の正面に立って彼女は胸に手を置いて語った。


「私は「魔女」、支配者たちに「魔」と名付けられ、正義と言う名の元に抹殺された悲しき名もなき人間たちの、積りに積もった悲しみと恨みの「象徴(シンボル)」。」


「少女」という様相と到底相容れない含蓄のこもった言葉に、ヨーナスは違和感でいたたまれなくなり、汗を垂らした。


「そして、今度は貴方たちが「魔」と呼ばれ、私たちに膝をつく番よ。それまで私は眠り続ける。貴方たちの同盟国が売りつけた、ムンダネウムの地下から覚める、その日まで。」


象徴的な言葉を混ぜて語る、ベスト越しに膨らみのある胸を張った魔女を、ヨーナスは何と言い返せばいいか言葉が見当たらなかった。

しかし、何故か全否定ができない魔女の言葉に。ヨーナスはただ沈黙する。そういった意味でもやはり自分はまだ「政府の砦」と成りえていないと微かに悔しがる。


それを知ったかの様に魔女は、ヨーナスには顔を向けず、貴方はどうかしらとジョージの方を見た。

それにジョージは興味無さ気に魔女から目を逸らす。そして気だるそうに、


「アメリカをなめんなよー。」


と呟きホイールをひねっただけであった。


「きゃっ!」


しばらくの沈黙の後、突然ボリスのエアボンネットががたんと音を立てて開いた。


「ええ、何!?誰が入ってた!?」


後ろを向いたヨーナスの目に映ったのは、エアボンネットの隙間から風で揺れる赤色の満州服の切れ端-。


「ちょっとおおおお!何高珊さんまで中に入れちゃってるんですかぁぁああああ!」


ヨーナスはジョージの裾に掴みかかって腕を揺らした。


「だーっ!触るな!あんだよ、あいつから自分も行きたいって言い出しだんだぜ!?足手まとイにはさせまセン。ヨーナスさンにバレたら絶対反対されルから、こっそリ運んで下さイ~ってなあ!」


下手くそな中華風英語でおどけてみせるジョージ。


「当たり前でしょ!?いくら鎮静剤打ったからって病み上がりなんですから!しかし連れ込むにも何も荷物みたく詰め込まなくても…!」


と言った矢先、ジョージが乱暴にホイールを回し右に曲がる。


「きゃああーっ!」


衝撃と叫声が更に強くなった。


「ああああああああ!止めて、止めてェエエエ高珊さん――っ!」


そんな3人のやりとりを見ながら魔女は目を瞑り優しく口角を上げる。

そして粒子の渦の中へ姿を消していった。




11、抵抗


 ここでようやく、アーサーが主犯人アヴァ議員を、ジョージたちが実行犯を確保手前という状況に至ったが、犯人側もただそのまま彼らに捕まるという、「小者」でもなかった。


「話はそれだけか。」


とアーサーはアヴァの言葉を遮る。


日が差した太陽がガラスを通して煌く合間で、2人は対峙する。いよいよ、ここで新たな対決が始まる。


「まあ、それがすべてよ。分かってもらう気はさらさらないわ。」


アヴァは興奮で荒い息を吐きながら言い放った。


「でも、これがすべてでもまだ「終り」ではない。まだ私には、一つ、やるべき事がある。」


「それが私を殺す事か。どこまでも意気地の悪い事を。」


アーサーはアヴァの睨みに特に驚く様子もなく、逆に、憐れむように呟いた。


「そうね。そして貴方に連れ込まれて襲われたから殺した、とでも嘘ついてはぐらかそうかしらね。」


そして、ポケットからアヴァが飛び出しナイフを取り出す。

反射した光がぎらりとアーサーの視界を一瞬奪う。

その刹那を狙って、遂にアヴァが無言でナイフを突きだした-!


しかし、アヴァは踏み出した足がピンヒールによって絡め取られる。

それにより一撃は横に避けたアーサーの腰をかすめる程度となってしまった。


歯を食いしばり、すぐに振り向いて再び突き出してみるも、その前にアーサーの腕がのびて、がしりとアヴァの手を掴んだ。


「うっそ・・・っ!」


挑みかかった勢いで振りほどき、無表情のアーサーにナイフを突き立てようにも、

アーサーの腕の力見た目以上に強く、なかなか動けない。


「よわっちいと思ってた・・・・のに・・・!」


互いに腕を振るわせていく内にも、少しずつアヴァはアーサーの力に押され、そして―、一瞬力が抜けたと思ったら思いっきりパールに手首を押し付けられた。鉄の鈍音とナイフが床に落ちる高い音が続く。


アヴァは手をパールに押し付けられたまま、手首に渡る痛みと共に、自分の頭より2つ上もある、影のある荒削りの細い顔立ちを見て、アヴァはようやくそこで気付いのだ。


「そうだ―コイツ、男だったんだ。」と。


「貴女の負けだ。」


怒りを静かにたぎらせる、低い男の声がアヴァに圧倒的力の差を突きつけた。


アヴァは抵抗しようと腕を振るうも、手首の痛みとアーサーが抑えつける力が強さを増すだけだ。


「いや…こんなの…。」


男女差に衝撃を受け、途端に顔を悲しげに緩めるアヴァに


「諦めろ。」


ととどめの言葉を指す。


「大人しくつかまれ。貴女の処分は、国民に託す事にする。」


アーサーの威圧に、半ば諦めたように目をそらし一気に力を緩めるアヴァ。が―


「男だからって―悦に浸るなよ!」


涙を散らして目を見開いたかと思うと、突然脚をあげ、ピンヒールのかかとでアーサーの鳩尾を蹴ったのだ。


「―ッ!」


刺さるような痛みにアーサーは声が出ず、後ずさる。

その間にアヴァは床から落ちそうになったナイフを取り上げた。


「死ねぇえええ!!」


アーサーに斬りつけんとナイフが迫る。

斜めから空を切るナイフをアーサーはしゃがんでよけた。間もなくせまるナイフをもすっとかわし、アヴァとすれ違うその間際に、スーツを片手で脱ぐ。


その、腕にまいた黒いスーツがすれ違い様にアヴァの視界を覆った。

それを乱暴に振りほど解いてアヴァはナイフを持ちかえ、三度切りつけてみるも、翻されるスーツと羽ばたく様な音に気を取られて、またよけられるのだ。


それはさながら闘牛士とのやりとりの様だと、アヴァは空回りしたナイフを見ながら憎たらしく思った。

そしてざっと後ずさり、黒いスーツを片腕に巻きつけ、長い脚を広げて構えるアーサーのそれは防御の態勢。

凛と背筋をのばし、冷静さを崩さないアーサーの態度に、アヴァは


「・・・・細い身体とはいえ、伊達に『タマ持ってる方』じゃないってワケね。」


と嗤い、更に苛立ちを増した。


***


 一方、実行犯を追うジョージも、目的地に着きブレーキをかけボルトを止める。その先にあるのは人気のない、見簿らしい長く真っ直ぐな岸辺。

その先に、縦に沿って建ち聳えるは、潮風で錆び付いた、これまた物寂しいコンクリートの建物2つ、であった。


「あの中二、魔女の手下が…。」


後部座席に座った高珊は、柳葉刀を構える。心配そうに口を開くヨーナスを、


「これ以上止めないデ。」


ときっぱり拒否した。


「私だっテ手下二痛手を負われタ身でス。どうしテ、手下ガこんな事を起こスのか、自分のこの目で、耳で知る権利がありまス。死んだ店長のため二、知る義務モ。そのためニ、私は自分の弱サをこの時は捨てると決めたのでス。」


はっきりと示した意志にヨーナスはこれ以上何も言えなかった。

一方、ジョージは高珊の見事なる奸計に口角をあげだ。

元々権利とか義務だとかの言葉に弱いヨーナスを知っての事か―、やっぱり勘の良い奴は面倒だと振り向いたジョージに、高珊はふっと顔を上げて笑って応えた。


降りるぞ。というジョージの言葉にグロックを、柳葉刀をかざした2人はドアを開け外へ出る。


応援は呼べなかった。

携帯の使用不可による「魔女の手下」妨害のみならず、疑心暗鬼に陥った上層部に呼びかける事は出来ず、そして何より「本物の魔女」から手がかりを得たという証言を、その場で姿を示しても誰も信じようとしなかったのだ。


「ったく、なんかそれなりの証拠を見せてやれば良かったな。」


とジョージは呟いた。それは、また管制機関のハッキングをその場で魔女にやらせればよかったのだが―


「そんな事したら貴方たちさすがにクビになりますヨ。」


と言う高珊のアドバイスがあった。

かまうもんかと構える2人ではあったものの、それに魔女も乗じ、


「そこまでの理不尽をフォローする事は出来ないのは忍びないわ、ごめんなさい。」


ということになってしまった。魔女はあくまで自らの「正義」と「法則」に従って動く女であった。


ジョージとヨーナスは僅かな防弾チョッキを着け、ボルトを背景に岸部を歩く。

その後を追ってぶんと柳葉刀で朝露をかききった高珊が、ジョージの横につく。



ここにてジョージを中央に、世にも恐ろしき戦闘馬鹿が並んだのであった。


「今度の獲物は今までと段違いだ。一寸の戸惑いもなく、殺せ。」


ジョージがギルデットを、腕を組んで交差させる。間にある水色の中に瞳孔が開いた。


「何者だろうが関係ねえ。俺たち「役人」にとっちゃぁ、所詮奴らは物言わぬ、糞のつまったゴミ箱どもだ。俺たちはそのゴミ処理業者。殺すのが心苦しいなら、これが世間がため、そう思い込んで、殺せ。」


軽蔑と怒りを込め、血の気のない青い目で野卑に笑うジョージに、横からヨーナスと高珊は改めて恐ろしいと思った。


「文棋…やはり貴方の言っている事は間違いだったのかな…。」


と、ジョージの横顔を見ながら高珊はふとかつての兄弟子を思い出していた。銃を憎み、銃を嫌った幼馴染、王文棋。しかし、横につくジョージのギルデットは味方であるならなんと勇ましく、頼もしく見える事か。


高珊はふと自分の手に持っている柳葉刀がみずぼらしくも思ってしまう。

しかし、高珊はそれでもそれを手放さない。


文棋の言った通り、正当防衛とはいえ、殺した男を斬った感覚を忘れていないから。忘れてはいけないから。


「それを受け入れる強さが私と文棋にはあるんだ…!私たちは劣らない・・・!」


そう思って自分を奮い立たせていた。

それに水を差す様、淡々とした魔女の声が途端、腰元のトランシーバから響く。


「実行犯の監視カメラを盗み見て見たけれど、犯人は大体10人位いるわ。前と後ろの建物、それぞれ5人ずつ。そして…、どこかにその監視カメラを確認している者がいる。それが数人か、それか1人かは分からないけれど。」


ジョージのトランシーバーに「場所」を移した魔女はノイズと共に報告する。


「よし、分かった。お前は、これからアーサーの様子を確認しろ。主犯人は誰で、それに対してアーサーがどうしてるのか、それを出来る限り見つけ出せ。」


「了解。でも、これには多少の時間がかかるわ。その間少し失礼するわよ。大丈夫?」


「みなまで言うな。」


ノイズ音がふっと消えた。


「そうですカ…。魔女の言葉ヲ信じるならバ、敵の差は約2倍・・・・。」


「どうします。バラけますか。」とジョージに問うヨーナス。


「いや、3人でとりあえず前の奴らを殲滅してから、後ろを狙う事にしろ。」


とジョージが言いかけた時 、高珊が敵の「気」を読んで叫んだ。


「3階中央!敵!」


途端、高珊は横にバク転、ヨーナスはその反対側に飛ぶ。そしてジョージは建物に向かって走る。その後すぐ3人がいた所に弾が走った!


3階中央にいるはライフルを構える黒ずくめ。

真下に向かうジョージを弾道で追いかける。


横からヨーナスはサイホルスターからグロックを一丁、高珊も太股に仕込んだクナイを片手で取り出し男に向かって撃つ、投げる。


それに戸惑いのぞけった男を、ジョージは仰向けに地面を滑り込んで男の顎にギルデットを二丁向け、砲口を放った。ギルデットの弾が男の顔を貫き、男は銃声と共に口から血を吐いてうなだれた。


騒ぎにかけつけもう1人の男も一階の窓からライフル片手に顔を出す。も、その真下にいたのは壁に足をついて仰向けに嗤うジョージだ。


「おやすみ、もう朝は来ねえけど。」


ギルデットの銃口によって、男の目の前が真っ黒になった。


「2人喰ったぁあああ!中に入れぇええ!!」


腰を浮かせ、撃った男を蹴り飛ばしながらジョージは嗤う。

死んだ男の胸の上に着地した先は、一階の古びたオフィス。向こう右端の廊下か駆け降りる音に向かってギ、ルデットを突きつけて撃った。


「ジョージさん!」


同じ窓から急いで飛び込んだヨーナスと顔を合わせ、頷き合い2人同時にオフィス机に飛び乗り、階段に向かって弾を続けて放った。


ぴたりと階段の壁について、ヨーナスから3発バーストでグロックを放つ。と、ハンドガンの弾がヨーナスの手首を削った。


「上にいるな!」


そうして1階と2階の階段の間で瞬きする間もない弾の激戦が繰り広げられた。


階段の壁に張り付いてひたすら撃ちまくる2人を窓から見た高珊は、外に張り付く雨水排水用のパイプを掴む。

軽業師のごとくそれで悠々と二階へ登れば、何もない廃墟の二階でやはりジョージ達と同じく、一階に向かってハンドガンを撃つ2人の男がいた。


「まだ見えないもう1人の存在が気になるけれど…一か八かやるか!」


高珊はぐっ拳を握り肘で、


「うりゃぁああああ!!」


と硝子を突き破り中へ転がった。硝子の音に気付いた1人の男が銃口を高珊に向ける、も、高珊は弧を描くように弾道からそれて、低い態勢で素早く走りぬく。

そうして構え直す間も与えず、紅い満州服を靡かせ飛び上がり、そして縦に2回転しながら柳葉刀を振って男の胸を切り裂いた。そのまま着地し、構えるもう1人の男をも斬らんと構える、も高珊に顔を向けた男にとどめを指したのは、階段を駆け上がったヨーナスであった。


「高珊ちゃん、大丈夫!?」


グロック二丁を両手に二階に上がるヨーナスと、後に続くジョージ。


「大丈夫でス!」


それに高珊は倒れた男を脇へと寄せながら階下へ叫ぶ。ふと、3階の階段を見ると降りてきた男とはっと目が合った。


「あともう1人がいたァァァ!!」


2人が二階に上がった途端に高珊は階段を駆け上がった。


「高珊ちゃん!」


「オイ勝手な事するな!高珊!」


「大丈夫でス!接近戦なら銃より刀の方ガ有利!」


堂々と啖呵をきって逃げる男を高珊だが、いざ3階に上がろうと脚を出した時、壁に張り付いていた男に顔面を蹴られてしまったのだ。


妈的(クッソ)!」


三つ編みがほどかれ、仰向けになって階段の上に倒れた高珊に、容赦なく男は飛び上がり、小柄の少女の腹を、全体重をかけて踏み倒した。


「がっ、はあっ!」


重さと痛みのあまりに胃液を吐き出す高珊。焼けつくような痛みが首の中に広がる。


鈍音を聞いて慌てて階段を駆け上がったヨーナスは、赤い満州服を着る少女を踏む男と対面した。


「き、さまあああああ!」


眉をきっと顰めグロックを向けたにも関わらず、男は再び飛び上がってヨーナスの顔を蹴り飛ばさんと弾をも恐れず向かってくる。


「な・・・・!」


男の太い靴底をなんとかグロックを交差して留めるも、勢いにやられそのまま顔を壁に押し付けられてしまう。グロックごと踏まれ身動きがとれない。


「ヨーナスさン!」


靴底のスキマ、眼鏡の奥から恨めがましく睨むヨーナスに男は銃を取り出し、ヨーナスの後頭部につきつける。


「しまっ・・・!」


が―、その前に鉄の音を立て、男の右のこめかみに突きつけたのは、ギルデットの方だった。

はっと男が汗を垂らし横目に見えたのは、物を見るようなまなざしで、悠々と見下ろす金髪碧眼の美青年―。


「永遠を生きな、テロリスト。」


壁に男の赤い血が舞った。


「・・・・助かりました。これで1つ目は終わりましたね・・・・・。」


倒れる男を横目に、血糊をグロックでふきながらヨーナスは呟いた。


「終わりましたネ・・・・・。」


高珊も三つ編みが解けた長い髪を垂らしながら、腹を押さえて降りてきた。


「てめーら、前途多難だな。」


と軽々しい口調でジョージは高珊を見やる。一方高珊は壁に手をつけながら、


「貴方ガ神に優遇されてルだけでスヨ。」


と苦々しくも微笑した。それにジョージは顔をあげてふんっと笑った。


「まあ、いい。次、もう1つの方へ行くぞ。」


無傷のジョージは2人を差し置いて3階へとあがった。3階の窓に手をつき向かいにある建物の様子を見ようと身を乗り出す。同じ様に廃墟である建物は、一見誰もいないように見えた。


「・・・・このまま、行けるか?」


乗り出したまま、ギルデットをショルダーホルスターに戻しながら、ジョージは5m先の建物へと飛び乗ろうと構えようとした-。


しかし、この時ジョージは気付かなかったのだ。


敵は後ろにいた事を。

そして今までの闘いで聞こえなかったボバリングの音を。


はっとして気付いて振り向いた時にはもう遅かった。後ろにいたのは窓の外からヘリコプターから構える男。そこあkらぬっと出たM16A1のバーストがガラスを突き破る。その最後の1発が、振り向き際のジョージの背中にねじり込み、その胸元を貫いたのだ。


「ぐあ・・・・・・・・・・・・ッ!」


ここでジョージが初めて、苦悶の顔で口を開いた。

衝撃で痙攣する身体、撃たれた一瞬を置いて途端に襲いかかってくる痛み。

皮肉な程綺麗に飛び散る「赤」を虚ろに見ながら、ジョージはバランスを窓の縁の上で、崩した。


「ジョージさ―――――ッン!」


高珊が階段から飛び降り、胸元から取り出した煙幕を張って2階の視界を曇らせる。


そして滑るようにヘリの前に出てクナイを投げつける。も、M16の弾道は止まらない。その中、長い黒髪を靡かせて高珊は煙幕の中ジョージを掴もうと必死に手をのばす、しかし痛みに力を失ったジョージは高珊の細い手をすりぬけ、ガラスの破片と共に3階から落ちてしまった。


「ちょ・・・・えええエ!?」


驚きで目を見開く高珊の腰と髪に、M16の弾が走る。


途端に弾を避けるために伏せるようにしゃがんだが、更に多くなるM16の弾幕に立ち上がる事ができなくなってしまった。


「高珊ちゃん!援護するよ!」


と、階段からヨーナスがグロックを構えて叫んだ。壁に張り付いたヨーナスにM16の弾は当たらない。しかし高珊はそれを拒否した。


「ダメでスヨーナスさン!弾幕が多すぎテこれ以上は近づけまセン!ヨーナスさンだけ、階下に降りテ次に当たってくださイ!」


「え、で、でも・・・・・!」


「急いデ!下でジョージさンが撃たれてル!助けにいかなイと間に合いまセンヨ!」


「えええええ!?あの、ジョージさんが!?」


煙の中で「行け」と、弾幕の中で必死に手を振る高珊。

ヨーナスはもう一度高珊の様子を伺い、ゆっくり頷くと、早足で階段を駆け下りていった。


***


 外に出たヨーナスは一度ヘリコプターと対面する。


「う、うわああ!やっべえええええ!」


弾道より先へ、必死になって壁に沿って走り抜ける。

そして2つの建物の間に入り込み、真ん中の辺りで粗大ごみに血を流しながら埋もれるジョージを確認した。


「ジョージさん!」


本当に撃たれたんだと驚きながら駆け寄って、ジョージの側に滑るようにしゃがみこむ。

その途端、2つの建物の間にヘリコプターが横から分け入る。けたたましい音を立ててM16が2人を襲った。


「ぎゃああああ!ヘリ使用なんて反則ですよ――っ!」


高い音と共に襲いかかる弾に、這いつくばるように建物の脇へと逃げるヨーナス。

2人の間に積み上げられた粗大ごみがそれを何とか防いでいた。激しい爆音にうっと、痛そうに呻いて目を開いたジョージは、途端隣にしゃがんで弾道を避けるヨーナスの胸倉を掴む。


「おい…鎮痛剤!パラセタモール、NSAID、何でも良いから鎮痛剤をよこせ・・・・!」


掠れるような声でヨーナスにせまるは、汗だらけのジョージだった。


「ああ、はい・・っつかそれ、鎮痛剤じゃなくてまやk!」


「漫才してる場合じゃねえ!!さっさと寄越せェッッ!!」


見た事もないジョージの形相に、ヨーナスは慌ててポケットをひっくり返してみるも、ヨーナスは声を裏返す。


「あれ、あれえ・・・!?な、ない・・・・っ!?」


自分の目の前で左右に首を振って慌てるヨーナスに、ジョージは胸倉を離す。

そしてきっとその手からギルデットを取り出し、ヨーナスへ向かんと腕をふった。


「うわああちょっと何ですか―っ!弾幕張られている中で!」


自分を守る粗大ごみが弾によって次々と崩れていく中、声をあげヨーナスも瞬時にグロックでもってジョージのギルデットを弾き飛ばそうと腕を振る。


そして、金と黒互いの銃が平行してぶつかり、細かく鉄の音を立てながら牽制し合った。

それを境に、顔をジョージとヨーナスはギリギリに顔を近づける。顔を歪ませ睨みう。


「おめえ、マジふざけんなよな、このメガネ野郎・・・・っ!何アホ面かまして、あああっないなんて言ってやがる!わざとか?なあ、わざとか?」


肩から血を流し、ガクガクと痛みに細かく痙攣しながらジョージは汗をかいて犬歯を剥き出しに嗤う。しかし目はまるで死んでいるそれだった。


「わざとだったら良かったかもしれませんけど本当の事ですよぉ・・!うはははっ、そんな風に苦しがるジョージさん初めて見た。結構これで良い薬になったんじゃないですかぁ・・・・・!?」


一方ヨーナスも汗をかきながら口角を左右非対称に曲げて嗤っていた。

煽るように話す口調で、黒い瞳もゆらりと歪む。


「分かりましたか?人に傷つけられる痛みこれで分かりましたか?ははは良い気味!ああ、いい気味だ!これでいい加減おもちゃの様に銃を振り回すのはやめましょうね?ね?」


痛みに苦しむジョージに、ヨーナスは心配と歓喜と戸惑いが一度に割り込み、もう正常な判断が出来なくなっていた。表情も、その口調も全くいつもの物ではない。


「それ以上ほざくなメガネ。さっきからイカ臭えんだよ、童貞が。」


「はああああ?童貞はあなたでしょ!?絶対に貴方の方でしょ!」


ギルデットとグロックの挟み撃ちでの膠着状態。粗大ごみの隙間から弾道は絶え間なく襲いかかるが、そんなものなど最初からないかのように2人は、今は互いが最も憎むべき敵として必死の形相で銃を交わしていた。


ついにその様子に向こうも痺れを切らしたのか、プロペラが壁に引っかかるのも構わず、ヘリコプターがスキマに入り込んできたのだ。粉塵を舞い、壁を削って2人の目の前に現れるはベル412。


ようやくそれに気づき、かち合わせながらベルに向いたジョージとヨーナスの前髪が風に舞う。


「よるな―っ!」


再び構えるM16の男に対しジョージは激怒して、瞬時に左のギルデットを放つ。

借りの返しとばかりに、向かい風にも構わず一撃必殺、ギルデットの弾が男の眉間を貫いた。そしてぐったりと粗大ごみの上へと男は堕ちていく。


「まだ来る・・・・・!」


一方ヘリから狙ってきた別の男に、しゃがんで弾をよけつつ、ヨーナスはついにサイホルスターから2つのロングマガジンを落とした。


マガジンを地面に立て、倒れる前にマガジンを押し込むようにグロックの底を地面へと叩く。ガシャンと心地よい鉄の音が、マガジンが装填だれた事を意味す。それを合図に、ヨーナスは目を開いた。


「いっけええええええええええ!!」


ジョージの一撃に交じる様、グロック18Cの66発フルオートが「吠えた」。

ヘリコプターの音をも掻き消す、連続した銃声と排莢音。

そしてグロックの勢いに割り込み、ギルデットは確実に顔を出す敵に弾を当てていった。


しかし、その奮闘をも弾き飛ばし、ベルは全く形を崩さない。あと操縦士と、M16を持つ男が1人残っている。


「ち!やっぱ防弾ガラス使用かよ!ハンドガンだけじゃ、手ごたえがねえ!」


痛みで感覚を失った血まみれの右腕をだらんと垂らし、片手だけでマガジンを取り替えようとジョージは広げた股の間でマガジンを落とした。

ヨーナスも息を整え、すぐに切れた弾をリロードしようと膝をつく。その合間を狙って。男が更に近づいたベルから身をのり出し、前にいるヨーナスを狙った。


「ヨーナス!」


響くジョージの怒声。しかし今はマガジンを取り換えてる途中で、2人共攻撃が出来ない―。今度こそだめだ。


ヨーナスは諦めの境地に至り、茫然な顔でベルを見た。


が、しかし、その時、防弾使用のガラスがばりんと音を立てて一発弾を通したのだ。


その弾はギルデットではない。勿論グロックのでもない。

それは音速よりも増す速さ、2人の後ろから放たれた弾によるものだった。


ふと同時に2人が振り向いた時、暗い壁の向こうからけたたましいブレーキ音を立てて粗大ごみを蹴散らし、滑り込んできたのは蒼色のエリーゼだ。


そして、その布張りの天井から抜き出してるは、ジョージの無線を聞きつけた大柄の黒人の男―ウェッブ。その2つの太い腕から、銃身の長いライフルが朝日でぎらりと深緑に光る。


「「ウェッブ!」」


「おおー!てめーら!助太刀に来たぜ―――ィ!」


にやっと笑うウェッブがM82バレットを抱え、揺れるエリーゼを見唖然とする2人を通り過ぎた。


「堕ちろおおおおお!」


と、ウェッブの腕の中で二丁のバレットが爆発音と共に吠えてスライドを上下に素早く動かした。まるでそれが一発の弾であるかのように排出される細長い薬莢。エリーゼが通り過ぎる後、壁に穴が開いた。


対空戦用使用のA2・NATO弾は、ベルの防弾ガラスもものともせず1発、2発とベルに貫通させる。逃げるように上昇するベル412。しかしウェッブはその下を通る間際にエリーゼの上に仰向けになり、ヘリの真下に向かってバレットを撃った。


「デットエンドだ!」


口角をあげたウェッブの腕から煙が飛ぶ。


ついに一発が、ヘリを真下から貫通し、操縦士の身体を通過して止まった。

操縦士の死亡で一気にバランスを崩し、斜め下に落ちていくベル412。プロペラが壁に引っかかって飛び散り、幾つもの破片がエリーゼに向かい、回転しながら迫ってきた。


「やっべえ。避けろ、椴。」


仰向けのまま、ぶんと自分を切り裂かんと回るプロペラを見ながらウェッブが言った。


「無茶言うなああああああああ!」


ホイールを掴みながら叫ぶは、エリーゼを運転する椴だ。

狭い通路の中でも、器用にエリーゼをドリフトさせて、隙間から出る。ブレーキを絶妙にかけて何もない土の上に目を見開き、コーナーをイメージする、そしてクリッピングポイントを瞬時に定め、直角に曲がって加速した。


その真横で1つのプロペラが地面を突き刺した。椴のテクニックがなかったら、2人共身体が真っ二つの所だった。


「よっしゃぁ!助かった!」


「「俺たちがまだだぁあああ!」」


ジョージとヨーナスが叫んだ。

ヘリは回転しながら地面へと落ちる。ジョージは痛みにこらえ、側にあった布敷きを掴んで向かいの建物へと突き破って入った。ヨーナスも慌てて続き、2人窓の下の壁に張り付く。


そしてジョージがヨーナスごと布敷きで身体を覆った時、建物の隙間が爆発の渦に湧いた。爆風によって窓ガラスが割れ、熱風がジョージとヨーナスに向かう。

凄まじい爆音と共に、粗大ゴミも赤い熱風と渦をまいて炭素へと形を成していった。


やがて、パラパラと埃が舞う廃墟の中で、ぶはっとすすまみれのジョージが顔を出す。


「ウェッブのくそ野郎が!ああしたらこうなる事ぐらい読めよ!トンチンカン!!」


「いいえ、さすが貴方を警察に採用した方だと思いましたけどね。」


熱風の勢いで割れたメガネをかけ直すヨーナス。黒こげになった辺りを窓から見渡せは焼け付くような熱風の中、ヘリコプターだった残骸の中から、操縦士と男の遺体が転がっているのが分かった。


「っ…これであと一人除いて全員ヤったか…っく…!」


安堵した途端に広がる痛みで、ジョージは壁に寄りかかる。


「ジョージさん・・・。」


「ヨーナス、あとはトランシーバーを持って監視する奴だけが残ってる。お前だけでも行って倒せ。そしてアレックスの形見を取り戻してこい。」


ジョージの囁かなアレクサンドルへの手向けの言葉に、ヨーナスは目を覚ます。

そしてしばし頷くと、グロックを両手に、すすと埃を腕ではたきながら立ち上がる。その目の向かう先は階段。ジョージを捨て置いてヨーナスは背中を向けた。


「…喧嘩の続きはすべてが終わってからですね。」


それはその時まで生きてろ、という意味。


「…さっさと行け。」


そっけなくピラピラと手を振るジョージに、それに応じる様、振り向く事なくヨーナスは階段へと駆け出した。階段に登る高い音を遠めに聞きながら、ジョージは布敷きを羽織ったまま煙草を加えた。


「大丈夫?」


トランシーバーから心配そうに声をかけるはトゥルーデの魔女。


痛みにジンジンと震える右手を、煙ごしに眺めながら、


「くそったれだせ、チクショウ。」とぼやいた。


「肩を撃たれたようね。」


それは淡々とした声ではあるが、ジョージを気遣っているのがみてとれた。


「一時的だけれど、弾の火薬を食べれば良いわ。中に含まれてる成分は、鎮痛剤の作用も含まれてるわよ。」


「へーへーへー。」


面倒くさそうにギルデットを掲げ、マガジンを落とす。かぁんと高い音が耳についた。


「それよりも、だ。遅かったな。アーサーの確認はできたか。」


ジョージへの問いに魔女は一瞬言葉を詰まらせる。


「言いづらいけれど、彼も貴方と同じよ。」


「は?」


「撃たれてる。」


NSAの衛星画像で真上からそれを覗く魔女は重々しく言った。


***


 アーサーは漆黒のスーツ、その右腹の部分を自ら撫でてみる。ぬめりとした感触と同時に赤黒い血が絵の具のようにべったりと、白い手の平に張り付いているのに気付いた。


「痛…。」


そこでようやく痛みを実感した。錯乱した目でアヴァを睨めば、彼女の手の先には噴煙をあけたマカロフが。


そうだ―。

突然胸から何かを出したアヴァに構えた瞬間、腹に衝撃が走った事で軽い脳震盪を起こしてたのだ―。


状況を察した時、激しい目眩に襲われアーサーは腹を抑えながら格子に寄りかかる。


「へぇ、青白い顔の割に、血はちゃんと赤いんだぁ。」


右腹からぼだぼたと音を立てて落ちるアーサーの血をアヴァは実に楽しそうに見た。

それに対し、眉間に皺を寄せながらもアーサーは、唇を固く結び、無表情でアヴァを見上げるだけだ。


「たっく、ホント殺しがいのない男ね。」


さっさと終わらましょ、と素早く呟きアヴァが銃口を向ける。

それに向かってアーサーはじりと足を踏み出せば、再びコートをアヴァの顔に素早くかけたのだ。


「またこれか!」


一発の銃声。腕ですぐにコートをはたくアヴァだったが、銃弾を向けた先にアーサーの姿はなかった。


「!?」


その瞬間横目から、朝日で顔に影を作り、瞳孔を開く冷ややかな灰の瞳が見えた。横に回っていたアーサーは銃を持つ腕に、思い切り肘打ちをくらわしたのだ。風をきって衝撃を与えられた腕はがくんと揺らぎ、マカロフを吹き抜けの階下へと落してしまう。


「ちィ!」


落ちるマカロフを見ながらアヴァは舌打ちする。


一方アーサーは肘打ちによって更に滲んだ腹の血を抑えながら崩れ落ちる。


きっと向き直し、アヴァは最後に残った武器―ナイフを手に、横から切りつけた。

力を振り絞って仰向けに逸れて避けるアーサー。灰色の髪と頬の血が飛んだ。


「くっそ!いい加減に、くたばれっ!ネバダに悪害をもたらす、死神が!」


それでもアーサーは、抑えた手を離しそれを両手で留めた。両手に血によって赤く染まっていくナイフ、痛みに耐え、震えながらもアヴァのナイフを抑え続ける。


「やめろ・・・・。」


掠れるような声で、憎悪に燃えるアヴァに向かい一筋の血を垂らしたまま、薄い唇を震わせた。開いたスキマから見える白い犬歯がガタガタと揺らして声を出した。


「・・・・・私は、死神なんかじゃない・・・!」


***


 「助けろ。」


ジョージのよどみない言葉に、魔女は戸惑った。


「犯人は捨て置いてもいい。とにかくアーサーだけは助けろ。」


「え、でも・・・・。」


と言葉を鈍らせる魔女に、ジョージはトランシーバーを持ち、


「出来ねえのか!?はっきり答えろ!」


と問い詰めた。


「いえ、―でも1つの方法しか思いつかなくて。」


「1つで結構!」


澄んだテノール声が廃墟に響く。


「・・了解したわ。」


そして魔女は一旦を置いて、その命令に従う事にした。

準備に取り掛かると言って、また消える。


ジョージはそれに安堵したこうに口角をあげ壁に寄りかかった。

ひたすら鉄臭い薬莢を食べてきた跡が1つ、2つと薬莢となって床に転がる。魔女の言う通りだったのか、ブラシーボ効果は知らないが、段々痛みが薄れてきていくような気がした。

血が乾いた右腕をショルダーホルスターにかけてみる。


問題ない。そしてそこからギルデットを取り出してグリップを握ってみる。


「よし、何とか出来る―!」


いよいよこっちも正念場だ。と両腕で2つのギルデットを掴みジョージはすくと立ち上がった。





12、事件の終り


 FBI本部の管制室が、つんざくようなブザー音に占められた。


「ええい!何だ、この忙しい時に!」


アーサー探しにやっきになっていたカレルがFBIジャケットを肩にかけながら、管制室にずかずかと入り込む。サーラーが搬送中故、急遽変わりにJFFT指揮官となったカレルは、オペレータの椅子に手をつき、彼らが相談しあった内容の報告を促す。


「はい!只今一機の未確認物体が飛行中!速度、方角、計算上真っ直ぐこちらに向かってくる模様です!」


「ノースカロライス州より飛行物体!?―――まさか海兵航空団から!?」


はっとなって画面も見ると、監視カメラから映っている小さな物体の「正体」に、カレルは小さい悲鳴をあげた。


「くっそ!これも魔女の仕業か!急げ、これよりJFFT指揮官として、迎撃ミサイルを試行する権限を防衛部に許可する!上官に報告する時間はない!今すぐ残っている職員同士でやれ!いいな!」


オペレータから渡された防衛部と繋がるマイクに、カレルは叫ぶように命令した。


「ちょ、迎撃ミサイルってFBIってそんな装置持って―。」


動揺するPD関係者をどけ!と脇に寄せカレルは走る。

同僚を引きつれて本部の外に出れば、地振のようなエンジン音がGメンたちの焦燥をかきたてる。ざあっと道路の砂が舞う、その風の勢いで見上げる道路に影を降ろすは、ボバリングしながら進む-、F35Bタイプ戦闘機だった。


「な・・・・に・・・・これもまさか、魔女が操作しているだと・・・しかし、何故!?何故無人で飛行機を飛ばせる・・・・!?」


噴射音を立てて通り過ぎるF35に唖然としながら、目で追う事しか出来ないGメンたち。カレルの耳元からは防衛部からの報告が響いていた。


「指揮官殿!駄目です!ミサイル攻撃コードが書き換えられているために発射する事ができません!!」


「何だって!!」


飛行機音に負けぬよう声を張り上げるカレル。それを知ってか知らぬかゆっくりと本部の横をあえて通り過ぎるはF35。それを悔しそうに見上げながらカレルはトゥルーデの魔女の恐ろしさを知った。


「くそ、一体どこに向かおうとしてるんだ!トゥルーデの魔女…!」


***


 「私は…死ねない…!本当の魔女を掴み取るまでは…絶対に…死ねない…!」


刺される手前を必死におさえつつ、切れ途切れそう語るアーサーの表情を見てアヴァは楽しそうに笑った。


「本当の魔女を捕まえるですって?そんなの出来る訳ないじゃない!!あんただってその実力と恐怖を分かってるでしょうが!」


ぐっとナイフにこめる力が強くなる。それも、足を引きずらしつつなんとかして留める。


「貴女にはつくづく見損なったな……私たちが、諦めてどうするんだ……アメリカのために……あくまで冷静に最後まで…対策を立て続けるのが……我々議員の役目だろ……が。」


「そう思った結果がアンタみたいなゾンビになるって事か?―だったら最初から願い下げだよ!」


力比べも埒あかんと片手でアーサーの髪をつかむ。そして盛大な憎しみを込めてブリッジの上に押し倒した。ばあん、と床が跳ね、アーサーの閉じた口から血が飛び散る。

がら空きになった血まみれの腹の上に、アヴァが乗ってナイフを翳す。


三度手でとって止めるも、アーサーの腕はアヴァの肘によって床に勢い良く押し付けられる。出血で意識が朦朧としていたアーサーはこれ以上力でもって抵抗する事が出来なくなった。


「やめ…ろ!」


それでも開いた口でアヴァに噛み付かんと身体を起こす―が、アヴァがアーサーの口をねじ開け、舌を掴んで再び押し倒す。ぎゅ、と爪を立てて掴まれた痛みにアーサーは眉を潜め顔をそらした。

声になれないアーサーのうめき声が、アヴァの優越感をかきたてる。


「これ以上あんたとキリのない討論するつもりはないわ。」


と高く、ぎらりとナイフを光らせ振り上げる。


「あんた、自分が悪を倒す正義の味方だと思ってるでしょ。

そうやって無感情でいる事で、正しい判断が出来ている、とそう思っているんでしょ!!」


空虚な目を向き、答えようとするアーサーをそうはさせまいと、アヴァは舌を強く掴んだ。


「結構な事だわね。そんなモン嘘よ!あんたはあたしよりもっと酷い!!何も思わない事も、アンタは私と違う。私と違って「現実」に逃げているクズよ!そんやつに責められる筋合いなんて、ないわ!!」


がっと顔にナイフの持つ手を近づけて、アヴァは叫んだ。


「貴様らの様なゾンビなど、生きても死んでも同じだっ!ならば死ね!」


アーサーはアヴァの叫びにふっと力を抜き、目を閉じた。

意識を失いかけそうな中で、アーサーにじわりとある感情が満ちる。

それが表すように瞼が震え、何かが溢れそうな―忘れていた感覚が。


その顔に向かってアヴァがナイフを振り下ろす直前-、辺りに影が走った。


振り下ろしながらアヴァが上を向いた目に映るは、こっちに向かって急降下するF35。

吹き抜けのガラス面が、25ミリガトリング砲によって粉々に撃ち砕かれた。けたたまい音と共にガラス片が下のブリッジにいる2人に襲いかかる。そしてアーサーの上に覆い被さっていたアヴァの背中に太いガラス片が真っ直ぐに突き刺さった。


「ぎゃ、ぎゃあああああああ!!」


背中に血を吹き出して痛みに倒れ込むアヴァ。アーサーはそこから這い出る様に、必死になってそこから離れた。散らばった破片が刺さる痛みを忘れ、後ずさりしながら見えたのは、うつ伏せに倒れピクピクと痙攣するアヴァだ。


「…。」


唖然としながらそれを見るアーサーの横にF35が音を立てながら近付いた。「大丈夫ですか。」吹き抜けに少女の声が響く。


その声を聞いた途端、アーサーにはそれが本物のトゥルーデの魔女だと分かったのだ。


「・・・・・魔女!」


はっとなって横を向いた先には、F35が間近で中に浮いていた。そこから聞こえる無線から澄んだ騒音より大きな、少女の言葉が続く。


「ある者のお達しから、貴方を助けるようにと命令を受けました。ご安心なさいませ。」


「・・・・ある者・・・?」


アーサーの問いには答えず、F35は倒れるアヴァ議員の方へと向きを変えて近づく。


「待て・・・・!」


「ここですべては終りよ、アヴァ・ライス。これ以上の無駄骨はやめて降伏なさい。」


その声は優越感も、征服感も何もない淡々とした声。

それがアイツのようだと痛みに愕然としながら、アヴァはきっとF35を睨む。


「―なめるなよ・・・・・、小娘。」


「動かないで。これ以上何かしようとするならば、機関銃で貴女の腕を1つ飛ばすわよ。」


と銃先を突きつけるもその声はあくまで淡々としていた。


「腕を吹き飛ばす・・・。」


あまりにも機械的に喋る言いように、さしものアーサーも不気味さを感じずにいられなかった。


「私の名を騙り、悪為を正義を履き違え、よもや私の正義をも汚そうとした愚か者。思慮も浅い貴女は今すぐ鉄槌の刑に処されるべきよ。覚悟なさい。」


魔女への言葉に、ごぼと血を床に垂らすアヴァは


「・・・・はんっ・・・正義・・・か・・・。」


と呟き、死んだ目で今度は格子にしがみつくアーサーを見た。ふっと口角をあげる様は、まるで死んだ人間が動いているようで、アーサーはひらすら瞬きもせずに、アヴァを見つめている。


「小娘、最期の贐だ。よく聞け。正義とか信念とかなんてもん、自分で語った瞬間にもうそこで―、お前らは「敵」と同じになっちまうんだ。」


アヴァはぐっと刺さった破片を後ろ手に掴む、とっさに身構えるアーサーだったが、アヴァは再びにっと笑い、それを自ら深く突き刺したのだ。


「ネバダ、万歳・・・・・。」


小さな鈍声と共にエヴァはゆっくり血を流し、―そして絶命した。


「終わったわね。」


魔女の声が呟いたと同時に、アーサーもついに痛みに意識が薄れ仰向けに倒れてしまった。

その音に一度振り向いたF35であるが、すべてが終わったと見るな否や、そのまま上昇し、割れた天蓋へと戻っていく。


割れたガラスから見える透き通った空へと上がるF23は、皮肉にもまるで天へと戻る神の使いのようで。

アーサーはふと血がしたたる白い手をかざしF35に向かってのばした。


「行くな・・・・。」


虚ろな灰の目は次第にクマの中に埋もれていく。そしてゆっくり目を閉じて意識を失った。


その刹那、少女のさようならという声が聞こえた、ような気がした。


***


 一方、ヨーナスは廃墟の階段を駆け上がり、最上階へと至る。そのすぐ左手に目を向ければ、廃墟となったオフィスルームのど真ん中の机に、見覚えのある無線機と監視カメラが設置されているのが見えた。


そして、机の椅子にヨーナスの気配に気づき振り向いたのは、長いポニーテールにメガネをかけた若い男。


「お前がボスかああああ!」


「ちい・・・早い・・・・!」


すかさず両手のグロックを放つヨーナス。しかしその前に椅子の盾によって止められ、最後に残ったボスは、無線機を飛び越えそれを盾にしてしゃがんだ。ヨーナスは近づきながら弾を放つも、すべては監視テレビ機器や無線機に当たり機材は跳ねるだけである。


上から飛び乗り撃とうとするも、その右腕男が隠し持っていた銃の弾がついに無傷だったヨーナスに当たってしまった。


「しま・・・っ!」


幾つもの銃弾から逃れ、すばやく机から飛び降りて距離をとる。痛みをおさえながらもヨーナスはあくまで2丁で再び攻撃をしかけた。机の挟んでの攻防が展開された。


しかしぐるりと机を挟んで互いに激しく撃ちあうのは、鉄の塊ばかり。膠着状態に陥ったヨーナスは血が滴る右腕に焦る。このまま続けば痛手を負ってる自分が不利だ、と。


しかし、その途端、男の悲鳴と何かが突き刺さる音が聞こえた。

見ると、机の向こうでしゃがんだ男の右腕にクナイが突き刺さっている―。


「ヨーナスさああああああン!!」


「高珊ちゃーん!!」


長い髪を無造作に結び直した高珊が、隣の建物からこっちに飛び乗ってきたのだ。

男はすぐさま窓の格子にしがみつく高珊に銃口を向けるも、それはその前に振り投げた柳葉刀によって弾き飛ばされる。その拍子に跳ねた柳葉刀を走りながら空中で拾い上げ、しゃがんであとずさる男の首筋にピタリとそれを突きつけた。


「言ったでしょ。接近戦はこっちが有利なんだって。」


茫然とした面持ちで膝をつく男。ヨーナスは「よくやった!」と叫んで机を回って高珊の元へと近づく。ヨーナスもグロックを男に突きつけた。


そうして、白鋼の柳葉刀と漆黒のハンドガンを両側から突きつけられた男は、動揺に打ち震える。


「NYPDだ、観念しろ。」


グロック18の銃口の向こうからヨーナスが男を追い詰めた。


「証拠品としてこの無線機器一帯を没収する。そしてお前が殺した警官から奪ったトランシーバーも、だ。」


高珊もそれに頷いて、柳葉刀を男の顎にゆっくりとかけた。ヨーナスの冷たい言葉と刀の冷たい感覚にガタガタ震えながら男は叫ぶ。その地面に付ける両手にトランシーバーはなかった。


「警察のトランシーバーは…知らねえ・・・・突然盗まれちまったんだ・・・・!」


「盗まれた!?ここまで来て下手な嘘をつくかボス!」


「本当の事だ!お前らがこっちにきて1人バタバタしてる内に見知らぬ皮のジャケットを着た男が突然ここにやってきて奪われちまったんだ・・・・!でも、お前たちのためについ逃しちまって・・・・!」


その怯えるような目つきは演技とは思えない。ヨーナスと高珊は顔を見合わせた。


「誰ですカその、ジャケットを着タ男っテ。しかモ、テロリストと関係ないっテ。」


「さあ、知らないね。でもまだ私らがこっちに来てから奪った。というのであればまだこの建物にいるはずだ。1階部分にはジョージさんがいるし、まだここからは出てこれないはずだよ。おそらく…ここを探せば…」


と言ったとたん、階段からガタンと音が聞こえれば、茶色いジャケットを着たベレー帽の男が向こうのオフィスルームの入り口から降りていく!


「そっちにいたかああああ!」


グロックの弾幕もよけきり階段を駆け下りる男。


慌てて追いかけるヨーナスに続くように、高珊もボスの鳩尾を刀柄で撃ち、気絶させてから後へ続いた。しかし三段飛ばしで階段を駆け下りて逃げる男と、疲労と痛手で息をあげるヨーナスとの距離はどんどん離されていく。


しかし、2階へ降りる前に男が鉢合わせたのは、黄金銃を持つジョージとだった。


「げええええっ、猟犬だああああ!?」


ひょうきんな声を上げてジョージと目を合わした事に驚く男、その掲げた両手の1つにはアンテナをのばしたモトローラ・セーバーがあった。


「ジョージさん!」


「わあってる!俺にまかせろ!」


左のオフィスルームへと逃げた男に続き、ジョージが態勢を低くして駆け込んだ。

そして、直線に逃げる男の薄汚いジャケットを着た背中に向かって、助走をつけて勢い良く蹴り飛ばす―!


「うがあああ!」


勢いのままに2、3転と転がっていく男。壁にぶつかって動きを止めた男の顔にジョージはあっと声をあげた。


「お、お前!アーサーの誕生パーティーにいた時の!」


小柄で猫背、そしてベレー帽からのぞく野卑な瞳、口から見える出っ歯。服装も含めた醜い男は、以前取材陣としてアーサーの誕生パーティーに出席していたジェームズ・ラングドンという男だった。


「えっへへええ。ばれちまってはしょうがないなあ。」


正に醜男に相応しい声色でもって、トランシーバーを握りしめる。壁に張り付いたまま嗤うジェームズに、ジョージは黙ったままギルデットを向けた。


「おいおい、待ってくれよ猟犬。俺はこの件にはなーんにも関わっちゃいないぜ。だたコレが欲しかっただけよ、これだけを。」


と、トランシーバーをジャケットの中にしまった。


「返せっ!」


後から続いたヨーナスがジョージの横で声を張り上げた。


「そうはいかねえなあディンゴ。警察の無線が手に入れば、盗聴よか、これからの取材に多いに役立つ。しかも、FBI・CIAの無線とも、傍受できるこの機会となりゃあなあ。」


とジェームズは茶色い唇をゆらりとあげた。


「お前、その無線機を手に入れるためにここに忍び込んンだと言う事か・・・。」


「まあ、最初はただの偶然だったさ。ねんごろのフッカー(売春婦)から、二週間前から誰もいないココに男たちが張り付いて奇妙だって聞いてな。俺もここに張り付いて何か良いネタがないかと思ったら、奴らが警察のトランシーバーを遣って何か事件を起こしている事に気付いたわけ。で、いつか奪い取るチャンスをと張り込んでだワケで・・・。」


と流暢に喋るジェームズであるが、話を聞く間に、何か逃げ出す策を考えようとしていたのである。しかしそれを「気」で察してか、高珊は入り口手前でぴたりと着いたままでいる。それにジェームズはちっと舌打ちした。


「テメー。それ見てすぐ怪しいと思わなかったかよ。俺たちに通報する事位思いつかなかったのか?」


「お前が…!いち早く連絡してくれれば…!被害者がここまで出なかったかもしれないのに…!」


と割れたメガネからヨーナスが睨んだ。


「ふっ。そんな事でもしたらアンタらは内輪もめの話ならすぐ真実をもみ消してしまうだろ?それも含めてすべてを知りたかったんだよ。俺は―」


とせめてへの抵抗と悪気もなく顔をあげて笑うジェームズに、かっと目を見開いたジョージは靴底でジェームズの顔を思い切り蹴った。


「ぐっはあ!」


泥と埃が舞う中で唾を吐くジェームズに、ジョージは容赦なく靴底をその頬へとじりじりと強く押し付ける。


「屑野郎が。」


と冷たく言い放つジョージを、ヨーナスはあえて止めようとしなかった。

頬を押さえつけられ声が出ないジェームズの様子に、ジョージは呆れるようにその靴底を離す。痛みにうめきつつ解放された事に笑うジェームズに突きつけられたのは―、2丁の漆黒のハンドガンと2丁の黄金銃。そして、遠く厳しい目つきの2人の間でジェームズを見る無表情の高珊の顔。


「え。」


ジェームズは頬を抑えながら茫然とした。

猟犬とディンゴが2丁の銃を向ける様は実に良い絵になる、と思ったがその銃口の向かう先がまさか自分となろうとは―。


「「失せろ、薄汚いパパラッチ(蠅)が。」」


4発の銃声が、この事件の終りを告げた。



<エピローグへ続く>

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