第6話 モトローラ・セーバー編(中編)
4、携帯電話使用不可能
「携帯も傍受・・・ターゲットが一般の警察関係者へと拡大…。」
所変わって舞台は再び、首都ワシントンD.C。
ポール・ヴォス捜査官襲撃の知らせを受けて、一同に集まった魔女の標的でもある、対策委員会のメンバーは机に手をつき騒然としていた。
「携帯で傍受…ターゲット範囲の拡大…ですって。」
アヴァが周知の言葉を繰り返し、呟いている。その動揺がよく見てとれた。
「携帯電話は無線と異なり、衛星放送経由で通信する。傍受もされやすいし、話しているだけでも無線と違って場所が特定されやすいからな。」
一方、その隣でアヴァとは対照的に表情を変えることなく、足を組んで座るのはアーサーだ。
「魔女はついに…次のステージに私たちを誘ったのだ。」
と現状を受け入れ、我々も次の対策へと移ろうではないか、と灰色の視線でもって、怯えるメンバーたちに訴える。
「そうさのぉ…出来る限り携帯の使用を控えよとでも関係者らに訴えてもおくかのぅ。」
杖を掴み、アーサーの要請に応じるはメンバー最年長のラッツィンガー議員だ。
「でも…それだけでは生ぬるくないかしら。」
「もういっその事使用を禁止させるか?」
「いや、情報交換の最もたる手段をすべて遮断させるのはまずい。」
側につくFBI高官、専門家たちの意見も重なって、少しずつ議論は展開されていった。そんな中、一人の議員が俯きがちに手をあげる。それはメンバー最小年である、32歳のアルバート・バーネット議員(ワシントン州選出)であった。
「あの…携帯を禁止するか否かより、まずターゲット範囲の位置付けについて、今一度考え直すべきではないかと思うのです。」
「どういう事かしら?」
マリア議員(ケンタッキー州選出)が尋ねた。
「それは…その…、魔女が本当に広げたターゲットは、警察関係者ではなく…私たちメンバーの「家族」、ではないのかと思うのです…。」
「なんですって!?」
遠慮がちに語る議員の言葉に、アヴァは声をあげた。
「だってそうではないですか…襲撃されたポール・ヴォスは一捜査官であると同時に…、サルミネン議員(アリゾナ州選出)の隠し子でもあるのでありますから…。」
「は?」
初耳だとアーサーは口を開く。そして向かいにいるサルミネン議員を見てみると、苦虫を噛み潰した顔で拳を握りしめ、アルバート議員を睨みつけていた。
そう言われて見れば、その濃い金髪、目つきの鋭いアンバーの瞳が、あの自分につっかかってきた男と実によく似ている。とアーサーは思った。
「公認の」現下院議員の息子よりも似たその顔立ちに、皮肉なものだなとアーサーはポールを思い出しながら呟く。
「ええ。そもそも私は、魔女が対象を我々メンバーから、急に一捜査官にシフトした経緯が妙に不自然だと思ったのです。しかし相手がポールと知って、こっちの方が妥当だと私は判断しました。
あくまで魔女が狙うのは私たちメンバーなのでしょう。偶然にもFBI捜査官「でもあった」ポールが最初に狙われたのは、私たちが誤認するための罠…だったのはないのでしょうか。」
怯えるように語った議員の隣で、サルミネン議員が大きく机を叩いて突っ伏した。
「馬鹿な…馬鹿な、馬鹿な馬鹿な!俺はあの女には認知して金を渡して以来、一度も顔を合わせてやしないんだぞ!あれは…奴自身だって知らない事実だってのに…!ちくしょう!あの魔女め、どこからどうやってそれを知った!?ちくしょうめ!」
ドンドンと繰り返し机を叩き叫ぶ様は、実に愚態極まりない。
「これで彼の出世の道も途絶えましたなぁ。」
とアーサーの隣でラッツィンガー議員が嗤いながら耳打ちした。
一方アーサーはその様子を腕を組みながら、呆れるように見下ろしていた。
さっきからずっとこの調子だ、とぼやく。
まだ若いアルバート議員、老荘のラッツィンガー議員、可もなく不可もなくのマリア議員、そして、醜態を恥もなく晒す、アーサーとは一番相性の悪いサルミネン議員。
「どうしてこうして、良い議員ばかりが先に逝く。」
喧騒を遠目に聞き、天井を見上げながらアーサーは息を吐いた。
魔女によって消されてしまった、優秀な議員たち。彼らがいなくなった事によって、メンバーもすっかり質が落ちてしまった事をこの空気からひしひしと、感じ取っていたのだ。
「まさか、その事も知って、魔女は最初から彼らをー。」
途端、まさかと思って首を微かに振る。
いくら天才のクラッカーといえど、当人同士で愚痴も言い合っていない、メンバーの微妙な空気をも読み取れるはずもない、と。狙われてる疲れ故か、しばらくアーサーは死んだ彼らがいたときの、和やかな空気を微かに思い出し、安堵しようとしていた。
本当に優秀な議員たちであった。
暖かい心地と共に再びアーサーは呟く。
それと同時に思い出す。同じNYっ子として盛り上がり、ともに報告書を提出し、その実現を阻もうとする反対派と共に戦った日の事を。遂に目的を達成し喜びを分かち合ったときの心地よさを。
そして、どんなに反対しても、「アレ」を売る事を留める事が出来なかった時の辛さと悔しさを、涙を流し(アーサーは流さなかったが)アメリカの未来を嘆き、悲しみをを分かち合ったときの事を―、
「・・・そういった意味では、彼女も本当に「優秀」だったよ。」
アーサは途端、背もたれに沈めていた腰をのそりとあげた。現実に戻ってしまった興ざめたその心情を、向かいの彼女は怪訝に首をかしげて見守っていた。
そんな事よりも、とアーサーが気掛かりだったのは「家族」という言葉にびくと身体を震わせ、不安がる議員(特に女性陣)の事だった。
特に、その中でも奥に座るアヴァは、血の気のない唇を次第にガクガクと震わせ身を屈ませる。
「そんな…困ったわ…。私さっき息子に事態が混み合っているって、連絡したばかりなのよ…もしかしてそれも傍受されて…―」
「ごめんなさい!アヴァ!私が今のうち家族に連絡しようって呼びかけてしまったから…っ!」
互いに慰め合うように震える2人をアルバート議員は、
「まだ確定したわけじゃぁ、ないですよ。」と諭す。
がそれを煽るように突然乱暴に会議室のドアが開かれる。
「何事だ!」ドアの音に負けじと、声を張り上げるアルバート議員。
それに応じて長身の背筋をのばしたのはサーラーであった。
「申し上げます!ただ今FBIより、魔女による爆発事件発生との報告が!場所は、フロリダ州南部ブロワード郡郊外の住宅!」
サーラーの言葉に周囲が一瞬にどよめき、その波が奥にいるアヴァ一点に集まる。
「え……?」
アヴァのヘーゼルの瞳から僅かに溢れる涙。
サーラーはその様子を苦々しく唇を噛みながらも、真正面に向かい合って報告した。
「…それによりアヴァ・ライス議員の息子家族が…、全員死亡…致しました…!」
そして、ひゅうと息のかすれる音が続き―
「い、いやぁあああああぁぁぁあああ―――ッ!!」
断末魔の跫音が会議室に揺れた。
「いや、いやぁ、いやあああああああああああああああああああ!!」
「落ち着いて下されアヴァ議員!」
「ア、アヴァ…!」
頭を抱えひたすら絶叫する様に、ショックで固まるマリア議員、
その隣で必死になだめようとするアルバート議員の奮闘むなしく、頭を揺らしアヴァはパニックに陥った。
「確か…息子夫婦には子どもがいたよな…。」
「あ、ああ…。小学校に上がったばかりの男の子が。容赦のない事をトゥルーデの魔女・・・。」
委員長の混乱様に、一同は最悪な事が起こったと顔を歪ませた。
その中でもやはりアーサーだけが無表情のまま、腕を組み、目を伏せている。
「やめましょう!!私たちだけでも…携帯を使うのをやめましょう!!」
涙を散らし、頭を細かく振りながら、叫ぶ代わりにアヴァは言った。
「電源を止めるの!携帯を止めて、魔女に家族の場所を突き止める手段の根を切るのよ!」
嗚咽をあげながら、必死に委員長としての責務を果たさんと提案するミアの言葉に感嘆するメンバーたち。
しかし、
「賛成できないな。」
とアーサーだけは、ミアの提案に反対した。
「一時期の感情に捕らわれるな、アヴァ議員。我々メンバーが魔女に尻尾を巻いてしまうなど、全体の統率が乱れてしまうだろうが。」
冷徹な斬り捨てに、反論する余裕もなく涙を流すアヴァ。
「ちょっとあんたねぇ…!」
その一方、アーサーのアヴァに対する「無情」ぷりに、腹を立てたサルミネン議員が勢い良く立ち上がった。
「よくまぁこんな状況で理想論をほざけるもんだぜ!このままにしたら次々と俺たちの家族や友人が魔女の手にかかるかもしれないんだぞ!?」
確かに、仕事にこもりっきりの議員たちに見かねて、家族や友人が電話やメールをかけにくる可能性は大いにありうる事だった。それをすべて抑える術はさすがのFBIにもない。さしものラッツィンガー議員もアーサーの後ろから、
「わしも自分の命はどうでも良いが、家族に迷惑がかかるのはのぅ…。」
と呟く。しかしそれでもアーサーは引かなかった。
「いや、それでも我々が携帯の電源を切るのは安直すぎる。これはもう少し考慮すべき問題なのでは。」
「貴様…よくまぁそういけしゃぁしゃぁと…。」
淡々と話す態度を変えないアーサーについに我慢ならなかったようだ。
「とにかく落ち着け、ハルミネン議員。」
の上、その彼に咎められた事に、ついにハルミネン議員の四角が歪んだ。
「うるせえ!どうせ、妻も子もいねぇてめぇには、家族を思う俺らの気持ちなんて分かりゃしえねんだょ!感情を持たない死神めが!」
「ハルミネン議員!それを言ってはいけない!」
慌ててアルバート議員が腕を出してハルミネン議員の「失言」を抑えるも、恐怖と苛立ちで放たれた本音で一同は動揺する。しかし当のアーサーはそれに動じず、無言の抗議でもってハルミネン議員に「落ち着け」と諭したのだった。その、窪んだクマから浮かぶ冷たい灰色の瞳から慌てて視線を逸らしたハルミネン議員は、しばらくの沈黙の後、手をあげてアヴァの提案是非を問う。
「ちっ、こんな所で喧嘩をしても埒があかねぇな。今すぐここで決めようじゃないか、アヴァの提案に賛成する者は挙手を。」
恐る恐る、次々と手が上げられる。皆やはり、家族に被害がかかるのを恐れているようだ。
「じゃぁ、反対する者。」
辺りを見渡し、どうせお前しかいねぇよ、と言うように笑うハルミネン議員の挑発にさして気にする様子もなく、アーサーは白い手を挙げる。ラッツィンガー議員もそれに続いて骨と皮だけの手を、ふるふると挙げた。
「決まりだな。」
結果、ラッツィンガー議員を入れても、圧倒的少数によってアヴァの提案が受け入れられる事になった。
「…なら、早速行動に移しましょう。みんな、前に携帯電話を出して。」
涙をひっかくように吹いたアヴァの言葉に、議員たちは黙々と従った。黒白、鮮やかな携帯電話やアイフォンが楕円形のテーブルの中央に重なって置かれる。それをアヴァとハルミネン議員が、次々と電源ボタンを押して閉じていった。
「アーサー。てめーのも出すんだよ。」
「良いのか、本当にこれで良いのか。」
見渡して言ったアーサーの抗議に、答える者は誰もいない。
喪の意を表した漆黒のスーツから、アーサーは、蒼色の携帯電話を取り出しアヴァの前に突き出す。横からハルミネン議員が乱暴にそれを奪い取り、電源ボタンを力強く押した。
「…ラッツインガー議員は?」
「わしゃぁ携帯電話は持っておらん。この老い耄れにゃぁ、文字が小そうてな。ほっほっほ。」
雰囲気を和ませようと手をかざし笑う議員であったが、アヴァとハルミネン議員が冷たくそれを見下すだけにに、留まった。
やがて、入り口近くに(まだ)立っていたサーラーが、同僚の報告を受け甲高い声をあげる。
「再び失礼します!FBI本部の上官より本部内にある場所へ、メンバーを更に安全な場所へ移動させるべき提案がありました。いかがいたしますか!」
「許可しましょう。」
「そうだな。」
2人の同意の声にそれでは早速と、サーラーが外に出る様促す。
ぞろぞろと残った議員たちが出て行ったが、アーサーは座ったまま、白いテーブルに放り出された蒼色の携帯電話を見つめている。
「取らせねえぞ。」
どんと机を叩き、横からハルミネン議員がアーサーを見下ろした。
「お前の身勝手な行為で、更に混乱させるワケにはいかねぇからなぁ。」
優越感でにやっと頬に皺を寄せて笑うハルミネン議員に、アーサーは小さく口を開いた。
「その笑う口元、確かにそっくりだ。」
「な…っ!」
どうとでもとれるアーサーの言葉に固まる議員に、颯爽とアーサーは議員の列に続いていったのだった。
***
ボディーガードに囲まれ、一列になって歩く身動きがとれない状態でも、アーサーは諦めていなかった。
ハルミネン議員の指すような恨みがましい視線と乱雑な足音を背中で受けたまま、黒スーツのポケットに手を突っ込む。撫でるように掴み取った「ある物」の感触を確かめ、並ぶ黒いボディーガードたちの隙間からアーサーは灰の瞳を左右に動かし、誰かを探していた。
これを誰かに渡したい、いや誰かに渡さなければならい、
誰か出てくれないか―
しかし、この緊急事態で外の人間と関われる訳もなく、ついに待ち構える車の前へと至る事となってしまう。
「やはり駄目か…」
外へ出る階段の上に立った時、広くなった視界の中でアーサーはふと、遠い向こう、太陽に照らされた深緑の芝の上に佇む黒を見た。物々しい雰囲気に戸惑っている、黒いレディーススーツを着た髪の長い女。
「ミナ…!」
アーサーは小さな声を上げてミナを睨む。その気配に気付いたミナはあっと見開くも、アーサーの視線から事情を解したのか、ふっと目を伏せ、そこから立ち去ろうとした。
「待て!違う、そうじゃない!」
背を向けるミナを呼び止め、白い階段を駆け下りる。
ミナもそれに気付いたと思えば、長い髪を振って深緑の芝生を走る。そして、2人は丁度地面に着いた所でおちあった。ミナを止めようとするガードに
「やめろ。私の秘書だ。」
と手で留めミナを通路の中へ入れる。
「アーサー様どうかなさったのですか!?さっきから電話にもメールにも何も反応なしに…!皆心配してますよ!?」
「それは…。」
しかし、ようやく向かい合った間もなく、ハルミネン議員の怒声を浴びせられた。
「おらぁ!だから何勝手な事しようってんだ、アーサー!ソイツが魔女の手下だったらどうするんだよ!」
「無礼者。これは私の部下だぞ。そんな事が「だからこそ、じゃねえのかぁ?!」
「え、えええええ?」
事情を知らず目を瞬かせるミナ。列に並ぶ議員やボディーガード達の疑念を一心に受けミナが困惑しているのを良い事に、ハルミネン議員は頭上から手をのばし彼女を突き放さんと迫る。
アーサーはその刹那一度目を閉じたかと思うと、カッと見開きミナの腕を力強く握り、自分の方へと引き寄せたのだ―。
***
引き寄せられた瞬間、鳩尾に鈍声がはしる。その途端に視界は真っ白になり、すっと彼の胸の中へと沈んだ。
鳩尾撃ちをくらわせたのは、隆起する「黒い」拳。
「うわぁぁぁ!ウェッブ殿がご乱心だぁぁぁ!!」
握った拳をぶんと振り回し、ウェッブが前に叫ぶ警官を3人同時に弾き飛ばした。盛り上がった脚の筋肉をバネに、全速力でプラザの廊下を駆け抜ける。
再び角に曲がった地点に構えていた警官に、
「じゃまだぁぁぁ!」
と、熊のような唸り声をあげ、高く飛び上がって横蹴りをくらわした。走るスピードも相乗しその勢いはまるでダンプカーのようだと、走馬灯の中で蹴られた相手は思いながら気絶する―。
そうして激しい衝突音と共に、ウェッブの走る跡に屍が広がる中、巻き込まれた警官はゆらぐ視界にうめきながらはい上がった。
「一体なんだってんだ。コミッシュナー会議からあんな急に飛び出してきやがって…。」
髪をかきあげながら警官は屍を越えるウェッブを見据える。しかし再び地面の揺れを感じて後ろを向くと、鬼の様な形相をした別の男が、ウェッブを追いかけてきた。
「待てえぇぇぇ!ウェッブゥゥぅぅゥぅ!!」
「うわぁあああああ!!」
警官はまた巻き添えをくらった。
***
「なん、なんんだ…あれ。どうしたんだ、コレ。」
ホイールの向こうで、プラザの騒ぎに気付き始めたジョージ。
入り口から広場へと、男女ごちゃまぜに同僚たちが走り出ているのが目についた。
「本当だ。どうしたんでしょう。まるで何かによって追い出されてるような…。」
パトカーの窓から顔を出し、ヨーナスも首をひねる。一方、パトカーの後部座席で、大の字でのせべっていたポールが最初に正その体を見た。
「お、おい…あれって…。」
2人の間から腕を突き出す。ポールが指した方向へ、2人同時に顔を向ければパトカー真正面にあるプラザ入り口から、黒い大きな影がわいて出た。悲鳴を掻き分け、拳を武器にガラスを突き破る、その大柄な熊は、ウェッブだ。
「ドックペァァア!!ウェッブ殿を止めろぉおおぉぉ!!」
楽しそうに笑い、広場を真っ直ぐに駆けるウェッブの後ろから、止めそこねた警官がウェッブを指して叫ぶ。
「イヤッハァ!」
「はあー!?もーっ!何なんですかこんな忙しい時に!?」
ガチャガチャとベルトを外し、両サイドから音を立て飛び出すジョージたち。
そうして2人は両側から走り、鉄の塊を迎え撃たんと手をのばす。
が、それは突然、ある者の登場によって拒められてしまうのだ。
それは、エンジンの爆音と共にパトカーを飛び越え漆黒の夜の空を舞う、翡翠色のバイクに乗った男。
「・・・・・うそ…!」
「パトカーを後ろから越えてだと…?!」
突然の登場に唖然とする広場の警官たち、そしてジョージとヨーナス。ぴたりと止まってしまった2人の間を、バイクが鉄の音をあげて着地する。飛び跳ねる身体を、男はその長い脚でもってバランス良く保ち、一気にブレーキをかけて広場を横滑りして一瞬止まった。
「web!」
キュッとブレーキをかけ、シールドを光らせて叫ぶ男の声。ウェッブはそれににやりと笑い両手を上げ飛び上がる。後部座席に飛び乗ったウェッブの重さにぐらんと揺れる車体。しかしそれでも、たちまちに激しい爆発音を立て、広場を横切ったのであった。
「しまっ…!!」
人間離れしたバイクのテクニックに圧倒される警官たちは我にかえり銃を構えるも、的がウェッブと知ると否や、皆銃口を上に向ける事しかできなかった。
すると今度は割れた入り口から再び、鬼の形相をして追う男―、フェルナンデスが現れた。少ない髪の毛を逆立て、顔を真っ赤にしたフェルナンデスの片手にはミニミが―
「ウェッブ待てこらぁぁああああ―っ!!!」
という声に困惑する周りをすり抜け、ミニミを振り回しながら2人に向かって走り出す。
「うわっやっべぇぇ!」
と恐れ逃げるはすぐ側にいる警官たちをすり抜けるようにフェルナンデスは一直線に駆け抜けるが、
「落ち着いて下さいませえええええ!本部長殿―!」
「うはっぁ!」
横から伸びたヨーナスの脚に足元をかられて大仰に転んだ。
「くっ、まだまだぁ!」
と、這いつくばったままミニミを取ろうと手をのばすも、次はジョージの足の甲蹴りによってミニミが遥か遠くへ転がされる。
「ウェッブはバイクで逃げたよ、諦めろハゲ。」
と立ち上がる間際、フェルナンデスの肌色の頭皮にギルデットが突き刺さった。
それに気付き、はっとなる。これでフェルナンデスだけは留める事が出来た。
「もおおお!一体どうかなさったのですかウェッブ殿も…本部長殿も!」
ジョージの腕を寸時に押さえつけながら、ヨーナスは訪ねる。
「面倒な事になってしまった…!」
と、広場に手をついたままフェルナンデスは悪態ついた。やがて、ためらいがちに、俯いたままその事情を2人に説明する。
「急に開かれたコミッショナー会議での事なんだが…。NYPD内でもコミッショナー達だけは携帯電話の電源を切って、居場所の特定を為させないようにしようかって話があったんだよ……。」
「なんですって!?」
「はっ。てめーらだけは安全地帯に籠もろうって魂胆か。それがコミッショナーのやる事かよ。」
ギルデットを夜空に掲げ、哂ったジョージにフェルナンデスは、
「俺は反対したんだよ!」と叫んだ。
「…しかし誰よりも積極的に反対したのは紛れもなくウェッブだった。でも一人だけではどうにもならなくて、ついに閣議決定される間際、ウェッブは副コミッシュナー殿とコミッシュナー殿を殴り飛ばし、ああして逃げ出しちまったんだ…!」
どんと地面を叩き「クソっ…!」と顔を歪めるフェルナンデスに、ヨーナスを始めとした回りに大きな不安と焦燥が走った。
コミッショナーが自分たちを差し置いて携帯電話の電源を切ろうとしているだと―。
更にその安を掻き立てたのはパトカーの側に立つポールの言葉だ。
「・・・・こっちも…つながらねぇ…。」
白い携帯電話片手にガタガタと震え出しているポールに、ヨーナスははっとなる。
「まさか…FBI側にも電源を切らしている人がいるのですか!?」
「あぁ…しかもそれは俺の所属の上官だ…他にも何人か…通じないやつが…。」
ポールのジャケットに映える山吹色のFBIのフォントが夏の夜風に揺れる。
その夜風と共にヨーナスの背中に震えが鳴った。
これは本当に面倒な事になった、というフェルナンデスの言葉を一同はようやく解したのであった。
その一方、ジョージはウェッブがバイクで逃げた方に顔を向け考えていた。向かいにくる東風がジョージの細い金髪を靡かせる。
風が東に吹いた時、魔女がこの地に現れる。どこかで聞いた言い伝えを思い浮かべながらジョージは紅い携帯電話をぎゅっと握りしめた。
「…しかしあのバイク野郎は一体誰だったんだ?…確かあの車種は…ホンダ・フェイズ…」
5、魔女じゃない
午後十一時頃。マンハッタンを望む丘にて、ウェッブを乗せたバイクが頂きに向かって土道を走る。
「よーしよし。ここら辺だ、止まっていいぞ。」
とウェッブのかけ声にキュッとブレーキをかけ、頂に至る直前の坂に止まった。
ウェッブが勢い良く降りる間にもバイクは激しく左右に揺れる。それを長い脚を地面につける事で留め、そしてホイールを掴んでいた男は両手でヘルメットを脱ぎ取った。ヘルメットを頭上へと掲げた瞬間、優雅に額に揺れるのは艶のある黒髪。
その間から斜め上を見るのは、蛇のような眼光を放つブラウンの瞳。目は細くとも、彫りの深い端正な顔立ちを持つ東洋人は―、NYの毒蛇と評される椴敬之であった。
「あーっ、死ぬかと思った!マジで死ぬかと思った!何だよ!今からバイクでも何でもいいから、追われてる俺を助けろって、みんな本当口で言うのだけは簡単なんだよね!それを実際にやる俺の苦労を理解しろっての!」
開口一番、犬歯を出しながら悪態づく椴だが
「それでもお前はちゃんと出来たじゃねえか。さすが毒蛇。車だけじゃなくてそっちのテクも上出来だな。」
と褒められた事に、
「へっ。車輪のついた物と女で、俺が乗れないものはないですから。」
と途端に両手を掲げ調子良く答えた。
対してウェッブはそれをちらりと振り向いただけで、そのまま丘の上にあるとあるプレハブ小屋へと坂を登っていく。
「何すかアレ?」
「俺の秘密基地。お前もおいで。」
ウェッブの声にそそくさと後ろにつく椴は、後ろを見ながら、冷える夜風でポケットに手を突っ込んで言った。
「にしても、本当最近怖いもんすよねえ。世界のNYもすっかり閑静となってきたもんだ。」
と、ポツポツと見える橙色の無機質なネオンを見下ろす。
ウェッブはああ、と応えるだけだったが、その怪訝な物言いに「連続国会議員爆破事件」の事を示唆している事は、すでに分かっていた。
「しかしそちらも、大変っすねぇ。NYPDやFBIの攻撃をも辞さないテロだなんて実に質悪いじゃあないですか。」
「あぁ、全くだ。本当「魔女」は一体何がしたいんだかな。」
とぼやいた言葉に椴は首を傾げた。
「まじょ…?」
「半年前から俺らにちょっかいを出してきた超天才ハッカーの総称だ。」
それを皮切りに、坂を登りながらウェッブは包み隠さず事情を説明する。一般人として、初めての事実を知った椴はやがて緊張のつばを飲み込んだ。
「ひでぇ…まさかそんな凄い奴がいたなんて…。」
思わず感嘆と恐怖の色を表す。も、「でも」とウェッブは付け加え初めてある「本音」を伝えた。
「あくまでもこれは俺の意見なんだがな。今回の一連の事件、実は―魔女がやったんじゃないんだと思う。」
「エ――ッ!?」
斜め上の展開に椴が声を上げた。
「実は俺は、最初からなんかおかしいと思ってたんだ。今までのほんの小さないたずらがうって変わってこの陰湿な事件を起こしたんだぜ。それが何だかな、それなりに魔女につき合ってきた俺の感覚からしりゃぁ、今回の事件は実に《らしく》ねぇと思うんだ。」
「で、でもそれで魔女じゃないとしてもさ。一体誰がやったんだって言えるんだよ?」
椴への問いにドアノブにかけられたチェーンを手に巻きながら、ウェッブはぼそっと呟く。
「やっぱり…内部者の犯行かなぁ。」
「そ、そんなぁ馬鹿な!」
目の下にある皺を寄せながら、椴は叫んだ。
「いや、可能性はあるぞ。内部者だからこそ、魔女の名を語ってカモフラージュする方法を思いつくし、無線の傍受は難無くやれる。それで手下共に、簡単に指示が出来るじゃねえか。」
「そ、それはそうだけどさぉ…。じゃあ、動機は?なんでアメリカ人がこんな殺し合わなくちゃならないわけよ。」
「うーん。同胞うんぬんよりかは、メンバーや俺たち執行機関に対する個人的な恨みで起こしたんじゃねぇかな。まあ、それが何かは見当はつかないが。」
そういう政治事情に詳しいアーサーがいれば少しは手掛かりが掴めるのにな、とウェッブはぼやいた。逃げ出した後にアーサーには何度も連絡したが、全くつながらない。どうやら俺たちと同じように携帯電話を切ら「されて」いるのに違いないと、ウェッブは自体の悪化に皮膚のあつい眉を歪ませる。
一方、椴はヘルメットを握り締めなら口どもっていた。
その次に言いたい事はウェッブにも分かっていた。
「そうだな確かに。後はその犯人を突き止める方法ってのも、今は全く見当がつかねえよ・・・!」
よいしょと、力強く開かれた扉によって錆びた鉄が音を立てる。真っ暗な小屋の中にすかさず電灯を照らすウェッブの先、ライトに照られた黒い物体がぎらりと光った。
「て、てつぽう!?」
その中は四方びっしりに、ライフルで囲まれた小屋だった。
二段上に隙間なく列に並ぶ様はまるで洋画ドラマで見た地下室の武器倉庫だと椴は息をのんだ。無論実物を見るのは初めてだ。
「これ…全部ウェッブさんの?」
「あーそうだよ。俺がただのお役人と思っちゃぁいけねぇや。」
にっと笑い、小屋へ入る。突き当たりに隙間なく並ぶ銃器の「列」にぐっと腕を突っ込むと、他よりやたらと銃身の長いライフルを掴み出した。そしてもう片方も列の中にいれ、もう一丁を取り出す。ベルト糾弾がジャラジャラと音とを立ててコンクリートの床をすべった。
「俺は謎解きは苦手だ。やっぱり手下を捕まえて、吐かせるのが手取り早えと思っている。」
固まる椴の横にどんとそのライフルを落とした。
「だ、だから1人おとりになってこんな事を…?」
「あぁ。コミッシュナー1人がこんな辺鄙な所にいるたァ、魔女の手下共も見逃しゃしねえだろ。奴が来るかNYPDが来るかは分かんねーが…とにかく来やがれ!俺が全員ぶっ潰してやるぜ!」
と、2つの長い銃身を丘の下に広がるネオンに向けた。
ぎらりと不気味に光るそのライフルはバレットM82、弾帯ベルト改造使用バージョンである。フルオート機構を取りつけ弾数も格段に多くなったバレットは、ウェッブの「敵殲滅」という復讐の念と決意を実によく表していた。
1450センチもある全長、12キロもあるライフルを2丁も使いこなせる者はよもやウェッブ以外に例は見当たらない。正に彼のためにある銃だった。
すると、かざした2つのバレットの間から、丸く蒼い車が真っ直ぐウェッブ達に向かってきた。
「お、早速きやがったか・・・!?」
とウェッブが腕の筋肉を盛り上げて構える―も、椴はその低い車体と特徴あるボディの上のエアスクープに気付き、慌てて止めた。
「待て!あれはロータス・エリーゼだ!700万円もする高級ロードスターだぞ!これから人を殺しにいく魔女の手下があれに乗ってくるモンか!アホか!」
腕を掴む椴にひと悶着している内、エリーゼという車はサーチライトで2人を照らし2人の先に止まる。フロントドアから顔を出したのは、長い髪を靡かせる女。
サーチライトの逆光でよく見えなかったが、「探しました!」という言葉に2人はあっと声をあげた。
「「ミナ!」」
駆け寄る椴の手をさっとかわし、ミナは焦ったように「ウェッブ様!」と呼ぶ。
「え、何。俺に用なの。」
とのぞける間もなく、ミナは必死になってウェッブの腕を掴んだ。
「本当・・ウェッブ様!一体どうしたんでしょう!教えて下さい!一体何がどうしてこんな事があったのでしょう!」
「いやいやいや俺に言われても。」
細長い瞳に溢れんばかりに涙を溜めてウェッブを見つめる様子に、ウェッブも慌てて首を振る。
「とりあえず、落ち着け。話を聞いてやっから、とりあえす車に戻れ、ここは寒い。」
と胸の中で震えるミナをウェッブは自らのコートを被せてエリーゼの方へと促した。
ロードスターは、軽量車故に大柄なウェッブは入る事ができない。結局助手席にミナ、ウェッブは外に出てそのピラーに肘をつける事になってしまった。運転席に座った椴が、ミナの肩に手を置きながら質問する。
「ミナが大熊殿に話す事があると言う事は、さしずめ猟犬君か・・・・いいや、死神議員の事だろうね。」
「はい・・・・。」
椴の落ち着いた声にミナはゆっくりと頷いた。
「私急に、アーサー様の事が、なにがなんだか分からなくなって、いてもたってもいられなくなったのです。親友であるウェッブ様ならアーサー様について何か知っているだろうとヒントを得ようとしていた次第で・・・。」
「なんだそれ、藪から棒に。」
と椴が口を開く。
「それはこっちの台詞です。本当、アーサー様なんで急にあんな事・・・。」
ウェッブのコートを掴み目を伏せる様子に、ウェッブは何の事だろうがと、眉を顰める。
「で・・・結局何をされたワケお前、アーサーに。」
「・・・・・・・・抱きしめられました。」
「「はあぁああああああっ!?」」
エリーゼが丘の上で大きく揺れた。
「秘書の私にも詳しく教えない極秘の委員会での移動中の事でした。呼び出され、ふと目が合った瞬間、回りのメンバーの叱責にも構わずに、突然私の腕を引っ張ったかと思えば大勢の前で、私の腰に腕を回して抱きしめたんですよ・・・それはもう、こう・・・・力強く・・・。」
驚愕で固まる2人の間、遠目でその時のことをイメージしながらミナはコートを更に強く握る。
「衆全の前です。よほどの緊迫状態だったのか、メンバーのハルミネン議員がかなり怒った状態で、私たちを引き離しました。掴みかかってきたハルミネン議員に対し、アーサー様は無表情のままにこうも言ったんですよ・・・。『しばらく連絡が取れないんだ。恋人と別れを惜しんで何が悪い。』って。・・・・・」
途端、ミナは紅潮する頬を掴んで叫んだ。
「ええ!?私、いつからアーサー様の恋人になったんですっけ!?もう、なんだかもう・・・・・いやああああ、恥ずかしいい―ッ!」
顔を紅く、嬉しいとも困っているとも区別できない顔で首を振るミナ。
それに対してもどかしい気持ちになったのはこっちだと、2人の男は深いため息をついた。
「へえ・・・・しかし死神殿って意外にもそういう大胆な事をするんすねえ・・・。」
ホイールにもたれかけながら横流しに椴はウェッブを見る。
「まっさか。そんなのアイツの柄じゃねえ。きっとそれには何か魂胆があるに違いねえよ、絶対な。」
親友の目からしてな、とウェッブは額に手をつけ椴の言葉を否定した。ミナも同じくやはりそうですよねえと呟き、両手で顔を覆いながら俯く。
「でも分からないんです。その、何がどういう理由で、アーサー様はあんな事をなさったのでしょうか、私に何か伝えたかったのか・・・耳元で何か囁かれた様な気もしましたけど、聞き取れなかったし・・。後で何回も連絡しても全く音沙汰無で・・・・もう意味が解りません。」
なんだそりゃ、それって正に恋人に対する振る舞いじゃねえか、
椴は細長い柳眉をきっと立たせる。犬歯をぐっと噛みしめてミナを問い詰めようとする前に、ミナが突然絶叫した。
「ってい、いやああああ!背中に何か、いやああああああああ―っ!!」
飛び上がり、ガタガタ震えながら腕を背中に回す。
しかし、それを掴む事さえ怖いのか、固まって震えるままだ。
「ありゃりゃ?いつの間にか俺のジョセフィーヌ(椴のペット、蛇)が入り込んじゃったのかな?とってあげよか?」
にやりと笑い、細長い指をゆったりと不均等に動かしながら椴は、フィッティングのチャンスとばかりに迫ってくる。
「ウェッブさまあぁ!!」
「あーっもう!後でセクハラとかなんとか言うなよ!?」
と、ウェッブは椴を突き飛ばし一気に、ミナの背中に手を突っ込んだ。手の甲に感じる、蛇の冷たい感触を掴みジョセフィーヌを掴みあげる。
「あ、ありがとうございます・・・・!」
涙を溜めながらミナは手をついてお礼を言った。
「やーれやれ・・・なーんか、複雑―。」
と目の前でゆらゆら揺れる白蛇のジョセフィーヌを吊らすウェッブは、ふと、彼女が何か四角く黒い物体に噛みついているのに気付いた。
「?」
ジョセフィーヌからそれを奪い取り、夜空にかざしてみるウェッブ。それは夜空と同化しつつも四角く縁どられた、コンパクトサイズの「トランシーバー」だった。
安堵するミナも、悔しがる椴もウェッブが掴む何かに気付いて声をあげる。
「もしかして、それ・・・!」
「それが、アーサーが抱きしめる時にミナの背中に忍ばせたものか・・・。」
「これが、死神議員が本当にしたかった事か!?」
「アーサー様アーサー様!ミナです!もしかしてこれを渡すためだったのですか!アーサー様!」
すると無線機から靴が床を叩く音が聞こえた。
「なんだぁ?」
「モールス信号だ!」
と無線機に耳をつけながらミナは叫ぶ。靴音の隙間から聞こえるメンバーたちの声。
そこから今、アーサーがおおっぴらで話せる状況ではない事を解した。
アーサー、お前モールス信号まだ覚えていたのかよ…一方、アーサーと同じく、大学でクルーザーサークルに所属していたウェッブは苦々しく笑う。
やがて、ミナが安堵したようにウェッブの顔を見上げて言った。
「『ようやく気付いたか。そっちの状況は大体知った。さっそくウェッブに取り次ぎ頼む。』との事です!」
ウェッブは興奮で震えるミナの手から、無線機を受け取り口につける。
「おうアーサー、携帯の代わりとしてコレで連絡をとれって事かい。」
『そうだ。』
とアーサーは靴を叩いて答えた。
『メンバーの閣議に対する私のせめてもの抵抗だ。』
と続きアーサーは信号を繰り返す。
『ぶしつけで悪いが、今回の魔女の行動はどこか異常とは思わないのかウェッブ。』
「やっぱりお前もそう思ってたか!」
弾けた声に
『静かにしろ、気付かれる。』
と靴を鳴らした。
ミナを介してようやく、繋がれた「内部者の可能性」という事件の真実への糸口。
しかしこの時、2人の糸だけではまだ事件解決には至らない。
あと2人、内部者の正体を突き止めるにはある者が、事件の舞台に上がらなければならなかった。
残る道筋は、今度は運転席に座る、「椴」を介してここに現れる事となる。
ウェッブが無線で話している間、椴の股間…ではなくてズボンのポケットが震えた。
「おっこんな時に携帯が…?」
と、アイフォンを取り出し宛先の名前を見た時、一瞬の悲鳴を上げてボタンを押した。
「もしもし、田中さん!?田中さんか!?」
と声をあげる椴。
「タナカ・・・・!?モシモシ…って何だろ?」
日本人相手なのだろうか、とミナは日本語を喋る椴を興味深そうに見た。
母国語で喋ってる椴は、どこかいつもより輝いている気がして、少しせつない。
「突然ごめんね、日椴君。突然だけどアーサー氏に繋がせてもらえないかな。」
なめらかに喋る中年男の声は、以前アーサーの誕生日パーティーにて椴と同胞の契りを結んだ田中という日本人である。
「アーサー氏と連絡…?あぁ…。」
「ん?何だい事情を知っているのかい?携帯にかけても全く繋がらないし埒があかなくてね。日椴君てさ、アーサー氏の第二秘書とねんごろって言ってたでしょ?今すぐにでも彼女を介して繋がせてもらえないかなー。」
あぁ、日本語っていいなぁと、きょとんとするミナを横目に、椴は心底思いながら頭を掻いて応える。
「いやー…そんな面倒もなしに今ここで話すことは出来ない事でも、ないっすけど…?」
「本当!是非変わっておくれよ。緊急事態なんだ!」
切羽詰まった田中の様子に椴は苦笑いしながら、ウェッブを見やる。それに気付いたウェッブに口パクで事情を話すと、ウェッブは物言えぬ無線の相手にそれを伝えた後、ぬっと無線をアイフォンを持つ椴の目の前に突き出す。
これでようやく、糸が結ばれた。
「アーサー議員ですか。急にすみませんな、田中来栖です。パーティー以来の連絡だけど、今時間大丈夫かな。」
まさか無線を介して繋がれ、エリーゼにいる3人に会話が筒抜けでいるとも知らずに、田中は話を始めた。
「日本でも「例の話」は聞かされてるよ。全く大変な事態になったもんだね。で、どうする。やっぱり買い戻すかい。ムンダネウムを。」
ムンダネウム、という田中の言葉に、椴が跳ねるように一瞬震えたのをミナは見逃さなかった。
「そっちには本当に申し訳ないけどさ、前にも打ち合わせした通りに一時期「アレ」を全部引き取ってくれないか?金は定時勿論支払うようにするからさ…特計でも使って…。そうでもしなければ、魔女を追い詰める事が出来ないんだろ?」
「・・・・?何の話を、してるんだ・・・?」
ウェッブとミナは何の事が分からず、顔を見合わせる。
しかし椴だけは片手でホイールを掴み、目を見開いて、狭い額に汗を垂らしていた。
突然、無線の中から靴音が鳴る。その信号に今度はウェッブとミナが口を開いた。
「アーサーお前ぇ…!」
『知らない、一体何の話か分からない。』
それが、アーサーが田中の言葉に答えた信号であった。
「…なんなの?無口とは知ってるけど…どうするの?まさか君、ムンダネウムの地下にいる「トゥルーデの魔女」を、そのままはべらしておくわけにも行かないよね?まさか、「撫子」の性能を信じられないとかないよね…?あれ、もしかしてメンバーの君の所に連絡いってないの?ねーねー、なんで黙ってるのー。」
途端、椴の手によって田中の馴れ馴れしい声が途切れてしまった。
突然知った真実に3人が固まり、気まずい風が広がった。
「椴さん…あの…あの方の言った事に間違いは…。」
「それはない…あの人はああ馴れ馴れしいけど、れっきとした外務副大臣という肩書き持ちさ。間違いはないだろうよ。」
クソっ!と椴は犬歯を剥き出しに、運転席からアイフォンを投げ捨てた。
「え・・・?」
突然の乱し様にミナは驚きで声をあげた時、
「どうして…なんで…こんな事がぁあああ!!」
「椴さん!?」
椴は黒髪をかき乱し突然ホイールに何度も頭を打ちつける。そこにいるのはプレイボーイでも男という名称さえはまらない、ただ何かにおそれおののく1人の人間、であった。
「落ち着け椴。それより、なんだ。ムンダネウムって何だ。」
「魔女はその下にいるって・・・・?」
ウェッブも膨れた頬に汗を流し、椴を睨む。黒い肌の中白く光る眼に、椴は顔を伏せたまま、首だけをウェッブの方へ向ける。指と黒髪のすきまから除く赤茶色の瞳は白目の中でぼんやりと浮かんでいた。まるで死人が首を動かしたようだとミナは戦慄に震える。
「ムンダネウムは…火薬庫だ…。俺たちが、作った世界の火薬庫だ・・・。」
やがて出た椴の掠れた声に、ウェッブとミナが目を開く。
「日本が作った火薬・・・?」
「ムンダネウムは・・・・・・かつて日本が海外に売りつけた、RW倉庫
―放射線廃棄物処理倉庫の事なんだよ!」
6、主犯人確定
椴の声を遠目で聞きながら、アーサーもワシントンD.Cの一角で目を伏せていた。
椴との引き合わせによって分かった事実。今までの状況、事実から結び付いた赤い糸が、びいんとアーサーの脳髄を貫き、目を見開かせた。
「犯人が…―分かった。」
間違いない、とアーサーは虚ろな目を開いた。
今までの事と、議員として知る限りの情報をかき合わせると、ある1人の犯人がぴったりと枠に当てはまったのだ。
「よくまぁ…散々人を殺しておいて、そんな顔をしていられるものだ…。」
ここまで嫌悪感が湧いて出たのも久々だと、周りと同じように不安な顔をするテーブルの向こう―、「メンバーの」1人の顔をきっと睨んだ。
そしてアーサーはもう一つ重要な事を知っている。
犯人が最後に標的としている対象が、紛れもなく、魔女に対する強硬派メンバーの最後の一人である、この「自分自身」だと言う事も。
一体この大勢いる中で、どうやって私を殺そうといるのだろうか。
他のメンバーが巻き込まれる前に、まず自分が行動を起こしてその事態を止めなくては。
アーサーはテーブルに手をついてある事を決意する。
『ウェッブ。今の話で犯人が分かったぞ。間違いない、主犯人はメンバーの1人だ。』
指を叩いてアーサーは信号した。
「なんだって!?」
案の定ウェッブの裏返った声が返ってきた。
説明しようとすると、アーサーの行動に怪訝に感じ始めてきたメンバーを見て、これ以上の通信は限界だと判断する。
『これ以上話せる余裕はもうない。魔女はこの私が引き受けた。お前はとにかく手下の方を追い詰めろ。両側から責めて勝つんだ、いいな。』
「お、おい…!まさかお前そっちでまた勝手な事を…!!」
これ以上隠し通せまい、とウェッブの言葉を最後に、襟の中に隠していた無線機を掴んで潰した。
―今からだ、今からは貴方が私に追い詰められる番になるのだ。
アーサーは今一度「犯人」を睨み、拳をにぎる。
「・・・・さっきから貧乏ゆすりが酷いな、アーサー議員殿。」
「ポーカーフェイスで通ってる、あなたが珍しいわねぇ。」
「まぁ俺はこっちの方が好きだぜ。なんか人間らしくてなあ?」
一方、アーサーの思惑も知らず、ハルミネン議員を始めとした下劣な笑い声が響いていった。
「大丈夫ですかの…ミスターベリャーエフ。何かコーヒーでも飲みますか?」
一方、隣でラッツィンガー議員が心配そうに伺う。
それにアーサーはああそうだなと答え、入り口に構えるFBIに指示をした。
それもアーサーの作戦の1つであった事を、嗤う議員たちは全く気付かなかった。
***
「ちょと待てぇぇえ!!それはあたしが持ってくるー!!」
コーヒーを持って廊下を歩く部下を、ヒールで突き飛ばしたサーラー。
「うぁあああ!」
こぼれそうななったコーヒーを何とか受け止め、転がった部下はそのままに、サーラーはコーヒー両手に廊下を進んだ。緊張しながら進む足取り。物々しい雰囲気に息がつまりそうになる。
「どけ、あたしはJFFT指揮官だ。」
とジャケットのフォントを見せつながら、立ち構える警備員を脇によせる。
そして廊下の突き当たりにあるメンバーの控え室を開いたのだった。
扉を向けた真正面にいたのは、―お目当てのアーサー議員だ。横流しに自分をみた灰色の瞳に早速胸が高鳴る。更にありがとうと言った言葉に、嫌われたとばかり思ったサーラーは初めて人前で顔を綻ばした。
「アーサー議員。こ、コーヒーです!」
慌てて駆け寄り隣に立ってサーラーはコーヒーを置いた。
初めてここまで近づけた、と銀色に光る綺麗な短髪を見ながらサーラーはほぅと微笑んだ。一方カップを手に持つアーサーであったが、節々とした手は震え、コーヒーがテーブルの上に散らばる。
「アーサー氏…。」
「すまない。情けない話だが…どうやら怖くて震えているようだ…。」
コーヒーを元に戻し、組み交わした膝を抑えつけるように両手で押すも震えは収まらない。それを滑稽と思ったのかハルミネン議員はまた高らかに嘲笑する。
しかしサーラーの耳にはそれは蚊音のごとく入らなかった。
群青のジャケットからのぞくその傾らかな流線で縁どられた胸の中には、だた愛しい人を守りたいという思いだけが―。
「大丈夫ですよ、アーサー氏。ここは絶対安全ですから。」
と生真面目さの中にある優しさも込めて、サーラーは言った。
「ここはFBI本部の中でも滅多に開かれる事のない、辺りを鉄骨に囲んだ絶対防御の会議室です。間違っても、たとえここにミサイルがあたったとしても、ここだけは何も被害を受けぬように設計されているのです。」
おおと、途端メンバーの安堵の声が広がる。
「でも・・・・向こうにあるドアは何?あの向こうは確か吹き抜けになった中庭にあたるわよね。どうしてあんな所にドアがあるのよ。」
と、委員長のアヴァは入り口から丁度間反対の入り口を差す。
サーラーはアヴァの方には顔を向けず、ひたすらアーサーを伺いながら説明を続けていた。
「あれはですね、あそこは吹き抜けを挟んだB塔に繋がるブリッジに通じるドアとなっています。いざ、ここのA塔が破壊された時は、そこから脱出できるようにされています。吹き抜けの部分は曇りガラスですから、内部者以外がこの事を知る由はありません。」
そういうシチュエーションもきちんと準備してますよ。とアーサーに優しく話しかける。
「そして何より・・・・私たち・・・いえ、私が絶対あなたを、魔女の手から守ります。絶対に、たとえ・・・この命に代えても・・・・。」
鬼女と評される彼女は、胸に手を当てアーサーに忠誠を誓う。
だた、一途に、顔色の(いつも)悪い無表情の思い人を見、その麗しい灰の瞳を見つめたままサーラーは背筋をのばす。と、浮いた空気が流れている事に気付き、さつと顔を染めてメガネを光らせる。
「・・・そして・・・・あなた・・・たちもです・・・!」
「「「「嘘だッ!」」」」」
皆のツッコミに途端に恥かしくなったサーラーは、いよいよ顔を真っ赤に染め、腰を屈んで逃げ出さんとした。が、
「待って。」
と突然アーサーに呼び止められサーラーは裏声をあげた。
「君の気遣いには感謝する。コーヒーは君が飲めばいい。お蔭でコレに頼らなくて済みそうだ。」
***
立ち上がりメガネをかけ直すさっきの部下を弾き飛ばし、サーラーは廊下を走る。右にまがった突き当り、誰1人いない禁煙室に転がるように駆けこみ、息を切らしながら、ゆれるコーヒーを見下ろした。
「アーサー様・・・のコーヒー・・・!」
自分でも気持ち悪いとは分かっている。本人が口をつけたものでもないのも知っている。それでもこのカップをアーサー様が掴んだのだと思った瞬間、興奮のあまり一気に飲み込んだのであった。結果。
「熱っ、苦っ」
緊張で震えた手からカップが落ちた。
「いやああコーヒーが染みにいいいい!」
逆さになったカップを中心に灰色のカーペットが茶色に染まる。すると、カップの底に白い付箋が貼られているのに気付いたのだ。そして、そこには達筆な筆記体でメモが書かれていた。
「本当に私を助けたい、そう思って居るなら、この通りにしてくれ―Arthurより。」
7、実行犯確定
NYPDプラザ附属病院の、真っ白なドアが開かれる。
片手に真紅の携帯を持ったジョージがずかずかとその個室の中に入っていった。
「ジョージさン!あなたも来てくれタのですカ!」
その中で白いベッドの中で水色の患者を着、半起きで座る高珊がぱっと笑顔で彼を迎えた。
患者服の隙間から見える包帯が巻かれた素肌は、その戦いの物々しさを表したものである。とは言っても、最新の技術、X-IPS細胞手術によって身体に撃ちこまれた身体は、その浅い傷も相まってか、僅か半日でその傷跡を残すのみに回復されていた。
一方、高珊の声に反応して、高珊の側に座っていたヨーナスも顔をあげた。
「全く最初までは一緒だったのに。急にどうしたんですか。電話かかったからって見舞いをすっぽかすなんて。」
「魔女に関する新しい情報がウェッブから届いた。こいつは急展開になったぜ。実は犯人は、本物のトゥルーデの魔女じゃなかったんだってよ!」
「えええ!?」
ヨーナスを含め高珊までも、点滴チューブがついた腕を揺らして驚いた。
「やっぱお前なら電源を消しちゃいねえ、と思ったぜ。」
という言葉から始まったウェッブの語は、ジョージに脳を突くような衝撃を与えた。そして、高珊に見舞いの言葉をかける間もなく、その時の衝撃と興奮をそのまま伝えるように2人に語る。
「我的天(なんて事なの)・・・。」
高珊は血の気の引いた青白い顔を引き攣らせ、ヨーナスはあまりの驚きに反応する事さえ忘れてしまったようだ。
「驚いてる暇はねえよ。これから俺たちがやる事はその手下どもを、どうやって見つけるかって事だ。」
と、病室にも関わらず煙草を咥えるジョージ。
2人はよもやとある思考によってそれに突っ込む余裕がなかった。
そう、ここでもどん詰まりになった事は「その内部者を発見する方法」である。
「…その話を聞く限リ、内部者は2人という事でスネ。主犯はイマ、アーサーさンが追い詰めよウとしていルメンバーの一人デ、それにつく実行犯ハ、今どこカに潜伏してイルという事なのですカ。」
「・・・そうだね。今主犯格のメンバーは、携帯を切らして外部との接触を断っている所だ。蔓延る手下どもを私たちから守るためにはあと1人、メンバーの犯人とは違う警察無線を傍受できる「内部者」がいるに違いないさ。それが、僕たちが捕まえるべき相手なんだろうね。」
機械的に語るヨーナスの言葉に、一見何ら緊張感は見当たらない。
しかし高珊はヨーナスが今内部者、しかもメンバーの1人がという可能性に激しく動揺していると「気」を感じ取った。
「デ、でモ…それではあまりニモ心もとないですネ。無線を傍受でキル内部者をツキトメルなんて、いくら警察関係者に限ルからって、膨大な数になるでショ。しかモ、それデ分かった所で証拠が見当たらなイじゃないですカ、動機も全く分からなイし・・・・。」
これだから感の良いヤツは嫌なんだ。とジョージは眉を顰め、髪を下している高珊を見下ろす。タバコをクシャリと噛み潰し、煙を乱すその一方、高珊の意見にヨーナスはその通りだと頭を抱え、俯いた。
ふと、くゆらせた煙草が風に揺れる。ジョージが窓の方へ顔だけ向けると、白いカーテンがゆらめき、ヨーナスが高珊に与えたであろう赤いバラが黒の外を背景に花弁を揺らしていた。
「風・・・・東風・・・・。」
「東風?」
「確かあったよな・・・・東風が吹くと魔女が現れるって・・・なんか古い外国の文献を読んだ気がする・・・。」
「エ・・・・?中国でハそんナ話はありませんがネ・・・?」
ぼんやりと幻想に浸るジョージの目にヨーナスはくすりと笑った。
「外国の文献とか、そんな大仰な話じゃないですよ。それって、メリー・ポピンズの話じゃあないですか。」
「ナぁンダ。あの有名なお話だったんですネ。」
突然らしくない事を言いだしたジョージに高珊もふっと痛みをこらえながら笑う。
しかしその直後、2人の笑い声がやむのを合図に、煙草を投げ捨て窓に向かって走る。
金髪が前髪にかかるのも構わず、窓の格子に手を付き、夜のNYに身を乗り出した。
そして風をすっと吸い込み、一気に吐き出し―
「トゥルーデの魔女――――――――――ッ!!」
と大声で吠えたのだ。
「ちょ・・・・!?」
それはまるで犬の遠吠えの様な響きだった。
横顔から見える綺麗な形をした犬歯は風を斬る。
「どこにいる!?俺はここだ!分かってるんだろ!ここにいるんだ返事しろ、このコノヤロ――ッ!」
突然の事にヨーナスと高珊は大きく身を震わせた。
「ちょっと、迷惑ですよ!何急にそんな事言って…!」
留めようとするヨーナスをかわし、ジョージはすぐに高珊の横を駆ける。部屋に出て廊下の床を滑り、斜め上にいる監視カメラに指を差して叫んだ。
「どうせ分かっちゃいるんだろ!?返事をしろ魔女!何でも出来る天才ハッカーつーんなら、今すぐここにいる俺に連絡でもしやがれ!そこで見てるか!?それともこれでかあ!?」
携帯を取り出し、画面に向かって唾を吐く。ジョージの謎の行為に、辺りも恐れおののいて固まっていた。
「ちょっとお!ジョージさん!みっともないですよ。本当いい加減にしてください!」
と、寸時にヨーナスが廊下にいるジョージの両腕を掴む。それでも
「放せ!このメガネ!早く返事をしやがれ、魔女―!貴様の実力は所詮この程度が――っ!」
とヨーナス共々巻き込んで、魔女を煽って暴れるのだ。
ついに頭がショートしてしまったのかと高珊は身をのり出し、ジョージに向かって叫んだ。
「ジョージさン落ち着いテ下さイ!いくら何でモ、それデ本物ノ魔女ガ貴方を知る事なんテ出来るワケなィでショ!?」
と言った瞬間。ナースコールが鳴った。
「え…?」
ジョージの声も掻き消す程のアラーム音。それに高珊はどういう事だと目を見開いた。
自分は全くボタンなど押してもいないというのに、まさか―と、すかさず通話ボタンを押す。
そしてそこから聞こえたのは。自分と同じ年端もいかない、若い女の声だった。
「こんばんは。ムンダネウムから呼ばれて飛び出た「トゥルーデの魔女」です。そこで私を呼ぶジョージ・ルキッドさんにかわってもらえないかしら―。」
8、それぞれの戦い
朝になり、絹色の薄い雲が日差しを受け、ぼんやりと空を照らす。やがて、影で覆われるキャピトル・ビルが斜めから少しずつ照らし出されていったのだが、半ば監禁状態にいるメンバーたちにはその姿を見る事は出来ない。疲労と、狙われていると恐怖と、緊張感で心身共に疲労したメンバー達は互いに突っ伏し、皺皺になったスーツ姿で椅子にもたれかかり、疲れた顔で寝ていたのだった。
詰まった空気が流れる中、アーサーはクマが更に深みを増した位で微動だにせず、腕を組んで座ったままだった。その一方で向こうにいる「犯人」も犯人で、全くぴたりと動かず眠る事なく座り続けている。隙を見せない、誰も知らない2人の我慢比べが続いていた。
しかし、ふとアーサーは立ち上がった。
「なんだ、どこへ行く。」
と、眠そうながらも、敵意の目だけは爛々と向けるハルミネン議員に、アーサーはちらりと顔を向けた。
「手洗いだ。なんだ、一緒に行くか。」
「はっ。まさか。」
煽られた事に嫌そうな顔をしてそむけるハルミネン議員。それをアーサーは難無く入り口に向おうと椅子を動かし、壁に寄る。すると、アーサーの襟元から黒いトランシーバーがカツーンと音を立てて床に跳ねたではないか。
「!?」
甲高い音に眠っていたメンバーまでもが目を覚まし、アーサーの方へ顔を向ける。
「しまっ・・・・!」
アーサーはすばやくしゃがみそれを掴んだがしかし、突然入り口を開いたかと思いきや、突然出てきたサーラーが駆け寄り、向かいで立ち上がるアーサーの、トランシーバーを持った手をがしりと掴みだした。
「何をしていますか。」
さっきとはうってかわり、野太い声でアーサーを牽制する。
「何をしているのはそっちの方だ。今すぐ離せ、無礼者が。」
とアーサーも嫌悪感を滲ませ力強くサーラーの手から腕を離す。しかしサーラーは諦めず、逃げるアーサーの腕を再び力強く掴み、握られた白い手のひらを無理やりこじ開け、トランシーバーを奪い取り、メンバーたちの目前にさらした。
「それは・・・無線機!」
「まさかそれで魔女の手下に指示を・・・!?」
突然聞こえた「誰かの言葉」に、一気にメンバーたちがわめきだした。不安と緊張に正常な判断を出来ない議員たちに疑惑の念が一面に広がる。
「待て・・・・!それは違う!それは私の補聴器だ!」
とその中でもアーサーをかばわんと、動かない身体を無理して立ち上がるラッツィンガー議員。
「うるせえな、じじい!あんな四角いモンが補聴器なワケなかろうが!」
ハルミネン議員の怒声と共に、一気にアーサーに対して、
「よもやお前が魔女だったのか!」
と批判が広がった。
「お待ちなさい!こんな所で内輪もめは駄目!冷静になるのよ、みんな!」
とアヴァ委員長は両手を振ってリーダーとして留めようとするも、その声は逆に皆を煽るだけだ。
そんな騒ぎの中サーラーは冷徹な瞳でアーサーの目を見、
「貴方は別室で事情を聴かせてもらいましょうか」と機械的に呟いた。
「待てええええ!それだけじゃ収まらねえよおおお!」
騒音と悲鳴と中、突然テーブルの上に駆け上がりアーサーに跳びかかったのはハルミネン議員だ!
「よくも、仲間を殺しやがってえええええええ!」
疲労感と元から溜まっていた嫌悪感がごちゃまぜになった故か、それがハルミネン議員を暴挙へといざなった。拳が真っ直ぐに、アーサーの顔めがけて突き抜ける。
「おやめくださいませ―っ!」
それにサーラーが両手を広げアーサーの前に立ちはだかり、代わりにそれを受けようと両手を広げた。しかし、その次に響いたのは殴音ではなく、―爆発音だった。
途端に広がるは白い煙幕。辺りが一面、白い煙に覆われ視界を奪われた。
音と視界にパニックに襲われ、悲鳴と叫声が混じる。
騒動に気付いたFBIたちが一斉に入り口を開いて煙幕を出さんと駆け寄るも、悲鳴をあげに逃げようとするメンバーに押し込まれ尻込みする。そして、それを煽らせるように放たれた2発の銃声、そして更につんざく叫音。風が通った会議室の中で、視界が戻ってきた時、FBIは中の様子に声をあげた。
「サ、サーラー指揮官!!」
「ハルミネン議員!」
そこには、机の上でうなだれるハルミネン議員と、床の上に転がるサーラーがいた。どちらも腹、腕から血を流し、テーブルに、床に、紅い染みが広げる―。
「どういう事だ・・・・!」
駆け寄り2人を抱き上げるGメンたち。
入り口に依っていたメンバーたちもその事に気付く。抱き上げられ、俯いたまま腹からとぷとぷと流す血だらけのハルミネン議員に、一同が悲鳴をあげる余裕もなく固まった。
「サーラー殿!サーラー殿!」
一方それと同じく、部下の胸の中で血だらけのサーラーが、粗い息を吐く。
「大丈夫ですか!一体どうしてこの中でこんな事が・・・・!」
シャープなメガネをきっと光らせ辺りを見渡す部下、カレル。
するとこの中で、アーサー議員がいない事に気付いた。
「アーサー氏はどこだ!そっちに逃げたのか!」
その怒声に一同は悔しげに首を振った。
「くそっ!一体どこに行った!探せ!とにかくアーサー議員を重要参考人として探しだすんだ!」
と、入り口で構えるGメンに指を差して命令し、上司を撃たれた憤りで叫ぶ部下を、サーラーは「やめろ」、と霞む視界で彼を見ながら呟いた。
「カレル・・・・違う・・・・いないのはもう一人いるだろう・・・そいつがあたしらを撃ったんだ・・・よ・・・・。」
「死神を探せ!探せ、探せ―っ!!」
興奮で叫ぶカレルはサーラーの言葉を聞き取らない。
サーラーはやがてその様子に諦めがちに見、血で濡れる服に顔を沈め、目を瞑った。じんわりと広がる痛みと共に、額に溢れた汗が涙の様に、彼女の頬へと垂れていく。
「そうか…、あの時からじゃない…。最初からすべてが演技だったのですね、・・・・アーサー様・・・・。」
<後編へ続く>




