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GUNMAN GEORGE  作者: 根井
12/21

第6話 モトローラ・セーバー編(前編)

2話続けての「最終章編」がここから始まる。


平穏(?)だったNYPDの日常がついに崩れた。

大切な人の死。それに絶望するヨーナス、犯人逮捕を誓うジョージ。


「トゥルーデの魔女」と名付けられた、「アメリカ最大の敵」との攻防がそこから始まる。


そして高珊、ウェッブ、アーサー、椴、ミナ、と今まで関わった人々も複雑に絡み合った、この事件は新たな「現実」へと彼らの世界を抉り出すのだ。


目を背けず、大いなる敵に立ち向かえ。 すべては愛しき故郷がために。


しかし、その「故郷」とは一体どこにあったというのだろうか。


いよいよGGは、この6話でもって最終回となる。

最終回という事で、今回はかなり多めに執筆する事に至った。

しかし今、体調が優れない方は一旦そのページを閉じてソファーに座り、しばし休養をとる事を勧めたい。

それはいつもよりページ数が多いからでもあるが、今回の話は今日のNY市民全体にとって忘れられない、「ある出来事」について、ジョージを始めとした今までの「彼ら」がどう関わっていたのかを、取り上げた話なのである。


おそらく、この件に携わったせいでジェームズ氏が行方不明になったのではないか、と思われる程の重要かつ、機密の内容である。

読み終わった後、どうかなるべく、安易にこれを言いふらさないでもらいたい。言った後に何が起こるか保障できないからだ。それは今、ここに記している私も同じなのである。


それでは、そんなちょっとした不安も話を盛り上げるためのスパイスとして、この話を吟味していただければ、幸いである。繰り返し、安易に広めぬようお願いしたい。



ワン・ポリス・プラザ前にて、案の定職質されそうになりながら(逃)

イゾルデ・エリザ




1、トランシーバー

 

 其の日、ヨーナスはアラーム音ではなく無線のノイズ音によって、目が覚めた。


「あ、そういやつけっぱなしに・・・・。」


と、乱れた黒髪を掻き揚げながら、ヨーナスは純白のシーツから顔を出す。

手元の棚においていた黒縁メガネを急いでかけスリッパを履き、そしてそそくさと、廊下を渡って向かいにある無線室へと駆けこんだ。


寝ぼけた顔で、パジャマからのぞく均等に割れた腹筋を撫でながら通信する気も起きる訳もなく、ヨーナスは無線機の電源ボタンを押そうとする。

が、その時、無線機のノイズ音から聞きなれた声が聞こえたのだった。


「ガーガーッガーハロー・・・・ヨーナスそこにいるかい・・・ガッー。」


「・・・・アレクサンドルさん!」


思わず、ヨーナスは顔を上げたまま机に突っ伏す。

それは、ジョージの同僚でもある巡査のアレクサンドルからだった。


しかし、おかしい。とヨーナスは壁の時計を見る。時間は午後12半。非番のヨーナスと違って、今パトロール中のアレクサンドルが無線に出ている。という事は・・・。


「・・・っ、もしかして、装備のトランシーバーをつなげてるんですか!?」


「うっへへへご名答!」


ノイズ音と共に低い笑い声が聞こえた。


「うっへへじゃないですよ!駄目じゃないですか!警察の無線を勝手に個人用で使うなんて!」


ハンドマイク片手に朝髭を撫でながらヨーナスは叫ぶ。

しかし向こうの声は、それに全く動じない。


「だってよう。今、丁度海岸沿いのバゥテリー・パークで遺伝子操作推進討論会の護衛をしている所なんだけれどよ、それが全く音沙汰なしで、退屈なんだもん。」


「遺伝子操作推進討論会?」


そういえば、地域ニュースでそういう話を聞いたことが・・・。

耳を凝らすと、確かにアレクサンドルの奥の方で人々の騒声が聞こえた。


「へえ、それはまた、一部の人にとっては非常に眉唾な事が行われたもんですねえ・・・推進するつもりなのか、討論するつもりなのかどっちなのやら・・・。」


窓の日差しが目に当たった事に、ヨーナスは顔を歪ませ、あくびをしながら言った。


「ああ、だからこそよ、当事者じゃない奴らも含めての大会ってのがあったもんだがな。結構みんな和気藹々としてるもんだ。退屈だけど、なかなか良い景色だぜ。なんか良いよなーってのも、お前に伝えたくて。」


人々の笑い声が聞こえる。しかしヨーナスは眉を顰めたままだった。


「はぁ…。たったそれだけのために、そんな面倒な事をやって来たんですか?」


「そんな事って―重要だろ!重要!」


ヨーナスのだらけた声に、突然アレクサンドルが声をあげた。


「いろんな考えを持ってる奴らが今、ひとつになって分かり合おうとしている所なんだぜ!?こんな滅多な事、このビックアップルでもなかなかねえ事だろうがよぉ!」


その声に、ヨーナスの酔いが一気に醒めそうだった。

しかし、その熱論の裏に隠された本音を、かつてバディーだったヨーナスはよく知っている。


「ふ、そういう風に熱論しようたって無駄ですよ。何かあったんですね?」


ヨーナスのにやけた声に、一瞬アレクサンドルはトランシバーごしにうっと唸った。そして、小さな声で、


「・・・・・・家のトランシーバ(2万円)をカミさんと娘にせかされ売っちまった・・・・。」


と呟いた。


「で、売った後にその上に置かれたのが・・・?」


「・・・・シルバニマフィア・ファミリーセット・・・・・・・・・・・。」


「ぶっ!」


今度はヨーナスが吹き出し大笑いをした。


「笑うなこの野郎!たっくよお、世の中にはいろんな奴がいるってのに!どうしてそれを理解しないもんかねえ!しかもあんなおもちゃセットで25000円とか、貨幣相場も無線機に対する価値をまるで分かってねえっつーの!」


予想通りの八つ当たりの言葉にヨーナスは笑いながら、あくびと同時に流れた涙を拭く。


「くくく・・・どうせそんなモンだと思ってました。家族持ちも大変ですね。」


と、全く気を遣ってない様子に、アレクサンドルも唇を尖らせて抵抗する。


「ああ、全くさ。あんたみたいに一人もんで趣味の無線に没頭出来ねえで、可愛い妻と娘のために家族サービスたァ、男はつらいもんだよ。」


「おっと、手が電源ボタンに・・・。」


「ヨーナスゥ!!」


そんな久々のやりとりに、今度は2人同時に大笑いした。

お互いにバディー時の懐かしい気分になり、無線機を介して穏やかな雰囲気が流れていく。


「そうだ。今度娘の誕生日パーティーがあんだ。もし良かったらお前も一緒に行かねえ?」


「ええ~また娘さんの血なまぐさいファミリー劇場見なくちゃいけないんですか?」


「あたぼうよ!ええと、確か去年はどこまでで終わらせたんでしたっけ・・・?」


「ほら、あれですよ。モーリン(うさぎ)が恋人のベン(いのしし)に『貴方は人じゃない、本物の獣だわ』・・・って掴みかかってきて・・・。」


2人は互いに苦笑いをする。

そしてヨーナスが首を曲げて骨を鳴らし、その日程はいつだと尋ねようとした、その時だった。


「ん?あれはなんだ?」


ハンドマイクを挟んで、アレクサンドルの声が急に真面目になった。


「どうしたんですか?アレクサンドルさん。」


「なんかおかしい。向こうの海から、白のクルーザーが近づいてくるんだ。」


その声に間髪入れず、アレクサンドルは応える。


「そんな事、大した事じゃないじゃないですか。」


首を傾けるヨーナスの一方しかし、アレクサンドルはそれを懸念していた。

ヨーナスのトランシーバーからポールのこする音が聞こえる。

どうやら、海岸沿いの手すりからアレクサンドルが身を乗り出しているようだった。


「いや、なんか様子が変だ。人が乗っている様子もないし・・・しかも・あの黒いのは・・・。」


ポールがこする音が更に大きくなる。そしてアレクサンドルが息を吸って、叫んだ。


「爆発物だ!!やっべえ!会場にそのまま真っ直ぐ突き進んでいるぞ!」


「なんですって!?」


その瞬間、クルーザーの音がヨーナスにも聞こえた。

波の音とエンジン音、それが嫌に気味悪く、そして少しずつ音を大きくして響いて、来る。


「アレクサンドルさん!と、とりあえずそこから退避を・・・!」


とヨーナスが声をかけた時、突然激しい水しぶきの声が聞こえた。アレクサンドルが、手すりから飛び降り、海に飛び込んだのだ。


「はあ!?何をしてるんですか!?早くそこから退避を!」


マイクを握りしめ叫ぶも、アレクサンドルは答えない。

ひたすら水を掻く音と、急に響くエンジン音、ガッと鉄がぶつかる音と船から上がる足音が、ヨーナスが「退避を」と無線室で呼びかける間に響いていった。


「うおっし!船の上に乗ったぜ!出来る限りコレを海岸から遠ざける!」


「っ、なんて事をしたのですか!危険ですよ!?」


「危険なのは会場にいる奴らの方だろが!」


「!?」


それは、ヨーナスも初めて聞いた、アレクサンドルの本気の怒声だった。


ヨーナスがそれに動揺している内、アレクサンドルはうめき声をあげながら舵を精一杯に引く。クルーザーが斜めになって、海岸壁を削りながら滑った。


「よし・・・このまま離れれば・・・退避できt・・・!」


と、歓喜の声を上げた時だった。突然、ヨーナスの耳元で大きな鈍音が聞こえたのだ。


「アレクサンドルさん!?」


「がはあっ!」


アレクサンドルの叫び声、そして何かが倒れる音。大きな音が立て続けにヨーナスの耳に届く。


「くそ・・・っ!いつの間にか中に奴が・・!くっそ・・・!」


そして激しいノイズ音と、アレクサンドルの声が入り混じる。

その音からクルーザーの中で彼が犯人と激しくやり合っているのがはっきりと分かった。

突然響いた銃声。ヨーナスははっとなってマイクから耳を離す。


「いってえ!貴様何しやがって・・・・!このヤロ・・・!くそおっ!」


ノイズ音がまた激しくなった。物がぶつかる音がそれに続く。


「やろおおおおおおおおおおお!」


激しい取っ組み合いの中、アレクサンドルが最後に叫んだ刹那、一発の銃声。

それきり、聞こえるのは唯のノイズ音。そして、アレクサンドルの声はピタリとやんだのだ―。


「アレクサンドルさん!アレクサンドルさん!」


ヨーナスの呼びかけには誰も動じない。

むなしくクルーザー音とノイズ音が煩く響くだけである。

ヨーナスは歯を喰縛った。何もできずに、ただ無線室で拳を握りしめている自分自身が情けなかった。ただ、声をしゃくりあげ、ひたすら彼の名前を呼ぶ事しか出来ない。


「・・・・返せ・・・・。」


すると、微かにノイズ音の隙間から何かが聞き取れた。それは、アレクサンドルの小さなうめき声。


「・・・・っ返せよ・・・それ・・・。」


「アレクサンドルさん!アレクサンドルさん!」


はっとなりマイクを壊れる程握りしめ、ヨーナスは叫ぶ。いつの間にか目じりには涙が溜まっていた。


「ヨ・・・・ナ・・ス・・・。」


ノイズの隙間から、か細く野太い声がヨーナスの名を呼ぶ。


「アレックス・・・!」


叫ぶ前に聞こえたのは、激しい爆発音。

そこからブツリと大きく音を立てて無線が切れた。


「アレックスゥゥゥウウウウウウウウウ!!!」





2、星条旗の棺


 それは月曜日の午前中、プラザ前の広場で行われた。

今日のプラザは、いつにも増して厳粛な雰囲気が漂っている。


今日、プラザにいるすべての警察関係者は、制服組も私服組も、揃いも揃って正装でもって広場前に陳列していた。しかし、その大人数でもってしても、皆共に声を全く出さず神妙な面持ちで構え、静寂の中にいた。遠くで走る車の音だけが寂しく夏の空に響いていく。

広場を埋め尽くす紺色の群衆の中、ジョージもその内の一人として、初めての八角帽子をかぶり、分厚い紺のジャケットを着、腕を後ろ手に構え再前列に佇んでいた。


「ジョージ・・・。」


小さく隣で呟いたのは、巡査部長のニア。黒く大きな目を瞬かせて、涙を溜めている。

ジョージはそれを八角帽子の淵から蒼い瞳で流し目に見たが、すぐ視線を通路へと戻してしまう。


「貴方は何とも思わないの?酷いじゃない。こんな事ってないじゃない・・・・。」


ニアの声は震えている。しかし、それに対しジョージは


「別に。」


と冷たく答えただけだった。身近な者の死というのは、ジョージにとってギャング時代から「よくあった」事だ。それを何とも思わない気持ちは、今でも変わらなかったが唯一つ、ジョージはこの世界に入ってある事を初めて知った。


ジョージはただ、無表情に開かれた通路を見つめる。

「それ」を確認するためだけに、ジョージは、同じ制帽をかぶる巡査たちと向かい合っていたのだ。


そして長い沈黙の後、一瞬ざわめく音が響く。

プラザの中央、ガラス張りの入り口から皆が待っていたものが出てきたのだ。それは、4人の正装姿の男たちに抱えられ、星条旗に覆われた「棺」だった。

皆がそれに黙って唾を飲む。

そして、流れたゆっくりと弾き語られたピアノの音色と共に、4人が同時に足を上げた瞬間、紺の群衆は皆その方へ向き、一斉に右手で敬礼したのだ。


ザッと靴と手袋がこする音が夏の空を斬る。ジョージも細い腕をかざし、人差し指を八角帽子につけて敬礼する。


それは喧噪まがうNYにおける、実に荘厳な光景の一つであった。


紺色と金で埋められた、広場の中央真っ直ぐに通った通路を、鮮やかな青赤白の四角い星条旗がゆっくりと通

る。

敬礼をしたまま、アレクサンドルが好きだったという「さくらんぼの実る頃」の優しい音色を聴ジョージ。

そして、向かって右で棺を抱えて前進する、「彼」を捉えていた。


きっちりと髪を整え制帽を被り、ただ前を向いて足を上げて進んでいるのは、ヨーナスだ。しかし、その生真面目な態度と対照的に眉を歪ませ、太い黒縁に奥にある細長い瞳は、大粒の涙を流している。


「ったく・・・こんな時に醜態をさらしやがって・・・。」


八角帽子の奥からジョージも眉を顰め、呆れたように口を開ける。棺を運ぶヨーナスと横で敬礼をするジョージ。しかしヨーナスはそのままジョージと目線を交わす事なく、その横を通り過ぎてしまった。


やがて、通路の奥、パーク・ロウ手前に位置する黒い車のリアドアが開く。その中に棺が入れられた瞬間、ヨーナスはその場で倒れ込み、リアサイドに手をついたまま泣き崩れてしまった。

正装なのも構わず、へたりこみ、嗚咽をあげながら、叫ぶ。


「アレックス・・・・!アレクサンドルさん・・・・!」


まるでそれ以外の言葉を忘れてしまったかのように、ヨーナスは目から大量の涙を流し、正装のままうずくまる。一同その様子にざわついたが、誰も咎めようとはしなかった。


棺に入れられるは、泣き崩れるはいつ「我が身」か。


そう思うと、誰も彼を止める事が出来なかったのだ。


やがて、2人の男に抱えられたままヨーナスは車から離れる、と同時に棺もその暗い車内に滑り込む。

ヨーナスと「アレクサンドル」との間に、ドアの閉まる音が響いた。


そしてゆっくり車は走り出し、新緑の並木が囲うパーク・ロウを走り去る。

その姿が消えゆくまで、広場の一同は白手袋でもって敬礼を続けた。


一方ヨーナスは支えられたまま、涙でぐしゃぐしゃになったメガネの奥から、アレクサンドルを連れた車を、通路の真ん中で見つめ続けた。

そしてすっと瞬きした瞬間に、その車は並木道の奥へといつの間にか消えていた。

それがなんだかとても切なく、むなしい思いが込み上げてきて、更に涙が溢れていく。

 

「かわいそうにヨーナス。あいつ、あんな状態なのにこれからFBIの職質を受けるんだってな。」


「本当?でも、そりゃあ、最期の言葉を聞いたという唯一の証言者だものねえ・・・。」


と、ヨーナスが支えられ、泣き崩れたまま列から外れ連れられる様子を見ながら、ぼそりぼそりと紺の群れの声がジョージに耳に届いていった。


「やっぱりあれか?反対派からの過激なテロが起きたという事か?」


「そういう手があるみたい・・でも、刑事部の方では一部、ある可能性も考えられるって・・?」


「可能性?何だよそれって・・・。」


敬礼をやめ、列を乱し各々の持ち場へと帰っていく群れの中の声を、ジョージは唯直立不動のまま聞き取っている。大勢がジョージの後ろから前へと歩を進める中で流れていく、騒声と足音。その中からジョージはぐっと手をのばし、ある者の首根っこを掴んだ。


「ひいいいいっ!?」


悲鳴をあげ、目を腫らした顔で振り向くは、今日だけ正装を着てきたメアリー刑事であった。

NYPDの猟犬かつ、NY髄一の美青年として知られるジョージに掴まれ、好意ではなく、最初に怖れを感じるのは、NYPDでも「ある時を除いて」、臆病な彼女くらいであった。


そして自分の歩を止める正体が、ジョージの手と知るな否や、きゃあっと叫び、そこから逃れようと歩を早める、―もそれはあっさりとジョージに引き寄せられ、ダブルリストロックによって潰された。


「いたああ!いたたたたああーっ!やめてえええ!」


痛みにうめき、泣きながらメアリーはジョージの硬い細腕を叩く。

その様子を羨ましそうに見守る女性警官の顔を信じられないと言った様子で、メアリーは顔を上げつつ声をあげる。


「てめーこれから刑事局に戻る所なンだろ。その前に今まで持ってる「この事件」の情報を、「全部」俺に教えろや。」


「そんな!?捜査権のない巡査に、いくら階級が同じでも教える義務なんて・・・!」


と、お決まりの文句もこの猟犬には通じない。

メアリーはジョージの固い細腕が更に硬くなるのを、腕の軋みでわかった。


「きゃあああああ!痛い痛い!分かった、分かった!言うからあ!」


ぱっと腕を離され、バランスを崩すメアリー。震えながらジョージを見上げるsの様に、これじゃあ3回も落ちるワケだとジョージは軽蔑の眼差しで見下ろした。

そして堕ちた八角帽子を拾い上げかぶりながら、メアリーはようやく震えた声で応える。


「そんな、こっちが得た情報も、ニュースと大して変わりないわよ。アレクサンドル巡査は、先日爆発物を載せたクレーザーが討論会場に向かっているのをいち早く目撃、このままでは爆発されると判断して船に乗り込み、犯人と格闘の末に犯人によって殺害された。ってね。

そして、証拠隠滅として犯人が、アレクサンドルをクルーザーごと爆発し、その後逃亡したって感じよ。そして犯人は、おそらくその討論会場の・・・遺伝子操作推進に反対する過激派組織の仕業・・・としてこっち(刑事部)も調査している所だわ。」


「んなモンは知ってンだよ。俺は知りたいのはニュースで分かってない裏事情だっつーの!」


じりとジョージが砂利を踏みしめ、メアリーに近づいた。


「いやああ!そんなせかさないでしょ!?きゃあっ!えっとね!?確か2つ!2つだけ不可解な点が調査によって分かったわよ!?」


慌てて指で2つと示しながら、後ずさるメアリー刑事。

しかし、ふとうつ伏せになったかと思うと、メアリーは肩を震わせ泣きだしてしまった。目の前で見た事をそのまま口にして何か思い出してしまった様だ。


「それにしても、アレクサンドル巡査の死体・・・・酷かったわ。私も検死写真を見たけれど、アレが本当にあの巡査かと思う位見分けがつかなかったの・・・・・。人間って本当に・・・炭素で出来てるんだって・・・。」


その言葉を聞きながら、ああ俺たちはやっぱり単位なんだと、ジョージは何となく思っていた。


「・・・・そんなにひどかったか。」


「ええ・・人前じゃなかったら今でも吐いてる所よ・・・。遺留品もそれはもう酷い有様だったけれど、辛うじて無線機だけは何とか形をとりとめていたの・・・。」


人数が少なくなった中、ハンカチを手に当てながら泣き出すも、流せど変わらぬジョージの冷徹な眼差しに、怯え言葉を必死につなげた。


「でっね・・・。ヨーナス巡査がプラザで証言した無線の会話と重ね合わせると、アレクサンドル巡査は殺される直前に銃を盗まれていた事が分かったの。」


「銃を?」


ジョージは訝しげに眉を顰めた。


「ええ、銃声が響いた後、巡査は、犯人から取り上げられたある物を「返せ」と証言してたみたい。

死体に埋め込まれた弾、そしてその状況から察しても、巡査は自分の銃で撃たれたと後々判断されたわ。

そうそう。おかしいわよね。爆発物まで手配できる犯人が、どうして乗り込んだ警官の銃を奪ってわざわざ逃げたのか。遺留品の中に銃が唯一見当たらなかったら辻褄「は」、合っているんだけどね……。」


ジョージの怪訝な顔にメアリーも同意する。ふとジョージはメアリーの頭の向こうから、ずっと奥の方で神妙な面持ちで見守る、自分と同じ紺正装姿のウェッブとフェルナンデスを見た。


「まあ、でもそれは大体説明がつくからいいとして・・・。」


その2人の気配に気付かず、メアリーは鼻をすする。そしてそっと両手をかざすと他の人に知られぬようこっそりジョージにもう重要な「1つ」の事を伝えた。


「これはNYPDじゃない、FBI側から伝えられた可能性なんだけれど・・・・・。

どうやらこの事件には・・・・おそらく「トゥルーデの魔女」関わっているとか・・・・ないとか・・・。」


トゥルーデの魔女。 


その言葉を聞いた時、ザワと夏の風が広場を通り過ぎ、ジョージの金髪を揺らした。


水色の目を見開くジョージの様子に、フェルナンデスとウェッブはふと目を伏せ、そのまま背を向き去って行く。


「なんだ・・・・。それは一体どういう事なんだ、詳しく教えろメアリー刑事!」


「ひええええ・・・ちょっと待ってよぉ、結構事情が複雑らしいんだからさぁ・・・!」


大声を出し、詰め寄るジョージにメアリーは更に肩を震わせ唇を引き締めた。


一方ジョージと同じ疑問を持つ者は、

NYからはるか300km先、ワシントンD・Cにも存在していた。


怯えるメアリー刑事の証言よりは、こちらの方に焦点を当て、話を進めた方がいいだろう。

それはこの時からおおよそ2時間後、午後の事であるとされている。


***


 蒼い空を背景に、全長88mの純白のドームを持つキャピトル・ヒルが聳え立つ。

そして天辺に星条旗が棚引くは、それがワシントンD・Cの中心部である事を象徴させる。


その建物の一角(詳細不詳)、とある合同会議室では、これから「異例の会議」が行われようとしていた。

そのメンバーの一人として今日付けで「召集」されたのは、ペンシルベニア通りを一直線に駆けつけた「FBI」、捜査官兼JFFTの指揮官をも務めるサーラー。

そして、朝から共に行動を共にしてる、同じくFBI捜査官兼、国家サイバー捜査統合タスクフォース(NCIJTF)に所属するポール・ヴォスであった。

同じ大学のOB(イエール大学)という事で、何かと付き合いが出来た2人は、自然と会議室でも隣同士として座っていたのだった。


「ったく、なんなんだ。朝っぱから呼び出しといて、こんな奇妙な会議に出席しろってなあ。」


サーラーは細縁の赤メガネを整えながら、会議のメンバーを凝視する。知り合いもいれば、見知らぬ人もいて、制服組も私服組もごっちゃになって弧を描いた段々席に座っている。サーラーと同じく、FBIのジャケットを羽織るポールも、その理由を知らぬまま、端正な眉を顰めていた。


「議員が直々に、捜査局に要請依頼をするとは珍しい話ですよね。本当に何が起こったんでしょうか。」


と、呟いた時、右手のホールから議員が現れてきた。

それは茶髪のボブカットを優雅になびかせる初老の女性。ポールは「あ」、と声をあげる。


「彼女、この前の選挙でアメリカ下院内総務に任命されたアヴァ・ライスですよ。」


「何だって?」


唇をとがらせるサーラーだが、それをアヴァがそれを一瞥したので顔を慌てて元に戻した。


「なかなか敏腕な議員でしてね。ネバダ州議員やっていた頃は州民から『ネバダの聖女』と呼び慕われていたそうですよ。」


彼女に続き次々と現れる上院、下院も含めた議員たち。サーラーは横からのポールの助言によって彼らが「トゥルーデの魔女対策実行委員会」のメンバーである事を知った。サイバー対策課のポールも何度が彼らとコンタクトを取った事があるとの事だ。


「さて。皆さん。」


ホールに響く女性の声に一同が静まり返る。高らかな明るい声がサーラーの耳に響いた。


「突然、異例なお呼び立てをしてすまなかったわね。私はトゥーデの魔女対策実行委員会の代表、及びアメリカ下院内総務を務めるアヴァ・ライス(ネバダ州選出)と言うわ。これから、貴方たちに重要な、そして極秘機密の発表を行いたいと思って、呼び出したのよ。」


サーラーの声に、回りの委員会メンバーも沈黙でもって同意する。


「それは、やはりトゥルーデの魔女について、我々が貴方に協力せよ、という事なのですか。」


サーラーが手をあげ質問する。それに対しアヴァは


「まずはすべてを話してからにして頂戴。」


と一喝した。そしてホール全体を見渡し、落ち着いた声でその旨を伝えた。


「そう、さっき彼女が言ったように、これはアメリカ国家のサイバー施設に妙な仕掛けをするクラッカー…「トゥルーデの魔女」に対抗するための、我々委員会からの要請よ。

彼女のハッカーとしての実力については、その身で思い知っている人も多いでしょうけどね。」


物有り気な言い方にサーラー、ポールを始めとした参加者がバツの悪い顔をした。


「トゥルーデの魔女とは立て続けに起こった、諜報組織に対するハックをその仕業として定義された曖昧な存在。具体的な正体は当然、随時調査中でも、なかなか掴めていないのが正直な所なのよ。けれど今まで、対策委員間はそうやって捜索を続けて、やがては発見し摘発するつもりでいたわ。」


そこで、言葉を詰まらせ、アヴァの声は少し弱々しくなった。


「しかし、そうも躊躇してられない事情が起こったわ。おとといのNYで起こった爆発事件知っているかしら、―発言を許可するわ。」


すかさずサーラが手を挙げて応える。


「ここからはるか遠く、NY海岸沿いにて、遺伝子操作推進委員会に反対する組織が、爆発テロを起こそうとした事件ですよね。しかしそれを事前に目撃した一巡査の行為によって止められたが、その巡査は殉職してしまったと。」


「ええそうよ。それがね。実は「魔女」の仕業である、という可能性が浮上したの。」


「何だって!?」


サーラーの悲鳴と共に空気が様変わりした。


「そんな馬鹿な!たかが一巡査の殉職事件があのハッカーの魔女とどう関係しているというのです!」


「魔女が狙ったのは、警察でも推進委員会でもないわ。それはね、それに参加していたある一人の、私たちの「仲間」だったのよ。」


ミアが指をパチンと鳴らした時、後ろのスクリーンがぱっと白くなったかと思えば、そこから大きな男の顔写真が現れた。その写真に皆がはっとざわめく。


「な・・・・!?」


その姿にポールはアンバーの目をひきつらせ、サーラーは口元を抑えた。

それは、男が首を掻っ切られ、血だらけのまま虚ろな顔で倒れる姿だった。

突然の事に震えながら、ポールは隣にいる捜査官の顔を伺う。

同僚は厳粛な面持ちで、


「あれは昨日起こった殺人事件の写真ですよ。」


と小声で説明した。


「これが昨日・・・・ワシントンD・Cのリンドバーク議員が自宅で殺害された写真よ。混乱をさけるためにメディアではただ殺害として説明していないけれど、本当はこんな風に無残な殺され方をされたのよ・・・・。」


さっきより低い声でミアは語る。そして一同はその、血潮の血によって床に描かれある紋章に気が付いたのだ。それがアップされてスクリーン一面に映った。


そこにあるのは、魔女のとんがり帽子と洋服箒が円の中に描かれており、真っ赤な血で縁取られた紋章。円の中には「World Wonder」とWが大文字に書かれた文字がある。


「これが・・・・魔女の紋章・・・。」


高鳴る胸を抑えながら、サーラーは呟いた。


「ええ、文字の意味は『全世界は知らんと欲す。』

その意味の通り、トゥルーデの魔女という名称は、統治機関係者の間でわずかな人物しか知られていない存在のはずだったわ。なのに、この通り紋章に示されているという事は・・・・「向こう」はすでに自分のコードネームを御見通しだったてわけね。全く一体どうやって・・・!」


アヴァが、唇をかみしめながら恨めしそうに血の紋章を見上げる。


そうやってさり気なく自分の実力を見せつけるのが奴の嫌な所さー。


アヴァの恨めし気な顔を見ると共に、ウェッブの言葉が今になって、サーラーの胸に突き刺さった。

その魔女が、遂にこの手で動き出した。最悪の事態に一同がどよめいた。


「・・・殺された彼は、遺伝子操作推進委員会の参加者と同時に、私たち対策実行委員会のメンバーでもあったわ。彼は、私たちの中でも魔女に対しては強硬派で、いずれは新しいシステマを形成するための意見書を提出する予定だったのに。その準備中でこんな事に―・・・・。」


「ついに魔女は動き出したんだ。このアメリカを、恐怖に追い落とすために。」


彼女の隣で杖をついた老議員、トマス・ラッツィンガー(ミシシッピ州選出)は重々しく呟いた。

普段なら失笑で済む言葉も、遺体写真を目の前にして、今日は誰もがリアルに感じとっている。

それを深く受け取ったように頭をもたげたアヴァは、机に手を付き、何かを決意したかの様に顔をあげる。そして、ついに本題へと突入させた。


「そう、けれども魔女の方からはまだ何もメッセージがない。これから何をしでかすかは分からない。そんな不安定な状況でも、もう深く議論する間はないのよ。そこで1つ、そんな緊急対策として、我々からある提案があります。」


会議室の中に緊張が走った。


「・・・・これから、委員会、FBI、CIA、そしてNYPDを始めとしたPD組織・・・各々の情報を共有し対策を立てるために・・・・。」


沈黙。



「各々の無線コードをすべて紹介させてもらいたいと思って居ます。」



再び沈黙。


「なああああああああああーっ!?」


瞬時に手を上げ質疑に入るは、NCIJTFのヴォスだった。


「なんですかその暴挙は!?そんな合同組織、広大すぎて逆にこっちが手に負えたものではないじゃないですか!」


「だから言ったでしょ、緊急事態なんだって。

勿論、対策用には特別な暗号をしかけたコードを用意して、それに関する事だけを送受信できるようなシステムは作り上げるわ。今度は向こうから仕掛けた事件なのよ。私たちも横並びの垣根を超えて、互いの情報を共有する事で、魔女に対抗するべきだと考えているの。」


しかし、と端正な皺を寄せてポールは詰め寄る。


「その、処理は・・・良情報を見究め、それを指示や処理はどこがどう行って―。」


「それは貴方の組織を代表の1つとしてまかせたいわ。」


うあああああああと叫びたくなるほどにポールはうなだれ、机に突っ伏した。

その様子を同僚として情けなく思いながらも、サーラーも手を上げて彼に続く。


「私も反対です。PDとFBI、CIAの情報を知る手がかりを緩和するなど、それこそ魔女によって枝がつかれたら元もこうもないじゃないですか。」


「それを懸念して閉じてもどっちにしろ、同じ事じゃないかしら?とにかく、今はどうとあれ大事なのは「実行犯」を逮捕する事よ。それを真っ先に優先させるのが大事じゃなくて?」


しかし、ニアは引き下がらなかった。


「いえ、懸念すべき所はまだあります。それは・・・・内部犯の可能性を考慮してない、という事です。」


「おい・・・!サーラー殿!!」


ヴォスはその歯に衣着せぬ物言いに、慌ててサーラーの腕を掴み留めようとする。しかしその手をサーラーは力強く離した。机の鈍音に一同がはっとなってサーラーの方へ向く。


「そうです。私は少なくとも、あれほどの実力はそもそもこの中、内部の人間が魔女の手下として動いていなければ、成し遂げられなかったのではと考えています。それを更に助長させるような事など、更に事態を悪化させる事にはなりませんか?」


恐怖と疑念の意を込めて、サーラーの言葉を受け取る参加者たち。通常この世界では「裏切り者」という存在への危惧は常ではあるが、それをあえて「言わない」のがお約束だった。

しかし、それを「可能性があるから」と、本人達の前で堂々と発言するサーラーの態度に皆は仰天していた。


背筋をのばして堂々と言う、衣着せぬサーラーの様子にうっと、言葉を詰まらせるアヴァ。

その様子にポールとサーラーが頷き合い、更に問い詰めようとした時、突然会議室の空気が様変わりした。

それは、会議室のドアが突然開かれたからである。

しかしそれは風が通った清々しさではなく、深くどす黒い禍々しい雰囲気が放たれていった。

その渦中、会議室を一直線に横切り割り込んだ人物は、灰ストライプの黒スーツを着こなし、長い脚を大股で歩く1人の議員だった。その灰の短髪と灰の目、そして色白で細面の顔を持つ男。


高台からその姿を確認したサーラーは一瞬の内に顔を紅潮させる。


「あ、アーサー議員・・・・!」


それは、トゥルーデの魔女対策実行委員の最後のメンバー、アーサー・ベリャーエフ下院議長(ニューヨーク州選出)であった。アヴァは突然の同僚の登場に驚き、見開く。


「ちょっとどうしたのアーサー。今取り込み中で・・・。」


「事情が変わった。急いで会議を終わらせて委員会を開こう。」


中に入った先、そう切り出したアーサーに対し、上からポールは指を差して抗議した。


「待て!まだ我々は委員会の要請に従うとは言ってないぞ!勝手に話を終わらせるな!」


なあサーラー殿、と言いかけ顔を向けた所、サーラーはその顔に思い切りひじ打ちをくらわした。


「なんで!?」


痛みにうずくまるポールを余所に、サーラーは汗をかき、髪を整いながら、じどろどもろに語り出す。


「いええ・・・あの、その。私たちはこの非常事態とはいえ、無線情報の緩和は情報の混乱、そして内部者への犯罪助長の可能性を引き起こす場合があるとして、反対していた所なのです・・・。」


先ほどとはうって変り、控えめに話すサーラーをアーサーはじろりと睨み返した。


「内部者だって。その証拠はつかんでいるのか。」


「え…いえ…それは…。」


初めて自分にかけられたアーサーの言葉に戸惑う、サーラー。しかしその気持ちも解せず、アーサーはサーラーの曖昧な答えに冷たい判断を下した。


「証拠もないのに、憶測で更に混乱するような事を言うな。その言葉の、判断の余地は無いものとする。」


アーサーの言葉にサーラーはショックを受けて俯いた。

それよりもと、檀上にあがるアヴァをアーサーは見上げる。


「知り合いの警察関係者(おそらくウェッブ)からの情報だが、さっき合同会議でNY入りしていた2人のメンバーが、護衛車もろとも爆破されて死亡したそうだ。」


「な、なんですって…!?」


動揺のあまり檀上から転がり落ちるようにバランスを崩すアヴァ。


メンバーがまた魔女の手にかかった。


その衝撃にアーサーを中心としてどよめきがざっと湧いた。しかしその中でアーサーだけは無表情でその現状を受け入れる。


「とにかく、今は現状確認と対策として急遽会議を開く事にする。この事態に対する報告は追々に開く。いいな。」


てきぱきとした報告処理に疑問を発する者はいなかった。

では、と手短に切り上げアーサーは戸惑うメンバーを誘導する。アーサーを先頭に委員長を始めとしたアヴァやラッツィンガー議員が並びそのまま会議室を出て行ってしまう。


途端、会議室が一斉に騒がしくなった。


「ちっ…!また死神様の御説得で事態が収まっちまった…!大変な事になるぞこれは…!」


ポールはアンバーの瞳をひきつらせて通り過ぎるアーサーを、睨みつけた。


「どうします。これから俺たちもすぐ本部に走って打ち合わせする事になりますか?」


尋ねるようにサーラーを見上げたが、サーラーは安っぽいファンデーションで白くなった頬をほんのり赤く染まめ、立ちんぼうのままであった。


「サーラー…殿…?」


ポールが声をかけた瞬間はっとサーラーは我に帰り思い切りポールをどついた。


「あだぁっ!」


「そうだ、こうしちゃおられん!本部に戻るぞ、ヴォス!報告と打ち合わせの準備だ!」


「同じ事さっき言ったよ!?」


サーラーはポールの突っ込みに答え、ずヒールの音を立ててすぐ後ろ、会議室のドアを突き飛ばして廊下へと走った。


「くそ…くそくそ!あの人との馴れ初めがこんなだなんて私は認めない!待ってろ…!犯人はこっちがとっつかまえて、そこから改めて顔を合わせてやるんだ…!!」


一人ぶつくさ呟きながら、ガラス張りの廊下を突き進むサーラー。ポールを始めとするGメンを引き連れ、ペンシルベニアへと渡っていったのである。


「うがぁっ!」


「サーラー!?」


途中、実に良い角度ですっころんでしまったのはここだけの話である。




3、ターゲット拡大


アメリカに蔓延る魔女を捕まえるため、前代未聞の無線コード公開が正式に決定されてから、3日。

無線コードが共有され、膨大な数の無線受信をCIA、FBI、そしてNYPDの管制室が傍受、良情報を選択し各々で送信するという形でそれは為されていった。


実際に捜査官、警官らがそれを傍受するに至るには約1日の時間を有したが、異例の早さと解釈するのが妥当といった所であろう。


「このシステムが実施される期限は一週間、その間に犯人を拘束するように任務にあたれってね、へっ。」


ノイズ音にかき乱されたトランシーバー片手に、ジョージはソファの上で長い脚を組み合わせた。

夜十時、パトロール交替までのすきま時間。ジョージは休憩室のソファに居座り、ぼんやりと夜のNYを見下ろしている。ふと、窓からジョージの横に座るヨーナスの横顔がそこに見えた。

ヨーナスは今や、ぼんやりと浮かぶ実像のない幽霊のように顔色が白く、隈のある目蓋からは虚ろで黒い瞳がが浮かんでいる。


「おい。」


野太い声で窓に呼びかけてみるも、ヨーナスは反応しない。

肩を乱暴に揺らして、ようやく自分が話しかけられたのだと気付いたようだ。


「ジョージ…さん…?何ですか…?」


生気のない声。首が据わらない赤ん坊のようにぐらりぐらりと頭を揺らすヨーナスに、ジョージは次第に腹が立っていった。


「良い加減にしろってんだよ。もう4日目だせ。いくら前のバティーだろうが、そろそろ立ち直っても良いんじゃねえのか。」


「……はい。」


ジョージの言葉にぐらりと首を傾けてヨーナスは頷くも、口をぽかんと開き、だるそうに俯いている。その様は自分の言葉に馬耳東風であるという事が一目で分かった。


ジョージはヨーナスの気持ちが分からない。

人の悲しみや苦しみを、自分が経験する事以外に理解する術を知らない。

それ故に彼の態度にまた一段とイラつくのである。

そして、うざったそうに見たヨーナスの青白い顔には、うっすらと涙の跡があった―


「てっめえ、また泣いてながって―」


頭の静脈がついに切れた。

バチンと鈍音が白い休憩室に響く。ソファーの上で仰向けに倒れるヨーナスに、ジョージは追い討ちをかける様、真っ赤に染まる頬にまた一発ぶちかました。


「ホント、マジでふさけやがってっ!!」


胸倉を掴み更に殴りかかろうとしたが、ジョージははっとなってその拳をピタリと止めた。

ヨーナスの顔が殴る前と全く変わっていなかったのである。

突然の理不尽な行為にも何も反応なく、だらりと首を傾け、闇のごとく深い黒をジョージに向けるヨーナスの瞳。ジョージはあまり不気味さから避ける様ヨーナスを思い切り突き飛ばした。

なすがままにされるヨーナスの「虚無」の顔を、ジョージは心底「気持ち悪ィ」と思った。


そこからしばらくの沈黙が続いた後、そんな一抹を知る事もなく、休憩室へ入り込んできたのはメアリー刑事だ。

ソファで仲良く座っている(と思っている)彼らの元へと彼女は小股で素早く駆け寄る。


「あんだ。メアリー。」


さっきの事で不機嫌な態度で尋ねるジョージに、メアリー刑事はひぃぃと声をあげ震えるもぎゅと、小さな両手を掴み、答えた。


「あ、あの…。少しの間2人の間に座らせてもらって良いかなぁ…?」


「はぁ?」


「えへへ、実はちょっと不安になっちゃって…。」


ジョージが嫌そうに口を開く前に、メアリーはせせこましく2人の間に割り込み、座った。

へへ、と遠慮がちに笑う刑事になっさけねえと、ジョージは額に手をあてて呆れる。


「だって、どんどん事件の状況、悪くなる一方じゃない。刑事局にいても何か落ち着けなくて…あぁ、やっぱりここが良いわ。」


NYPDの猟犬とディンゴの間という、NY一安全な所に座れたと、刑事は安堵のため息をつく。


「それにしても、あの保守的なFBIもよくまぁ、こんな無茶ぶりに同意してくれたものね。お陰でこっちはすぐに情報が分かって大助かりではあるけれど。」


と、刑事は自らのトランシーバーを両手で持ちながら呟いた。

ノイズ音と共に溢れる男の声はFBI側の無線だ。

その内容は現在FBIが確定している「魔女による被害者」の報告。

繰り返す、繰り返すと報告すると共に、被害者の数は次々と更新されていく。


「只今の被害者の数はメンバーの中でも強硬派と呼ばれた議員7名、高官を含めたCIA捜査官10名、FBIメンバー18名、PD関係者24名、一般人3名となっており…」


あげられた人数は全員死亡している事を表している。

メアリーは「また4人増えたわね。」と寂しそうに目を伏せた。


「ムカつくもんだな。こんなに被害受けてもこっちは捕まえる事も、手がかりですらも掴めねえのかよ。」


ジョージはソファの肘当てに手をつき、疑問を刑事に投げかける。


「私だってそう思ってるわよ…!でもどうしようもないじゃない!本当に捕まえられないし、手がかりも掴めないんだから…!」


メアリー刑事は責められた事に抗議する様叫んだ。


「ただこれで把握出来た事は2つ出たわ。魔女の手下は全州各地に散らばっている程、大人数である事。そして彼らは私たちのネットワークからすり抜ける様に逃げ続けているって事ね。おそらくこの無線も盗聴されているに違いないわ。

・・・・そうなりゃ、この戦いは魔女と私たちの《鬼ごっこ》って事になるのよ。物量で責めて私たちが魔女を捕まえるか、策略で魔女が気の済むまで逃げ続けるか…。全く、冗談じゃないわ…!」


メアリーが悔しそうに歯ぎしりする隙間から怒りの声をあげる。トランシーバーを掴む手が震えている様をジョージは横目に見つつ、《鬼ごっこ》という象徴的な言葉に、血塗れのローブを翻し、逃げおおせる魔女の姿をイメージしていた。


ふとジョージのトランシーバーが高い音を立てる。それに2人同時に顔を向ければ、ノイズと爆音の隙間から男の叫声が湧いた。


「こちら今、魔女の手下と見られる不審者と激戦中!!場所はロサンゼルスサムセット路地裏―ッ!!」


爆音の中、必死に現状報告をする警官たち。

しかしそれに追い討ちをかけるように、部屋中に爆音がうなった。


「うわぁ、うわぁ―――ッ!!!」


現状報告をした警官の叫声と、向こうのトランシーバーがぐちゃぐちゃに壊れる鉄の音。


「―っ!」


ノイズ音が走った瞬間、いたたまれなくなったメアリー刑事は無線のボタンを押した。


「大変だ…!援助にいかなくちゃ…!」


途端その音に虚ろになっていた目を覚まし、条件反射のごとく立ち上がったのは、ヨーナスだ。

サイホルスターに手をかけ、向こうを見定める様にジョージとメアリー刑事は、はっとなって見上げる。


「馬鹿いえ!これはLAPD(ロサンゼルス市警)の無線だ!今から駆けつけても間に合うかよ。」

「落ち着いて・・・!ヨーナス君!」


「あ、…そっか…。」


そこまで考える余裕はなかったようだ。

ふっと力を落とし、再びソファに座るヨーナス。瞳がまた影をさしてしまった。


「なんて事なの…こんな事って…!!」


一方ガタガタと両手を掴み刑事は震え出す。その向こう、休憩室の入り口から神妙な面もちで、トランシーバーを持つ警官2人が、ジョージ達を伺っていた。


「おぃ、大丈夫かよドックペア。次、お前らがパトロールする番だけど…。」


交替待ちの警官は心配そうに尋ねる。


「あぁ俺たちは、あぁはなんねぇよ。」


悠々と腰に手を当てて立ち上がったのはジョージだ。

それに続きヨーナスものっそりと立ち上がり、そして歩き出した。


「ヨーナス、お前…。」


心ここにあらずといったヨーナスが、ふらつきながらも歩く様を横流しに見、心配する警官たち。


「あーこいつが警官らしくなるたぁ、一騒ぎ起こった方がぁ良いのかもしれねぇなぁ~?」


「ジョージ君!滅多な事を…!」


本気で心配するメアリー刑事ら同僚をせせら笑って、ジョージは横を通り過ぎた。

休憩室を出て2人は並んで白い廊下を歩いていく。

メアリー刑事は走って、警官らと共に休憩室の入り口に手き、2人を見守った。


6フィートもある体格を漆黒の巡査服にきっちりと包み、それぞれ銃を携え白い廊下を悠々と歩く背中は、頼もしくも、それ故どこか構わず行ってしまいそうで。


「何かあったら必ずプラザに連絡しなさいよー!!」


楔を打つように2人に叫んだメアリー刑事であった。


***


 プラザが見えるチャイナタウン周辺。


携帯でのやりとりを終え、パチンとそれを閉じたポールはカウンターに肘をつき、中国酒を飲んでいる。

場所は「高璘」と違い、メインストリートに位置する大型の高級中華料理店である。

夜の照明に演出された店内は、暗い中でも極彩色の装飾が煌びやかに映えていた。


「たっくもぉ~…やってらんねぇっつのー…。」


そんな中、だらけた声を上げながら、装飾に彩られた漆塗りのカウンターに突っ伏すポール。その様子をカウンターごしに見守るは、ポールの知り合いでもある店長だ。


「えっらく酔いが早いもんだネ。そんなに忙しいヵ。」


「あぁ、この後もまたD.Cの本部に戻って仕事だぜ。たっく、いくら緊急事態だからって人をこき使いすぎたっての…。」


突っ伏したまま答えるポール。NYPDとの連携確認のためにNY入りした帰り道での休憩時間により、疲労と酔いが相重なっただるい体で、緊張の糸が解かれた状態であった。


「大丈夫かィ。一捜査官がそんな姿デ。」


「FBIっつたって俺はサイバー担当なの~戦闘員じゃないの~ぉ。」


更に情けない声をあげるポールに、店長はやれやれと言いながら預けられたポールのFBIジャケットを、ハンガーにかけた。


「それにしても、客からっきしだな。休日の夜ってのに。」


ぐいとグラスに口を当てながらポールは顔を上げてそっと呟く。

辺りを見渡してみればカウンターも、豪勢なテーブル席にも自分以外は誰一人居なかった。


「そりゃそうだョ!正体不明の犯罪集団なんとか知らないガ、訳もなく連続殺人が起こったら、誰も外へ出たがらないネ!」


なんとかしてくれよ、と言うようにポールを見る店長の視線をすっとかわし、ポールはグラスを置いた。


「そういや、殺されてるのは、あんたらみたいな警察関係者が主だって言うじゃないヵ。お前こんな所に一人で大丈夫なのヵ。」


店長が心配そうに尋ねると、ポールは突然大仰に笑い出す。


「大丈夫だって!!ああいうのは大抵護衛中や、本命が襲われた時の巻き沿いくらった場合だし、単体で一捜査官を狙う事ぁないって~!」


カウンターを叩きながら、何が面白いのかと思う位に笑う。

どうやら飲みすぎてしまったようだ。と店長は持っていたグラスに水を注ごうとしたがふと、感じた「気」にはっとなって開けっ放しにした入り口を見る。

するとその前できゅっと音を立てて黒いワゴン車が止まったのだ。


「おぅ?ようやく客でも来たかぁ?」


酔った声を出すポールをよそに店長はカウンターの下に潜り込んだ。


「おぅ?オーナー?」


するとワゴン車から次々と黒ずくめの男たちが出てきたのだ。夏だというのに長袖の黒ネックを口元まで覆う奇妙な格好だった。7人の中から中央に構えたフード姿の男が、暗い店内の中一歩前に出て、ポールに訪ねる。


「お前は、FBIのポール・ヴォスか。」


「何?何の機関?」


ぐもった声にポールは答えこそはしなかったものの、向こうはそうだと判断したようだ。

男が後ろと頷きあった後、すっと中央の男が懐から銃を取り出した。

そしてそれを真っ直ぐポールに突きつけたのだ。


「は…?」


突然の展開に動けないままのポール。男がトリガーに指をかけた、その刹那。


「ヤられるカァァァ!!」


カウンターから顔をだした店長がフリントロック式のライフルで男の喉元を撃つ。

がぼと、口から血を吐きながら男は倒れた。

はっとなった後ろの男たちはすぐさま銃を取り出すも、今度は店長の唐草模様の水平二連式ショットガンをぶちかまされ、2人が倒れる。それで男たちは一瞬ちりじりになって離れた。


「今の内だぁ!テーブルを盾に隠れロー!ポール!」


「う、…うああああああぁぁぁ!!」


さっきまで固まっていたポールの身体は弾けるようにして飛び出した。

カウンターの椅子を盾に滑り込むように、向かいのテーブルへと走る。男たちの放った弾が椅子に、足元に当たる。それから守るように店長は続けて旧正月用の真っ赤な爆竹を投げつけ、爆音を投じた。

それに彼らが一瞬怯んだ間に、ポールはテーブルを倒し、裏に滑り込もうとした。がその矢先、なりふり構わず撃ちつけられた弾がポールの足首に当たったのだ。

「うがああああああぁぁ!!」


「ポール!!」


鈍い呻き声をあげ、血塗れになった足首を掴むポールに、顔を向ける店長であったが、その隙に弾幕の中からSPASの弾が一発、店長の肩を砕く。


「あがぁ!!」


勢いでグラス棚に打ちつけられた間にも、がら空きになった店長の身体に3つ4つと赤い穴が開いた。


「オーナ―!」


ポールの必死の呼びかけに応じる事なく、店長はずるずるとカウンターの下に崩れ落ちた。その様子にピタリと止まる騒音。からんからん、と鉄が崩れる音が男の足音を更に響かせる。


「来る!」


その場から逃げ出そうとするも、焼ける様な足首の痛みにただうずくまり、滴る血を抑える事しかできない。考える間もなく、一人の男が床に流れるポールの血糊をすりつぶし、横に立った。

痛みと恐怖で涙を流しながら向いた先には、見慣れた銃口がポールの額についている。


「もう駄目だ。」


覚悟を要しポールは目をつむった。

が、風を切った音と短いうめき声に顔を上げると、銃をつきつけた男の腕に深く「何か」が突き刺さったのが見えたのだ。


ポールは涙で霞む視界から捉える。それは、仄暗い店内で揺れる照明で瞬く白鋼色の柳葉刀だと。


「え…?」


「だ、誰だぁ!」


倒れる男の後に続き、その仲間が奥の厨房に向かって弾幕を張る。

しかし暗闇の向こうは何も反応がないままだ。一寸先も見えない向こうにいる「相手」にじりじりと迫る男たち。しかし、「相手」はそこにはいなかった。


ふと最後尾にいた男がカウンターを見ると、厨房から飛んだはずの柳葉刀が、自分の首筋をかっきらんと横から飛んだではないか。


「―!」


声出す間もなく男は血飛沫をあげ、あお向けに倒れる。

その音に一同が振り向いた間際、ポールのアンバーの瞳は、男の血飛沫を受けて佇むその姿を捉えた。


それはカウンターの上にしゃがみ、白鋼の柳葉刀を持つ黒い満州服を着た―


「女の子…!?」


「このやろぉぉおおおおおおお!!」


銃を構え直し、振り向く残りの男たちを三つ編みの少女は、憤怒の形相で瞬時に柳葉刀を振り回す。


「よくモ店長をおおおおおオオオーッ!!」


少女の掛け声と共に、斜めにばっさりと手首を斬られた男は、騒音を喚き立て暴れ始める。

少女はその攻撃を軽くひょいひょいと八の字でかわし、カウンターに手を付き回転する。そして風を切り、彼の足元に脚を広げ着地した少女は、すっと柳葉刀を持ち替えし男の脚の健を切った。ついに崩れ落ちたその男のスキマから、最後に残った1人に、きっと冷徹な瞳を向けて刃を突き立てる―。


「これで最後ォぉぉぉぉぉぉオ!!」


少女の怒声がポールの耳につんざく。鋭い柳葉刀が真っ直ぐに男の喉元を突きぬける―としたが、それは男がかざしたエルボウアーマーによって抑えられた。


「―はっ!」


押さえられた事に、三つ編みの髪を揺らして動揺する少女。対し男は強靭な腕を遣って、距離を取ろうとした少女の三つ編みを乱暴にわし掴んだ。圧倒的な力の差に「うっ」と痛がる少女にニヤッと嗤い、そしてまるで物のごとく、振り回し彼女の頭を身体ごと投げ捨てたのだ。


「きゃあああアアーッ!!」


埃と騒音と少女の甲高い声が同時に店内に沸いた。

床に散らばったガラス片に身体を擦りつけられ、瞬時に傷だらけになった少女に男は容赦なく拳銃を向ける。なんとか這いつくばるように態勢を整えた少女は、弾幕を張られる寸時にカウウンターの椅子に向かって飛び出し、椅子に手をつけ一回転してカウンターの中に入ろうとした。が、その間手に持っていた柳葉刀が男の弾によって砕かれたのだ。


「しまっ・・・!」


その様子に声をあげるポール。しかし少女はそこで諦めなかった。

そこでカウンターの上につき、砕かれた破片の一つを空中で掴み取ったのだ。そしてその切っ先を男の弾の攻撃に屈せず、低い体勢のまま、良い角度から弾き飛ばすように投げつける。その神業に一瞬真顔になった男の脳天に、ついに柳葉刀の破片が突き刺さった!


ぐらりと頭を傾けた男は鈍い鉄の音を立てて倒れる。それで敵は殲滅された。


側で震えていたポールはその音にはっとなって、倒れる屍をよけつつカウンターの方へと走る。


「やった・・・遂にやったぞ、お嬢ちゃん!ありがとう!お蔭で助かった!」


脚を震わせながらカウンターの中を覗き込むと、うずくまり、血が流れる腹をおさえながら息切れしている少女がいた。そしてその側には、身体中に風穴が開いてと血まみれになった店長の遺体が。


「・・・・・・・。」


しばし動揺した間に、手をかざす少女に我に返って、その手を掴みカウンターから引きずり出す。黒の満州服からにじむ血の中からは、グラスの破片が突き刺さっていた。

黒の満州服に映えていた白銀の牡丹がみるみる赤色に染まってゆく―


「大丈夫か!?緊急事態だ、とりあえずこれを!」


彼女をテーブルにつかせポケットからFBI必須品の鎮静剤を取り出し、彼女に飲ませた。


「いいんだ、そのままで・・・水無しで飲めるから・・。」


息を切らし、苦しそうにうめきながら薬を掴む、自分の命の恩人を励まそうと彼女の小さな肩を持つ。も、そこにもべっとりと血糊がのっていた。


「うおおおい!!どうした!何があったあ!」


一方、喧噪を嗅ぎ付けNYPDのパトカーが、止まっていた黒ワゴンを突き飛ばし駆けつけてきた。その警官らしからぬ乱暴な物言いは、ジョージのものだ。


パトカーのサーチライトを背景に、両手に構えた黄金銃がぎらりと光る。

ギルデットに気付き、ジョージが来たと畏れをなすポールであったが、後ろにいる少女の存在を思いだし、きりとアンバーの目をジョージに向けた。


「FBIだ。さっき魔女によって襲撃された。どうやら、この俺を狙っての事らしい。」


「な、おめえもしかしてポール!?え、何?お前だけを狙ってこんな騒ぎが起こったのか!?」


久々の再会に嫌味を言う間もなく、ジョージは驚いた。その後ろからドアを開けて出てきたヨーナスは、ポールの後ろにいる少女に大きく目を見開く。


「こ、高珊ちゃん!?」


声をあげヨーナスは瞬時に彼女の側に駆け寄る。ガラス片で傷ついた小柄で細い高珊の身体を見て、ヨーナスは胸が締めつけられる程、烈な罪悪感に襲われた。


一方それを見て安心したように少女―、高珊は乱れた黒髪の隙間からふっと笑う。


「ヨーナスさン・・・良かっタ・・・。」


「どうして、どうしてこんな事に!?」


黒ずくめの男たちの屍を見ながら、高珊の肩を抱き困惑するヨーナス。

それを淡々と見下ろすジョージはポールを指差しながら、説明した。


「魔女の手下の仕業だ。よりによってコイツだけを狙ってだってよ。」


血塗れた高珊の顔を自分のタオルで拭きながら、ヨーナスは驚きで言葉をどもらせる。


「な・・・・・!?そんな・・・今までそんな事が・・・!」


「ああ、なかった。ついに魔女はメンバーだけじゃねえ、俺たち個人をターゲットにしたって事なんじゃねえの。ついにこの『鬼ごっこ』をネクストステージに上げたってワケだ。」


ポールがジョージの説明にふと目を伏せる。

ヨーナスは俯く高珊を胸に当てながら、ガタガタと首を振った。


「で、でも・・・・それってどうやって・・だってこんな所に行くのって無線で連絡する事じゃ・・。」


「携帯だ・・・・・。」


ポールが苦々しく答えた。


「俺・・・FBIの同僚に携帯で今度誘ってやるって、この場所を説明して携帯を切ったんだよ。おそらくそれを傍受されたに違いない・・・・。」


―携帯で傍受された。

その言葉にポールとヨーナスはこれから起こる急展開に、半ば絶望したように俯いた。


「うっ・・・・。」


沈黙の間、ヨーナスの胸の中で、高珊が痛みに苦しみながら目を開ける。

さっきまでの話を聞いていたのだろうか、高珊は細々しく言葉をつづけた。


「そうしテ、ここデ襲われた時、私は奥の厨房でバイトとしテ皿洗イした所だったのでス・・・。

騒音が聞こえて、柳葉刀を構えていたラ、その時店長が撃たれタ事に気付いテ、それデ・・・私ハ・・・・。」


「うっ」と再び短いうめき声をあげながら、高珊はヨーナスの腕ごしに床に転がる「自分が殺した」男たちを虚ろな瞳で見ていた。


「・・・・怒りに駆られテ・・・奴ラを殺しテ・・・・。」


先ほどのうめき声を連続しながら、ボロボロと涙をこぼしていった。


「正当防衛だよ!気にする事なんてないさ!」


ヨーナスはぎゅっと、震える高珊の肩を抱きしめる。その腕の中で高珊はゆっくりと頷き、盛り上がったヨーナスの腕に一筋の涙を流して、意識を失った。


「鎮静剤の作用か・・・」


眠りにつく高珊をジョージは見下ろした。

しばらくして、ジョージたちの無線を聞きつけ、サイレンの音が鳴り響き、次々とESU、救急車が店の周りを取り囲む。ヨーナスは眠る高珊を背負い、ジョージは「わあああ、せめてジャケット取らせろぉぉ」と叫ぶポールの首ねっこを掴み、外へ出る。


駆けつけた隊員らに寸時に担架に乗せられ、白い救急車に入れられる黒い満州服の少女。サイレンを響かせながら走る、白い棺のような車を見守るヨーナスは、歯を食いしばりながらメインストリートに突っ立ていた。


こんなにプラザの近くの事で、何故自分が早く駆けつけられなかったのか。


言い訳は色々と出来る。しかしその中で、アレクサンドルのショックで少なからずパトロールに集中できなかった自分を思いだし、それが情けなく、そして許す事が出来なかったのだ。


「本当だ・・・。私はジョージさんの言う通り、戦いでしか目が覚ますことができない、とても弱い人間なんだ・・・。」


心の中で呟きながら、ヨーナスはホルスターにしまったままのGLOCK18に手を当てる。

人を殺す痛みを味わうのは自分であるべきだったのに、

彼女のかわりに傷を受けるのは自分であるべきなのに。


何、自分が「別の苦しみ」で、自ら負うべき痛みから目を逸らしているのだろうか。

そう考えている内に後ろから声が聞こえた。


「ふ、なんか、いつものお前に戻ったな。」


はっと振り向くと、一瞬ジョージが微笑したように見えた。


「ジョージさん・・・笑った・・・・?」


「目があン時とそっくりだ。やっぱ、起こって良かっただろ。」


質問に答えず「はん」と、顔をそむける様はいつものせせら笑いだ。

相変わらず嫌な事を言うと唇を尖らせながら、ヨーナスは再び前を向いた。

自らの身を呈して市民を守ったアレクサンドル。もし、彼の事で自分が落ち込み、仕事が出来ていないとするのなら、それで、本当に悲しいのは誰であろうか。


高珊のために、そしてアレクサンドルのために自分は立ち止まってはいけないのだ。


ようやく見つけた道筋に、ヨーナスは高珊の事を案じつつ、必ず魔女はしとめてみせる、と決意のメガネを光らせた。


しかし、そうしたヨーナスの決意もむなしく、

この出来事を契機に、更に事態は悪化する事となる。


<中編へ続く>




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