表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
42/62

第42話 侯爵令嬢、籠の鳥になる


 夏の午後の光が、——薔薇の上に、降り注いでいた。咲き切った花は、ジョルジョが摘み取った後で、——緑の葉だけが、——揺れている。


 律子は、——カリストの、半歩、後ろを、歩いていた。


 令嬢の所作。婚約者の隣ではなく、半歩下がった位置。母コルネリアが、——社交の場で、よく取っていた位置。


 ……父の前では、——立派な公太子殿下。

 ……お庭に出た今、——どう、変わる、かしら。


 律子は、——観察を、続けていた。


 ◇


しばらく、二人は、——黙って歩いた。


カリストが、——薔薇に、目を止めた。


「——薔薇の、お庭、——よく整備されていますね」


「お母さまが、——好まれて、いました。残念ながら、今は、暑さを耐えるために花を摘んであります」


「そうでしたか」


 カリストは、——軽く、頷いた。


 ……無難な、お返事。

 ……まだ、——本性が、出ていない。

 ……いえ。


 律子は、——内心で、——少し、——首を、振った。


 ……「本性」、——という言葉は、——フェアじゃない。

 ……四十三歳の私が、十五歳の方を評価するのは。

 ……私の、——十五歳の頃。

 ……まだ、高校一年。

 ……お友達と、——好きな芸能人の話、——ばかり。

 ……同じ。

 ……いえ、——カリスト殿下の方が、——年にしては、立派に振る舞っている。

 ……決めつけない。

 ……お会いするたびに、——新しく、——見直す。


 律子は、——観察の目を、——少しだけ、——優しくした。


 そして、——調査者の本能で、——切り出した。


「カリスト殿下」


「はい」


「——アルカディアは、——魔法の国、と、伺っております」


「ええ、——その通りです」


「私も、——少しだけ、魔法を、習っておりますの」


 カリストの、——青い瞳が、一瞬、明るくなった。


「少しだけ?」


「ええ、——少しだけ」


「どんな、——魔法ですか?」


 ……食いついた。


 ……魔法の国の王子様には、——取り敢えず、魔法の話題で、正解。


 律子は、——令嬢の所作で、——答えた。


「——影の魔法を、——」


 言いながら、律子は、——自然と、——自分の足元に、——視線を、落とした。


 ◇


 ……あら。


 律子の足元の、——影。


 いつも通り、——そこに、ある。


 でも。


 ……。


 律子は、——心の中で、——いつものように、——頼んだ。


 ……あなた。

 ……ちょっと、——形を、見せて。

 ……。


 ……返事が、——ない。


 律子の指先が、扇子を握りしめた。


 ……いつもなら、——少し、形を、変える。

 ……今は、——動かない。

 ……光が、遮られて、——できている、——ただの、影。

 ……私の、影さん、——では、ない。


 律子は、——もう一度、——心の中で、頼んだ。


 ……お願い。

 ……少しだけ。


 ……。


 影は、——応えなかった。


 ……あら、——あら。

 ……これは、——


 律子の、頭が、回り始めた。


 ……影が応えない。

 ……前世で、——スマホの電源が、——突然、切れた、——あの感じ。

 ……なぜ。


 ◇


「——ああ」


 カリストの声が、——隣で、響いた。


 律子が、——顔を、上げた。


 カリストは、——軽く、微笑んでいた。少年らしい、——無邪気な、しかし、どこか、——得意げな、微笑み。


「影の魔法、——なのですね」


「……」


「でも、——今は、——使えないので驚かれていますね」


 ……。


 カリストの、——微笑みが、——ニヤリ、に、——変わった。


「——気づきました?」


「……」


 ……あら。

 ……最初から分かって、いたみたい。


「アルカディアの公家は、——代々、他の魔法を、無効化できるんですよ」


「無効化」


 律子は、令嬢の声で応じた。——驚きは見せない。


「他の魔法使いの、力を、打ち消せる。——その範囲が、選べるんです」


「範囲が」


「ええ。——身の回りは、——常に無効化しています。——本気で使うと、——もっと広く、一帯を制圧できる」


「左様でございますか」


 ……常時、——近距離には、——効いている。

 ……だから、——近くで歩き出した瞬間から、——あなた、——応えなくなった。

 ……本人が、——意識しなくても、——側にいるだけで、効いている。

 ……魔法に対する防御は、——完璧ね。


 ……前世なら、——携帯と同じ周波数の電波を発する、——ジャミング装置と、同じ理屈。

 ……側に、いるだけで、——通信が、切れる。


 ◇


「アルカディアには、——色々な、——魔法使いがいるんですけど」


 カリストは、——調子に、——乗ってきた。少年の、自慢が始まる。


「僕には、——誰も、——敵いません」


「それは立派な、魔法ですこと」


「魔法評議会も、——僕には、何もできません」


 律子の、——眉が、心の中で、吊り上がった。顔には、出さない。


 ……あら、——言い切った。

 ……「魔法評議会も、——僕には、何もできない」。

 ……お父さまは、——「公家は、魔法評議会の、監督」、と、説明された。

 ……これで、——分かった。

 ……公家が、——評議会を、抑えられる理由。

 ……無効化の魔法で、制御している。


 ……いえ。

 ……今は、記録するだけ。


 律子は、——令嬢の所作で、応じた。


「まあ、——それは大変、心強い、お力で、ございますわね」


「でしょう?」


 カリストは、——にっこり、笑った。


 ……無邪気。

 ……他者を傷つけることを、——想像できない、——子供。


 ……それでも、——お父さまの前では、——立派にしていた。

 ……お父さまが、——席を外された途端、——本性が出る。

 ……分かりやすいわね。


 ◇


 律子の、頭が、——冷静に、計算を、始めた。


 ……魔法では、——不利だな。

 ……側にいる時に、——影は使えない。

 ……婚約者として、——側にいる時間が、——これから長くなる。

 ……公妃として、一緒に暮らすようになると、——影はずっと封じられる。


 ……前世なら、——夫の前で、携帯を切らなくてはならない、みたいな?


 ……調査も、——この方の側では、できない。

 ……尻に、——敷かれるなぁ。


 ……いえ。


 律子は、——内心で、——少しだけ、首を、振った。


 ……「尻に敷かれる」、——は、——正しくない。

 ……むしろ、——「籠の鳥」、——かな?

 

 ……調査の計画を、——組み直さなくては。

 ……賢者学府に入学すれば、——カリスト殿下も、——同じ学府に、いらっしゃる。

 ……側にいる時間が、——どれくらいになるか、——把握、——しなければ。


 ◇


 カリストは、——まだ、自分の話を、——続けていた。


「——僕の魔法は、アルカディアでも、歴代の中で、強い方らしくて」


「左様で」


「先生方も、——「カリスト殿下のお力は、別格」、と」


「お見事で、——ございますね」


 律子は、——令嬢の所作で、——相槌を、打ちながら、——足元の影に、——心の中で、——もう一度、頼んだ。


 ……あなた。

 ……聞こえる?

 

 ……。


 ……返事は、——ない。


 ……ええ。

 ……分かりました。

 ……今は、——あなたと、——お話、——できない。


 律子は、——心の中で、——影に、——軽く、礼を、した。


 ……今は、——お休みなさい。

 ……カリスト殿下が、——お帰りに、なったら、——また。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ