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第41話 侯爵令嬢、婚約者に会う


 応接間。


 午後の光が、窓から、斜めに差し込んでいる。


 律子は、——窓辺に、立っていた。

 

 淡い銀色の絹のドレス、——母の真珠の髪飾り、——プラチナブロンドは結い上げられて、——胸の前には、母の扇子を、——絹に包んだまま、両手で、軽く握っていた。


 マルチェッラが、扉の脇で、控えている。

 

 ジーナは、——別室で、待機している。応接の世話は、年配の使用人が、担う。


 ……父が、殿下をお迎えしている頃。


 律子の、鼓動が、少し、速くなっている。

 

 ……あら、——プリュ、——緊張、——している。

 ……いえ、——四十三歳の城山律子も、緊張、している。

 ……婚約者との、——初対面、——縁のなかった、イベントだ。


 律子は、——背筋を、——伸ばし直した。


 ……令嬢の所作で迎える。

 ……それしか、——できない。


 ◇


 廊下から、——足音が、——近づいてきた。

 

 父の、ゆったりした足音と、——もう一人の、——少し急いた、若い足音。

 

 律子の鼓動が、一段と速くなった。


 扉が、——叩かれる。


「プルデンティア、——殿下をお連れした」


「はい、——お父さま」


 扉が開く。


 父クラウディウスが、先に入った。


 その後ろから、——若い、男性。


 ◇


 律子は、——令嬢の礼をした。

 

 ドレスの裾を、——軽く、——つまんで。深く、——一度、頭を、下げた。


 顔を、——上げた。


 ……。


 ……あら。


 目の前に、——立っていたのは、——ものすごく、整った少年だった。


 明るい、——金の髪。光を、受けて、——金属のように、輝いている。

 澄んだ、——青い瞳。意志の強そうな、眉。

 頬には、——まだ、少年らしい、——丸み。でも、立ち姿は、堂々と。

 白い、——詰襟の、——アルカディア風の正装。胸に、銀の留め金。


 ……えっ。

 ……えっ、——絵姿、——より?


 律子の、頭が、一瞬、——空白になった。


 ……絵姿は、——画家の、——忖度、——のはず。

 ……実物は、——ただの悪ガキ、かも。

 ……それに、——お父さまの、「子供っぽいかも」、という、お言葉。

 ……なのに。

 ……実物の方が、——綺麗、なのは、——なぜ?


 ……いえ。

 ……お父さまは、——「お前から見れば」と、——おっしゃった。

 ……四十三歳の私から見れば、子供、——ではある。

 ……でも、——この姿は、乙女ゲームの、——立ち絵、そのもの。


 律子の中で、三つの声が、同時に、響いた。


 プルデンティアの、——十三歳の少女の、素直な驚き。

 城山律子の、——「姿絵は忖度、と邪推してごめんなさい」、という照れ。

 二人の間で、「外見は、——予想を、外した。——中身は、まだ、分からない」、という冷静な観察。


 表は、——令嬢の所作のまま。


「お初に、——お目にかかります、——カリスト殿下。プルデンティアで、ございます」


 律子の声は、——震えていなかった。前世の法廷で、鍛えた、落ち着いた声。


 ◇


「カリスト・ヴァレンティーノ・アルカディアです。お会いできて光栄です」


 カリストの声は、——明るく、少し、少年らしい、張りがあった。


 ……カリスト。

 ……「最も、美しい」、——という意味の、——お名前。

 ……普通、——こういう名前を、付けられた方は、——苦労する。

 ……名前との、——釣り合いを、取るのが、大変。


 ……でも。


 律子は、——目の前の少年を、——もう一度、見た。


 ……釣り合い、——取れて、いるわね。

 ……いえ、——むしろ、——名前の方が、物足らないくらい。

 ……あら、——あら。


 律子の中の、——三つの声が、——同時に、響いた


 律子が、——顔を、上げると、——カリストも、律子を、見ていた。


 ……。


 カリストの、——青い瞳が、少し動いた。


 ……あら。

 ……この人も、——何か、驚いている?


 カリストは、少し、目を、しばたたいた。それから、軽く、微笑んだ。


「あの、——プルデンティア嬢」


「はい」


「素晴らしいドレスですね」


「ありがとう存じます」


「真珠も、——よくお似合いです」


「お母様の、——形見で、ございます」


「そうでしたか」


 カリストは、——少しだけ、間を置いた。


 それから、——少しだけ、首を、傾けて、言った。


「実は、——」


「はい」


「お絵姿を、拝見していたのですが」


「ええ」


「もっと、——冷たい感じの、お方かと、想像しておりまして」


 ……あら。


「——可愛らしい方で、安心しました」


 ……。


 律子の、——指先が、扇子の上で、止まった。


 ……「可愛らしい」。

 ……前世で、——あまり、言われたことの、ない、言葉。

 ……それを、十五歳の、——少年からいただいた。


 律子の中の、——プルデンティアが、耳まで、——少しだけ、熱くなる。


 城山律子が、——立ちすくむ。「私が、——可愛らしい?」


 二人の間で、——分析する。「カリスト殿下は、——外見で、判断なさる方だろうか。絵姿で、『冷たい』と、判定していた。」「中身を、見ようとしないのか」


 三つの声を、一瞬で整理して、表面は、令嬢の所作。


「——お恥ずかしゅう、——ございます」


 律子は、——軽く、目を、伏せた。


 扇子を、——胸の前で、——軽く、握り直した。


 ……絵姿を、見て、——あれこれ予想していた、のね。

 ……私と、——同じ。

 ……お互い、——絵姿から想像して、——お互い、外した。

 ……可笑しい。


 ◇


 父が、——軽く、咳払いした。


「——お座りいただこう」


「はい、お父さま」


「カリスト殿下、——どうぞ」


「ありがとうございます」


 三人が、——ソファーに座ると、マルチェッラが、——お茶を、運んできた。


 夏の午後の、——冷ました紅茶。レモンの、薄切り。


 会話は、父が、仕切った。


 アルカディアの、——夏の様子。賢者学府の、——新しい棟が完成したという話。婚約後の、——段取りについて、いくつかの確認。


 律子は、——令嬢の所作で、——相槌を打ちながら、——時折、カリストに、視線を、送る。


 カリストは、——父の話を、——丁寧に聞き、応えていた。


 ……公太子として、——お育ちに、なった方。

 ……社交の基本は、心得て、いらっしゃる。

 ……お父さまの前では、立派な、若君。


 ……でも。


 律子の、観察眼が、——カリストの、——細部を、捉えていた。


 会話の合間、——カリストの視線が、——時折、——窓の外に、流れる。父の話の中で、——少し、退屈そうにする瞬間。お茶のレモンを、——指先で、つつく、——少年らしい癖。


 ……お父さまの前では、——立派。

 ……でも、——少年の素が、——垣間見える。


 ◇


 世間話が、——一通り、進んだ頃。


 父が、茶器を置いた。


「カリスト殿下、——プルデンティア」


「はい、お父さま」


「若い二人で、——お庭でも、——歩かれては、いかがかな」


 ……出た。


 律子の、内心で、——城山律子が、——苦笑した。


 ……お見合いの、——お決まり。

 ……「若い二人で、——お庭でも」。

 ……前世で、ドラマの中では、何度も、聞いた、——フレーズ。

 ……まさか、こんな形で、自分の身に降りかかるとは。

 ……もう婚約しているから、厳密には、お見合いでは無いけれど。


 取り敢えず、表面は、——令嬢の所作。


「はい、——お父さま」


「では、——お言葉に甘えて」


 カリストが、——立ち上がった。律子も、立ち上がる。


 父が、——軽く、頷いた。


 その目には、——娘を送り出す、——複雑な何かが、——よぎった。律子は、——そんな気がした。


 ……お父さま。

 ……「ありがとう」と、——「婚約が、解かれることもある」、と、——おっしゃった、——お父さま。

 ……今日も、内心は、複雑なのだろう。


 律子は、——令嬢の礼を、——父に、——軽く、——して、——カリストの後を、追った。


 ◇


 扉を、——出る、瞬間、律子は、——母の扇子を、軽く、握り直した。


 ……お母さま。

 ……いよいよ、——お庭で、——二人。


 ……令嬢の所作で。

 ……それと、——観察者の目で。


 ……参ります。

 

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