表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
40/58

第40話 侯爵令嬢、お召し変えをする


 その時、——扉が、——叩かれた。


「お嬢様、——失礼いたします!」


 マルチェッラの、——声。


「ええ、どうぞ」


 マルチェッラが、慌てて、入ってきた。


「お嬢様、——大変です」


「何かしら」


「カリスト殿下が、——公務の途中で、お立ち寄りに、なるとのご連絡で」


「——え」


「今日、本日中に」


 律子の思考が、空白になった。


 ……今日。


「準備をいたします。——お嬢様、お召替えを」


「ええ」


 ……あら。

 ……あら、——あら。


 ……今、——置換魔法の、お話の、——続きがあったのに。


 ……ジーナの、髪の話を、——もう少し、考えたかったのに。


 ……仕方ない。


 律子は、——立ち上がった。


「サントーニ先生、——申し訳ございません」


「いえ、——公太子殿下がいらっしゃるのですね。それは大変」


 サントーニは、——書類をまとめ始めた。


「今日の授業は、ここまでにしましょう」


「ええ、——ありがとう、ございました」


 ◇


 サントーニは、書類鞄を、抱えて、扉の前に、立った。


 それから、一度、——振り返った。


「あ、お嬢様」


「はい」


「影の視界、——面白い魔法ですけど」


「ええ」


「それだって代償があります」


「……」


「使い過ぎは、だめですよ」


「畏まりました」


「離した分だけ、人に、忘れられてしまいます」


「ええ」


「人の影に潜むのは、お嬢様の影が、ずっと、離れているのと、同じです」


「畏まりました、——サントーニ先生」


 サントーニは、——軽く、頭を、下げて、出ていった。


 ……先生は、いつも、去り際に、——大事なことをおっしゃる。


 ◇


 屋敷は、準備で慌ただしくなった。


 マルチェッラが、指示を飛ばしていた。お台所、お庭、お玄関。

 

 ジーナは、走り回っていたところを、マルチェッラに、捕まって、お召替えの準備に合流した。


 律子も、——廊下を、——急ぐ。


 その時、——庭の方から、——ジョルジョが、荷車を、押してきた。


 ……あ、——そうだ。

 ……忘れないうちに。


「ジョルジョ」


「お嬢様」


「使用人の控室、——西側の、奥の」


「はい」


「あの窓の外に、夏に葉が茂る木を、——植えていただきたいの」


「畏まりました」


「お任せします」


「はい」


 律子は、——軽く、頷いて、——足早に、廊下を、進んだ。



 自室に、戻った。


 マルチェッラと、ジーナが、お召替えの、用意を進めていた。


「お嬢様、——お早く!」


「お嬢様、——お時間が」


 律子は、少しだけ立ち止まった。


 ……あ。

 ……あれが、——今日の、衣裳?


 壁際に、絹のカバーに、包まれた、衣裳が、——立て掛けられていた。


 マルチェッラが、——慎重に、カバーを、外した。


 ……。


 ……あら。


 現れたのは、——淡い、——青みがかった、——銀色のドレスだった。

 

 絹と、——薄絹を、重ねて。

 

 胸元から、裾にかけて、白い真珠の細かな刺繍が、星のように、——散らされていた。

 

 袖は、肘までの膨らみがあり、——その先は、透けるような、薄絹のレース。

 

 腰には、——同色の絹のリボン。

 

 裾は、——ふんわりと広がる、夜会向きの仕立て。


 ……これ。

 ……お父さまが、お仕立て、なさっていたのね。

 ……いつの間に。


「お嬢様、——きゃーっ!」


 ジーナの、——声が、——裏返った。


「な、なに、これ、——お嬢様、——お嬢様!」


「ジーナ、——落ち着きなさい」


「だって、マルチェッラさん、——だって!」


 ジーナは、——両手で、——口を、押さえていた。


 目が、——ぱちぱちしている。


 ◇


「お嬢様、——お召替えを」


 マルチェッラが、——ドレスを、両手で支えた。


 律子は、——いつもの、——制服のような、——令嬢のドレスを脱いだ。

 マルチェッラと、——ジーナの手で、銀色のドレスが、肩から通された。


 絹が、——肌を滑った。

 

 軽い。重さを、感じない。

 

 薄絹のレースが、——腕に、——触れて、くすぐったかった。


「お嬢様、——少し、腕を、上げてくださいませ」


「ええ」


 ドレスが、——身体に馴染んだ。

 

 マルチェッラが、——背中の、絹のリボンを、丁寧に結んだ。

 

 ジーナが、裾を整えた。


「お嬢様、——お髪を」


 ジーナが、——プラチナブロンドを、——結い上げ始めた。

 

 ドレスの色と、髪の色が、重なって、銀色が、一段と深くなった。

 

 マルチェッラが、——母コルネリアの、真珠の髪飾りを、取り出した。


「奥様のお形見、使わせていただきます」


「ええ」


 白い真珠が、——プラチナブロンドの中に、——光った。


 ◇


「お嬢様!」


 ジーナが、——前に回り込んだ。


「——お嬢様、——」


 ジーナは、——言葉に、詰まっていた。


「——お、——お、——お美しいです、お嬢様!」


「ジーナ、——」


「お美しいです! ——本当に、本当に、お美しいです! ——うちのお嬢様、世界一です! ——いえ、——お国一! ——いえ、——大陸一です!」


「ジーナ、——少し、声を」


「マルチェッラさん、——ご覧ください、お嬢様、お嬢様!」


 マルチェッラが、——律子の前に、——立った。


 ……。


 マルチェッラの、——目が、一瞬で、——潤んだ。


 ……あら。


「マルチェッラ?」


 マルチェッラは、——胸の前で、両手を、組んだ。

 

 声は出さずに、——律子を、——見ていた。


 涙が、——一筋、こぼれた。


「マルチェッラ、——」


「——奥様が、——」


 マルチェッラの、——声は、——震えていた。


「——奥様が、ご覧に、なられたら」


「……」


「——どれほど、——お喜びになられたか」


 ……。


 律子は、——一瞬、——何も、——言えなかった。


 ……お母さま。


 ……マルチェッラは、——ずっと、——お母さまの、お側にいた人。

 ……マルチェッラが、——お母さまの代わりに、——見てくれている。


 ……今日、お母さまの真珠を、——着けて、——お母さまの扇子を持って。

 ……お母さまも、——たぶん、一緒に。


「ありがとう、——マルチェッラ」


 律子は、——令嬢の声で、——でも、少しだけ、——柔らかく、言った。


「お母さまの真珠を、——着けさせていただけて、——嬉しいわ」


 マルチェッラは、——エプロンで、——目を、押さえた。


 ジーナが、——その隣で、——目を、——うるうるさせていた。



 律子は、——鏡の前に、——立った。


 ……。


 鏡の中に、——別人が、——立っていた。


 淡い銀色の、——絹のドレス。

 

 プラチナブロンドに、——白い真珠。

 

 淡い青色の瞳。

 

 十三歳の、——少女。


 ……これが、——私?


 律子は、——鏡の中の、——自分を、——見つめた。


 ……前世では、

 ……四十三年間、——独身。

 ……仕事着の、——スーツと、——黒のパンプス。

 ……法廷の、——白いシャツと、——きっちりした髪。

 ……細いフレームの銀縁の眼鏡。

 ……華やかな衣裳とは、——縁が、——なかった。


 ……それが、——今。


 ……この姿。


 ……信じられない。

 ……でも、——鏡の中に、——確かに、いる。

 ……これが、——プルデンティアで、——私。


 ……お母さま。

 ……プリュは、——綺麗に、——なれたかしら。


 鏡の中の、——プルデンティアが、——少しだけ、微笑んだ。

 

 その微笑みは、——令嬢のものでも、——城山律子のものでも、——なかった。

 

 ただ、——美しい少女の、——素直な微笑み。


 ◇


「お嬢様、——お時間で、ございます」


 マルチェッラが、——告げた。


「玄関で、——お出迎えを」


「ええ」


 律子は、——鏡から、——目を、離した。


 机の上の、——絵姿を、——見た。

 

 額の中の、——カリスト。

 

 明るい金髪、——澄んだ青い瞳、——意志の強そうな眉。


 ……来るなら、——来い。


 律子は、——少しだけ、——絵姿を、——睨んだ。


 ……私は、——もう、——逃げない。

 ……令嬢の所作で、——お迎えする。

 ……あとは、——会ってから、——考える。


 律子は、——母の扇子を、——手に、——取った。


 ……お母さま、——一緒に、——参りますわよ。


 律子は、——背筋を、——伸ばして、——扉に、——向かった。


 絹のドレスの、——裾が、——軽く、——揺れた。


 足元の影が、——少し遅れて、——付いてきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ