第35話 侯爵令嬢、手紙を受け取る
数日後の、夜。
ロドリゴが、銀の盆に手紙を載せて、運んできた。
「お嬢様。——お返事が、届いて、おります」
……あ。
律子の、——指先が止まった。
……お母さまの、文通先の、四人への手紙。
……あの返事。
律子は、——盆を、受け取った。
「ありがとう、ロドリゴ」
「では、失礼いたします」
ロドリゴが、——下がり、扉が、——閉まった。
◇
律子は、机の上に、四通を、並べた。
……四通、——全部。
……返ってきた。
……マリア。——ジョヴァンナ。——テレーザ。——ルクレツィア。
……四人、——全員から。
……あら。
……ルクレツィアからも。
……手紙を、——やめていた、あの方からも。
律子は、——まず、ジョヴァンナの封を切った。
……お母さまの、——同志。
……一番、丁寧に、お書きになる方。
律子は、——便箋を、広げた。
『プルデンティア様
お便り、——拝見、いたしました。
奥様の御逝去を、——心より、——お悔やみ、申し上げます。
奥様には、——長年、——お世話に、なりました。あのような方は、——もう、おられません。
お嬢様が、——奥様のお志を、お継ぎになる、とのこと。
その日が、——参りましたら、わたくしは、お力添えを、惜しみません。
ただ、——今は。
今は、——お許しください。
お書きできることが、ございません。
いつか、——お嬢様が、——お立ちになる、その時を、お待ち申し上げております。
ジョヴァンナ』
律子は、——便箋を、——二度、読んだ。
……。
……お悔やみ。
……「お力添えを、惜しみません」。
……でも、「今は、お書きできることがない」。
……具体的な、——話は、何もない。
律子は、——残りの二通も、——開いた。
……マリア。
……テレーザ。
……同じ。
……お悔やみ。——連帯の、お言葉。——でも、具体的な情報はない。
……三人とも、——同じ、——温度。
◇
律子は、——三通を、——机に、置いた。
……お母さまへの、——お手紙は、あんなに、具体的、だった。
……「マッテオは、茶色い目に、眼鏡をかけた、優しい青年です」。
……一人ずつの、——名前。——消息。——温度。
……私への、返事は、違う。
……お悔やみと、連帯だけ。
……名前は、一つも、出てこない。
……これは。
律子は、——前世の記憶をたどった。
……証人が、——口を閉ざす時の、——書き方。
……「協力はする」、——「でも今は言えない」。
……知っているのに、——言わない。
……いえ。
律子は、——軽く、——首を、振った。
……「拒絶」、——ではない。
……皆さまは、——私を、拒んでいるのでは、ない。
……お母さまが、——亡くなった。
……お母さまの、——仕事は、危ないお仕事、だった。
……皆さま、——分かっていらっしゃる。
……「次は、自分かもしれない」。
……だから、——警戒している。
……そして、私は、——まだ、十三歳。
……お母さまほどの、——力は、ない。
……皆さまの、——安全を、守れる、立場ではない。
……皆さまが、——安心して、話せる場所を、——私は、まだ、作れていない。
……だから、書けない。
……それは、無理もない、こと。
……今、——これ以上を、——求めるのは、無理。
律子は、——静かに、息を、吐いた。
……いつか。
……いつか、——私が、皆さまの、安全を守れる立場になれば。
……その時、——皆さまは、——話してくださる。
……皆さまの、——沈黙は、——永遠では、——ない。
……「今は、——まだ」、——というだけ。
……「今」を、——変えるのは、——私の仕事。
◇
律子は、——最後の一通を、手に、取った。
……ルクレツィア。
……一番、——警戒の、——強い方。
……お母さまの、——偽名のお願いにも、——従わず、——手紙を、——やめた方。
……一番、——口の、——重い方。
……その方から、——返事。
律子は、——封を、——切った。
便箋には、——一行だけ。
『お待ちしております』
……。
律子の、——指先が、止まった。
……一行。
……それだけ。
……でも。
律子は、——その一行を、見つめた。
……一番、——口の重い方が。
……一番、——警戒なさっていた方が。
……手紙を、——やめた、——はずの方が。
……わざわざ、——筆を、——とって。
……「お待ちしております」、とだけ。
……他の、——三通は。
……長い、——お言葉を、——連ねて。——でも、遠かった。
……この一行は。
……短い。——でも、——一番、近い。
律子の、——胸の奥が、——ふっと、熱くなった。
……お母さまへの、——手紙を、——やめてまで、身を、引いた方。
……その方が、——私には、「待っている」と、——書いてくださった。
……何を、待って。
……私が、——立ち上がる、——その時を。
……前世の私は。
……誰にも、——見つけて、もらえなかった。
……同期会で、——人の幸せを、見て。
……胸が、——ちくりと、した。
……今、——
……一番、——無口な方が。
……「お待ちしております」、——と。
律子は、——一行の、——便箋を、——両手で、——持った。
……お待たせ、——いたします。
……でも、——必ず。
……必ず、——皆さまが、安心して、話せる場所を、作ります。
……その時まで。
……お待ち、ください。
◇
律子は、——四通を、——文箱にしまった。
ルクレツィアの一行だけ、——少し、——長く、——手の中に残した。
……一歩、——進んだ。
……返事が、——来た。
……たとえ、——今は、——調査が進まなくても。
……待っていてくださる方が、——いる。
律子は、——ランプに、手を、伸ばした。
……お母さま。
……プリュは、——一人では、——ありません。
ランプの灯りを、——消した。
部屋が、——闇に、——沈んだ。
窓の外で、——夜風が、——白い薔薇を、——揺らしていた。
律子の、——足元の、影は、——寝台の脇で、——静かに、立っていた。
昨日より、——少しだけ、——近かった。




