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第35話 侯爵令嬢、手紙を受け取る


 数日後の、夜。


 ロドリゴが、銀の盆に手紙を載せて、運んできた。


「お嬢様。——お返事が、届いて、おります」


 ……あ。


 律子の、——指先が止まった。


 ……お母さまの、文通先の、四人への手紙。

 ……あの返事。


 律子は、——盆を、受け取った。


「ありがとう、ロドリゴ」


「では、失礼いたします」


 ロドリゴが、——下がり、扉が、——閉まった。



 律子は、机の上に、四通を、並べた。


 ……四通、——全部。

 ……返ってきた。


 ……マリア。——ジョヴァンナ。——テレーザ。——ルクレツィア。

 ……四人、——全員から。


 ……あら。

 ……ルクレツィアからも。

 ……手紙を、——やめていた、あの方からも。


 律子は、——まず、ジョヴァンナの封を切った。


 ……お母さまの、——同志。

 ……一番、丁寧に、お書きになる方。


 律子は、——便箋を、広げた。


『プルデンティア様


 お便り、——拝見、いたしました。


 奥様の御逝去を、——心より、——お悔やみ、申し上げます。

 奥様には、——長年、——お世話に、なりました。あのような方は、——もう、おられません。


 お嬢様が、——奥様のお志を、お継ぎになる、とのこと。

 その日が、——参りましたら、わたくしは、お力添えを、惜しみません。


 ただ、——今は。

 今は、——お許しください。

 お書きできることが、ございません。


 いつか、——お嬢様が、——お立ちになる、その時を、お待ち申し上げております。


 ジョヴァンナ』


 律子は、——便箋を、——二度、読んだ。


 ……。


 ……お悔やみ。

 ……「お力添えを、惜しみません」。

 ……でも、「今は、お書きできることがない」。


 ……具体的な、——話は、何もない。


 律子は、——残りの二通も、——開いた。


 ……マリア。

 ……テレーザ。


 ……同じ。

 ……お悔やみ。——連帯の、お言葉。——でも、具体的な情報はない。

 ……三人とも、——同じ、——温度。



 律子は、——三通を、——机に、置いた。


 ……お母さまへの、——お手紙は、あんなに、具体的、だった。

 ……「マッテオは、茶色い目に、眼鏡をかけた、優しい青年です」。

 ……一人ずつの、——名前。——消息。——温度。


 ……私への、返事は、違う。

 ……お悔やみと、連帯だけ。

 ……名前は、一つも、出てこない。


 ……これは。


 律子は、——前世の記憶をたどった。


 ……証人が、——口を閉ざす時の、——書き方。

 ……「協力はする」、——「でも今は言えない」。

 ……知っているのに、——言わない。


 ……いえ。


 律子は、——軽く、——首を、振った。


 ……「拒絶」、——ではない。

 ……皆さまは、——私を、拒んでいるのでは、ない。


 ……お母さまが、——亡くなった。

 ……お母さまの、——仕事は、危ないお仕事、だった。

 ……皆さま、——分かっていらっしゃる。

 ……「次は、自分かもしれない」。

 ……だから、——警戒している。


 ……そして、私は、——まだ、十三歳。

 ……お母さまほどの、——力は、ない。

 ……皆さまの、——安全を、守れる、立場ではない。


 ……皆さまが、——安心して、話せる場所を、——私は、まだ、作れていない。


 ……だから、書けない。

 ……それは、無理もない、こと。


 ……今、——これ以上を、——求めるのは、無理。


 律子は、——静かに、息を、吐いた。


 ……いつか。

 ……いつか、——私が、皆さまの、安全を守れる立場になれば。

 ……その時、——皆さまは、——話してくださる。


 ……皆さまの、——沈黙は、——永遠では、——ない。

 ……「今は、——まだ」、——というだけ。

 ……「今」を、——変えるのは、——私の仕事。



 律子は、——最後の一通を、手に、取った。


 ……ルクレツィア。


 ……一番、——警戒の、——強い方。

 ……お母さまの、——偽名のお願いにも、——従わず、——手紙を、——やめた方。

 ……一番、——口の、——重い方。


 ……その方から、——返事。


 律子は、——封を、——切った。


 便箋には、——一行だけ。


『お待ちしております』


 ……。


 律子の、——指先が、止まった。


 ……一行。

 ……それだけ。


 ……でも。


 律子は、——その一行を、見つめた。


 ……一番、——口の重い方が。

 ……一番、——警戒なさっていた方が。

 ……手紙を、——やめた、——はずの方が。


 ……わざわざ、——筆を、——とって。

 ……「お待ちしております」、とだけ。


 ……他の、——三通は。

 ……長い、——お言葉を、——連ねて。——でも、遠かった。

 ……この一行は。

 ……短い。——でも、——一番、近い。


 律子の、——胸の奥が、——ふっと、熱くなった。


 ……お母さまへの、——手紙を、——やめてまで、身を、引いた方。

 ……その方が、——私には、「待っている」と、——書いてくださった。


 ……何を、待って。

 ……私が、——立ち上がる、——その時を。


 ……前世の私は。

 ……誰にも、——見つけて、もらえなかった。

 ……同期会で、——人の幸せを、見て。

 ……胸が、——ちくりと、した。


 ……今、——

 ……一番、——無口な方が。

 ……「お待ちしております」、——と。


 律子は、——一行の、——便箋を、——両手で、——持った。


 ……お待たせ、——いたします。

 ……でも、——必ず。

 ……必ず、——皆さまが、安心して、話せる場所を、作ります。

 ……その時まで。


 ……お待ち、ください。



 律子は、——四通を、——文箱にしまった。

 ルクレツィアの一行だけ、——少し、——長く、——手の中に残した。


 ……一歩、——進んだ。

 ……返事が、——来た。

 ……たとえ、——今は、——調査が進まなくても。

 ……待っていてくださる方が、——いる。


 律子は、——ランプに、手を、伸ばした。


 ……お母さま。

 ……プリュは、——一人では、——ありません。


 ランプの灯りを、——消した。


 部屋が、——闇に、——沈んだ。


 窓の外で、——夜風が、——白い薔薇を、——揺らしていた。

 律子の、——足元の、影は、——寝台の脇で、——静かに、立っていた。

 昨日より、——少しだけ、——近かった。

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