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第34話 侯爵令嬢、メイドを呼ぶ


 夜。


 律子の部屋。

 

 ランプの灯りが、——机の上を、——照らしていた。


 ……お母さま。

 ……婚約が、——決まりました。

 ……アルカディアの、公太子家、です。

 ……お父さまは、——理由を、お話になりません。

 ……プリュは、——自分で、見つけます。


 律子は、——目録を、——引き出しから、取り出した。

 婚約の件を、書き加えた。


 ……それにしても。


 律子の頭の中で、——別の案件が、頭を、もたげた。


 ……メイドのジーナさん。


 ……ロドリゴが、——言っていた。

 ……お母さまがお亡くなりになる、——半年ほど前。

 ……中庭から、——ジーナさんが、——消えた。

 ……同じ時刻、——ロドリゴも知らぬ間に、お屋敷に、——見知らぬお客が、——訪れていた。

 ……あれは、——たぶん、——魔法。


 ……魔法を、——習った、——今なら。


 律子は、——少し、——考えた。


 ……置換魔法は、——二人の間で、——何かを、——交換する。

 ……お肌のシミ。——視力。——お声。——お寿命。

 ……でも、——どれも、——身体の機能。

 ……ジーナさんは、——「消えた」。

 ……機能の入れ替え、——ではなく、——その場から、——いなくなった。


 ……あら。


 律子の、——指先が、——止まった。


 ……錬金術。

 ……サントーニ先生の、「誰得な魔法」。

 ……銅と金を、置換すると、——銅が金に、——金が銅に。

 ……物と、物の、——入れ替え。

 ……先生と、——二人で笑った。


 ……でも。

 ……もし、置換が、——「位置」にも及ぶなら。


 ……二人の人の、いる場所、そのものを、交換できるなら。


 ……ジーナさんが、中庭から、消えて。

 ……同じ時刻、屋敷の中に、——見知らぬ、客が現れる。


 ……これは、——ジーナさんと、その客の、位置の置換。


 律子の、——背筋を、——冷たいものが、通った。


 ……サントーニ先生が、——笑い話になさった、——あの魔法。

 ……笑い事では、——ないかも知れない。

 ……位置を、——入れ替えれば、人が、いなくなる。

 ……痕跡を、残さず。

 ……密室から、人を、さらって、別の人間を、——置いていく。


 ……前世なら、——完全犯罪。


 ……いえ。


 律子は、——軽く、息を、整えた。

 弁護士の、息の、整え方。


 ……これは、——私の想像。

 ……錬金術から、——勝手に、類推しただけ。

 ……サントーニ先生は、——位置の置換のことは、何も、おっしゃっていない。

 ……確証は、ない。

 ……仮説。


 ……確かめなければ。


 ……ジーナさんに、——何が、起きたのか。

 ……それには、本人に、——聞くしかない。


 ……でも。


 律子は、——軽く、息を、吐いた。


 ……十三歳の、侯爵令嬢は、行動範囲が、限られている。

 ……勝手に、——ジーナさんを、訪ねるわけには、いかない。

 ……頼みの綱の、影も、聞き取りは、できない。


 ……それなら。


 ……ジーナさんに、来てもらうのが、一番だ。


 ……呼び戻す。

 ……マルチェッラに、相談してみよう。

 ……明日の、——朝。


 ◇


 翌朝。


 律子は、目を、開けた。

 初夏の光が、窓辺に、伸びていた。寝台の脇に、影が、立っていた。


 ……おはよう。


 ……そうだ。

 ……私、——昨日から、婚約者持ちだった。


 律子は、毛布の中で、——少し、——目を、天井に、向けた。


 ……婚約者、——かぁ。

 ……四十三年、独身だった、私が。

 ……実感が、——まるで、ない。

 ……顔も、——絵姿でしか、知らない。

 ……十四歳の、——金髪の、坊ちゃん。


 ……いえ、——それより。

 ……これ、——どう、広まるかしら。


 律子の、前世の頭が、——回り始めた。


 ……公家との婚約。

 ……こういうのは、——たいてい、向こうが、勝手に、公表する。

 ……ある日、突然、——社交界に、知れ渡る。

 ……騒がれる。

 ……間違いなく、——騒がれる。

 ……今日のところは、——黙っておこう。

 ……まだ、——心の準備が、——できていない。


 ……でも、——キアラには。


 律子は、——少しだけ考えた。


 ……キアラには、先に話そう。

 ……人づてに、——知られて、後で、拗ねられるのは困る。

 ……私の口から、お話しする。

 ……でも、——今日は、止めておこう。

 ……今日は、——まだ、自分の、頭が、いっぱい。

 ……日を、——改めて。



 扉が、軽く、叩かれた。


「お嬢様、——失礼いたします」


「ええ、——どうぞ」


 マルチェッラが、制服を、抱えて、入ってきた。


「お早うございます、お嬢様」


「お早う、——マルチェッラ」


 着替えを、手伝ってもらった。律子は、鏡台の前に、座った。

 

 マルチェッラが、プラチナブロンドを、三つに、分けた。


 ……今だ。


「マルチェッラ」


「はい、お嬢様」


「以前にお屋敷に居た、ジーナを、——私の専属として、呼び戻すのは、——どうかしら」


 マルチェッラの手が、——一瞬、——止まった。


「ジーナ、——でございますか」


「ええ」


 ……ここで、理由。


「私、——もともと、——ジーナと仲が良くて」


 マルチェッラが、——鏡越しに、——律子を、見た。


 少し、首を、傾げた。


「——仲が、よろしかった、——でしたかしら」


 ……あら。

 ……引っかかった。


 律子は、——令嬢の顔を、——保った。


「ええ。あの方は明るくて、——見ていると元気になるの」


 ……押し切る。


「——左様でございましたか」


 少し考えている。


「確か、具合が悪くなってお暇をいただいたような…」


「ええ。でも回復されたと手紙に書いてありました」


 …嘘だけど。


 マルチェッラは、——三つ編みを、——続けた。手は、止めなかった。


 しかし、——納得した、——顔では、——なかった。


 ……お疑いね。

 ……でも。


「——お嬢様の、ご専属が、——お決まりになれば」


 マルチェッラの、声の、——温度が、——少し、変わった。


「私も、——お台所と、お庭と、若い子の差配で、手が、回りませんで」


 ……来た。

 ……お忙しいのね。


「ジーナは、——気の利く子、——でございました」


「ええ、——そうね」


 ……「そうね」も何も、——私、——よく、知らないのだけれど。


「——お嬢様が、そうおっしゃるなら」


 マルチェッラは、——三つ編みを、——結い上げた。胸の前に、垂らした。


「お時間を、頂けそうな時に、——閣下に、お伺いして、みます」


 ……通った。


 律子は、——鏡の中の、自分に、令嬢の微笑みを、保った。

 

 内心は、——城山律子が、——軽く拳を、握っていた。


 ……疑いながら、——でも、——忙しい現場を考えて、——乗ってくれた。

 ……前世の、——交渉と、——同じ。

 ……相手の、——事情に、——乗る。

 ……理由が、——多少、——怪しくても、——相手に、——得があれば、——話は、進む。


「ありがとう、——マルチェッラ」


「いえ。——お台所へ、参ります。——失礼いたします」


 マルチェッラは、——一礼して、——足早に、出ていった。


 律子は、——鏡の中の、三つ編みを見た。


 ……さて。

 ……ジーナさんが、戻れば、——お話が、聞ける。

 ……あの、——中庭で、——消えた、——お話。


 ……一歩。

 ……今日も、——一歩。


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