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第32話 侯爵令嬢、闘う相手を知る


「ここまでが、——まあ、よくある、置換の話です」


「ええ」


「で、——ここから、ちょっと、技術的な話なんですけど」


「はい」


 サントーニは、——軽く、椅子に、座り直した。


 ……座り直した。

 ……話が、——次の段に、進む、合図ね。


「——これ、簡単じゃ、ないんですよね、置換って」


「難しいの」


「契約書通りに、置換が、進まないと、——訴えられます」


「訴えられる?」


「契約違反、損害賠償、——立派な裁判です」


「——」


「片目だけ、買うはずだったのに、——両目が交換されちゃった、とか」


「あら大変、——」


「シミを、見えない場所に、移すはずが、——顔の真ん中に、出た、とか」


「それは、困りますわね」


「困るで済めば、いいんですけど、——」


 サントーニは、軽く、頭を、掻いた。


「——時々、訴訟になります」


 ……時々。

 ……これは、——「日常的に」、——という意味、ね。


「だから、——個人で、これを、やってる魔法使いは、ほとんど、いません」


「個人で無い、」


「危なくて、個人では、引き受けられないんです」


「……」


「大きな、組織が、いくつか、ありまして」


「組織」


「魔法使いと、法律家と、商会の代理人が、——一つの会社の中に、揃ってるんです」


「一つの、会社に」


「契約の組成から、紛争対応まで、——一手に、引き受けます」


「……」


「報酬は、——まあ、桁が、違いますね」


 律子の頭の中で、——カチリ、と、——もう一度、何かが、噛み合った。


 ……魔法使いと、法律家と、商会代理人を、一社に、揃えた、——大手ファーム。

 ……前世なら、——監査と税務と法律と金融商品設計を、——一社で、引き受ける、——あの種類の、お仕事。

 ……合法だけれど、合法、ぎりぎり。

 ……術者が、副作用の、外側に、立つ、——構造の、——産業化、された、——形。


「——お仕事は、合法、なのですよね」


「ええ、合法です。——契約書、ちゃんと、書きますし」


 サントーニは、軽く、笑った。



 サントーニが、——茶器に、手を、伸ばした。


 しかし、——口を、つけずに、また、置いた。


 ……あら。

 ……カップに手を伸ばしたのに、——飲まない。


 サントーニは、——窓の外の、——白い薔薇を、——一瞬、見た。


 それから、視線を、机に、戻した。


「——お嬢様」


「はい」


「あの、——これは、僕は、あんまり、——好きじゃない話、なんですけど」


「……」


「ここまで、お話したからには、——一応、説明しときますね」


「ええ」


 ……声色が、変わった。

 ……これは、——次の段。


「——置換魔法の、一番、大きな市場は、——美容でも、視力でも、ないんです」


「では、何でしょう」


「——寿命です」


「——」


 律子の、——指先が、——止まった。


 ……寿命。


「ご年配の、お金持ちが、——若い人から、寿命を、——買います」


「……」


「契約書に、——『五年』とか、『十年』とか、書いて」


「……」


「若い人の残りの寿命から、——その分、——買い取ります」


 律子は、——茶器を置いて、手を離した。それでも小さな音が鳴った。


「お売りに、なる方は、——」


「お金が、必要な、——若い人です」


「……」


「でも、人の寿命がどれくらい残っているか、正確には分からない。元気な若者が五年を渡した結果、——」


 サントーニは、——少し、躊躇った。


「すぐに死んでしまうことだって、あります。」


 ……死んでしまう。


「だから、——ものすごい、契約書と、ものすごい、お金が、動きます」


「——」


「契約書を、組成する魔法使いと、法律家のチームにも、——莫大な手数料が、入ります」


「——」


「もし、契約書通りに、抜けなかったら、——その時の、損害賠償の、訴訟対応も、含めて、——」


「——」


「全部、一つのチームで、引き受けます」


「……」


「——それが、さっき、お話した、大きな組織です」



「——あ、それから、お嬢様」


「はい」


「置換魔法、——アルカディアの、魔法評議会が、——登録制で、管理してます」


「登録制」


「悪用防止のため、——ということに、なっています」


「左様で、ございますか」


「——僕は、その辺りの、政治は、よく知らないんですけど」


 サントーニは、——軽く、頭を、掻いた。


 ……規制が、業界の参入障壁になる、——前世で、よく見た構造。

 ……規制をする側と、される側が、癒着する、——あの形。

 ……いえ、——今日は、——止める。

 ……情報を、集める日。

 ……判断は、——後で。



 律子は、一息ついてから——茶器を、机に、戻した。

 手は、——震えていなかった。


 律子の頭の中で、——前世の知識が、——猛烈な速度で、——回り始めた。


 ……寿命の、——売買。

 ……これは、——

 ……前世の、消費者契約の、——最悪の、類型。

 ……合意は、——ある。

 ……でも、——売る側の、——「自由意志」は、——本当に、——あるのか。

 ……お金が、必要だから、——売る。

 ……他に、——選択肢が、ない、から、——売る。

 ……それは、——「合意」、——か。

 ……前世の、サラ金、——闇金、——同じ構造。

 ……いえ、もっと、ひどい。

 ……命を、削って、——売っている。

 ……そして、——

 ……合法、——なのね。

 ……契約書が、——あるから。

 ……魔法使いは、——副作用の、外側に、立つ。

 ……前世なら、——「仲介者の責任、限定」、——という、構造。

 ……場を、提供しただけ、——という立場。

 ……取引の当事者は、——お二人。

 ……魔法使いは、——場を、整えて、——手数料だけ、——受け取る。

 ……合法的に、——責任を、お二人の間に、押し込める、——仕組み。

 ……前世の、——プラットフォーマーの、責任回避と、——同じ、構造。

 ……前世のプラットフォーマーは、——せいぜい、お金の話だった。

 ……ここは、——命の話。

 ……魔法使いと、法律家と、商会代理人を、一社に、揃えた、——大手ファーム。

 ……場の整え方が、——精密になればなるほど、——責任は、——当事者の間に、綺麗に、閉じ込められる。

 ……合法、ぎりぎりの、——一番、頭の良い、——お仕事。


 律子の、——背筋が、——伸びた。

 しかし、——本人は、気づかなかった。

 影が、——机の脚の下で、——少しだけ、——立ち上がった。


 ……お母さまが、——闘って、いらした、相手の、——輪郭。

 ……今、——少しだけ、——見えた。

 ……あの音楽鑑賞会は、お母さまの調査だったのね。

 


 サントーニは、——黙って、律子を、見ていた。

 眼鏡の奥の、緑の目が、——心配そうに見ていた。


「——お嬢様」


「はい」


「——大丈夫、ですか?」


「ええ、——大丈夫です」


「——ちょっと、重い話、しちゃいましたね」


「いえ」


 律子は、——軽く、——頭を、振った。


「——お聞かせ、いただいて、——ありがとう、ございます」


「いや、——お嬢様が、——お聞きに、なりたい話だったか、——分からないですけど」


「——伺って、よかったです」


 律子は、——軽く、笑った。

 令嬢の所作の、——薄い、笑顔。

 その奥で、——四十三歳の城山律子が、——歯を、食いしばっていた。


 ……先生、——ありがとう。

 ……これは、——プリュが、——いずれ、——闘う、相手の話。


 ◇


 夜。


 律子の部屋。

 寝台の脇の机に、——運転教本、文箱、扇子が、——並んで、置かれていた。

 母の部屋から、持ち帰った、三つの遺品。


 ランプの灯りが、——三つの上に、——柔らかく、落ちていた。


 寝衣に、着替えて、——薄い、夜着の、上から、——羽織を、纏っていた。


 律子は、——机の前の椅子に、——座って、目録を取り出した。

 引き出しから、——目録を、——取り出した。


 羽根ペンを、——取った。


 ……今日の、お授業の、要点。


「サントーニ先生、第二回授業」 ——印を、付けた。


 その下に、——書き加えた。


 「等価交換の原則」


 ……置換魔法。

 ……これは、——項目を、——分ける。


 律子は、——別の紙を、——一枚、——取り出した。


 ……新しい、——案件のファイル。

 ……前世の、——仕事と、——同じ。

 ……大きな案件は、——別ファイル。


 紙の上に、——表題を、——書いた。


 「置換魔法 / 置換契約」


 その下に、——項目を、——書き加えていった。


 原理、美容置換、機能置換、供給者、最大市場:寿命、莫大な金銭。契約書が必須


 律子は、——書き続けた。


 契約違反 → 損害賠償訴訟。

 組織 = 魔法使い+法律家+商会代理人の一社内包。

 アルカディア魔法評議会の登録制


 律子は、——ペンを、——置いた。


 律子は、——次に、——元の目録に、——戻った。


 「リーナ・ヴァイス・フローラ事件(百年前)」——印が、既に付いていた。


 その項目の下に、——書き加えた。


 「百年前、世界中の不平等な契約書を一夜で消去。

  現代の置換契約は、これに対する一種の、復活、ではないか」


 律子の、——指先が、——一拍、——止まった。


 ……百年前、——一人の魔法使いが、——消した、

 ……世界中の、——不平等な契約。

 ……でも、——百年経って、——

 ……新しい、——不平等な、契約が、——別の形で、——生まれている。

 ……それも、——「合法」、——として。

 ……百年前の仕事の、——抜け道を、——百年、かけて、——探した人たちがいる。

 ……人間は、——粘り強い。

 ……そして、——

 ……お母さまは、——その、——抜け道に、——気づいていらした。


 ◇


 律子は、——目録を、——置いた。

 

 寝台の縁に、——座った。


 足元の影を、——見下ろした。

 影は、——昼間より、——少しだけ、——薄かった。


 ……あなた。


 律子は、——心の中で、——声を、掛けた。


 ……あなたを、——動かすと、——私が、——忘れられる。

 ……でも、——

 ……それは、——あなたのせい、——では、ないの。

 ……あなたは、——私の、——一部、なのだから。

 ……私が、——自分で対価を払うということ。


 影は、——静かに、立っていた。


 ……あなたは、——置換魔法と逆。

 ……他の方に、——代償を、——押し付けるのではなく、

 ……私が、自分で、引き受ける。

 ……お母さまの流儀と、——同じ。

 ……あなたと、私は、——その、——流儀で、——歩きましょう。


 影は、——少しだけ、——形を、——変えた。

 律子の足元で、——いつもより、——近かった。


 律子は、——ランプに、手を、伸ばした。


 ……お母さま、——おやすみなさい。

 ……明日も、——調査を続けます。


 ランプの灯りを、——消した。


 部屋が、——闇に、——沈んだ。


 毛布の中で、——目を、閉じた。


 窓の外で、——夜風が、——白い薔薇を、——揺らしていた。

 

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