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第31話 侯爵令嬢、置換魔法を学ぶ


「——あ、お嬢様、——もう一つ、——ついでに、——お話しときますね」


「はい」


「等価交換の話で、——思い出したんですけど」


「ええ」


「——普通の属性魔法って、いま、ほとんど、使われないんですよ」


「えっ?」


 律子の、——内心の、——前世のゲームの記憶が、——疼いた。


「炎とか、雷とか、光とか、——」


「ええ」


「どれも、術者の、——体力とか精神を、——ごっそり、削るので」


「ごっそり」


「炎を、起こすと、——術者の体温が、下がります。雷を、起こすと、——術者は、数日、意識が、戻りません」


「——」


「光と、治癒は、——一番、対価が重いです。——術者の、——精神と健康を、削ります」


 ……あら。

 ……光と、治癒。


 律子の、——内心が、——ゲームの記憶に、——一気に、——流れた。


 ……前世のゲームの、ヒロイン。

 ……光属性で、——毎話、——攻略対象を、治癒していた。

 ……戦闘でも、——光の魔法で、——敵を、——薙ぎ払っていた。

 ……代償は、——一切、——描かれなかった。

 ……え。

 ……あのヒロイン、——毎回、精神と健康を、——削っていたの?

 ……お光のヒーリング、——連発、——してたよ?

 ……あれって、——毎回、——情緒不安定に、——なってたの?

 ……攻略対象を、救う度に命を、削っていた?

 ……ゲーム、——黙ってたよね、それ。


 律子は、——内心の、自分に、——軽く、ツッコミを、入れた。


 ……いえ、——あれは、ゲーム。

 ……ここは、——別の世界。

 ……ゲームの嘘が、——もう一つ、——剥がれた。


「——軍事面でも、——」


 サントーニは、続けた。


「以前は、攻撃魔法部隊、——というものが、——ありましたが、——」


「ええ」


「いまや、銃と大砲の方が、——安いです」


「お安い」


「魔法使いを、一人、育てるのに、——何年も掛かります。——銃と大砲は、——工場で、量産できます」


「——」


「対価のない装備の方が、——軍隊としては、——使いやすいんです」


 ……前世なら、——人件費と、設備投資の、——比較。

 ……魔法使いの方が、コストが高い。

 ……これは、——産業革命と、——同じ構造。

 ……職人が、機械に、押し出されていく、——あの過渡期。


「——だから、——いま、——属性魔法を、勉強する人は、ほとんど、いないです」


「なるほど」


「例外は、特殊工作員とか、——緊急時の医療、——とかですね」


 律子は、——軽く、頷いた。


 ……ゲームの世界、ではない。

 ……魔法も、——それほど、都合の良いものではない。

 ……重い力は、——重い、——のね。


 ◇


「——で、お嬢様」


「はい」


「いま、——商業として、——ちゃんと、成り立っている魔法は、——一つだけです」


「お一つ?」


「——置換魔法、——と、申します」


 律子の、——背筋が、——軽く、——伸びた。


「置換魔法」


「ええ」


「——どんな魔法ですの」


「等価交換の、——抜け道、——みたいな魔法、ですね」


「抜け道」


「術者が対価を負うのではなく、——置き換えることで、等価交換を成立させるんです」


「……」


「等価交換は、対象になる二人の間で、完結します」


「——お二人の間で」


「術者は、——その外に、——立ちます」


 律子の、——内心の、——前世の頭が、——カチリと、起動した。


 ……外に、立つ。

 ……術者は、副作用の、外側に、いる。

 ……「仲介者の責任、限定」、という、構造。

 ……場を、提供しただけ、——という、立場。


「あ、面白い例があるんですよ」


 サントーニが、——少し、楽しそうに、——身を、乗り出した。


「錬金術の魔法、——って、ご存じです?」


「あら、——そんな素晴らしいお魔法が」


「素晴らしくは、ないです」


「えっ」


「銅と金を、用意すると、——銅は、金になりますが、——金も、銅になります」


「——」


 律子は、一気に白けた。


「それを、お使いに、なる方は、——いらっしゃいますの」


「いないです」


「——」


「誰得な、魔法ですよね」


 二人で、——軽く、笑った。


 ……先生が、——わざと可愛らしい話を、——選んでくれている。

 ……いえ、観察、止めて、私。


「——でも、原理としては、これが、置換魔法です」


「——」


「物と物は、魔法を使わなくても交換できますが、——」


 サントーニは、——少し、声を、整えた。


「もっと、——魔法にしか、交換できないものがあります」


「——例えば?」



「——まずは、美容ですね」


「美容」


「ご年配の貴婦人方が、——よく、お使いに、なります」


「まあ」


「シミを、——肌の見えない場所に、移したり、——」


「ほう」


「白髪を、目立たないところに、まとめたり」


「それは、便利ですわね」


「らしいです、——僕は、やったこと、ないんですけど」


 サントーニは、——軽く、頭を、掻いた。


 ……あら。

 ……先生らしい、言葉。

 ……「やったことない」、——という、——距離感。


「で、——美容より、もう少し、踏み込んだ、置換も、ありまして」


「ほう」


「目が悪くなった、老学者が、——若い人と、視力を、——交換します」


「視力を?」


「老学者は、——よく、見えるように、なります」


「ええ」


「若い人の方は、——その分、目が、悪くなります」


「——」


 律子の、——指先が、——少しだけ、——固まった。


 ……あら。

 ……若い方の、——目が、——悪くなる。

 ……貸し借りでは、——ない。


「——元には、戻らないのですか」


「あ、——理屈の上では、もう一度、置換魔法を、かければ、戻ります」


「それなら安心ですね」


「——でも、それ、もう一回、ものすごい契約書と、ものすごい手間が、要るので」


「——」


「実際には、——ほとんど、戻されません」


「ほとんど」


「——置換は、基本、行ったきり、です」


「行ったきり」


「はい」


 ……行ったきり。

 ……一方通行。


「——若い方は、——どうして、そんな交換を引き受けに、なりますの」


「お金です」


「お金」


「目を、売ると、——まとまったお金が、入ります」


「……」


「貧しい方が、——売ります」


 ……前世の、——臓器売買の、ロジック。

 ……「同意」は、ある。

 ……でも、——「他に選択肢がない人の、同意」。

 ……それは、——「自由意志」、と、——呼んで、——いいのか。



「——目だけ、ですか」


「いえ、——色々、あるみたいです」


 サントーニは、軽く、頭を、掻いた。


「声を、売る方も、いますし」


「声」


 ……声。


 律子の、——記憶が、——遡った。


 ……八歳の、——ある春の、音楽鑑賞会。

 ……どこにでもいる貴婦人の顔。

 ……でも、——歌うと、——天使のような声。

 ……お母さまは、——拍手を、——なさっていた。

 ……でも、——お母さまの、——目の色が、——違っていた。


『でもね——この歌を失った人が、いるかもしれないのよ』


 ……お母さま。

 ……あの時、——お母さまは、既に、気づいていらした。

 ……あのご婦人の美しい声は、——どこかで、歌うことを、お止めになった方の、お声。

 ……お母さまは、——八歳の私に、——「美しさの、後ろ側」を、——お教えくださった。

 ……お母さまは、——もう、——あの時から、——闘って、いらした。


 律子は、指の震えが伝わらないように、——茶器を握る指の力を、意識的に、緩めた。

 表情は、——変えなかった。


「——お続け、ください、サントーニ先生」


「はい。——歌うのが得意な料理人が、仕事と関係の無い美声を、売る、——とか」


「……」


 ……料理に美声は必要ないかも知れない。

 ……でも、料理人が家に戻れば、家族は、その歌を楽しみにしていたかも。

 ……それを失うことは、個性を失うということではないのか。


「あとは、——内臓の強さ、とか、——手先の器用さ、とか、——」


「身体の、機能、そのものですね」


「ええ」


「——買う方は、上流の方ですね」


 ……上流の方。

 ……あの音楽鑑賞会に集っていた、——皆様。

 ……あのご婦人の声を、——お楽しみになっていた人々。


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