表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
30/64

第30話 侯爵令嬢、等価交換を学ぶ

 

 ある日の午後。


 今日はサントーニ先生の魔法の授業。

 

 律子は、——自室の、窓辺の小さな机で、——目録を、見直していた。

 

 今日の授業で、——聞きたい項目。

 

 ——キアラが私を忘れてしまった話。

 ——白ニンジンの、物的証拠。

 ——「代償は、自分に返る」、——の中身。


 律子は、——羽根ペンの先で、項目を、軽く、叩いていた。


 ……そろそろ、——先生が来る時間。

 ……茶器の、支度が、——進んでいるはず。


 その時。


 通りの方から、——蹄の音が、——聞こえてきた。


 ……馬?


 律子は、——羽根ペンを、置いた。


 ……お父さまの、お客様かな?。

 ……いえ、——お父さまは、役所に行っているはず。

 ……どなたの、馬?


 律子は、——立ち上がった。

 

 窓辺に、——歩いた。

 

 窓ガラスの、——少し上から、——屋敷の前の通りを、見下ろした。


 栗色の馬が疾走している。

 

 それが、屋敷の前の、——石畳の上で、止まった。

 

 鞍の上に、——若い男性。

 

 乗馬服姿。深い、焦げ茶色の、ツイードの上着。淡いベージュの、ブリーチ。栗色の革の、ロングブーツ。


 ……あら。

 ……どなた、——かしら。

 ……若い、——貴族の方?

 ……いえ、——貴族の方なら、——馬車でやって来る。

 ……馬で、——一人で、——お見えに、なる方は、——


 その時、——鞍の上の若い男性が、——軽く、身体を、傾けた。


 ひらり、と、——馬から、降りた。


 栗色の革の、——ロングブーツの足が、——石畳に、——軽く、着いた。

 

 身体の、一切の力みが、なかった。

 

 馬を、労うように、軽く、首筋を撫でる。

 

 ロドリゴが、——馬の手綱を、受け取った。


 ……あら。慣れている。

 ……子供の頃から、——お乗りになっているのね、たぶん。


 その男が、——顔を、上げた。


 栗色の髪。

 

 銀縁の眼鏡。

 

 緑の瞳。


 ……あ。

 ……あら、あら、あら、あら。

 ……サントーニ先生。


 緑の瞳が、——屋敷の二階の方を、一瞬、見上げた。


 律子は、——少し遅れて、窓から、身を、引いた。


 ……見つかった、——かも。

 ……いえ、——たぶん、——見えなかった。

 ……屋敷の二階を、軽く見上げただけ。


 律子は、窓辺で、一度、深呼吸を、した。


 ……いえ。

 ……先生の、——乗馬服姿を二階から覗いていたのは、

 ……完全に、——私。

 ……見つかっていたとしても、——私の責任。

 ……いえ、——責任、——では、ないけれど、——

 ……ちょっと、恥ずかしい。


 律子は、——軽く、頬に、手を、当てた。

 頬が、——少しだけ、——温かかった。


 ……あら。

 ……頬が、——温かい。

 ……私、動揺している。


 律子は、——軽く、首を、振った。


 ……お授業、——お授業。

 ……先生は、——授業のために来たのだ。

 ……プリュは、——先生の、——生徒。

 ……生徒の、——役目に、——戻りましょう。


 律子は、——背筋を、伸ばした。

 

 プルデンティアの令嬢の所作が、——戻った。

 

 しかし、——頬の温かさは、——なかなか、——消えなかった。



 マルチェッラが、——扉を、——軽く、叩いた。


「お嬢様、——サントーニ先生がお見えで、ございます」


「ええ、——お通し、申し上げて」


「畏まりました」


 律子は、——立ち上がった。


 階段を、——降り始めた。


 ……先生の、乗馬服、——お似合いですわね。

 ……いえ、——「お似合い」、——では、——いけないわ、私。

 ……お、お、お、お授業ですから、私。



 南向きの、勉強の間。


 書架の背表紙が、午後の光に、橙色に、染まり始めていた。


 扉が、——開いた。


「お嬢様、——失礼します」


「サントーニ先生、——お運び、ありがとうございます」


「すいません、お忙しいところ」


「いえ、——こちらこそ」


 サントーニが、——軽く、頭を、下げた。

 近くで見ると、——乗馬服は、——少しだけ、埃を、纏っていた。栗色の髪が、——わずかに、乱れていた。額に、軽く、汗。頬が、少しだけ、上気していた。


「すいません、——馬で、来たもので」


 サントーニは、——軽く、頭を、掻いた。


「馬車を呼ぶより、——早いんですよ」


「乗馬がお好きなのですか」


「子供の頃から、——よく乗ってまして」


「やはり、そうですか」


「実家が、田舎なので」


「——お田舎?」


「あんまり、——貴族の方々の、世界の話じゃ、ないんですけど」


 サントーニは、——軽く、頭を、掻いた。


 ……先生の実家の話は、——初めてかな。

 ……田舎の、——お家の方。

 ……でも、——古典と、魔法と、法律の素養がある。

 ……地方のお医者さんとか、——地主の家の、息子さん、みたいな。

 ……一族の中で、頭が回る方。

 ……いえ、——観察、——止めて、私。


 ◇


 お茶が、——運ばれた。

 

 マルチェッラが下がり、扉が、閉まった。

 

 二人で、——お茶を、一口、飲んだ。

 

 律子は、——茶器を、置いた。


  頬の温かさは、——まだ、少しだけ、——残っていた。


「サントーニ先生」


「はい」


「あの、——授業の前に、——お伺いしたいことが、——ございますの」


「あ、——なんですか」


 サントーニが、——お茶器を、——置いた。


「先週、——学院で、——」


「ええ」


「友達と、お弁当を、——いただいておりまして」


「お弁当」


「——お遊びで、影に、お花の形を、——お願いしたのです」


「あー、——」


 サントーニは、——軽く、頷いた。


「それで、どうなりました?」


「少し離れたところで、影がクッキーの形で、——ふわふわと浮かびました」


「クッキー」


「ええ。——お茶うけの、——」


 サントーニが、——口元を、押さえた。


「——お嬢様、——本当に、お腹がお空きなんですよね、——魔法を、お使いになる時」


「ええ、まぁ、——お弁当の前ですから」


 二人で、——軽く、笑った。


 ……あら。

 ……笑顔。

 ……いえ、続けて、私。


「それは良いとして、——今、影が浮かんだとおっしゃいました?」


 律子は、はっとした。


「そういえば、影が足元から離れていました」


 サントーニが顎を掴んで考え込んだ。


「——影の分離、ですか。魔法が進歩していますね。それで、その後、どうなりました?」


 律子は、——軽く、息を、整えた。


「お友達が、——一瞬、——私を、お忘れに、なりました」


「……」


 サントーニの、——表情が、変わった。


 眼鏡の奥の、緑の目が、——少しだけ、真剣になった。


「お忘れに、——」


「ええ。——お向かいに、座って、お弁当を、——半分こ、——していたのに、」


「ええ」


「急に、——『なんで、一人で、食べているのかしら』、と、」


「……」


「一分間ほど、——私の方を見ても、見えないという、顔で」


「……」


「それから、——ふと、——私を、——見つけました」


「——ええ」


 サントーニは、——軽く、頭を、掻いた。

 

 しかし、いつもの気さくな掻き方では、——なかった。


「お嬢様」


「はい」


「——それ、たぶん、お嬢様の魔法の代償です」


「——やはり」


「気づいてらしたんですか」


「サントーニ先生がおっしゃった、——『代償は、自分に返る』、——という言葉が、頭に、ございましたので」


「——なるほど」


 サントーニは、——少し、感心したように、——頷いた。


「——お嬢様、——よく、思いつきましたね」


「いえ、——先生の言葉を、——憶えていただけで、——」


「いやいや、——なかなか自分の身に起きたことと授業を、結びつけられないものですよ」


「——お恥ずかしゅう、ございます」


 ……あら。

 ……お褒めに、なった。

 ……いえ、——お授業。



「で、——お嬢様」


「はい」


「僕の方からも、——少し、ご説明、しますね」


「お願い、申し上げます」


「魔法の、——大原則の、お話なんですけど」


「ええ」


「全ての魔法は、——対価を、要するんです」


 律子は、——軽く、——背筋を、伸ばした。


 ……対価。

 ……前世なら、——コストと言うか。

 ……「ただより高いものはない」、——の魔法版。


「これを、——等価交換と、申します」


「等価交換」


「魔法で、何かを起こすと、——必ず、——どこかから、——その分の代わりを求めます」


「ええ」


「お嬢様の影魔法も、——僕の写しの魔法も、——この原則の、——中にあります」


「先生も」


「ええ、僕も」


 サントーニは、——軽く、苦笑した。


「——一日中、写しをやると、——夕方には、目や耳の力が落ちて、じっとしているしかなくなります」


「目が見えなくなる?」


「目の前がぼんやり、音もぼんやりして、良く分からないみたいな」


「——」


「まぁ、しばらくすれば、元にもどるんですけど」


 ……サントーニ先生も。

 ……写しの魔法の後に、——代償がある。

 ……薬にも、副作用がある。

 ……身体に効くものは、——必ず、身体に、何かを、する。

 ……魔法も、——同じ。


「で、——お嬢様の場合は、——僕より、深そうですね」


「深い?」


「お友達が、——一分間、お忘れに、なった、——ということは、——たぶん、——」


 サントーニは、——少し、考えた。


「——お嬢様が、——影を一分間、分離させると、——一分間、——誰かに忘れられるのかも、しれません」


「一分間の分離で、——一分間忘れられる」


「影の形を変えるだけなら大丈夫だった、でも分離すると忘れられる。——この先、もっと高度なことをすると、——忘れられる時間が長くなるのかも」


「もっとですか?」


「——だから、軽い気持ちで、毎日使うと、——」


「——気がついたら、——一週間、——忘れられている?」


「そうです」


 律子は、——軽く、頷いた。


 ……難易度に、——よる。

 ……弁護士なら、——内容証明だけで済むか、訴訟になるか。

 ……案件の難易度によって、——報酬が変わる。

 ……魔法の代償も、——同じ。

 ……記録、——しなくちゃ。



 律子は、——少しだけ間を置いた。

 もう一つ、——お聞きしたいことがある。


「サントーニ先生」


「はい」


「——お友達が、——私を、思い出した、きっかけが、ございますの」


「ほう」


「——私の、お弁当箱から、——白ニンジンと、ビスコッティを、——お分けしておりまして」


「ええ」


「お友達の、お弁当箱に、——それが、——残っておりました」


「ええ」


「彼女は、『うちの料理人は、こんなものは、作らない』、と」


「——あー」


「——その違和感から、——私を、——思い出したのです」


 サントーニは、——少し、目を、見開いた。


 それから、——ゆっくりと、頷いた。


「お嬢様」


「はい」


「——それ、すごい観察ですね」


「えっ」


「魔法の代償として、お嬢様は人から見えなくなる。——でも、お嬢様の残した物は消えない」


「物は、——」


「物に、痕跡が残ると、人の記憶が、補完されることがあります」


「補完」


「——なんていうか、——『これは、誰のだろう』、——という違和感が、——魔法の効果を、——突破する、——みたいな」


「お友達に、——『次は、目印に白ニンジンを、置いていって』、と言われました」


「——あ、——もう、おっしゃってますか」


「——ええ」


 サントーニは、軽く、笑った。


 ……先生、——

 ……弁護士の十五年間、——「物的証拠は、強い」、——と、——言い続けてきた、私。

 ……魔法の世界でも、——同じだった。

 ……少し、嬉しい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ