第28話 侯爵令嬢の、事情聴取
翌朝。
律子は、目を、開けた。
初夏の光が、——昨日より、もう少し、強く、窓辺に、伸びていた。
寝台の脇に、——影が、立っていた。
……おはよう。
◇
律子は、——机の上の、——四通の封筒に、——目を、——やった。
……これの発送は、ロドリゴに、お願いしよう。
廊下の方から、声が、聞こえた。
「——シーツの取り替えは、午後で。お庭の方は、薔薇の他に、お花の手入れも」
「畏まりました」
「ペッピーノに、届いたお魚を確認いただいて」
「はい」
マルチェッラの、——指示の声。
その後、——扉が、軽く、叩かれた。
「お嬢様、——失礼、いたします」
「ええ、——どうぞ」
マルチェッラが、——制服を、抱えて、入ってきた。
「お早うございます、お嬢様」
「お早う、——マルチェッラ」
マルチェッラは、制服を、寝台に、広げると、手早く、着替えを、手伝った。
◇
律子は、——鏡台の前に、座った。
マルチェッラが、——プラチナブロンドを、——三つに分けた。
……今ね。
「マルチェッラ」
「はい、お嬢様」
「お母さまの、お話を、——少し、——お聞きしても、よろしいかしら」
マルチェッラの手が、——一瞬、止まった。
それから、——また、動きだした。
「——はい、お嬢様」
「数ヶ月前から、——お母さまに、お変わりは、なかったかしら」
マルチェッラは、——三つ編みを、——続けながら、——少し、考えた。
「そうですわね。奥様は、——いつものお優しさは、お変わりなかったのですが、——」
「ええ」
「そのくらいから、——お一人で、——お考えになるお時間が、増えていらした、——ように、思います」
律子の中で、——三つ目が、——立った。
「夜中に、お部屋の灯りが、——お遅くまで、お消えになりませんでした」
マルチェッラの声は、——淡々としていた。日常の所作の中で、——日常の温度で、——日常の事実を、語った。
「——朝、お机に、お向かいに、なったままで、——お眠りに、なって、いらっしゃることが、——ございました」
「あら」
「——お疲れに、お見えで、ございました。でも、——奥様は、——お気遣いの方なので、——そんなご様子は、お見せに、なりませんでしたが」
律子は、——鏡越しに、——マルチェッラの顔を、——見た。
……マルチェッラは、——お屋敷の、——一番、お母さまの近くにいた方。
「マルチェッラ」
「はい、お嬢様」
「お話、——ありがとう」
「——お役に立ちましたら、——幸いで、ございます、お嬢様」
マルチェッラは、——三つ編みを、——完成させた。
胸の前に、垂らした。
「お嬢様、——お台所の方へ、参ります、——失礼いたします」
「ええ、——どうぞ」
マルチェッラは、——一礼して、——足早に、退出した。
律子は、——鏡台の前に、——まだ、座っていた。
……三点。
……お手紙の偽名化。
……ロドリゴへの、お部屋の指示。
……お母さまの、夜更かしと、一人で考える時間。
……三点とも、——同じ時期。
……お母さまは、——数ヶ月前に、——何かを、お察知になった。
◇
屋敷の入口には、ロドリゴが、馬車を用意していた。
「お嬢様」
「おはよう、——ロドリゴ」
律子は、——馬車に、乗り込んだ。
馬車が、——動き出した。
◇
しばらく、——王都の石畳の上を、進んだ。
律子は、——窓の外を、——見ていた。
……今。
「ロドリゴ」
律子の声が、——御者台に、届いた。
「はい、お嬢様」
「お明日、——お時間を、——いただけないかしら」
ロドリゴの、——返事は、——わずかに、遅れた。
「——畏まりました、お嬢様」
「お母さまの、お話を、——お聞きしたいの」
「——畏まりました」
ロドリゴは、——それ以上、——聞かなかった。
手綱を、握る手は、——ゆっくりと、動いた。
律子は、——窓の外を、——見ていた。
馬の蹄が、——石畳に、響いていた。
律子は、——もう一度、——窓の外に、——目を、——やった。
朝の王都の、——通り。
露店が、開き始めている。果物を、お並べに、なる、——お店の方。お肉屋の、お店の前で、——お客様と、お話、——なさっている、——お店主。
◇
馬車が、——学院の白い正門に、——着いた。
ロドリゴが、——扉を、——開けた。
「お嬢様」
「ありがとう、——ロドリゴ」
律子は、——馬車を、降りた。
正門の前。
他家の馬車から、——令嬢たちが、降りてくる。
栗色の巻き毛が、——揺れた。
「——プルー!」
キアラ。
その横に、——ローザの背の高い姿。マチルダの桃色の頬。
「お早う、——プルー!」
「お早う、——キアラ」
「白ニンジン、——お持ちに、なった?」
「——持って、——来たわよ」
「えらい!」
キアラが、——手を、振った。律子も、——軽く、手を、振り返した。
律子は、——背筋を、伸ばして、——廊下に、——足を、踏み入れた。
……土曜の、——一日。
……明日に向けて、——
……今日は、授業を、——お聞きする日。




