第27話 侯爵令嬢、手紙を書く
夜。
律子の部屋。
夕食を、——お粥で軽く済ませた。父との会話も、——短かった。
着替えを、——マルチェッラ手が空いた隙に、——手伝ってもらった。それが終ると、マルチェッラは、——若いメイドに、——お夜の段取りを、伝えに、走っていった。
律子は、——机の前に、座った。
ランプの灯りが、——文箱を、——照らした。
……今夜は、全体を、——一度、——並べてみたい。
……前世の家事弁護士の癖。
……案件は、——全部、机に並べて、——一度に見渡す。
……個別では見えないものが、——並べると、見えてくる。
◇
律子は、——文箱の蓋を、——開けた。
三十数通の手紙。律子は、——喪中に、——何度も、開けては、閉じた。一通ずつ、——ばらばらに、読んできた。
しかし、——全体を、机に並べて、見渡したことは、——なかった。
律子は、——手紙を、——全部、——机の上に、広げた。
差出人の名前は、——様々。日付も、——様々。
……まず、日付順に、並べましょう。
律子は、——手紙を、——日付順に、——並べ替えた。
……あら。
……古いものから、新しいものまで、——三年以上。
……三年以上、——お母さまは、——この方々との連絡をお続けていた。
◇
律子は、——次に、——差出人の名前で、——手紙を、——束に、——分けた。
マリア。——複数通。
ジョヴァンナ。——複数通。
テレーザ。——複数通。
ルクレツィア。——少数。
それ以外、——複数の名前。
◇
律子は、——マリアの束を、——一通ずつ、——目で、追った。
……「マッテオは、元気で、働いております」
……「カルロは、仕事を、しております」
……「アンナは、結婚しました」
……マリアは、——一人ずつの、——現状を、——書いている。
……現地の、——情報提供者。
……家事事件で言えば、——案件の現場担当者か。
……マリア型、——と、——分類しよう。
律子は、——ジョヴァンナの束を、——開いた。
……「皆、それぞれ、過ごしております」
……「先日、お話、申し上げた、件、——変わらず、続けております」
……「お変わりなく、お元気で、いらっしゃいますか」
……マリアと、温度が、全く違う。
……具体名が、——出ない。
……でも、文体は、——知性的で、——丁寧だ。
……お母さまと、同じ階層の方。
……お母さまへの、——「同志」としての、——お手紙。
……ジョヴァンナ型。
律子は、——テレーザの束を、——開いた。
……「お返事、——遅くなりまして、ございます」
……「お話、——お聞かせいただきました件、——お心に、——お留めて、——おります」
……「神のお導きの中で、——お続けに、——なられますように」
……敬虔な、お言葉。
……「お留めて、おります」、——だけれど、——「お動きに、なっている」、とは、書かない。
……敬虔さの、——壁の向こうから、——書かれた、お手紙。
……教会派の、お方かしら。
……テレーザ型。
律子は、——ルクレツィアの束を、——開いた。
……一行か、二行。
……「畏まりました」
……「お力を、お貸し申し上げます」
……「ご無事を、お祈り、申し上げます」
……最も、警戒している方。
……お言葉を、——最低限しか、——お書きにならない。
……ルクレツィア型。
◇
律子は、——四つの束を、——机の上に、——並べた。
……四つの類型。
……お母さまの、——お知り合いは、——少なくとも、四つの分野に、——分かれている。
……家事事件で、——同じことを、——何度も、——してきた。
……依頼者の温度に応じて、——書面の、運びを変える。
◇
律子は、——マリアの束だけを、——日付順に、——並べ直した。
……一年に、三、四通の、ペース。
……マッテオ、カルロ、アンナ、——一人ずつの、——具体的な近況報告。
……それが、——
……
律子は、——マリアの直近の手紙の上で、——指を、止めた。
……あら。
……マリアの、——最新の手紙は、——数ヶ月前。
……その後、——マリアの、——手紙が、ない。
律子は、——他の差出人の束の中を、——調べた。
……ない。
……でも、——別の方からの、お手紙が、ある。
……「アガタ」。
……知らない、名前。
……でも、——
律子は、——アガタのお手紙を、——開いた。
……「お初に、お便り、申し上げます」
……「薬種店の、お若い方は、お元気で」
……「お肉屋さんの、お若い方も、——お仕事を、——お続けに、なって、おられます」
律子の、——指先が、——止まった。
……薬種店の、お若い方。
……マッテオの、お話。
……お肉屋さんの、お若い方は、——カルロ。
……名前は、——書かれていない。
……でも、——同じ子供の話、——なのは、明らか。
律子は、——アガタの筆跡を、——マリアの筆跡と、——並べた。
……同じ筆跡。
……句読点の、——打ち方の癖。
……文末の、——改行の癖。
……同じ筆跡だ。
……マリアは、——数ヶ月前から、——「アガタ」、——という、——偽名で——手紙を出している。
◇
律子は、——ジョヴァンナの束を、——日付順に、——並べ直した。
……ジョヴァンナも、——数ヶ月前で、——止まっている。
……その後は、
……「ヴィットリア」。
律子は、——ヴィットリアの手紙を、——開いた。
……「皆、それぞれ、お変わりなく、——お過ごしで、——ございます」
……同じ、ジョヴァンナの、——文体。
……同じ筆跡。
……ジョヴァンナも、——「ヴィットリア」、——に。
律子は、——テレーザを、——調べた。
テレーザも、——「カミラ」、——という、——名前に。
文体、——テレーザの、——敬虔な、——筆致。
……三人、——同時期。
……数ヶ月前から、——名前を、変えている
……筆跡は、——変わっていない。
……話の続きを、——別の名前で、——書いている。
◇
律子は、——ルクレツィアを、——調べた。
……ルクレツィアの、——直近のお手紙は、——数ヶ月前。
……「ご無事を、——お祈り、——申し上げます」
……それから、——
……何もない。
律子は、——他の差出人の束を、——もう一度、——確認した。
ルクレツィアの筆跡で、——別の名前の手紙は無い。
……ルクレツィアは、——手紙を送るのをやめた。
◇
律子は、——少し、——考え込んだ。
……三人は、——名前を、変えて、——返事を続けた。
……一人は、——やめた。
……これは、——
……それぞれの判断、——ではない、——でしょう。
……四人が、——同じ時期に、——同じように、——変わったのは、——
……誰かが、——指示したから。
……お母さま。
律子は、——余白に、——書き込みがあるのを、——見つけた。
アガタの手紙の余白に、——お母さまの細かい字。
……「M」、マリアの、——イニシャル。
……お母さまは、——「アガタ」が、——マリアだと、——分かっている。
律子は、——ヴィットリアの手紙の余白を、——見た。
「G」。
カミラの手紙の余白を、——見た。
「T」。
……お母さまは、——三人の偽名を、——把握している。
……つまり、——
……お母さまが、——三人に、——「偽名を使ってくれ」、——と、——頼んだ
律子は、——目を、——閉じた。
……数ヶ月前。
……お母さまは、——皆さまに、——警戒を促した。
……ご自分の身に、——危険が及ぶ可能性を察して。
……皆さまの、安全を守るため、——
……偽名を、使うことを頼んだ。
……お母さまらしい。
……自分の身が、——危うくなっても、——
……皆さまを、——巻き込まないように、——手を打つ。
……弁護士で言えば、——証人保護の、基本形。
……ルクレツィアは、——偽名を使う、——のではなく、——
……身を引く、——という、判断。
……それも、——一つの、——選択でしょう。
◇
律子は、——目を、開けた。
……「数ヶ月前」。
何かが引っかかった。
律子の頭の中で、——ロドリゴの声が、——蘇った。
「『私がいなくなったら、——プリュに、好きに、使わせてあげて』、と」
「それを聞いたのは何時?」
「数ヶ月前で、ございましょうか」
……ロドリゴ。
……あの晩。
……お母さまが、——自分がいなくなった時のことを語ったのも、——数ヶ月前。
……手紙の方々へ、——偽名を使うように指示したのも、——数ヶ月前。
……同じ時期。
……家事事件なら、——二点が繋がって、仮説が立つ、というところ。
……お母さまは、——数ヶ月前に、——何かを、——察知された。
……ご自分の身に、——危険が、お及ぶ可能性。
……数ヶ月前、——お屋敷で、——何かが、——あった。
◇
律子は、——心の中で、——目録に、書き込んだ。
……明日の朝、——マルチェッラに、——お聞きしましょう。
……お母さまに、お変わりが、なかったか。
……三点目の、——証言を、——取りに行く。
……三点が、——揃ったら、——
……今夜は、——ここまで。
律子は、——軽く、息を、吐いた。
◇
……でも、——もう一つ、——今夜のうちに、——進めるべきこと。
律子は、——文箱の蓋に、——指先を、——置いた。
……四人へのお手紙。
……お母さまの、仕事の続きを、始めなければ、ならない。
律子は、——便箋を、——引き出しから、——取り出した。お母さまの好きだった、——青いインクの瓶。お母さまの、書きやすい羽根ペン。
……宛先は、——本名。
……偽名で、送っても、——届かない。
……それで、——返事が、偽名で返ってくる。
……お母さまの、方式を踏襲する。
◇
律子は、——マリア宛から、——書き始めた。
『マリア様
始めまして。
コルネリア・セヴェリーニの娘、——プルデンティアで、ございます。
お母さまが、——お亡くなりに、なりました。三週間前で、ございます。
お母さまの、——形見の中に、——マリア様のお手紙が、——複数、ございました。マッテオのこと、カルロのこと、アンナのこと、——お母さまへの、——大切なご報告を、——拝見、いたしました。
お母さまの、——お仕事を私が引き継ぎたいと、——お便り、申し上げます。
私は、まだ十三歳でございます。お母さまほどの、力はございません。
でも、——いつか、必ず、——お母さまのお仕事を、私が完成させます。
お返事は、——何時でも、結構です。私にお便りを、——いただけましたら、——幸いで、ございます。
お返事は、——プルデンティア・セヴェリーニ宛、で、——お願い申し上げます。
どんなお名前であっても見つけます。
お母さまに、代わり、——ご挨拶、——申し上げます。
プルデンティア・セヴェリーニ』
◇
律子は、——書き終えた、——お手紙を、——一度、——読み返した。
頷くと、次に、ジョヴァンナへ、テレーザへ、ルクレツィアへ。それぞれの相手に合わせた手紙を書き続けた。
最期に、——四通の、——手紙を、——机の上に、——並べた。
封筒に、——宛名を、書いた。差出人の住所は、——以前の手紙から拾った。封蝋を、——温めて、——お母さまの印を、——押した。
……四通。
……お母さまの、事業継承の——第一歩。
律子の、——指先が、——四通の封筒の上で、——少し、——止まった。
……お母さまは、——お一人で、——これを、——抱えていらした。
……今度は、——プリュが、——引き継ぎます。
……家事弁護士の、——十五年の経験を、——お母さまの仕事に注ぎます。
律子は、——四通の封筒を、——文箱の上に、——置いた。
◇
律子は、——机の上の、——目録を、——取り出した。
「文箱の差出人へ、お手紙」、——印を、——付けた。
その下に、——新しい項目を、——書き加えた。
「お母さまの変化、——数ヶ月前から。返信に偽名化を指示」
「マルチェッラに、事情聴取」
「ロドリゴに、事情聴取」
律子は、——羽根ペンを、——置いた。
……今夜の、お仕事は、——ここまで。
◇
律子は、——立ち上がった。
寝衣に、——着替えた。寝台の縁に、座って、——足元を、見た。
影が、——立っていた。もう、うずくまっては、——いなかった。
……あなた、——今日も、——一日、——一緒に、——いてくださって、——ありがとう。
……お昼の、クッキー、——お礼を、——お言いするのが、——遅くなったわ。
……お花を、頼んだのに、——シリアル。
……でも、——クッキーでも、——いいの。
……あなたが、——動いて、なって、——
……キアラに、——見せられた。
……それが、——嬉しかった。
影は、——静かに、——立っていた。
律子は、——ランプに、手を、伸ばした。
……お母さま、——おやすみなさい。
……明日も、——続きを、——いたします。
ランプの灯りを、——消した。
毛布の中で、——目を、閉じた。
窓の外で、——夜風が、——白い薔薇を、——揺らしていた。




