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第104話 悪役令嬢、三大ファームを知る

 

 それから、数日をかけて、律子は、紙の上の、仕事に、取りかかった。


 見られているなら、見返して差し上げる。ただし、こちらの流儀で。——接触は、しない。買えるもの、読めるもの、数えられるものだけ。


 最初の材料は、手元に、あった。九冊の、判例集である。


 律子は、判決前に消えた十七件の記録を、机に、並べた。開くのは、本文では、ない。——代理人の欄である。あの、魔法使いと、法律家と、商会代理人を、一社に、揃えた、——大手ファーム。


 和解調書にも、取下げの書面にも、仲裁の付託書にも、代理人の名前は、載る。載せずには、手続きが、進まないからだ。


 書き出して、数えて、——律子は、ペンを、置いた。


 「十七件。争いには、両側が、ある。代理人の欄は、両側で、三十四。——うち、二十六が、三つの名前で、埋まる」


 「オブシディアン・スケール(黒曜の天秤):十二件に、登場」


 「フォリオ・アンド・スレッド(書冊と綴り糸):八件」


 「オニキス・インクウェル(黒瑪瑙のインク壺):六件。(共同受任、二件を含む)」


 ……三つとも、エアル語の看板ね。

 ……金融の先進国の言葉は、箔が付く。この世界でも同じね。

 ……寿命を扱う商売が、銀行の国の言葉で、名刺を刷る。——趣味の良さだけは、認めるわ。

 ……年代の層。古い層は、天秤の、一人舞台。書冊と糸、インク壺は、その後から、現れる。

 ……元祖が、いて。育った市場に、後から、二人が参入した。——産業の、成長史だわ、これ。

 ……そして、ここからが、本題。

 ……十七件のうち、五件で、——原告の側にも、被告の側にも、三つの名前が、立っている。

 ……天秤対、インク壺。書冊と糸対、天秤。争う両側を、同じ穴の三軒が、受けている。

 ……それで、その五件が、五件とも、判決の手前で、消えてしまう。

 ……八百長は、片側だけでは、できない。——両側の代理人が、要るのよ。

 ……疑い、と書くのよ、律子。両側受任自体は、違法じゃない。偶然の同席も、ある。

 ……ただ、五件、全部が取り下げられたなると、——偶然の顔を、していないわね。


 それから、律子は、九冊目を、引き寄せた。裁定第三十九年度、第六号。理由を三葉、切り取られた、あの裁定。


 代理人の欄は、——残っている。主文の頁に、あるからだ。


 ……無効とされた側、つまり、負けた側の、代理人。

 ……「天秤、オブシディアン・スケール」。

 ……。

 ……一番古い名前が、切られた頁にも、いた。

 ……負けた側の名前が、天秤。そして、その判決の、理由だけが、消えている。

 ……偶然の上限を、超えたわね、これは。

 ……そして、読めてくる、数十年の、手口の変わり方が。

 ……昔の天秤は、——負けていた。負けるから、判決の理由を、切った。

 ……今の三軒は、両側を、受ける。負けないように、訴訟の形の方を、先に、作るの。

 ……記録を消す手口から、手続きを作る手口へ。——進化、ね。

 ……ときに、切られたのは、閲覧用の合本よ。——裁定所の正本には、理由は、残っているはず。

 ……閲覧の資格が、私に、まだ、ないだけ。

 ……扉が、また一枚、増えたわね。文書館、市場、帳簿の裏、——それから、正本。

 ……いいわ。開かない扉の目録も、財産のうちよ。

 ……証拠には、まだ、遠いわ。でも、——地図に、色が、ついた。


 ◇


 次の材料は、買うことにした。


 評議会の公報。それから、街で一番の一流紙、《グランド・メリディアン》。定期の購読を、申し込んだ。


 公報は、役に立った。委員会の構成。人事の告示。在任の年数。判例地図の、人事版が、少しずつ、引けていく。


 一流紙と言われるメリディアンは、——立派だった。立派で、そして、鈍かった。


 ……紙は、上等。活字は、綺麗。論説は、格調高くて、——中身が、ないわ。

 ……大商会の慶事と、夜会と、寄進の記事は、大きいの。訴訟の記事は、形容詞ばかり。日付も、金額も、名前も、入っていない。

 ……そうよね。広告と、公示の掲載料で、食べている紙ですもの。広告主と、お役所の悪口は、書けないの。

 ……紙にも、依頼人が、いるのよね。


 その仮説を、裏返してくれたのは、——ジーナだった。


 休みの日の午後、居間の隅で、ジーナが、何かを、熱心に、読んでいた。ざらついた紙の、けばけばしい見出しの、薄い新聞である。


「……何を、読んでいるの」


「ひゃっ。も、申し訳ありません、お嬢様。その、《ラ・ファヴィッラ》っていう、下世話な紙で……従者の食堂で、みんな、回し読みしてて……返します、いま」


「いいから、続けて。——ちょっと、貸してくれる? 読み終わった頁だけ」


 律子は、めくった。伯爵家の醜聞。街外れの幽霊。踊り子の恋。下世話だった。実に、下世話だった。


 そして、四頁目で、——手が、止まった。


 西港の、ある商会の、急な店じまいについての、記事だった。文体は、他の頁と同じく、品がない。ないのだが。


 ……日付が、入っている。金額が、入っている。船の名前まで、入っている。

 ……メリディアンの、同じ話題の記事には、形容詞しか、なかったのに。


 記事の結びの一行に、目が、吸い付いた。


 「なお、この商会をめぐる訴えは、判決の、三日前に、和解した。三日前、である。当欄は、算術に、弱いが、日付の引き算だけは、できる」


 ……。

 ……この書き手、——気づいているわ。

 ……判決の手前で、消える型に。私と、同じものを、別の窓から、見ている。


 署名は、なかった。欄の名前だけが、あった。——梟。


「ジーナ。この新聞、毎号、買ってきてちょうだい。——二部」


「に、二部ですか」


「一部は、あなたの分よ。回し読みを、待たなくて、いいように」


「! ありがとうございます!」


 ◇


 数日後の、夕方の報告で、ジーナは、少し、言いにくそうに、切り出した。


「あの……お耳に入れておいた方が、いいお噂が、一つ。この間の、ティモくんの調停の件なんですけど」


「あら。何て、言われているの」


「『怪談の令嬢、今度は、奨学生の稼ぎを、値切る』——って」


 ……ふふ。

 ……見出しに、なったわね。文脈を、全部、剥がして。

 ……減額が法の道理だったことも、私の突っ込みが写しの正確の証明を引き出したことも、——運ばれないの。見出しは、軽いものしか、運べないから。


「進捗、マイナス、更新ね」


「で、でも! ティモくんとクララ様が、寮で、本当のことを、説明して回ってるんです。『あの減額は、正しかった』『挟み紙を、読まなかった方が、悪い』って。ティモくん、割り引かれた本人なのに」


 ……あら。

 ……悔しがってくれる人の名簿が、また、増えたわ。ジーナ、クララさん、——ティモさん。

 ……割り引かれた本人が、割り引いた弁護士の、弁護をして回っている。

 ……変な学園ね、ここ。……悪くないけど。


「それとですね、お嬢様。あの、ご報告が、もう一つ。……わたし、その、食堂で、人気者に、なってしまって」


「あら、何で」


「ファヴィッラの、朗読で」


 ジーナは、頬を染めて、白状した。曰く——最初は、自分が面白くて、読んでいた。食堂で話したら、大受けした。ところが、侍女仲間には、文字の読めない子が、何人も、いる。読んで読んでと、せがまれる。醜聞の欄だけでは、済まなくなった。相場の欄も、公示の欄も、船の入港表も。


「隅から隅まで、読まされるんです! わたし、昨日なんて、豆の値段まで、読んだんですよ、お嬢様! 節をつけて!」


「節をつけて」


「その方が、覚えてもらえるので……」


 ……ふふ。

 ……ふふふ。

 ……朗読姫の、誕生ね。

 ……そして、気づいているかしら、ジーナ。あなた、いま、この街の下世話な情報の全部を、毎号、音読して、頭に、通しているのよ。

 ……本人も価値を知らない断片が、あなたの中に、溜まっていく。

 ……いつか、どこかで、「そういえば、こんな記事が」——って、出てくる、そういうもの。


「良い趣味だわ。続けなさいな。購読料は、私持ちよ」


「はい!」


 ◇


 夜。目録の、調査の頁。


 「三事務所:オブシディアン・スケール(元祖・切除の時代から)、フォリオ・アンド・スレッド、オニキス・インクウェル。いずれもエアル語の商号。判決前に消えた十七件の代理人欄三十四のうち、二十六を占める」


 「対向受任:十七件中、五件。両側とも三事務所。五件とも、判決前に消滅。——出来レースの疑い。両側受任は適法につき、『疑い』に留める」


 「第六号:負けた側の代理人=天秤。その判決の理由のみ、切除。——相関、記録。手口の変遷:記録を消す(旧)→手続きを作る(現)と仮置き。証拠には、遠い」


 「《グランド・メリディアン》:上等で、鈍い。広告主の紙。《ラ・ファヴィッラ》:下世話で、鋭い欄が、一つ。署名『梟』——判決前和解の型に、気づいている書き手。文責の所在、不明。——要注視」


 「家中の報:朗読姫、爆誕。諜報網、購読料二部にて、双方向に、拡張中」


 ペンを、置いた。


 ……敵の名前が、三つ。味方かもしれない梟が、一羽。名簿が、三人。

 ……地図に、色が、つき始めたわ。

 ……また、天秤だわ、それにしても。——どこを掘っても、出てくるのね、あなた。


 床の影は、静かだった。濃さは、いつも通り。


 律子は、蝋燭を、消した。


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