ep49 幼稚
降り注ぐ雷撃の雨を前に、俺はケモ耳少女を抱える手の力を強める。
(大丈夫だ。仲間ごと撃ち抜くことはしないはず……)
しかし、どれだけ接近しようと雷撃が逸れることは無く――俺は少女を抱きかかえたまま大きく後方へジャンプ。ワンテンポ遅れて先程まで立っていた場所を確認すると、地面が激しく抉れていた。
「おい! 仲間じゃないのかよ!」
「だから幼稚だと言っている」
サドラの声が迫る。
彼は盾を構えながらとは思えない俊敏な動きで接近すると、地面を舐めるような軌道で剣を振う。人質のことなど一切気にした様子はなく、それどころかともに切り殺す勢いで銀閃が振るわれた。
(こいつ――!)
人質が邪魔で回避が間に合わない。
だがそれは当然のことだ。
人質とは機動力を失う代わりに、相手の動きを制限する効果を得るもの。
今回であれば、人質を気にして遠距離魔法を撃たなくなったり、或いは人質側からの攻撃を避けるようになったり。
(この子を避けて攻撃してくれたら『アルファ』でガードできるのに……っ!)
なのに彼らは人質をまったく気にしていない。
それどころか嬉々として俺と一緒に殺そうとしている。
(くそがッ!)
胸中で悪態を吐き、俺は迫るサドラの剣戟を『アイススピア』で迎撃。
僅かに動きが止まったのを見て再度大きく距離を開けた。
「おい、あんた嫌われてんのか? まとめて殺そうとしてくるぞ」
「答える義理はないのだ、変態」
「変態じゃないのだ」
「じゃあ、ちんちん擦り付けるの止めるのだ」
「そんなことしてないだろ!? って、あっぶね!」
ケモ耳少女が拘束された状態で股間目掛けて蹴りを放つ。
しかし身体が宙に浮いた状態では力も入らないし、速度もない。
余裕で回避しつつ、俺は思考を巡らせる。
(仲間ごと殺そうとするのは覚悟を決めているから? 或いは……死なないと分かっているから、とか?)
思えば吸血姫を名乗ったルナリアは不死身のようなことを言っていた。
ケモ耳ちゃんも似たような特性を持つ異世界人だとすれば……ちらりとケモミミ少女へと視線を向ける。
すると余裕そうなことを言っていた割には、顔色は悪く脂汗をかいていた。
(緊張しているということは、命の危機に対する恐怖があるということ。不死身の線は消えた。なら残る可能性は――)
思考し、一つの結論に辿り着く。
「なるほど、そういうことね」
「……はったりなのだ」
「いいや、はったりじゃない。ルナリアやテスタロッサから俺について聞いたのなら、この動きも納得だ」
ぼそりと呟くと、初めてケモ耳少女が大きく動揺した。
どうやら彼女は隠し事が得意なタイプではないらしい。
これがサドラなら平然と受け流していただろうが。
なら、俺が取る選択肢は一つ。
「サドラ・ウォーカーとおっしゃいましたか? 動かないでください。動くと彼女を殺します」
その言葉に、サドラは無反応。
しかし抱きかかえられた少女の身体は震えた。
目視では感じられないかもしれない微かな震えだが、抱きしめる手が動揺を鋭敏に察知した。
そう、彼らが人質を取られて尚攻撃の手を緩めなかった理由――それは『相馬創が人質を殺さないし、殺させないと確信している』からだ。
俺はルナリアの戦いで、彼女を殺しそびれた。
テスタロッサとの戦いでも、最初から魔法で戦うことはしなかった。
それは生け捕りにしたいという想いと同時に、殺人を犯したくないという想いが確かにあったからだ。
故に、二人から話を聞いていたのなら『相馬創は人を殺したくないと考えている』という前提で動ける。
そう考えれば、人質を取られて焦らないのも納得だ。俺が人質を守ればその分注意が逸れるし、人質を抱えているだけで機動力も対応策も格段に狭まるのだから。
(けど、分かってしまえばこちらのもんだ……!)
俺は口端を持ち上げ、出来得る限り悪意に満ちた表情を作って言葉を続ける。
「俺は本気で……本気だぜ? 手元の女一人殺すのなんざ一瞬だ。だから大人しく――」
「ならば殺してみるといい」
俺が言い切るより早く、サドラは動き出す。
一歩二歩と踏み出し、先程よりも急加速する。
身体強化による加速……ではない。
俺の頬を微かに撫でたのは風属性魔法だ。先ほどまで『ライトニングスラッシュ』を放っていたクァンが風属性魔法に切り替え、突風によりサドラの速度を一時的に倍増させた。
タイミングが狂わされた俺は『アイススピア』で足止めを狙うが、サドラは焦ることなくシールドバッシュで破壊。一秒すら稼ぐことのできない氷の槍に舌打ちしつつ、身体強化を施した『No.1アルファ』で迎撃しようとして――ケモ耳少女が暴れた。
「くっ、この――!」
暴れられたことで、攻撃のタイミングがさらにズレる。
サドラの剣戟がケモ耳少女ごと俺の首を切断しようと迫り――。
「っ、うらァ!」
咄嗟に足を蹴り上げることで剣を弾いた。
サドラは僅かに目を見開くが、すぐさま左足を支点に後ろ回し蹴りを叩き込んでくる。足を上げて無防備な胴体に直撃し、少女とまとめて数十メートルは吹き飛ばされた。
「……っ、がはっ」
肋骨がへし折れた。
腕の中の少女を見ると、彼女も口から血を吐いている。
「……殺すのではなかったのか?」
サドラの声が不気味に響く。
「お、れは……!」
「できもしないことを口にするなとは言わない。はったりはそれだけで十分な戦略だ。だが、あまりにも嘘だと分かる言葉は、もはやただの隙でしかない」
「……っ」
そうだ。
結局のところ、俺は殺す覚悟なんて出来ていない。
少なくとも自分が殺されるかもしれないとでも思わない限り、殺そうだなんて思えない。今もまだ、どうすればこいつらを無力化して捕縛できるかを考えている。
生け捕りにできると――俺の方が格上だと心の奥底で確信しているからこそ、慈悲を与えたくなる。
(……だから、何なんだよこの思考は!)
渋谷ダンジョンに入ってから抱く傲慢な考え。
しかしそんな混濁を無視してサドラは言葉を続ける。
「おそらく、貴様は優しいのだろう。平時であれば人々から慕われ、貴様の周りには笑顔が絶えない優しい空間が形成される。……だが、戦場においてそれは不要の産物だ。貴様は優しくて、易しい。覚悟なき者に我々の敵は務まらない」
「……」
覚悟。
それはつまり、人を殺す覚悟ということなのだろう。
(だからこいつは、俺に失望していたのか)
少女を人質に取った時、サドラは俺に失望した。
もし俺に人を殺す覚悟があれば、あの時どうしていただろう。
なんと言葉を返していただろうか。
――そんなの決まっている。
『言葉など返さず、一人目の敵を殺害する』
生け捕りにして、情報を入手するにしてもまだ三人残っている。
ならば片っ端から殺害するのが最も効率的だ。
それを理解していたからこそ、サドラは俺に失望した。
(……待て。なんでそれで失望するんだ?)
失望するということはこいつは俺に期待しているのか?
サドラを見るが、その真意は分からない。
分からないけれど、俺は一つの覚悟を決めた。
「……分かった。なら、これで証明になるか?」
そう言って、俺は抱きかかえていた少女を――『アイススピア』で貫いた。
絶叫がダンジョン内に木霊する。




