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住んでる場所が田舎すぎて、ダンジョン探索者が俺一人なんだが?  作者: 赤月ヤモリ
第三章 渋谷ダンジョン編

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ep50 決闘王

 『決闘王』バドラクルス・エルデカイデンとの戦闘――俺たちの中で最初に動いたのは雫だった。


「『ホーリーエンチャント』」


 光属性上級魔法『ホーリーエンチャント』は自分と仲間の身体能力を強化させる魔法だ。魔法が起動したのと同時に、筋骨隆々の巨漢である米山先輩が踏み出す。次いで雫が進み、俺は二人の陰に隠れるようにバドラクルスを観察しながらゆっくりと動き出した。


「潰れろッ!」


 先制の一撃を放ったのは米山先輩だ。大きく振りかぶられた腕は、雫のエンチャントに加えて、本人も身体に魔力を流して身体強化を施した一撃。Aランク指定のモンスターであろうと葬り去れるその一撃を前に、バドラクルスは笑みを浮かべた。


「避けてもいいが……受けてみようか」


 言葉通り両手で先輩の攻撃を真正面から受けとめるバドラクルス。その衝撃は彼の身体を通してアスファルトに網目状の罅を入れる。――が、それだけ。

 攻撃を受け切ったバドラクルスは変わらず笑みを湛え、お返しとばかりに先輩の腹に蹴りを放った。


「いい殴打だった!」


「……ぐっ」


 蹴りを受けた米山先輩は大きく飛ばされ、地面を転がる。

 瞬時に後衛が回復魔法をかけて傷を回復させた。


「いい連携だなぁ……っと」


 蹴りを放ち、完全に隙だらけに見えたバドラクルス。その背後に音もなく忍び寄っていた雫が細剣で切りかかるが、まるで背中に目があるかのように、視線を向ける事すらせずに紙一重で回避した。


「嘘……」


「ほんと」


 バドラクルスは振り向き様に雫へと拳を振るう。あわや直撃――かと思われた刹那、拳と雫の間に氷の壁が出現し、代わりに拳を受け止める。


(何とか間に合ったが……かなり戦い慣れてるな)


 僅かに目を見開くバドラクルスを横目に、俺は一息に距離を詰める。身体強化に加えて風魔法の気流操作で自分の速度を上げ、右手に漆黒の炎を纏わせる。そして――。


「消し飛べ」


 火属性極大魔法『インフェルノ』。

 通常の『インフェルノ』と異なり指向性を持たせた一撃は、威力こそ落ちるものの集団戦の中でも使えるように俺が編み出した技術だ。それでも極大魔法の火力を前に、大抵のモンスターは一瞬で焼け死ぬのだが――。


(手応えがない)


 と思っていると……攻撃を当てた場所とは別方向からバドラクルスの驚いた声が聞こえてきた。


「はっ、なんだよそれ、すげーなぁ! 『インフェルノ』を一方向に放出する奴なんざ見たことねぇし、それどころか全く違う属性をころころ変えて戦うとか……クァンでも出来ねぇんじゃねぇか? 何でお前が元最強なんだよ! てかお前より上の相馬創ってどんな化け物だよ!」


「……」


「……あぁ? ったく、お喋りは無しか? ただ無言でやり合ってるだけじゃ、観客は飽きちゃうぜ? 特に、今日の観客は戦闘を見るのに慣れてないっぽいしなぁ?」


 ヘラヘラと笑うバドラクルスに、しかし俺は言葉を返さない。

 行動を観察しつつ、言動は無視。

 息を整える俺の隣に、米山先輩と雫が並んだ。


「今ので仕留めきれないとは、想像以上に素早そうだな。……どうする礼司」


「基本方針は変えません」


 ちらりと後衛の吉瀬たちに視線を向ける。

 言葉は必要ない。目だけで短く会話し、小さな首肯が返ってきたのを確認してから、俺は剣を引き抜いて、雷を纏わせる。


 同時に、全身に魔力を流し始める。

 相馬くんやのの猫ちゃんが使う、速度を重視した『魔速型』――原理は同じだが、俺が使うのは少し違う。上げるのは速度ではなく筋力の『魔攻型』だ。


「先輩、雫。――行くぞッ!」


「おう!」


「ん」


 駆けだすと同時に、背後から身体強化の魔法が重ね掛けされる。加えて俺たちを援護するように風属性上級魔法『ウィンドブラスト』がバドラクルスへと襲い掛かった。


 一糸乱れぬ動きは信頼のなせる業。

 集団として長い間、戦場を共にしてきたことの証拠でもある。

 攻撃の要であるAランク探索者三人。

 その援護を行う後衛の四人。

 三人を突破して後衛を倒すことは難しく、後衛を倒さずして前衛の三人を捌くのは至難の業。


 俺たちが最も得意とする戦術だ。

 対するバドラクルスは一人。

 これまで負け知らずと言っていいほど、最強を誇ってきた俺たちの連携だ。

 これまで同様倒せる――と、思っていた。


 問題は、目の前の男がこれまで出会った何者よりも戦闘に慣れていたということ。

 それも――対人戦(・・・)に。


「おいおい、そろそろ俺にも攻撃させてくれよ」


 バドラクルスはため息を吐き、後衛の四人に視線を向ける。必然、俺たちは攻撃の手を緩めて守りに動く。後ろを狙おうとしたならば、その一瞬は隙になる。一人が後衛を守り、他二人が隙を突く。多対一だからこそできる物量の戦術。


 一対一なら難しくとも、数の暴力は実力を凌駕する。


 故に、俺たちに焦りはない。

 バドラクルスの一挙手一投足に視線を向け……ふと、凶暴な笑みを浮かべたのが目に入った。次の瞬間、バドラクルスは右足で地面を割ると、衝撃で砕けて宙に浮いたアスファルトを蹴りつけた。


 アスファルトの破片は目にも止まらぬ速さで俺たちの間を抜けると、まっすぐに後衛の一人で回復魔法を使う清水百合を狙い――直撃する寸前、吉瀬が清水を突き飛ばした。

 結果、アスファルトの破片は吉瀬の腹部を直撃し、大きく肉を抉る。


「――ッ!!」


 声にならない絶叫が響き、突き飛ばされた清水が咄嗟に回復魔法を唱える。だくだくと溢れ出る血液は徐々に勢いを弱め、傷口も塞がっていく。破片が小さかったからあの程度で済んだが、もう少し大きければ……それどころか、もう少し当たり所が悪ければ……今の一撃で吉瀬は死んでいた。


 絶句していると、バドラクルスがぽかんとした表情を浮かべながら呟く。


「……あれ? この程度?」


「ッ、お前ッ!」


「え、何怒ってんの? むしろ怒りたいのはこっちなんだけど。魔法は良かったけど、この程度の攻撃にも反応できないようじゃ、がっかりもいいところだ。確か、Aランク探索者なんだっけ? 強いんだろ? なら、あれぐらい弾いてやれよ。というか、弾いてくれよ。こんな攻撃も反応できないようじゃ……俺が楽しくないだろ?」


 笑いながら語るバドラクルスを、俺は冷静に見つめる。これほど分かりやすい挑発もない。吉瀬の怪我は気になるが、遠目に見た限り回復魔法で癒せる範囲だ。ならば今、心配する必要はない。

 むしろ心配することは悪手以外の何物でもない。

 余計な思考は邪魔だ。

 切り捨てる。


 これに対して冷徹、冷酷と思うような者はこのパーティーには居ない。

 その程度の思考力もない愚者を連れるほど、馬鹿ではない。


 だからこそ俺は静かに剣を握り直す。

 米山先輩も、雫も同じだ。

 三人と一人が見つめ合って状況が動かない中、俺は口の中で詠唱を終えると――バドラクルスの足元に『アイススピア』を発動した。


「うおっ!?」


 バドラクルスは冷気を感じて一瞬で回避。


(逃すか)


 俺は枝を伸ばすように氷の槍でバドラクルスをホーミングする。彼は鬱陶しそうに舌打ちを零すと、氷の槍を蹴り壊そうとして――今だ。


 俺はバドラクルスの思考に穴を開ける。

 闇属性魔法『ドミネーション』。


 僅かに生まれた間隙に、俺たちは攻勢を掛ける。


(この場で殺す! こいつは危険過ぎる!)


 米山先輩が剛腕を振るい、雫が細剣を突き出す。『アイススピア』で回避先を塞ぎ、『魔攻型』でその首根っこを切断しようと剣を振りかぶる。流れるような完璧な連携は、敵が逃れることを許さない。


 だが――逃れる必要のない者からすれば、何の脅威にもなりえなかった。


「月の失せた夜は、俺の領域だ」


 バドラクルスがぼそりと呟いた刹那、その身体が大きく隆起する。身体は一回り大きくなり、腕と足は丸太のように太く毛深い灰色の体毛が生えそろう。

 整っていた顔立ちは、鼻と口元が前に突き出し、耳が消失。代わりに頭頂部から獣の耳が伸びて、身体同様灰色の体毛が覆った。


 バドラクルスは、アイススピアを完全に無視しながら、右手で米山先輩の拳を受け止めて握りつぶし、左手で雫の剣を破壊。俺の渾身の一撃は、鋭い歯の並ぶ口で受け止め――噛み砕いた。


 そのまま三人を弾き飛ばし、地面に降り立ったバドラクルスの姿はまるで――。


「お、狼男?」


 それは俺たちの声ではない。

 見守る観客であることを強要された、一般市民のものだ。


 バドラクルスは笑う。


「ハッ、なんだそれは? 俺は人狼(・・)だぜ?」


 二足歩行の狼がバドラクルスの声で語る。

 黄金色の瞳が俺たちを見つめ、不敵に嗤う。


「正直、この姿を見せるなんて思ってもみなかった……なんてのは嘘だ! むしろ遅いぐらいなんだよ! 想像以上に想定以下だ! こんなんじゃ観客も冷めちまうぜ!? 歓喜も、興奮も、熱狂も、絶叫も! 何もかもが失われる!」


 血走った目で吠えるバドラクルスに、俺は勝機を見る。

 先ほどまでと異なり、明らかに冷静さを欠いていたからだ。

 人狼――フィクションでその存在を聞いたことはあるが、こういうのは大体獣人化すると理性的でいられないと相場が決まっている。


 見たところ身体能力は跳ね上がっているが、知能が落ちたのならまだやりようは――。


 そんなことを思ったのも束の間。

 バドラクルスは徐に顔を覆うと、静かに息を吐いた。


「あぁ……いや、悪い。こんなこと、言っても無駄だな。そもそも実力差があり過ぎる決闘だ。そんな決闘に、熱狂しろというのも酷な話か」


「……」


「とりあえず、今からお前らを蹂躙するが……そうそうに死なないでくれよ? 『決戦騎士団』が来るまで暇になるからな」


 静かに、冷静に、理性的に語るバドラクルスに、俺は生まれて初めて――上位存在(・・・・)に対する恐怖を抱いた。

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