ep48 各々の戦場
相馬くんと『決戦騎士団』と名乗る三人が転移魔法陣に乗って消えた、三十六階層。俺こと雲龍礼司は、内心で毒づいていた。
(くそっ、また相馬くんに無理をさせてしまった……!)
自分の不甲斐なさが情けない。
あの時からずっと、ただの高校生である彼に無理をさせている。
その現状に腹が立つ。
今だってそうだ。相馬くんは強敵三人を引き受けるため、自ら罠に飛び込んだ。それだけじゃなく、彼が転移前に残した言葉――『足手纏い抱えて戦える程、楽な相手じゃありません』――それは、ただの挑発じゃない。
この場にいる探索者を奮起させる言葉だ。ヒール役になり『お前らは邪魔だ』と告げることで、怒りを原動力に戦わせる……そんな役回りをして、彼は転移していった。
だからこそ、ここまですべておんぶにだっこの現状が、俺は情けなかった。
しかし、そんな自分に腹を立てていられるほど現状に余裕もない。
三人の騎士が消えてなお、絶望的な状況に変わりないのだから。
周囲を取り囲む天使の群れはもちろんだが……俺がもっとも注視しているのは残された半裸の男だ。ただ一人取り残されたにもかかわらず、脱力した様子で静かに俺たちを見つめる彼からは、先ほどの三人に勝るとも劣らない、ただならぬ雰囲気を感じ取れた。
(正直、あの三人より半裸の彼を相手して欲しかったな)
それほどまでに、異常性が滲み出ていると俺は思う。
情けないことを考えていると、ふと富岡さんが声をかけてきた。
「アレの相手は私が請け負いましょう」
「大丈夫ですか? 見るからに……ダントツでやばそうですよ?」
「適材適所ですよ。貴方はモンスターとの戦いを得意としていますが、私はどちらかというと、ああいう手合いの方が得意です。なので――」
「おいおい! 勝手に話を進められちゃあ困るなぁ! ……俺の相手は雲龍礼司。お前だ」
富岡さんとの会話に割って入ってきたのは、半裸の男本人だった。
彼は口端を持ち上げ、勝気な笑みを浮かべながらズボンのポケットに手を突っ込んでいる。余裕綽々と言わんばかりの態度に、富岡さんは刀の柄に手をかけながら答えた。
「まさか……それに従う道理があるとでも?」
「ねぇな。人質もさっき解放した雑魚三人だけだったし。ただし、雲龍礼司が相手するっていうなら、仲間も一緒で構わねぇぜ?」
「それなら全員でかかればいいだけのこと。話になりませんね」
「はんっ、それこそ話にならねぇな。……いいか? 俺は提案してやってんだ。俺の相手をしてくれるっていうなら――『その決闘が終わらない限り他の奴には手を出さない』ってなぁ。別に構わねぇよ? 全員で来ても。俺一人でも皆殺しにできるが、それに加えて天使の軍勢のおまけつきを相手してもらうことになる」
その言葉に、俺たちは困惑した。
こいつの狙いが分からない。
聞いているだけでは、本当に慈悲をかけているだけにしか思えない。
だが、今はそれを信じる方がこちらに勝機があると感じられる。
それほどまでに、現状は絶望的だった。
「さぁ、それでどっちが相手をしてくれる? さっきも言ったが、雲龍礼司なら仲間も一緒で構わねぇ。おっさん一人で相手できるって思うなら、そうすればいい。……が」
半裸の男は声を低くすると、軽く大地を踏み鳴らす。
瞬間――バガンッ! と大きく音を立てて床が陥没し、亀裂が天井にまで伸びる。戦闘技術でも何でもない、ただの力技。騎士を名乗っていた三人から感じていた雰囲気とは全く異なる、洗練された技術とも程遠い、荒々しいモンスターに似た純然たる身体能力だ。
男は笑う。
「――生憎、雑魚とやり合うのは嫌いなんだよ。すぐ死ぬからなぁ」
これを受け、俺は富岡さんの肩に手を置いて一歩前に出た。
「どうやら、あれは人というよりモンスターに近いみたいですね。多対一は慣れてますし、彼は俺たちが引き受けます。富岡さんは天使の方をお願いしていいですか?」
「……分かりました」
富岡さんは一瞬苦虫をかみつぶした表情を浮かべる。
原因は周囲を取り囲む天使のことだろう。
戦っていないから確実なことは言えないが、周囲を取り囲むモンスターより先ほどの騎士や半裸の男の方が強いと俺たちは推測している。相馬くんの報告にあったテスタロッサやルナリアといった異世界人の実力のこともある。
だが、だからと言ってモンスターが弱いわけでもない。
俺が――いや『レイジパーティー』という国内有数の実力者が抜けた状況で、倒しきれるかどうか……それどころか、持ちこたえることが出来るかどうかすら分からないのだ。
(自分で言うのもあれだが、富岡さん一人抜けるだけならまだしも、俺たちパーティーが抜けるのは痛い。だが、それ以上に半裸の男の異常性も確かだ)
弱音を吐いたところで意味はない。
最善なんてものは何も選べず、すべてにおいて最悪を選んでいる気もするが、飲み込んで、受け入れて、前を向いて、がむしゃらに挑むしかない。
どれだけ嫌だったとしても、やらなければならないことは往々にして存在するのだ。
(かつての相馬くんも、きっとそうだったんだろうな)
自らの失態を思い出し、決意を改める。
小さく息を吐いて剣を握る。
状況は最悪。何が悪かったのかと言えば、準備不足が悪かった。
常に後手後手で、相手の掌の上で踊らされている。
(むしろ、なんでこいつらはここまで準備がいいんだよ……)
内心で悪態を吐いていると、半裸の男がある方向を指さす。
数歩進んだ先の岩陰には、一つの魔法陣が浮かび上がっていた。
「それじゃあ、お前らはこっちだ」
「ここでやり合うんじゃないのか?」
「あぁ? 当たり前だろ。ここは邪魔が多い」
「……」
「もちろん、付いて来なくてもいいぜ? ただ一つだけ忠告……いいや、警告しておくと――俺はあの騎士たちほど優しくない」
そう言い残し、半裸の男は一人で魔法陣に飛び乗った。
このまま魔法陣を破壊して、先にモンスターの軍勢を討伐してしまおうかと考えていた――刹那。インカムにノイズが走って、狸原さんの声が耳朶を叩く。
『き、緊急事態です! 異常な魔力反応が地上に出現しました! そちらで何が起こっているか教えてください! まさかデスパレードが――』
「……まさか」
慌てた狸原さんの声を受け、俺は弾かれたように走り出す。
後ろをパーティーメンバーが続き、全員が魔法陣を踏む。
すると、僅かな浮遊感の後に――光が視界に移った。
ダンジョン内では到底確認できない光量と――周囲から聞こえてくる喧騒。
(そんな……馬鹿な。あり得ない)
思考停止する俺たちに対して、周囲から声が届く。
「え? あれってレイジじゃね?」
「え、マジじゃん!」
「おいおい、時雨雫もいるじゃねーか」
「てかパーティー全員揃ってね?」
「なんで街中で武器抜いてんの?」
「なんかの撮影?」
「てかあの半裸の男なに?」
「変態討伐でもしてんじゃね?」
のんきな声と、スマホを構えた人々の姿。
その背後には、見覚えのあるビル群も並んでいる。
(嘘だ。まさか、ここは――)
俺の思考を引き継ぐように、半裸の男が答えた。
「スクランブル交差点、っていうんだろ?」
そう、転移した先は渋谷スクランブル交差点だった。
だがあり得ない。転移魔法陣がダンジョン外に仕掛けられるなんて、そんなことは絶対にあり得ない。転移魔法陣は通常、魔力濃度の高いダンジョン内でしか機能しない代物だ。ダンジョン外に設置したところで、効果を発揮するはずがないし、何より設置するには、一度その場へ向かわなければならない。なのに……。
「なんで……」
困惑する俺に対し、しかし半裸の男は両手を広げて笑う。
「あぁ……やはり命を懸けた決闘を行うなら、こうじゃねぇとなぁ! この衆人環視の状況こそ、決闘の醍醐味ってもんだ! 観客の悲鳴、歓喜、激情、憐憫! そのすべてが降り注がれるこの状況こそ、殺し合うのに最適で、最良で、最高の舞台の条件だ!」
「お前、何を言って……」
「っと、そういえばまだ名乗ってなかったな!」
半裸の男は嗤いながら、名乗る。
「俺の名前はバドラクルス・エルデカイデン! 剣武国家ヴィクターの『決闘場』ヴァニカンドロス最強の決闘士にして『決闘王』の名を冠する者だ! この国最強と謳われるパーティーの実力、存分に見せてもらおうじゃねぇか!!」
まるで舞台俳優のように口上を述べるバドラクルスにあっけにとられていると、ふと一人の男性が近付いてきた。
「こら~、キミ何やってんの? 外国の人? ダメじゃないか、こんなとこで立ち止まっちゃ」
青い制服を着た彼は警察官である。
「っ、離れろ!」
「えぇ? って、う、雲龍礼司!?」
あまりにも呑気な調子で声を掛けるものだから判断が数秒遅れ――そして、その数秒が悲劇を招く。
「……観客が舞台に上がることは許されない」
ぼそりと呟くと、バドラクルスは警察の右腕を掴んで……力任せに引きちぎった。
鮮血が宙を舞い、警察官の絶叫が響き渡る。それまで何かのイベントだと騒いでいた周囲の人々は言葉を失い……次の瞬間、爆発するような悲鳴が轟いた。
人々は一目散に逃げ出そうとするが、バドラクルスは地面を踏みしめ、地響きを起こすことでそれを阻止。全員の注目を一身に浴びながら、両手を広げて告げた。
「お前たちに許可されることは心からの応援と熱狂のみ! 舞台に上がることはもちろん、退席もご遠慮願おう! さすれば、命を刈り取ることはしない! そもそも俺は人殺しが好きじゃないからな! ……さて、それじゃあこれの回収を頼むよ。これ以上騒がれたら苛ついて殺したくなる」
口元に笑みを湛えて警察官から離れるバドラクルス。
その間に回収しろということなのだろう。
俺は素早く男性を回収すると、仲間に回復魔法を掛けてもらいながら、近くにいた別の警察官に引き渡す。
(重傷だが、専門の回復術士が看れば完治できる。ギルドもこの状況は把握しているだろうし、優先的に看るよう口添えしてくれるだろう。――なら、俺たちがやることは変わらない)
俺は短く息を吐いて、バドラクルスに向き直る。
並ぶように、米山先輩と雫が横に立つ。
「レイジ、冷静に行くぞ」
「分かってますよ、米山先輩」
「作戦は?」
雫の問いかけに、レイジは迷いなく答えた。
「いつも通りだ。あれは人の形をしたモンスターと思え。捕縛なんて考えず、殺害を最優先にする」
「分かった」
静かな返事を耳にして、衆人環視の中で『元日本最強』と『決闘王』の戦闘が開始された。
§
相馬創も雲龍礼司も居なくなった渋谷ダンジョン三十六階層。
依然としてモンスターに囲まれている中で、私――富岡久信は、小さく弱音を零した。
「最悪だな」
「……お父さん」
沙耶が不安そうに見つめて来るのを受け、たった今吐き出した弱音を飲み込み、深呼吸。
(考えろ。思考放棄だけはするな)
状況は最悪だが、幸いにして相馬くんが露骨に警戒していた異世界人はすべて、彼と礼司くんが請け負ってくれた。Sランク指定のモンスターに囲まれている現状は絶望に近いが、それでも百五十人近いCランク以上の探索者が揃っている。
(強力な個体は自分と沙耶が対応、他の探索者には死なないように時間を稼いでもらう。……これが最適か)
中には天使たちと相性の良い探索者もいるかもしれない。
戦闘の最中に見つけ、声をかけ、徐々に戦線を構築していく。
気になるのは、エンジェル・ポーンとエンジェル・ナイトとは異なる、見たことない種。名付けるならエンジェル・ビショップといったところか。
感じる圧はナイトと同程度か、それ以上。
ただし、大きく差があるようにも感じない。
(それでも、余裕でSランク指定されるモンスターだろうが……仕方がない)
なんて思っていると一人の探索者が話しかけてきた。
Bランクのベテラン探索者、大原さんだ。
「富岡さん、どうする?」
普通なら退却一択の状況だが、戦意喪失していないのは相馬くんの置き土産のおかげか。彼が挑発してくれたことで、少なくない数の探索者がやる気を継続させている。
(高校生にさせることではないんだがな……)
なんて思っていると、天使の軍勢に動きがあった。
軍勢の中から一体だけ、異質な個体が現れたのだ。
他の天使同様に全身鎧を纏っているが、腰から脚にかけての鎧がまるでドレスのスカートの如く開いている。
相も変わらず見たことのない個体に、大原が生唾を飲み込んだ。
「なんだよ、あれ……」
「……見たことありませんが、名付けるならエンジェル・クイーンといったところでしょうか」
逡巡し、私は続ける。
「あれは私と沙耶が受け持ちます。大原さんたちは他の個体からの攻撃を耐えてください。無理せず……いえ、無理をしてでも耐えることを重要視してください。この数の完全討伐は我々では不可能に近い。相馬さんか礼司さんが戻って来るのを待つしか手はありませんから」
早口に捲し立て、私は左の腰に携えた刀の柄に右手を乗せる。
そんな私の隣で、娘は右の腰に携えた刀の柄に左手を乗せる。
「怖いか、沙耶」
「大丈夫。私はお父さんの目だから」
その答えに私は笑みを浮かべ、深呼吸。
静かに敵を観察すると、二人は同時にエンジェル・クイーンへと踏み出した。
これと同時に天使の軍勢も探索者へと攻撃を開始する。
――そうして、全ての戦場で争いの火蓋が切られた。




