第46話 そして災害の《実験動物》
少しだけ、昔の話をしよう。
とはいえ、人類の歴史から見れば昔とすらいえないようなものだったが。
十数年前、如月みことは《ハンター》と呼ばれる組織によって、半ば強制的に誕生させられた。
強制的にという言葉に疑問を抱く人間もいるだろうが、実際言い表すのだとしたらそれが最も近しい表現なのではないだろうか。
簡単に説明するならば、みことは生命誕生のメカニズムを通さずに生まれてきたのだ。
普通、人間は母親の卵細胞に父親の精細胞が受精することで発生のメカニズムに至る。
それを、みことは《ハンター》の実験によって通さずに生まれてきたのだ。クローンとはまた違う。
いうならば、人の形をし、人の感情を持った、人ならざる者。
《実験動物》になるべくだけして生まれてこさせられた存在だった。
《ハンター》にとって都合がよいように。
身長、成長速度、果てまでは《ウエポン》までいじられることとなった。
それを、まだ存在すらしないみことが拒むことは到底無理だった。
では、なぜ今みことが《ハンター》サイドにいないのか。
それはみこと自信の物語だった。
少しだけ昔をみことは言葉にできないほど痛む左腕を抑えながら思い出した。
けして、面白くもなかったあの頃の記憶を。
《行間》
十六年前。
きっかりみことが生まれた年だった。
このころは今と違って、表社会の研究者も今では禁止されていてできない研究を行っていた。
例えば人工的な《ウエポン》の開発や《第二能力》の開発研究と言ったらわかりやすいだろうか。
ほかにもまだまだあるだろうが、今回のところはそれくらい上げておけば問題がない。
さて、話を戻そう。
「これを打ち込めば、一瞬でS級並の《ウエポン》を与えることができるはずだ。それをこいつに、か」
「実験材料が無駄になるのは惜しいが、必要な犠牲だとは思わないかね」
二人の男がそこにはいた。
まるで、実験は行う前から失敗だとでも言っているような感じだった。
手に持っているのは市販の飴サイズのなにか。
それは食べ物のように見えるし、何かの機械のようにも見えた。
ただ、そのどちらでもなかった。
「こいつがこの力に耐えることができなかったら、次の《実験動物》を使うでいいんですね」
「かまわんよ。元より、数百体の犠牲は加味して考えていたっからな。これで、百二体目。まだまだストックとしては十分にある」
が、しかし。
結論から言ってしまえばこの実験は見事に成功することになる。
みことの体は、みこととしての原形を保ちながらも、《災害》という《ウエポン》を体の内に秘めることに成功してしまったのだ。
半分だけ。
「ココ……ハ……」
「ここは我々の研究施設の地下だ。お前は、この世界のだれ一人としてできなかったことを成功させたただ一つの《実験動物》だ。そうだよ、《ウエポン》の人口製造に成功したんだ」
「《ウエポン》?」
この会話、自然に会話しているように見えて不自然な点が多かった。
まず一つ目に、大人と会話しているのがまだ生まれて数分すらもたっていないゼロ歳児だということ。
二つ目に、男はその子供の形をした化け物と会話をしながら、自身はある機械を操作しているということだった。
小さいみことはその動作に全くの疑問を抱くことなく会話を続けていたが、次の言葉で嫌悪感を示すようになった。
「あぁ、だから君には今からここに入ってもらう。おいで、こっちに」
そこは、かなり広い檻の入り口だった。
その中には本にゲーム、ペンからノート、果てまではタブレットやパソコンまで不自然なほどにありとあらゆるものがそろっていた。
あくまでもそれは檻の中にみことを入れるためだけに置かれたものだった。
本能的にみことはそれを悟ったのかもしれない。
「イヤ……コワイヨ」
「怖い? いったいなにが。ここにはいろんなものがあるじゃないか。怖くなんてないさ」
男は笑顔で言うが、それでもみことにとって怖いものは怖い。
「コワイ……コワイヨォ……」
「怖くなんかないって。さっさ、早く入った入った」
男とみことはしばらくにらみ合っていた。
「入れ。入れって言っているだろう? わからないのか? 脳は四歳か五歳と同じくらいまで発達させてやっているだろう?」
「コワイ、コワイ、コワイ、コワイ!」
「怖くてもいい! さっさと入れって言っているだろうが!」
いくら脳が発達していようが、子供は子供。
この一言で、十分な威力を発揮することになった。
「う、うぅ。ふぇぇぇぇーーーーーーーーーー!」
「うるさいな。まぁ、とりあえずこれで牢に入れられえるから良しとするか」
こうやって、結局みことは牢に入れられ、毎日のように実験にその身を使わされることとなった。
けっきょく、実験の失敗の側面は、みことの中に『感情』が残ってしまっていたことだった。
二年後、三年後……。
時がたつにつれて、その失敗はより顕著になり、みことの弱点をさらしていくこととなった。
「あれを撃て。あれを倒せ」
そういわれたみことの手は、体は等しく激しく震えていた。
息も荒い。
「撃て、と言っているだろう?」
「え……え……。でも、あれって、人間だよね? あの人に……雷を落とせば、死んじゃう」
「いい。撃て」
「撃つ……。撃っていいの? 殺すことになっちゃうよ?」
「大丈夫。あれは失敗作だ。つまり、生きていようが死んでいようが関係はない。というより、あのような実験に貢献しなかった動物は生きている権利など元より存在しない」
「う、でも……」
それでも反論しようとするみことに、男はこういった。
「撃てないのならば貴様も失敗作だ。殺される側に回ることになるがいいのか? 百二番目の《最高傑作》」
「いや、だ。死にたくないよ」
「だったらあいつを撃て。殺せ。《ハンター》として人は殺せるようになっておかなければならないのだ」
「うぅ……」
みことは、胸を押さえてその場にうずくまりかけるのを必死にこらえて、それでもやはり目をそらして。
ズドンと開いた天井から閃光が落ちてきた。
そんな中、攻撃が直撃したであろう人間は死んでいた。
息もしていない、心臓も動いていない。
それを確かめた。
みことは突然胃の中のものを全部嘔吐した。
雷に打たれ、皮膚がただれ、血を吐いて、まるで当然ですとでもいうかのように死んでいる人間を見て、子どもの脳は拒絶を始めた。
この日から。
さらに一年後。
みことは実年齢四歳になった。
脳の発達はもう十一歳くらいだ。
これから十一歳までのしばらくの間は脳の発達は落ち着いていき、肉体の発達が顕著になってくるだろう。
(人は殺したくない。殺したく……)
《行間》
「みことは失敗作です。だから今すぐに殺し、同個体に近い遠矢に《災害》の《ウエポン》を引き継がせるべきであると思います」
「同意します。あいつは感情の起伏が大きすぎます。とてもじゃないが《ハンター》として人を殺していくことができるとは思えない」
「しかし、まて。いくら遠矢が同個体に近いとはいっても成長しすぎている。今から手術を行ったとしても到底間に合わんだろう?」
「それに、薬を使ったり脳をいじったりでもしたら感情なんてどうにでもできるではないか」
「そう……か」
「遠矢はあくまでも最終手段だ。ありとあらゆる手を使って、みことを人殺しに育て上げるのがまずは当面の目標だ」
「了解。こちらもその方向性で進めていく」
二日後
「いいか。あそこの出来損ないを殺せ。三発以内でまぁ合格として……」
「……」
みことは言い返さず、ただ、無言で手をかざした。
いや、正しくは攻撃名を口にした。
「弱い、と推定することはしない。《落石》」
それは無感情に放たれた。
「……す、すごい。すごいじゃないかみこと! 三日前まではあんなに怖がっていたのに! やはり、薬がよく効いたか」
「……」
返事はない。
もはやみことには褒められてうれしいなど思うような感情は残っていなかった。
「いいだろう。ならば次は俺と戦ってみるか? いいぞ、かかってこい」
だが、男は気が付いていなかった。
みことにとってもはや戦いとは、殺しですらないということに。
戦いとは、ただ蹂躙するだけの作業だ。
「敵対性を確認。処理を開始」
そういうと、殴りかかってきた男に軽く触れて、そして何事もなかったかのように吹き飛ばす。
「敵対物への《地震》。震度七の付与に成功。極小規模、および最大収束を実行した《台風》、威力微強による敵の攻撃の反射に成功」
「っ!」
男は血を吐いて、みことを見た。
それだけではない。
男の右腕はひじから先がなくなっていた。
男もおかしいと気が付いたはずだ。
「ちょっと待っ……」
言い終わらぬうちに、部屋が炎に包まれた。
「部屋全体の範囲を対象とする《火災》の生成に成功。さらに適度に《大台風》、威力極弱で空気を混ぜることによる敵の退路の遮断に成功」
「だから、ちょっとまっ……」
「どうしたんだ! うわっ、なんだこの炎」
「新たな敵対反応を確認。それほどの影響力はないと推定。よって策は変えずに実行。つぶれて消えろ、《落石》」
トーンも音域も一切変わることはなかった。
しかし、無気力にも聞こえるその声に似合わず倒したのは二人だけではなかった。
建物ごと《ハンター》の日本支部全体をみことはつぶした。
けして能力が暴走したわけでも、本気で戦ったわけでもない。
使ったのは小規模や極弱ばかりだ。
それでもこれだけの力。
これが感情を捨てて何も出し惜しみすることがない、四歳のころのみことだったのである。
これのおかげで当時の《ハンター》からは《最高傑作》と皮肉を込めて呼ばれているのだ。
如月遠矢をみことが追っているのは、この時唯一撃ち漏らした人間だからだった。
そんなこともあったなぁ、とみことはため息交じりにつぶやいた。
四歳から十歳手前までは本当に何をしていたか覚えていない。
「なーにしてるんだ?」
トン、と後ろから左肩に手がのせられた。
「イタ!」
それは、昨晩負傷した場所でみことは思わず声を上げてしまった。
「いででで。ちょっとそこはけがしてるんだって! 勝手に触るなよ進。いてぇから」
「……何があったんだ? お前がそんな負傷しなきゃいけなかったことか?」
進には話してしまおうか、とみことは思った。
進ならば自分の何を聞いたとしても今まで通り接してくれそうだったから。
話してしまえばこの胸の中のつっかえはなくなるんじゃないか、と淡い希望をもって。
それが逃げだということに気が付かないようにして。
でも、やっぱりやめた。
「お前もどうせ俺には話せなあいことがあるんだろう? それと一緒だよ。俺が勝手にかかわって、ドジしてしまっただけってことで」
ニシシと道化を演じて笑った。
それを見破ったのかどうなのかはわからないが、進は苦笑を返してきた。
「はぁ、じゃぁま。とりあえず応急処置だけはしてやるから男子トイレで傷見せて」
「すまんな。頼んだわ」
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