第45話 《宿敵》との会合
進がまことと会合し、今後の警告をされていたころ。
同じようにもう一人己の運命と会合している人間がいた。
その人間、如月みことははぁはぁと息を切らしながら目の前にいる一人の男を見つめていた。
余裕のない彼の態度とは反対に目の前にいる男の態度は落ち着いていて、これから始まるすべての会話を見越しているかのようだった。
実際に、男は見越しているのだろう。
いいや、見越していると仮定してみことは話を進める。
なぜなら、いちいち説明するなんてめんどくさい極まりないから。
故に、これから語る内容はみことの私事を大いに含むし、何ならみことの私事で始まってみことの私事で終わる。
因縁、という名前の感情で長年探していた人間だった。
そうしてやっと会合することができた。
「やっと見つけた、あんたを倒したかったんだよ。如月遠矢」
隠すことはしない。
みことの義兄となるためだけに生み出された最凶の殺人鬼。
みことと似通った白い髪の毛に異なっているのは目の色だ。
みことが緑なのに対して、遠矢は赤。
血に汚れたような赤だった。
首筋に残っている大きな傷はおそらくどこかの誰かを殺そうとしてついた傷跡だろう。
義兄とは認めたくもないような人間だった。
「俺もお前を待っていたよ、如月みこと。あぁ、この場合は裏切り者といったほうがいいか?」
あざ笑うかのように放たれた遠矢の言葉にみことはギリリと歯ぎしりをしてなめられていることを確信した。
この狂人はたとえ相手がS級として名をはせいていたとしても怖気づいたりはしないのだ。
なぜならば狂人だから。
「俺は、裏切ったわけではないさ」
「? だったら戻ってくるっていうのか、こっちに。いいや、裏社会に」
やれやれ、と首を振りながら言葉が返ってきた。
本気の疑問ではないのだろう。
ただ、みことを言葉で弄んでいるだけだ。
そうすることが正しいとでもいうように。
「俺が戻るだって? ハッ、笑わせるなよ。いくら実験動物として過ごしていたからって俺はあんたらのことを仲間だなんて思ったことはないよ」
それに対して、真向に正論で言い返す。
遠矢がそのことを重要視しているなど全く思いはしなかったが、一般論を語ってはいそうですかと納得するような性格をしているとも思えなかったが。
だとしても、みことは否定を返すことをやめない。
肯定してしまえば、今まで積み上げてきた何かがその瞬間に崩壊してしまいそうな気がして。
否、崩壊するのが怖くて。
「あぁ、そう言えばそういう動物だったなみこと君はさぁ。《ハンター》の実験動物として、《最高傑作》として生まれたくせにさぁ。どうして日本の支部をぶっ壊して逃げちゃったのさ」
《ハンター》のやつらに嫌気がさしたからに決まっている、とみことは答えた。
遠矢はそんな答えを軽く笑い飛ばした。
「嫌気がさした? そりゃぁ、人を殺すだけの勇気と、それに耐えうるだけの精神力がなかっただけじゃないのさ」
「っ。そうだけど! そうじゃないんだよ……。あんたらは根本的に倫理観というものをはき違えてる!」
そうなのだ、人殺しをしてよいなんて。
本当は許されてはいけない行為なはずだと少なくともみことは思っている。
そこの倫理観だけははき違えてはいけないと心に刻んでいる。
しかし、それが一ミリも意味をなさないのが裏社会流だ。
「何を言っているかは知らんが、少なくとも弱者は消える運命にしかたどり着かない。生き残るためには人を殺すしかないというのが分からないのか?」
「そんなの……、そんなの時代遅れだ! 今は戦国時代じゃないんだよ。生き残りたいのならば、まずは他人と仲良くするところから始めろよ!」
はて、と遠矢は首を傾げた。
本当に彼はみことの言っていることが理解できないのだろう。
《ハンター》の実験動物として生まれ、人を殺すことに必要なこと以外を教わることがなかった彼には。
みことはそれを別に悲しいとは思わなかった。
「お前の言っていることは、裏社会では通用しないぞ? みこと」
表社会、裏社会という言葉を知っていながらも表社会の人間を標的としか見ていない。
自分以外は自分より格下だとしか思っていない。
それが一番怖いところだった。
だから早々にみことは話を切り上げることにした。
「やっぱり、お前とは一生分かり合えそうにないな」
自信のウエポンをちらつかせて威嚇するようにみことはそういった。
遠矢はそんなみことを見ても自然体のままで構えていた。
それが油断だとも侮りだともみことは思わなかった。
遠矢は今この瞬間この上なく殺し屋をしているのだ。
自然体なのはそこからが一番動きやすい位置だから、だろう。
みことからすれば何も構えていないと思っても構えているのだから、やりずらい恰好ではあるのだが。
「こいよ、みこと君。あんまり俺を待たせると、先に殺しちゃうぞ?」
「っ……」
みことは右腕を振った。
その瞬間、お互いの視界が急に悪くなった。
「災害再演|《砂嵐》」
みことが巻き起こした、砂嵐のせいだった。
とはいえ、現在の時刻はまだ夜だ。
本来ほどその役目があるとは思えないが。
「範囲攻撃を混ぜることによって、次の攻撃の《能力の核》の移動をごまかす。……表社会なら、多少は通用するのだろうが俺には通用しないぞ」
前から、声が聞こえてきた。
動揺を少しも感じさせないような声で。
しかも、この砂嵐の中で声が一つもぶれることがなく。
「まさか忘れたわけじゃないだろうな。俺の能力である《絶対速度》はこれくらいじゃ乱されることはないぞ」
そういわれて、みことはとっさに横に回避した。
みことがさっきまでいた場所を小石が俊足で飛んで行った。
かすってでもしていたらかなりのダメージになっていたに違いがない。
少なくとも、腕を一本だめにされると考えるほうがいいだろう。
みことは自分で展開した《砂嵐》を自分の意思でしまわなければいけなくなった。
少なくとも、展開するメリットがすべて消えたといってもいいだろう。
と、その前に《落雷》を落としておく。
当たるとは思わなかったが。
「だから、甘いんだよ。当たらないと思っている攻撃をするなんてな」
後ろから声が聞こえてきて、みことは声をこわばらせた。
振り向きざまにそこにも《落雷》を撃ち落とす。
今度は遠矢のほうは逃げもしなかった。
ただ、手を空に掲げているだけだった。
それを見て、みことは攻撃をやめた。
遠矢が持っているものが何なのか予想が付いたから。
「《能力強制停止機器っ?!」
「残念、ブラフでしたぁ!」
攻撃をやめた瞬間、キャハッという笑い声とともにみことは激痛を左肩に感じた。
「ガァ!」
「よーく、考えてみろよ。俺みたいな《ハンター》の幹部があんな未完成なものを持つと思うか?」
確かにそうだ。
遠矢が《ハンター》の幹部にまで昇格していたというのは初耳だったが、あんな未完成なものをホイホイ戦場に投入してくるわけがない。
遠矢はただでさえ、優秀なコマなのに。
「まぁ、それこそが本当のブラフなんだけどなぁ」
まず、その大前提を遠矢は覆してきた。
「は?」
「いや、そもそも部下に与えてやってたのは不良品、欠陥品だし。一番で気のいい奴どもは同じ《幹部》のやつらが使ってるか保存してあるんだよ。バーカ」
もう一度、攻撃。
空気を切り裂く音が聞こえた。
右に受け身を取るような格好でみことはそれをよけてしかし、負傷した左腕の指先にそれがかすめていった。
少量の血が地面に飛び散った。
痛みで声を上げそうになるのを必死に我慢しながら、みことは能力を使う。
「《落雷突風》!」
風と共に、攻撃範囲の広がった《落雷》。
地面をえぐる勢いのそれはしかし、《ウエポンキャンセラー》の前では無意味だった。
本当にブラフなどではなかったらしい。
みことは今日何度目になるかもわからない歯ぎしりをこぼす。
「だから無駄だって言っているだろう? あきらめろよ如月みこと」
「どうして、どうして人殺しをそんなに高みの見物でできるんだ!」
その質問に、叫びに対して返ってきたのは心底面白くなさげな声だった。
「わめくんなら、もうちょっと絶望的な声でわめけよ」
「そんなこと、どうでもいいだろ! 答えろ如月遠矢。お前は、お前はどうしてそんなにも無感情に人を殺すんだ!」
それを遠矢は鼻で笑った。
その後、面白いことを考え付いたとでもいうかのように面白くなさそうだった顔を狂気の笑顔に染めた。
いやな予感、ではなかったが悪寒がみことの背筋を駆け巡った気がした。
「なぁ、みこと。いい加減気が付いたらどうだ? 俺とお前は本質が同じだっていうことに」
「本、質?」
「そう、俺達は同じ場所で生まれ途中まで同じように育てられてきた。いいや、発現した《ウエポン》のおかげでお前のほうが優遇されていたかもなぁ」
何を語りだすんだ、とみことは一瞬わからなかった。
「なぁ、俺とお前の違いが本当に分かっているのか? 如月みこと」
「そんなの、表社会に生きているか裏社会に生きているか____」
「違うさ。もっと根本的なところさ。そう、深入りしなくても分かる。結論は出ているだろう? 人を殺せるか人を殺せないか。ただ一つだ」
そうして、最初から提示されていたたった一つの結論が言い渡された。
でも、だから。
人を殺せないから何なんだ、人を殺せるから何なんだ。
それが質問の答えだというのか。
そう思ったがどうやらその言葉には続きがあるらしい。
「でもさぁ。お前はいざとなったら人を殺せるだろう? 十年前、五歳とかそこらへんのお前は一人で《ハンター》の日本支部を壊してるんだからさぁ」
「なに、が。何が言いたい、遠矢」
「あぁ? もう結論を言えって? ハァ、せっかく気持ちよく語ってたのにさぁ。まぁ、いいか」
ニタリ、と今度こそ狂ったような顔を、抵抗しないみことに近づけて脳に叩き込むように言った。
「平和ボケしてんじゃねぇぞ、犯罪者。お前は本来ならばけして表社会に出ていい人間じゃないんだ」
みことの口から細かく、息が吐きだされるのを心底楽しそうに見つめている遠矢はまだまだ、言葉の弾丸をみことに叩き込む。
一番みことの精神に効果があるとわかっている言葉を選りすぐりながら。
「挙句の果てに、《能力》を百パーセントの力で解放できていないときた。ばっかじゃねぇの? 何のための能力だよ。自己防衛のために持ってるんじゃないのか表社会の人間は。それなのに、いざ箱を開いてみればこんなざまじゃねぇか。S級とかどうでもいい称号を持ってるくらいで生きりあがってるんじゃねぇぞ?」
最後に、みことを蹴り飛ばして遠矢は背を向けた。
完全に戦意喪失したみことは震える声で遠矢に聞いた。
「……殺さ、ないのか?」
「あぁん? なんだ殺してほしかったのか? じゃぁ遠慮なく!」
爆ぜた。
跡形もなく。
ただしそれは、みことではなかった。
みことの横の地面の事だった。
みことはどうしてと顔を少しだけ上げた。
遠矢は首を横に振りながら鬱陶し気に言った。
「こっちとしても殺したいのはやまやまなんだよ。でも、どうやら殺しちまったらいけねぇみたいなんでな。今日のところは、これくらいにしとくわ」
「……」
「あぁ。忠告しとくけど、近々殺しに行くから」
優しさ、などでは決してない。興が冷めたかのような目つきで遠矢はみことを睥睨した。
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