3-1
人生で初めての友達ができた。
その嬉しさは、自然と配信にも表れてしまうものらしい。
『それで、オレってなぜか全教科平均点ぴったり取るタイプなんだけど、この前のテストでさ――』
画面に映る『旭 ルイ』は声を弾ませ、八重歯を見せながら笑っていた。
今日は雑談配信で、同時接続者数は十人を超えている。
『なんか最近テンション高くない?』
『いいことあった?』
リスナーさんのコメントが流れて、さらに頬が緩んでしまう。
みんなの言う通り、僕は自分でもわかるほど浮かれていた。
――だって、学校生活が一気に変わったんだから!
僕が『そうそう! 新しい友達ができて!』と続けると、すぐに新しいコメントが流れてきた。
『友達って誰!? どんな人?』
そう、『ミシロ@旭ルイくんが生きがい』さんだ。
――まさかその友達は、君だよなんて言えないしなあ。
僕はくすりと笑いながら、『ちょっと変だけど、カッコよくて優しい人!』と、ルイの口調で答えた。
「渉。最近、ルイくんに近づいてる奴がいるんだ」
翌朝。教室に入るやいなや、湊に声をかけられた。
彼は机に肘をつき、頭を抱えている。なにか壮絶な悩みでも抱えているのではないかと思うくらいに、重々しい雰囲気を纏っていた。
「えっと……。もしかして昨日の、雑談配信のこと?」
僕が答えると、湊はぱっと顔を上げた。
「そう、それ! ルイくん、やけに友達の話をしてなかった!? いつもは自分のことしか話さないのに!!」
「そ、そうだっけ……?」
指摘をされて、初めて気がついた。
そもそもこれまでは友達がいなかったから、自分のことしか話せなかった。でも今は湊がいるから、嬉しくてつい話題に出してしまうんだ。
もちろん本人にバレないように、細心の注意は払っているけど……
「渉はさあ、本当に友達だと思う?」
「……えっ?」
「もしかして、恋人なんじゃないの?」
湊は血の気が引いたように真っ青になって、目を泳がせている。
――全然違うから!
と、正直に言うわけにもいかない。
「僕も配信見てたけど、普通に友達だと思うよ。……なんでそう思ったの?」
「い、いや……、最近『推し』が隣の席になったって言ってたから。もしそれが進展して、恋人になってたらどうしようって思ったんだ」
「へっ? 前の『推し』の話……?」
湊は勢いよく頷いた。
「俺、ずっと気になってたんだ。ルイくんは明るくて可愛い子だから、ずっと隣の席にいたら、相手だって絶対好きになっちゃうよね? ルイくんにその気がなくても、ぐいぐいアプローチされたら流されちゃいそうだし、優しいから告白も断れなさそうだし、そしたら二人が付き合うことになって、デートとかし始めて、配信の頻度が減って、挙句の果てには——」
「湊、一旦落ち着いて!?」
湊の肩を掴み、慌てて現実に引き戻す。彼ははっと我に返り、反省したように目を伏せた。
「ご、ごめん……。つい、妄想が行き過ぎて……」
「ま、まあ……。でもほら、本当に大丈夫だと思うよ。話の中でも、恋人っぽい雰囲気はなかったし!」
あえて明るく励ますと、ようやく湊の目に輝きが戻った。
彼はスマホの画面に視線を落とし、『旭 ルイ』を愛おしそうに撫で始める。
「渉、ありがとう。俺、気にしすぎだよね。……そうだ、昨日の配信のコメントもできてなかったから、ルイくんに送らないと!」
「あ、うん……。きっと喜ぶと思うよ」
湊はそう言うと、目にも止まらぬ速さでフリックをし始めた。僕はようやく席に着き、鞄から教科書を取り出す。
その矢先、スマホのバイブレーションが鳴った。僕は湊に背を向けて、こっそり通知から動画サイトを開く。
『ルイくん、昨日の配信も面白かった!! 特に21:05~の話は爆笑したし、35:43~の話はすごい共感しちゃった。俺もルイくんと同年代だけど、ルイくんはきっと人気者で、みんなから愛されて、たくさんの友達に囲まれてるんだろうね。俺は配信でしかルイくんの近くにいられないから嫉妬で胸が苦しくなるけど、ルイくんはこんなに魅力的だから仕方ないのかな。でもさすがに恋人はいないよね? 最近はVtuberでも恋人がいることを公表してる人がいるけど…………』
――な、長い!
画面いっぱいの長文と、何度スクロールしても続く文章。
いつも強烈だけど、今日のミシロさんは過去最大の圧を感じる。
――そもそも、ルイにどんなイメージを抱いているんだ!?
たしかに『旭 ルイ』は明るくて前向きなキャラクターにしている。けれど、彼の中ではさらに神格化され、キラキラした超人気者になっているんだろう。
むしろ現実は、隣のミシロさん――じゃなく、湊のほうが圧倒的に人気だというのに。
僕が湊を盗み見ていると、ちょうど彼が顔を上げ、ばっちり目が合った。
「渉。さっきルイくんにコメント送ったんだ」
粘着質な文章とは異なり、彼の笑顔はどこまでも爽やかだった。
「あの、湊……。さっき恋人がいるんじゃないかって言ってたけど、もし『旭 ルイ』に恋人がいたら、どうする……?」
「――え?」
我ながら、馬鹿な質問だった。けれど、あれだけ強烈なコメントを目の当たりにしたら、聞かずにはいられなかった。
湊は目を丸くしてから息を吐き、すっと目を細めた。
「とりあえず、恋人とやらを特定しないとね」
――とりあえずって、なに!?
冗談めかした言い方だけど、目の奥が笑っていない。
これ以上この話題は危険だ。僕は「そっか」と一言だけ返して、スマホに目線を戻した。
——そういえば、湊ってルイの「ガチ恋」だったな……
ここ最近は色々あって忘れていたが、あらためて実感してしまう。
しかも湊は、ルイをキャラ設定通りの人間だと思っている。
いくら友達とはいえ、その中身が僕のような陰気で正反対な人間だとしたら――考えただけでも恐ろしい。
雑談配信の身バレは、今まで以上に気をつけないと。
ここ数日の浮かれていた気持ちが、すっかり吹き飛んでいった。いくら個人は判別できないようにしているとはいえ、学校の話は控えたほうがいいだろう。
――でもそうなると、次の配信で一体なにを話せば……?
僕は交友関係が極端に狭い。部活にも入っていないから、学校と家の往復をしているだけだ。そんな生活で、自然とエピソードトークが生まれてくるわけがない。
「……ん?」
僕が途方に暮れていると、スマホに通知が届いた。配信サイトからではなく、メッセージアプリからだ。
『とんでもない長文コメントきてたけど、大丈夫?笑』
姉からだった。
心配しているのか揶揄っているのかわからない文面に、苦笑いが漏れた。けれどそのとき、一つの考えが頭をよぎる。
「姉ちゃんなら、相談できるよな……?」
唯一現実とVtuberの僕を知っているのは、姉しかいない。いずれにしても、僕だけでは煮詰まってしまいそうだ。
僕は「相談があるんだけど」と打って、メッセージを送信した。




