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Vtuberをしていたら、美形生徒会長が僕のガチ恋ファンだった  作者: 七瀬おむ
第2章 リアルで仲良くなるなんて聞いてない!

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8/12

2-5

 

 化学実験室の扉を開けた途端、つんとした薬品の匂いが鼻先を掠めた。


 最初に目に入ったのは、三人の女子の姿。彼女たちは窓際の席を陣取って、きゃあきゃあと盛り上がっている。


「あ、あのっ……」


 意を決して、声をかけた。

 彼女たちはぴたりと会話を止め、僕を一瞥した。立ち上がり、こちらに近づいてくる。


「鵜月くーん、突然ごめんね? 私同じクラスの冴木さえき 莉愛りあ! わかるー?」

「は、はい。もちろん……」


 最初に話しかけてきたのは、真ん中にいる茶髪の女子だった。


 美しい顔立ちで、モデルみたいに背が高い。彼女は僕の二つ隣の席――つまり、白鷺くんとは廊下を挟んで隣の席だった。

 クラスでも目立つ存在だが、なにかと白鷺くんに声をかけていて、黄色い声を上げているのを知っている。


 まさか……


 そのとき、ぞっと嫌な予感がした。


 ――もしかして僕が呼び出されたのは、白鷺くんのことで……?


「鵜月くんに、ちょっとしたお願いがあってさあ。鵜月くんって、最近湊くんと仲いいじゃんー?」


 僕の予想を裏付けるように、彼女は口の端を持ち上げた。


「な、仲がいいって……?」

「だって、お昼も一緒に食べてるじゃん! 私たち、何度も誘ってるのに断られてるんだよー?」

「そうだったん、ですか……」


 ――知らなかった。


 てっきり白鷺くんが話しかけにくい雰囲気を出していたから、そっとしているだけかと思っていた。


 他の人には何度も断っていたのに、僕には時間をとってくれてたのか……?


「私たち、ずっと不思議だったんだー。なんで鵜月くんが、いきなり湊くんと話すようになったんだろって! 二人って、全然違うタイプだしさ?」


 彼女は両隣の二人に目配せをして、くすくすと笑った。楽しそうな笑い声のはずなのに、わずかに緊張が走る。


 彼女たちの表情はにこやかで、直接責められているわけではない。


 けれど、乾いた目線、吊り上がった口元、言葉の奥に潜む棘――そのすべてが「お前は湊くんと釣り合ってない」と告げていた。


「湊くんの会話を聞いてたら、『旭 ルイ』ってVtuberにはまってるらしいじゃん! それで納得したんだよねー。共通の趣味があるから、鵜月くんみたいな人でも、湊くんと距離を縮められたんだって!」


 ルイの名前を出されて、背筋が凍った。


 ――絶対に、よくないことを言われる。


 思わず身構えて、ぐっと拳を握りしめた。


「私も調べたんだけど、要は底辺Vtuberってやつ? 白鷺くんって、なんでこんなの好きなの?」


 あはは、と三人の笑い声が響く。


「一瞬だけ配信見たけど、まじでつまらないし、良さがわからなくてさー」

「……っ、そう、ですか……」


 心臓が冷えるような感覚がした。


 彼女たちは、『旭 ルイ』に直接伝えているわけじゃない。これは僕の配信を見た人の、個人的な感想なんだ。


 大丈夫だ。こういう言葉には、慣れているはずだから。


 ……それでも、じわりと胸の奥が痛んだ。


 僕は唇を噛みしめて、沈黙を貫こうとした。


「でも好きなふりしたら、湊くんがたくさん話してくれそうじゃん?」

「……え?」

「いちいち配信みるのもだるいしさあ。だから鵜月くん! 手っ取り早く、『旭 ルイ』の良さを教えてくれない?」


 その瞬間、頭を殴られたような衝撃が走った。


 ――僕を呼び出したのは、このためだったのか。


 ただ白鷺くんに近づくためだけの、あまりに身勝手な理由。

 彼女たちが、どんなに「つまらない」と嘲笑っていても??白鷺くんはいつも本気で、まっすぐにルイを応援してくれているのに。


「……っ、嫌、です」


 絞り出した声は、震えていた。

 その場が凍りつき、重苦しい空気がのしかかる。僕はそれでも、言葉を続けた。


「そ、そんな気持ちで話を合わせられたら……白鷺くんも、め、迷惑だと思う」

「……は? なにそれ、鵜月くんに関係なくね?」


 冴木さんは、苛立ちを露わにしていた。


 ――わかっている。彼女たちにとっては、僕は気弱で、なんでも言うことを聞いてくれる存在に映ったんだろう。


 たしかに普段なら、どんな理不尽なことでも、流されていたかもしれない。だけど……


『本当に好きなものを伝えても、いいことってないから』


 悲しそうに言っていた白鷺くんの表情が、頭から離れなかった。


「と、とにかく僕は、協力できない、です……!」

「はあ!? ちょっと待っ」


 冴木さんが僕の腕を掴む。

 長い爪が皮膚に食い込んで、鋭い痛みが走った。思わず顔を顰めた、その矢先――


「――なにしてるの?」


 背後から、怒気を孕んだ声が響く。

 咄嗟に振り向くと――扉の近くに、白鷺くんが立っていた。


「み、湊くん……!?」


 冴木さんは大きく目を見開き、僕の腕を放して後ずさる。白鷺くんは実験室の中に入って、僕を庇うように前に出た。


「白鷺くん……」


 彼は眉根を寄せて、鋭いまなざしを向けている。


「なんで君たちみたいな人に、鵜月くんが付き合わなきゃいけないんだ?」


 いつもと違う厳しい口調に、険しい表情。

 彼女たちは顔を見合わせて、口元を引き攣らせた。


「わ、私たちの話、聞いてたの……?」

「廊下でも丸聞こえだったよ? 君たちが鵜月くんに詰め寄ってた話も、全部」

「そ、それは……!」


 彼女たちは首を振って、白鷺くんに縋ろうとした。しかし彼は冷たい視線で一蹴し、はっきりと言い放つ。


「鵜月くんは、俺の大切な友達なんだ。――二度と、彼に近づくなよ」


 目の前の三人は怯えたように瞳を揺らし、言葉を失った。


 白鷺くんは「行こう」と言って、僕の手を引く。


 女子たちに向けた冷たい態度とは裏腹に、彼の手は温かくて――安堵で胸がいっぱいになる。


 ――白鷺くんが、助けてくれた。


 それにさっき、僕のことを「友達」だって……


 思わず涙が溢れそうになって、咄嗟に制服の裾で目元を擦った。


 

 化学実験室を出て二人で向かったのは、いつもの裏庭だった。


「鵜月くん、さっきは俺のせいで、ごめん」


 彼はベンチの前で僕の手をそっと放すと、苦しそうに言葉を紡ぐ。


「この一週間、クラスの女子が俺たちのことを気にしてたのは知ってたんだ。だけど鵜月くんと話すのが楽しくて、強引に声をかけ続けちゃった」


 眉を落とす彼に向かって、僕は必死に首を横に振る。


「白鷺くんは、なにも悪くないよ……! 僕も白鷺くんと話せて、本当に楽しかったから……」


 ――どうして彼が謝るんだろう。


 今日だって僕の様子を心配して、助けてくれた。


 現実の世界だけじゃない。『旭 ルイ』としての僕だって、何度も彼に救われてるんだ。


 白鷺くんは必死に訴えかける僕を見て、安心したように目を細めた。そして深く息を吐き、掠れた声で呟いた。


「――俺、いつもこうでさ」

「……えっ?」

「周りが勝手に俺の理想を作って、少しでも理想と違えば攻撃されるんだ」


 小さな声に、寂しさや諦めが滲んでいる。


 ――白鷺くんは、全校生徒の憧れの存在だ。


 少し前まで、僕もそう思っていた。


 現実離れしているくらい完璧に見えるからこそ、周囲の期待や理想を背負わされてしまうのだろう。


 ……彼本人の意思とは、関係なく。


「俺の好きなものとか、交友関係に介入されて。そうじゃなくても、さっきみたいに無理やり俺に合わせようとしてくる人もいる」

「白鷺くん……」


 白鷺くんは静かに顔を上げた。まっすぐに僕を見つめて、柔らかく微笑む。


「でも鵜月くんは、最初から違うってわかったんだ」

「ぼ、僕……?」


 彼はゆっくりと頷く。


「鵜月くんは、俺がイメージと違うって言ったり、無理に話を合わせたりしないで……ただ普通に、俺と接してくれた」


 白鷺くんは僕の肩に手を添えて、緊張したような表情を見せる。


「もちろん、ルイくんのことを語れるのは嬉しかったし、布教したかったのは嘘じゃない。だけど、その……」


 よく見ると、彼の頬がわずかに赤く染まっていた。

 彼は意を決したように、真剣なまなざしで告げる。


「もしそれがなくても――これからも『友達』として、一緒にいたいと思ったんだ」


 その瞬間、どくんと心臓が跳ねる。手のひらから彼の熱が伝わって、頬が熱くなった。


 この一週間、彼と過ごすのが楽しくてしかたなかった。

 だけどそれは、『旭 ルイ』という共通の話題があったからで。僕自身に興味を持ってくれたなんて、夢にも思っていなかった。


「し、白鷺くん。いいの……?」


 おずおずと問いかけると、彼は首を縦に振った。照れくさそうに視線を彷徨わせて、そっと口を開く。


「……湊、でいいよ」


 一瞬、耳を疑った。


「その代わり、俺も『渉』って呼んでいい?」


 ふいに呼ばれて、はっと息をのむ。


 ――名前で呼び合うこと。もしかしたら、みんなにとっては当たり前なのかもしれない。


 だけど、ずっと友達がいなかった僕にとっては……これ以上なく、特別な響きだった。


「い、いいよ……!」


 最初は僕の正体が彼にバレないように、距離を置こうと思っていたはずなのに。

 彼とこれからも過ごせることが、たまらなく嬉しい。


「これからも、よろしくね……。え、えっと……」


 僕は一度、深く息を吸った。


「み、湊……」


 一語ずつ噛みしめるみたいに、たどたどしく名前を呼ぶ。


 湊は目を見張ったあと――満たされたように、優しく笑った。


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