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白鷺 湊くんは、生徒たちの憧れの存在だ。
朝の全校集会。校長先生の話が終わり、あちこちから小さなあくびが漏れる。そんな気怠い雰囲気のなかでも、彼が壇上に上がると空気が変わる。
「みなさん。あと一か月ほどで夏休みとなりますが、生徒会からの連絡となります」
爽やかな夏を彷彿とさせる、澄んでいて心地の良い声。人気声優やVtuberと言われても信じてしまいそうな、美しい響き。
それだけでも十分魅力的なのに、容姿もスタイルも抜群なのだから、注目を集めないわけがない。
周りのクラスメートも、先輩も後輩も。みなが彼をうっとりと見つめて、彼の話に聞き入っている。
「……というわけで、希望する方は生徒会室にお立ち寄りください。それでは、みなさんの参加をお待ちしています」
白鷺くんは穏やかに話を終えて、恭しく一礼する。その仕草すらも、まるで映画のワンシーンのようだった。
――白鷺くんは、やっぱりすごい人だ。
こうして遠くで見ていると、あらためて実感する。だけど……
『本気で愛してるんだ』
ふいに、彼の言葉を思い出す。
――落ち着け。昨日のことは、事故みたいなものだ。
そりゃあ白鷺くんにだって、イメージと違う一面くらいあるだろう。
彼は『旭 ルイ』の熱烈なファンなだけで、現実の「僕」には関係がない。
けれど、そんな現実逃避が許されたのは――全校集会が終わるまでの時間だけだった。
「鵜月くん、昨日の配信見た!?」
白鷺くんに声をかけられたのは、教室に戻ってすぐのことだった。
いつもより数段明るい口調の彼に、クラスメートも目を丸くしている。
「あ、ええと……」
まさか今日も、ルイの話題を出されるとは思っていなかった。
動揺する僕をよそに、白鷺くんは容赦なく近づいてくる。
「同志がいると思うと、本当に嬉しくて。語りたくて仕方なかったんだ!」
興奮したように目を輝かせる様子に、喉の奥が詰まる。
またルイの話題になれば、僕の素性がバレてしまうかもしれない。
白鷺くん――いや、ミシロさんは「ガチ恋」とはいえ、初配信から応援してくれた大切なリスナーさんだ。
そんな彼に、ルイとは真逆の……地味で暗い奴が中の人だなんて、絶対に知られたくない。
――なんとかして、距離を取らないと。
僕はごくりと唾を飲み込み、口を開いた。
「……うん。昨日も、一応は見たよ」
「本当!? 色々語りたいことがあってさー、どうだった!?」
「あの、それが……。言いづらいんだけど……」
目を伏せて、ばつが悪そうに顔を逸らす。
「実は僕、『旭 ルイ』のファンってわけじゃないんだ。一、二回配信を見たことある程度で……。それに彼の配信、僕には合わないんだよね」
「……えっ?」
「テンションが高めで、ついていけないというか。僕、もうちょっと落ち着いたタイプのVtuberのほうが好きで……。だからその、ごめんね……?」
恐る恐る彼を見上げると、白鷺くんはかなり衝撃だったのか――悲しそうに眉を下げ、瞳を揺らしていた。
きっと彼が一番嫌がるのは、ルイをけなされることだろう。そう思って言葉にしたが、実際その通りだったようだ。
――でもここまで悲しい顔をされると、こっちまで罪悪感が……!!
僕は胸を押さえながら、その場を離れようとする。
しかしその矢先――白鷺くんが、勢いよく僕の手を掴んだ。
「鵜月くん。数回って、どの配信を見たの?」
「へっ?」
「鵜月くんが見た回を教えて。もしかしてそれ、ゲーム実況じゃないかな?」
白鷺くんは表情を一変させて、僕に詰め寄ってくる。
急になにかのスイッチが入ってしまったかのようだ。彼の視線から、凄まじい圧を感じる。
「えっと……、そう、かも?」
「そうだよね。実はルイくんは、あえてゲームに合わせてテンションを変えてるんだよ!」
その瞬間、僕は大きく目を見張った。
白鷺くんは、熱を帯びた口調で語りだす。
「たしかに最近は明るいゲームが続いていたから、ついていけないって感じたのかもしれない。でも、あれは『リスナーにゲームそのものを楽しんでほしい』っていう彼の優しさなんだ。ゲームの世界観に合わせて、声のトーンも話の内容も調整してるんだよ!」
「……っ!?」
「最近はゆるく聞けるような雑談配信も始めてるから、そっちも見てほしい!」
彼のまっすぐな言葉に、目の奥がじんと熱くなる。
――白鷺くんが言っていたことは、すべて本当だったから。
純粋にゲームを楽しんでもらえるよう、テンションを変えていたこと。雑談はリラックスして聞いてもらえるようにと、意識していたこと……すべて、僕がこだわっていたことだった。
こんなことまでわかってくれてたなんて……
嬉しさが込み上げてきて、つい口元が綻んでしまう。
白鷺くんはそんな僕の表情を、見逃さなかった。彼はすっと目を細め、逃げ場を奪うように問いかける。
「今ので、興味を持ってくれた?」
「……えっ?」
「ちょっと見てみようかなって思ったでしょ? 俺の目は誤魔化せないからね!」
――ち、違う!
中の人としてつい感動してしまったけど、そんなつもりじゃなくて……!
すぐに首を振ろうとしたが、彼の勢いは止まらない。
「鵜月くん、お願いがあるんだ。――一週間でいい、君に『旭 ルイ』を本気で布教させて!!」
「えっ!?」
「それで鵜月くんが合わないと感じるなら、仕方ないかもしれない! でもルイくんは、君が思ってるよりもっと奥深い魅力があるんだよ!!」
白鷺くんは必死に訴えかけて、僕の手に力を込める。
彼の異様な様子に、ついにクラスメートたちがざわつき始める。
――完全無欠の生徒会長が、なぜか地味男に縋りついている。
ぴりぴりと、周囲から刺すような視線を感じた。
「し、白鷺くん、ちょっと……!?」
手を引こうとするが、力が強すぎて振りほどけない。
こんな状況でもう一度拒絶するなんて、僕には…………
「……わ、わかった」
僕は涙目になりながら、小さく頷いた。
――なんでこんなことに!
プレッシャーに屈した自分が、情けなくてたまらなかった。




