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白鷺くんの受け答えを参考にして返すようになってから、一週間。
あれだけ考えていたのが嘘だったかのように、ミシロさんの熱意あるメッセージに戸惑わなくなった。
ファンとしての「ノリ」なんだと思えば、応援のメッセージも純粋に嬉しくてたまらない。
ミシロさんも僕の返信に喜んでくれて、彼とやりとりする頻度は増えていた。
そんなある日の昼休み。僕は自席でお弁当を広げながら、いつも使ってるSNS――通称『ツブヤキ』を開く。
短い文章が並ぶタイムラインをスクロールすると、『#旭ルイ』というハッシュタグと共に、とある投稿が見えた。
『ルイくん、愛してる。世界で一番大好きだよ』
もちろん、こんなことを言うのはミシロさんだけだ。
きっと推しのアイドルのライブに行って、うちわに「大好き」と書くようなノリなんだろう。
――ひとまず、今日の配信の告知文を作らないと。
新しい投稿を作って、送信ボタンを押す。無事に表示されているのを見て息を吐くと、隣から「あっ」と小さな声が聞こえた。
「……ごめん。うるさかった?」
どうやら声を上げたのは、白鷺くんのようだ。
「ぜ、全然……」
僕が口ごもりながら伝えると、彼はイヤホンをつけなおし、背中を丸めた。
――そういえば白鷺くんって、昼休みはいつも一人集中してるよな……?
白鷺くんは長い睫毛を伏せ、どこか緊張したような面持ちで、スマホを握りしめている。
彼は学校一の人気者なだけあって、常に人に囲まれている。けれど昼休みの時間だけは、こうして一人でイヤホンをつけ、スマホをじっと見ているのだ。
物凄い勢いで文字を打っているから、生徒会の連絡で立て込んでいるのかもしれない。
――真剣に仕事をしてるのに、じろじろ見るのはよくないよな……!
いつも温和な彼だが、なぜかこのときだけは、人を寄せ付けない雰囲気がある。クラスのみんなもその空気を察してか、遠巻きに眺めているだけだった。
僕はようやく視線を外し、お弁当に箸をつけた。
バイブ音と共に、スマホが震えている。ミシロさんがさっきの投稿にコメントをくれたのかな、と思いながら、今日の配信の段取りを考えていた。
放課後を告げるチャイムが鳴り、生徒たちがぞろぞろと席を立つ。
部活動や委員会、はたまたアルバイト……次の予定があるのか、せわしなく教室を出ていく生徒も多かった。
僕は座ったまま、頬杖をつく。
帰宅部の僕には、急いで帰る理由がない。人が多い中で帰るのも苦手だから、いつもこうして、人がいなくなるのを待っていた。
みんなの背中を眺めている最中、ふと思い出す。
――そういえば、まだミシロさんに返事してなかった。
早速スマホを取り出し、『ツブヤキ』を開く。二件ほど追加のメッセージがきていたが、どれも今日の配信に関してのコメントだった。
まずはお昼に見たメッセージに返信しないと。
僕は『ルイくん、愛してる。世界で一番大好きだよ』と書いてある投稿を開き、返信ボタンを押す。
『ありがとう!! オレもミシロさん、大好き!!』
一瞬迷ったが、他のメッセージは「いいね」のボタンで返すことにした。
「……よし」
返事もしたし、そろそろ帰ろう。
ほとんど人がいなくなり、がらんとした教室で席を立った。白鷺くんの前を通りかかって、扉に向かった、そのとき――
「返信きた!!」
すぐ近くで、叫ぶような声が聞こえた。
――まさか……今の声、白鷺くん?
この教室には、僕と、白鷺くんしかいない。
だから必然的に、彼が叫んだということになるのだが――いまいち脳が処理できていなかった。
普段の彼は、とても落ち着いていて、穏やかな人で……突然叫び声をあげるようなタイプではなかったから。
「うわ、やばい。どど、どうしよう、俺のこと好きって!? これってもしかして、両想いなんじゃ……」
白鷺くんはもはや周りが見えなくなっているのか、一人でぶつぶつと呟いていた。
「お、落ち着け……。今日は生徒会もないし、帰ってスクショ印刷して、神棚に飾って……。あ、配信は八時からだよな。それまでに…………」
きょろきょろと目を泳がせながら、ふらふらと立ち上がる。もし今の様子をクラスの女子が見たら、きっと体調でも悪いのかと心配するだろう。
そして彼は机にかけていた鞄を手に取り、一度机の上に置いた――
「えっ!?」
その瞬間、思わず声が出てしまった。
白鷺くんの鞄には、とあるキャラクターのアクキーが、三つもついていた。
金髪の男子高校生キャラ。弾けるような笑顔に、八重歯がのぞいている。
それは、ここにあるはずがないもの……
鞄のキーホルダーを見つめながら、僕は呆然と立ち尽くしていた。
「…………鵜月くん?」
白鷺くんはついに僕の存在に気がついて、声をかけてきた。
彼は僕の視線を辿り、その先にキーホルダーがあるのをみて、はっと息をのむ。すぐに目を逸らしたが、もう遅かった。
「もしかして鵜月くんも、ルイくんを知ってるの?」
さっと血の気が引いて、冷や汗が頬を伝う。
――こんなこと、あるわけない。
自分で否定しながら、動揺のあまり目を泳がせる。だが視線を落とした先で、白鷺くんのスマホ画面が見えてしまった。
「――……ッ!?」
すんでのところで声を抑える。しかし彼のスマホに映っていたものは、僕を驚愕させるのに十分だった。
そこには、『ツブヤキ』の画面が映っていた。書きかけのリプライ、アカウント名には『ミシロ@旭ルイくんが生きがい』の文字。
――もしかして白鷺くんって、ミシロさん……!?
しん、とその場が静まり返る。
その合間にも、白鷺くんはじりじりと距離を詰め、いきなり僕の両肩を掴んできた。
「ひっ!?」
「どうしよう、まじで嬉しい!! リアルでルイくんを知ってる人なんて初めてで!!」
「えっ、あの……っ、僕は……! Vtuberとか、よく知らなくて……!」
「なんで隠すの!? ルイくんがVtuberってわかるなら、絶対知ってるよね!?」
「……あっ」
――僕は馬鹿だ!
いきなり墓穴を掘ってしまい、言葉を失ってしまう。
白鷺くんは力を強めて、興奮したように目を輝かせる。
「俺、実はルイくんの超古参リスナーでさ! 配信は一日も欠かさずリアルタイムで見てるし、動画は最低百回は再生するようにしてるんだ! なんていうか、生きる希望っていうのかな、ルイくんがデビューしてくれてから人生が変わったというか!」
「えっ、あっ……」
「ああ、ごめん! 俺、ルイくんのことになると止まらなくなっちゃって! あ、ちなみに鵜月くんはどれくらい配信見てるの!? さすがにガチ恋ではないよね!? ガチ恋だったらそれはそれで俺のライバルっていうか――」
とんでもない早口で捲し立てられ、頭が真っ白になってしまう。
――いや、ちょっと待って。今、とんでもないことを言ってたような……?
「が、『ガチ恋』……?」
恐る恐る口に出すと、白鷺くんは当然のように「そうだよ」と頷いた。
「ガチ恋って、あの……『旭 ルイ』のこと、す、好きってこと?」
「うん、好きだよ。――本気で愛してるんだ」
彼は美しく透き通った瞳で、真剣に告げる。その表情には、嘘偽りは一切ない。
――好きって、「ノリ」じゃなかったの!?
というか白鷺くんって、こんな人だった……!?
僕の中の白鷺くんのイメージが、音を立てて崩れていく。激しい動悸がして、汗が噴き出てきた。
「鵜月くんはどうなの?」
しばらく黙るしかなかった僕に、白鷺くんは目を細めた。瞳の奥には、僕を試すような鋭さがある。
――まさか僕も、「ガチ恋勢」だと思われてる?
本能的な恐怖を感じ、急いで口を開く。
「ぼ、僕はただ、たまたま配信を開いたことがあって! ガチ恋ではないよ!」
――中の人なんだから、それ以前の問題だけど!
自分自身にツッコミを入れながら、たどたどしく言葉を連ねる。
白鷺くんはようやく納得したのか、安堵したように表情を和らげた。
「そっか、よかった! 今はゆるく見てる感じなのかな?」
「あ、あはは……。そう、だね……」
気づけば、僕もリスナーの一人ということになってしまった。
――なにこの状況……
絶望に浸る僕とは裏腹に、白鷺くんは鼻歌でも歌いだしそうなほど上機嫌だ。
彼は「あ、そうだ」と呟く。自身の鞄をまさぐると、未開封のアクキーを取り出した。
「同志に出会えた記念に! 布教用のルイくんのアクキー、あげるよ」
その瞬間、『布教用に分けたほうがいいのかな』と――ミシロさんの言葉が、頭の中を駆け巡った。
――実はそれ、僕が作ったんだ。
こんなこと、口が裂けても言えない。
「席も隣だし、これからはルイくんのことをたくさん語れるね!」
彼の瞳は、見たことがないくらいキラキラと輝いていた。それと同時に、意識が遠のくような感覚がする。
――まさか白鷺くんが、僕の「ガチ恋」ファンだなんて……
僕はおずおずとグッズを受け取り、ぎこちなく笑った。




