5-2
***
翌日の昼休み。僕と湊は、いつもの裏庭へと向かった。
ぽつんと隅に置かれたベンチに、ゆっくりと腰かける。
——どうやって、昨日の話を切り出そうか……
僕は迷いながら、お弁当の箱を開ける。一方の湊は、袋のままのパンを片手に、一瞬たりとも僕から視線を外さなかった。
「あの、湊……」
「っ、ごめん! 渉が可愛すぎて、目が放せなくて……!!」
ドストレートな言葉に、カッと顔が熱くなる。
湊は言い訳をするように、慌てて口を開いた。
「ずっと渉を見ちゃってるなって、自覚はあったんだ。でも俺が大好きな二人が同一人物だったなんて、今考えても奇跡なわけで……。感情の行き場がないっていうか、俺の世界が渉だけになっても仕方ないっていうか……!」
湊は「ガチ恋勢」……というか、恋する乙女のようだった。
たぶん本人が言うように、湊は相当「浮かれている」。少なくとも、周りが見えていないのはたしかだった。
「湊……。あの、ちょっと相談があるんだけど……」
僕は恥ずかしさで目を泳がせながら、おずおずと口を開く。
——大好きな人からこんなことを言われて、嬉しくないわけがない。
でも僕は、湊本人のために、伝えなければいけないんだ。
「実は今、クラスで『湊くんが変わった』って、話題になってるらしくて……!」
「……ん?」
「湊の気持ちは、本当に嬉しいんだけどっ……! 湊って過剰に注目されるの嫌がってたから、大丈夫かなって……」
言葉を選び、そっと顔を覗き込むと、ようやく湊もピンときたらしい。彼は何度か瞬きをしたあと、額に手を当てた。
「……やばい、全然気づかなかった」
「そうなの!?」
やっぱり、オタクモードになっていただけみたいだ。
——ここで伝えておいてよかった……!
大きく息を吐いた僕を見て、湊は目を丸くしていた。
それから、照れくさそうに頬を掻く。
「渉、心配してくれてありがとう。でも……もう俺は、周りにどう思われてもいいんだ」
「えっ?」
「前は、結構気にしてたんだけどね。今は渉がいるから、周りのことなんてどうでもよくなっちゃった」
湊は吹っ切れたように、明るく笑う。
『本当に好きなものを伝えても、いいことってないから』——そう言っていたころの彼とは、見違えるように清々しい顔をしていた。
湊はふっと視線を落とすと、小さく呟く。
「でも……そうだな。学校ではなるべく抑えるようにするよ。それに、これ以上目立って渉の魅力に気づく奴が現れたら、嫉妬でどうにかなりそうだし」
「さすがにそれはないと思うよ……?」
そもそも僕のガチ恋勢なんて、後にも先にも湊だけだろう。
思いのほか真剣な目つきをしている湊が面白くて、可愛らしさすら感じてしまう。
つい頬を緩めると、湊も優しく目を細めた。
「でも、本当に夢みたいなんだよね。学校では渉と会えるし、配信ではルイくんの声も聞けて……。人生の運を全部使い果たしちゃったんじゃないかって、今でもたまに不安になる」
湊はそう言って、少しだけ腰を浮かせた。キィ、とベンチが軋んで、僕たちの距離が近づく。
彼は僕の存在を確かめるように、そっと僕の背中に手を回した。
「渉。俺……、少しだけ我儘を言っていい?」
「な、なに……?」
「渉と一緒に、ルイくんの配信が見たいんだ」
彼の言葉に、大きく目を見開いた。切実な声に、胸がいっぱいになる。
こんな風にまっすぐ言われて、断ることなんてできない。
「湊。今度……僕の家、来る?」
意を決して、たどたどしく問いかける。
その瞬間、湊が大きく息をのんだのがわかった。
「……うん」
背中に回された彼の手に、きゅっと力がこもる。僕の体温まで、一気に上がったような気がした。
***
——渉と一緒に、『旭 ルイ』の生配信が見たい。
湊と友達になってから、彼が口にしていたこと。
正体を隠していたときは、絶対に叶えられなかった。けれど僕たちの関係が「恋人」に変わった今――それはついに、実現しようとしていた。
穏やかな風が頬を撫で、わずかに暑さが残る日。僕はじわりと出てくる汗を拭い、実家の最寄り駅で待っていた。
「渉!」
閑散とした小さな駅に、彼の声が響く。改札から出てきた湊は、すぐに僕のもとへと駆け寄った。
「まさか、本当に渉の家に行けるなんて……! ずっと楽しみにしてたんだ」
「い、いや……! こちらこそ、わざわざ来てくれてありがとう」
幸いにも、今は両親が二人で長期旅行に出かけていた。姉もこの日は予定があると言っていたから、湊を呼んでも問題ないだろう。
そう思って声をかけたのだが……実際に湊がこの場にいると思うと、なんだか不思議な感じがする。
「そ、それじゃあ……行こっか」
僕はそう言って、きゅっと前を向く。緊張のせいか、動きはロボットのようにカチカチだった。
湊と恋人になってから、こうして長い時間を過ごすのは初めてだ。
湊は並んで歩きながら、きょろきょろと周囲を見回していた。よく見たら、彼もどこか落ち着きがない。
ぱっと目が合うと、湊は遠慮がちに口を開いた。
「どうしよう……。渉の部屋に行くの、緊張するな……」
「……えっ!?」
「だって好きな人の部屋だし、しかもルイくんの配信部屋なわけだし……。俺が爆発しないか心配で」
「爆発ってなに……!?」
思わずツッコんでしまったが、湊は頬を染めて、真剣な表情をしていた。
彼の平常運転に安心感すら覚えて、つい頬が緩んでしまう。気づいたら、肩の力も自然と抜けていた。
「配信部屋っていっても、PCとマイクくらいしかないし……。あんまり期待しないでね?」
「そんなの全然気にしないよ! むしろ俺こそ、そんな神聖な場所に上がらせてもらっていいのかなって!」
湊は熱っぽく語ると、持っていた紙袋を揺らした。ふと思い出したかのように下を向き、ぽつりと呟く。
「それに、手土産……これだけでよかったかなあ」
僕は目を丸くして、彼に問いかけた。
「もしかして、わざわざ持ってきてくれたの?」
「……うん。渉のご家族にもどうかなと思って」
紙袋の中身を覗き込むと、超高級スイーツブランドのロゴが見えた。
――これ、「手土産」ってレベルじゃないよね……!?
「そ、そんなに気を遣わなくても……!」
「いやいや。勝手にお邪魔してるわけだから……! せめてもの気持ちとして、これくらいはしないと!」
さすが、生徒会長を務めている彼のことだ。こういうときの礼儀作法が染みついているんだろう。
なんだか申し訳なく思っていると、湊はぶつぶつと言葉を続けた。
「渉のご家族には、よく思ってもらいたいし……」
「……ん?」
「いつかは正式にご挨拶をするわけだから、しっかりとした振る舞いをしないと。……渉と結婚す……には、海外に行くのも…………」
後半のほうは声が小さくて、よく聞こえなかった。
「湊? 今、なんて言ったの?」
「っ、なんでもないよ! ちょっと将来の計画を……!」
僕が小首を傾げると、湊は誤魔化すように笑った。
「それより、渉の家はもうすぐ?」
「あ、うん。ここを曲がったらすぐだよ」
僕はそう言いながら、角を曲がる。それからまっすぐ歩いて、家の前で立ち止まった。
「ここが、僕の家だよ」
どこにでもある素朴な一軒家。湊の高層マンションのように、華やかさはまったくない。
ガチャ、と鍵を開け、玄関のドアを開けた。
湊は「お邪魔します」と言って、丁寧に靴を揃える。僕は廊下を進み、自室のある二階へ案内しようとした。
「渉ー? おかえりー」
そのとき、静まり返った家に声が響いた。
直後、リビングの引き戸がガラッと開く。そこから顔を覗かせたのは――出かけているはずの姉だった。
――姉ちゃん!? なんで!?




