5-1
夏休みが明けて、初日の全校集会。
クーラーの効いた講堂では、生徒たちのざわめきが響いていた。
新学期を迎え、一か月ぶりに登校する生徒たち。そんな彼らに言葉を送るのは、壇上にいる湊だった。
『みなさん、夏休みはいかがお過ごしでしたか。いよいよ新学期が始まりましたが——』
生徒会長として挨拶をする彼は、いつもの爽やかで完璧な笑顔——ではなく、落ち着きがなく、なにかを探すかのように、視線を泳がせていた。
「湊くん、どうしたんだろ?」
「なんか様子がおかしいよね……?」
湊の異変は、みんなにも伝わっているらしい。僕もそわそわしながら、湊を眺めていた。
すると彼は、こちらに視線を向けて——目が合った途端、ふわ、と幸せそうに目を細めた。まるで、やっと見つけたとでも言うように。
「……ッ!?」
——今の、僕に向かって……!?
今までなら、自意識過剰だと否定していただろう。
だけど、それから彼の視線が一切動かなくて、僕に語りかけているみたいだった。
激しくなる鼓動を押さえつけるように、制服の胸元を握る。
彼の甘すぎる笑顔に釘付けになったまま、僕は視線を逸らせなかった。
全校集会が終わり、教室に入ってすぐのこと。戻ってきた湊は、まっすぐに僕のもとへと駆け寄った。
「渉、おはよう」
「あっ、お、おはよう……!」
湊に声をかけられた途端、声が裏返る。
なんともいえない気恥ずかしさが込み上げてきて、顔が熱くなった。
——夏休みの間、僕たちはついに「恋人」になった。
もちろんそれから、頻繁に連絡を取り合っていた。けれどお互いに委員会が忙しくて、まともに外出する時間はとれなかった。
委員会の合間のわずかな時間に、会って話をする。それだけで精一杯だったんだ。
だからこうして学校で顔を合わせると、どんな風に接したらいいのかわからない。
——今まで通り、学校では「友人」として接すればいいんだよね……?
そうだ、そうしよう。
きっと湊も、そのつもりでいるはずだ。
僕はそう決意して、ぱっと顔を上げる。しかしそれと同時に、湊は僕の手を取った。
「夏休み中、本当はもっと会いたかったんだ」
「……えっ?」
湊は両手で僕の手を包み込み、瞳を潤ませて訴えかける。
「毎日毎日、渉のことだけを想ってたよ。もちろん配信で声を聴いて癒されてたけど、それだけじゃ我慢できなくなってきて、寂しくてどうにかなりそうだった。俺って、本当に我儘だよね……」
湊は熱に浮かされたように、とめどなく言葉を紡いでいた。
それはまるで、画面の中の「ミシロさん」の熱量そのものだ。
——学校では友人として振る舞うと思ってたのに、違うの……!?
どう反応したらいいのかわからず、身体が固まってしまう。
ちょうどそのとき、朝のチャイムが鳴り響いた。
湊はしぶしぶといった様子で手を放す。けれどその顔は、まだ名残惜しそうに眉を下げていた。
——朝のホームルームが終わり、授業が始まっても、僕の心は落ち着かないままだった。
なぜなら、隣席から肌が焦げつきそうなほどの熱い視線が、常に注がれているから。
ちら、と横目に見ると、湊は頬杖をつき、僕をうっとりと眺めていた。
「……っ!」
それに、見られているのは湊からだけじゃない。
こっそり周囲を見回すと、他の生徒たちも、こちらの様子を窺っているように見えた。
それは間違いなく、いつもは品行方正な湊が、あきらかに授業そっちのけで、僕のほうを見つめているからだろう。
——一体僕は、どうすれば……!?
僕は視線に気づかないふりをして、ただ机に向かうことしかできなかった。
***
熱い視線に翻弄され続け、ようやく一息つけたのは、放課後のことだった。
二学期最初の、文化祭の実行委員会。
僕が特別教室に入ると、名雲くんがすぐに駆け寄ってきた。
「鵜月! 生徒会長となにかあったのか!?」
顔を合わせて、開口一番がこれだった。
名雲くんはずっと聞きたかったんだといわんばかりに、興味津々といった様子だ。
僕はひとまず近くの席に着き、おずおずと口を開く。
「えっと……、なんか、気になることでもあった?」
我ながら、白々しい質問だった。名雲くんは勢いよく頷き、前のめりになる。
「いや、気になることだらけだって! 朝から生徒会長が変だって、クラスで話題になってるからな!?」
「そ、そんなに……?」
「そりゃあもう! それに俺も気になって観察してたら、生徒会長がずーっと鵜月のほう眺めてるし、鵜月にびっくりするくらい早口でずっと喋ってるし、なんかキャラ変わってね!?」
図星を突かれて、思わず両手で顔を覆った。
——やっぱり気づかれてる……!!
ずっと僕を見ているのも、早口で捲し立てるように喋るのも、「ガチ恋オタク」であるミシロさんそのものだ。
きっとみんなからしたら、憧れの生徒会長がいきなりおかしくなったと思うに違いない。しかも今度は、生身の僕に向けられてるわけで……!
「ていうか生徒会長って、鵜月のことめっちゃ好きだよな?」
「……えっ?」
「前も俺が鵜月に話しかけたとき、生徒会長にすげー睨まれたし。あのときは、まじで心臓止まるかと思った……」
名雲くんは顎に手を当てながら、ぶつぶつと呟く。そうしてなにかを閃いたように、ぱっと目を見開いた。
「もしかして、鵜月って生徒会長と付き合ってんの?」
「——っ!?」
驚きすぎて、息が詰まる。
すっかり思考が停止してしまって、口をパクパクしたまま、なにも言葉が出なかった。
名雲くんはそんな僕をじっと眺めてから——はは、と大きく笑った。
「冗談だよ! そんな驚いた顔すんなって!」
「じょ、冗談?」
「うん。女子たちが『湊くんに恋人ができたんじゃないか』って騒いでたから、適当に言ってみただけ!」
名雲くんは爆笑しながら、僕の肩を叩いた。
どうやら本当に、冗談で言ってみただけのようだった。
——た、助かった……!
ほっと胸を撫でおろし、小さく息を吐く。
「湊が変なのは……えっと、なんかいいことがあったみたいで」
「あー、テンションが上がってたってこと?」
「う、うん。僕も詳しくは知らないけど……」
フォローになっているかはわからないが、適当にその場を凌ぐ。
そのとき、とある考えが頭を過ぎった。
——湊は「完璧な生徒会長」として過ごしてたのに、このままでいいのかな……?
湊は意図的に、人との深い関わりを避け、自分の本来の姿を見せないようにしていた。このままだと、彼のイメージが崩れてしまうことになる。
湊は意外と、少し……いや、かなり盲目なところがあるから、今は周りが見えていないだけかもしれない。
——今度、湊に聞いてみよう……!
僕はこっそりと決意し、小さく拳を握りしめた。




