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それから一週間後。
ついに、ずっと準備をしていた『質問・相談コーナー』の配信の日を迎えた。
パソコンの画面には、姉が描いてくれたイラストが表示されている。
僕は背筋を伸ばし、「配信開始」のボタンを押す。
『みんな、お疲れー! 今日は、現役高校生VtuberによるNGなし! 質問・相談コーナーをやっていくぞー!』
僕が声をかけると、早速リスナーさんがコメントをしてくれる。
もちろんその中には、驚くほどの長文や、ビックリマークばかりのコメントはない。
そう、あれからも変わらず、ミシロさんからのコメントは届かなかった。
……本当は、寂しくてしかたない。
けれど今は、その気持ちを誤魔化したり、無理やり掻き消したりしようとはしていない。
――生配信に来られなくても、たくさん盛り上げて、思わず見たくなるような配信にしよう。
僕はそう心に誓って、明るい口調で笑顔を向ける。
『実は今回、たくさん質問と相談が届いてるんだ! もし一件もこなかったら、ネタにしようかと思ってたんだけどなー! 本当にありがとう!!』
実際僕のもとには、十件を超えるメッセージが届いていた。
すべて事前に目を通して、どう答えるかを考えてきている。
僕自身も悩んでばかりだけど、だからこそ、いつも見てくれるリスナーさんからの質問や悩みには、真剣に応えたかった。
『それじゃあ、答えていくぞー!』
早速、画面を切り替える。
『最近ハマってるゲームは?』『現役高校生ってまじ?』といったライトな質問から、『Vtuber活動するのに大変なことはなんですか?』『進路で悩んでいて……』といった、重めの相談まで。
一つ一つ、配信が盛り上がるようにテンポよく、けれど本気で向き合っていた。
それから、どれくらい時間が経っただろうか。
コメントを拾いながら喋っていたら、別の質問も飛んできて――水分補給すら忘れてしまうほど、僕たちのやりとりは熱を帯びていた。
最後の相談に応えた頃には、すっかり声が掠れていた。
『ごめん、ちょっと水飲むな!』
一言断って、音声だけを切った。喉を潤すと、頭の中がすっきりと冴えてくる。
――そうだ。もしかしたら今いるリスナーさんも、追加で相談したい人がいるかもしれない。
ふと思って、再び口を開いた。
『っていうわけで、これでもらった質問・相談は終わり! ……なんだけど、もし他にも聞いてみたいってことがあったら、コメントしてくれー!』
自分で言ったあと、ちょっとハードルが高いかな、と苦笑いしてしまった。
案の定、数分待ってもコメント欄は動かない。
配信時間は、そろそろ二時間が経とうとしている。
長くなってしまったし、きっとみんな満足してくれたんだろう。
『他にはなさそうだから、今日の配信はこのへんにしようかな!』
僕はそう言って、カーソルを「配信終了」のボタンに合わせた。
しかしそのとき――とある一行が、視界に滑り込んできた。
『相談したい』
表示された名前を見て、心臓が跳ねた。
名前は、ミシロ。
ずっと僕の配信に姿を見せなかった、湊だった。
――まさか、ずっと見てくれてた……!?
嬉しさと驚きで、うまく言葉が出てこない。僕はなんとか声を絞り出し、『もちろん!』と応える。
マウスから手を放し、じっと次のコメントを待っていた。
たった数秒が、永遠にも感じられた。
『友人のことで、悩んでるんだ』
やっと届いたコメントに、思わず息をのむ。
いつもなら熱い長文を投げてくるミシロさんが、今日だけは、ぽつりと、短い言葉を落としていく。
それはまるで、迷って躊躇しながら打っているように。
僕はその場をトークで繋ぎ、無言にならないようにする。他のリスナーさんも、ミシロさんが古参ファンということを知っているからか――なにもコメントをせずに、静かに待っているようだった。
『ルイくんの配信がきっかけで、仲良くなった友人がいるんだ。でも、その子に嫌われたかもしれない』
彼の文章を目にするたびに、鼓動が激しくなってくる。
――ルイの配信がきっかけで、仲良くなった。
これってまさか……僕のこと?
『俺にとって本当の自分をさらけだせるような、大切な人なんだ。だけど俺が焦って距離を詰めようとしたら、避けられるようになった』
僕は画面に釘付けになって、言葉を失ってしまった。
『苦しい。もう一度元の関係に戻りたい。だけどこれ以上しつこくしたら、今度は一言も話せなくなるんじゃないかと思うと怖い。本当に失いたくない人に出会ったのが初めてだから、どうしたらいいのかわからないんだ』
彼からそのまま流れてくる感情が、胸を衝いて、息が苦しくなっていく。
――湊は、こんなに悩んでいたの?
僕のことを、こんなに大切に想ってくれていたの?
『——ルイくん。俺はどうしたらいい?』
最後のコメントが投げかけられて、はっと我に返る。
『あっ、えっ、と……』
焦って口を開いたら、言葉がつかえてしまった。
配信では明るいトーンで、はっきり喋れるはずなのに。
『旭 ルイ』としての仮面が剥がれて、ぐずぐずと決壊していくような感覚だった。
『ミシロさん、えっと、実はオレも、友人関係で悩んでたことがあって。だからその……真剣に、答えたいんだけど』
必死に言葉を紡ぐが、頭の中はぐちゃぐちゃだ。
――本当に、今ここで、『旭 ルイ』として答えるのか?
ミシロさんが湊であることも、そして本来答えるべき人間は――「僕」自身だと知っているのに。
今の僕……『旭 ルイ』のままでは、本当の彼の悩みとは向き合えない。
僕は唇を噛みしめて、拳をぎゅっと握りしめた。
『オレに悩みを打ち明けてくれて、ありがとう。ミシロさんは、いつもオレを応援してくれて、全力で支えてくれて……だからこそオレも、ミシロさんの悩みに、本気で向き合いたいんだ』
ミシロさんの反応はない。一体画面の向こうの湊は、どう思っているのかわからない。
だけど僕は、それでも彼に訴えかけた。
『だから少しだけ、待ってて。必ず、答えるから』
しばらく、コメント欄は静かだった。
けれどあるとき、『ありがとう』と――一言だけ、返ってくる。
それを合図にしたように、これまで見守ってくれていたリスナーさんから、優しい言葉が投げかけられた。
『仲直りできるといいな』
『ミシロさん、きっと大丈夫だよ』
みんなの温かさに胸の奥を揺さぶられながら、僕は今度こそ、震える声で最後の挨拶を告げる。
——今すぐ、行かないと。
「配信終了」ボタンを押した瞬間、すぐに立ち上がる。スマホだけを持って、部屋から飛び出した。
外に出ると、傾きかけた日差しが、周囲を眩く照らしていた。
夏休みの間、彼はずっと、生徒会の仕事があるのだと言っていた。きっと今から行けば、間に合うはずだ。
「湊に、会いにいこう」
——『旭 ルイ』としてじゃなく、鵜月 渉として。
僕は今度こそ逃げずに、彼と向き合いたかった。




