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Vtuberをしていたら、美形生徒会長が僕のガチ恋ファンだった  作者: 七瀬おむ
第4章 ありのままの「僕」で向き合いたい!

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4-4

 ***


 あれから湊とは、すっかり話さなくなってしまった。


 同じ教室の、隣の席。数センチしか離れていないはずなのに、そこには深い溝があるみたいだ。


 湊には、怒っているような雰囲気はない。けれど、ふとした拍子に目が合うと、彼は気まずそうに視線を逸らす。


 僕からは、声すらかけられない。そんな勇気もない。それなのに、まるでここには彼しかいないように、湊の気配だけを意識してしまう。


 そんな中、追い打ちをかけるように――僕たち二人は、生徒会や実行委員で席を外すことが多かった。


 ……きっとこのまま、夏休みに入ってしまうんだろう。


 そんな予想通り、僕たちは一度も口を利かないまま、一学期の最終日を迎えてしまった。


 その日の放課後も、僕は逃げるように特別教室へと向かった。夏休み前最後となる、実行委員の集まりに参加するためだ。


 いつもは運動部の掛け声が聞こえる特別教室は、しんと静まり返っている。最後の集会が終わったのは、空が赤く染まる頃だった。


「じゃ、夏休み楽しんでこいよー」


 名雲くんは鞄を肩にかけて、意気揚々と特別教室を出ていった。彼の背中が見えなくなるまで手を振って、ついに僕は一人になる。


 誰もいない教室。なぜだか帰る気になれなくて、なにげなく荷物を整理していた。


「あ、これ……」


 鞄をまさぐっていたら、内ポケットから『旭 ルイ』のアクリルキーホルダーが出てきた。


 最初に湊からもらったもの。鞄につけるのが恥ずかしくて、ポケットに入れたままだった。


「これ、布教用って言ってたっけ……」


 湊と仲良くなるきっかけが、このアクリルキーホルダーだった。


 あの頃から、湊はずっとルイを応援してくれているのに。僕だけが変わってしまった。


 このまま夏休みに入れば、きっと彼との距離はさらに広がるだろう。けれど「僕」はそれでいい。


 現実の湊と話せなくても、僕は『旭 ルイ』として、彼と接することができるんだから。


「夏休み、配信頑張らないと……」


 僕はアクキーを握りしめたまま、特別教室の扉を開けた。


 三階の廊下では、窓から夕日が差し込んでいた。廊下がほのかに赤く染まって、奥からは数名の生徒たちの声が漏れ聞こえてくる。


「会長、次の予算は……」

「ああ……、じゃないかな。これから文化祭も……」


 ガラ、と音がして、生徒たちの声が鮮明になった。


 扉が開いたのは、生徒会室だった。そこから、生徒会のメンバー数人がこちらに近づいてくる。その中でいっそう背の高い人物に、すぐに目を奪われた。


 ――湊だ。


 慌てて背を向けて、顔を隠す。


 いや、本当はこんなことをする必要はない。湊と顔を合わせて、「またね」とだけ言えばいい。


 わかっているのに、身体がまったく動かなかった。


 湊と、生徒会メンバーの女子。おそらく一年生の庶務の子だろう。彼らは楽しげに話しながら、僕の後ろを通り過ぎていった。


「会長。本当に夏休みは、ほぼ毎日来るんですか?」

「そうだね、仕事もあるし」

「じゃあ私も、手伝いに行きます!」

「気にしないでいいよ。どっちにしろ、俺が処理しなきゃいけない書類だしさ」


 女子の好意が滲む弾んだ声と、爽やかに返す湊の声。彼らの声が遠ざかってから、深く吐息を漏らした。


「これでよかったのかな……」


 僕の呟きだけが、誰もいない廊下に虚しく響いた。



 ***



 ――顔を合わせなくなれば、自然と湊への気持ちは落ち着くはずだ。


 そう自分に言い聞かせながら、迎えた夏休み。僕は自室で配信の準備をしながら、大きくため息を吐いた。


「なんで、思い出しちゃうんだろう……」


 脳裏に浮かんでくるのは、昨日の出来事。

 最後に声をかけていれば、この胸の苦しさも、少しは軽くなっていたかもしれない。


 湊と決定的な溝ができたまま、夏休みに入ってしまった――その後悔が、今でも続いている。


「僕が避けたくせに、どれだけ身勝手なんだ……」


 自分自身への呆れと嫌悪で、頭の芯がじくじくと痛む。黒いパソコンの画面に映った自分が、今にも泣きそうな顔をしていて……僕は目を逸らし、『旭 ルイ』用のフォルダを開いた。


「毎日配信の初日なんだから、頑張らないと」


 気を紛らわせるように小さく呟き、マウスをクリックする。


 画面に表示されたのは、今日の配信のサムネイル。そこにはルイのイラストと、『夏休みの毎日配信!!』の文字が大きく描かれていた。


 ――毎日配信するって言ったときは、姉ちゃんもびっくりしてたっけ……


 自分でも、唐突だったと思う。


 毎日配信を決めたのは、もちろんVtuberとして頑張りたいからが一番だ。けれど心のどこかで、スケジュールを限界まで詰め込んで、湊のことを思い出す隙をなくしたい――そんな、逃避のような気持ちもあった。


「……時間だ」


 午後一時、「配信開始」のボタンを押す。


 僕は一度深呼吸をして、姿勢を正した。笑顔を作り、『旭 ルイ』として――マイクに向かって声を吹き込む。


『みんな、お疲れ! 今日の昼配信、来てくれてありがとー!』


 僕が呼びかけると、みんなが反応してくれる。夏休みということもあるからか、同時接続者も多かった。


 あっという間に、コメント欄が埋まっていく。


 ……あれ?


 そのとき胸に生まれた、小さな違和感。その間にもコメントは一つ一つ積み上がり、流れていった。


 僕は妙な引っかかりを感じたまま、配信を続ける。


『夏休みの予定だけど、色々企画も用意してるんだよねー! 今度は質問・相談コーナーもやろうと思ってる!』


 この質問・相談コーナーは、特に古参リスナーさんから要望が多かった企画だ。


『ルイくんにたくさん質問したい!!!!』と、ミシロさんもチャット欄で背中を押してくれたのを覚えている。


 コメント欄を見ると、『NGなし?』『いつ配信するの?』と、次々と質問が飛んできていた。


 しかしその中にも、見知ったアイコンはない。


 僕はようやく違和感の正体に気づいて、頭の芯が冷たくなるのを感じた。


 ――ミシロさん、いない……?


 コメント欄をいくら遡っても、彼を見つけることはできなかった。


 いや、もしかしたらコメントをしていないだけで、今日だって観てくれているかもしれない。


 けれど、いつもは僕の呼びかけに、誰よりも早く言葉を返してくれるのに。


 焦燥感に支配され、視線を泳がせる。ふと画面のルイの表情を見て、はっと我に返った。

 ルイは眉を下げ、切なげに瞳を揺らしていた。


 ――僕、なにやってるんだ……!


 慌てて『旭 ルイ』の笑顔を作りなおす。


 こんなんじゃ、配信に来てくれたリスナーさんに失礼だ。ちゃんと集中しなきゃいけないのに、どうしても意識の端っこで、彼のことを考えてしまう。


 湊にだって、配信を見られない日だってある。そもそも、夏休みは生徒会の仕事で埋まってるって聞いたじゃないか。


 僕は余計な考えを振り払い、声を張り上げた。


『質問・相談は匿名でも受けつけてるから、まだまだ募集してるぞー!』


 ――今の僕は、『旭 ルイ』なんだ。


 そう心の中で、何度も言い聞かせる。


 胸の奥のざわめきを抑えつけながら、なんとか明るい声を作り続けた。



 二時間の配信が終わって、僕は力なくデスクに突っ伏した。


 ――最後まで、一度もミシロさんからのコメントはなかった。


 無理に笑顔を作り続けていたせいか、頬の筋肉がこわばっている。

 配信を終えてこんなに疲労を感じたのは、間違いなくこれが初めてだ。


 ――夏休みの初配信が、これって……


 どうにかして気分を変えたくて、重い腰を上げ、部屋から出た。


「渉、お疲れー。今日の配信、過去最大の同接数じゃん!」


 リビングに降りると、姉が声をかけてきた。

 まだ三時だというのに、ビールを片手にタブレットで絵を描いている。画面に映っていたのは、ルイのイラストだった。


『現役高校生VtuberによるNGなし! 質問・相談コーナー』と題して、自信満々に人差し指を立てている。


「あれ、これって……?」

「あーそうそう! 次の質問相談コーナーのサムネ! なんかリスナーさんの反応がよかったし、特別に描いてあげようと思ってさー」

「えっ? あ、ありがとう……」


 今日の姉は、やけに優しい気がする。

 疑問に思いながら、僕もソファに腰かけた。スマホを取り出し、『ツブヤキ』に企画の告知文を投稿する。


 姉はしばらく無言でペンを走らせていたが、時折ちらちらと、様子を窺うようにこちらを見ていた。


「……姉ちゃん、どうしたの?」


 いつもは僕の都合なんてお構いなく絡んでくるのに、遠慮するような視線が珍しかった。


 姉はわずかに視線を泳がせてから、おずおずと口を開く。


「……渉。あの話って、どうなったの?」

「あの話?」

「あたしに相談してたでしょ、友達のことを考えすぎちゃうって」


 思わぬ話題に、ぴくりと肩が上がった。

 姉はそんな僕の変化を見逃さず、深く息を吐いた。


「その反応、あんまり解決してないみたいだね」

「そ、それは……」

「他人の相談事を受ける前に、まず自分の悩みを吐き出せば?」


 ……たしかに、姉ちゃんの言うとおりだ。


 僕は太ももの上で拳を握り、唇を噛みしめる。


 姉はそっとペンを置く。彼女は静かに微笑むだけだったが、話を聞くよ、と言われているようだった。


 ――あれから、湊のことをどう思っているのか。


 僕は一度気持ちを落ち着かせてから、ゆっくりと口を開く。


「実は、姉ちゃんに言われてたことをやってみたんだ」

「……へえ」

「友達を増やして、自分の世界を広げようと思って。委員会に立候補して、そこで他の友達もできたんだ」


 名雲くんとは、もう「友達」と呼んでもいいくらいになった。


 話すだけじゃなくて、ゲームの貸し借りをしたり、夏休みも通信対戦をする約束をしている。気兼ねなく話ができて、一緒にいると楽しい。まさに僕が思い描いていた「友達」との関係そのものだった。


 姉は、「やるじゃん」と誇らしそうに口角を上げる。だが僕はそっと目を伏せ、言葉を続けた。


「でも、最初に言った『友達』のことを、なかなか忘れられなくて」

「……うん」

「むしろ距離を取ったら、寂しいと思うようになったんだ。僕が勝手にその友達に依存しないようにしてたのに、本当に身勝手だよね」


 たとえ新しい友達ができても、湊への想いは変わらなかった。それどころか、ますます湊を意識している。


 今では、配信中のミシロさんの様子も気になって仕方がない。


 ミシロさんからコメントがないとすぐに不安になって、その先にいる湊のことを考えてしまう。


「きっと僕にとって……その人は、特別なんだと思う」

「渉……」

「でもその人には、こんな気持ちを伝えられなくて……」


 胸の奥が苦しくなって、言葉が詰まってしまう。


「僕なんかが、つ、伝えたら……変に思われるんじゃないかって……」


 新しい友達を作って、自分の中の世界を広げれば。湊と話さずに、顔を合わせないようにすれば……彼への恋心を、抑えられるんじゃないかと思っていた。


 でも、違う。


 ――僕はきっと、湊への想いを消すことなんてできない。


 僕は俯き、それ以上何も話すことができなかった。

 しばらくの間、沈黙が流れる。


 ――こんなことを打ち明けられて、姉ちゃんも困っているのかもしれない。


 僕は怯えたように瞼を閉じる。その瞬間、姉はそっと僕の肩に触れた。


「渉。もっと自信持ちなって」

「……えっ?」

「自分で思ってるほど、渉は駄目な奴じゃないよ」


 驚いて、ぱっと顔を上げる。

 姉は悪戯っぽく笑っていたが、瞳の奥は真剣だった。


「それに、渉は変わったじゃん」


 姉ははっきりと告げた。


「配信を始めてからリスナーさんが増えて、学校でも特別な人ができて。渉が誰かのことを想って、こうやって悩んでること自体が、一歩踏み出した証拠でしょ」


 温かなまなざしに、鼻の奥がつんとした。


 姉は少し照れたように笑う。静かにペンを持つと、再びルイのイラストを描き始めた。


「……姉ちゃん、ありがとう」


 僕が掠れた声で告げると、姉はふ、と表情を緩めた。


「……まあ、うじうじしてるのは、今も変わらないけど」

「えっ……!?」

「でも色々考えちゃうのは、それだけ本気ってことだよ。……無理に抑えようとするのは、勿体ないんじゃない?」

「……っ!」


 姉の言葉は、僕の胸を静かに揺さぶった。


 ――ずっと、抑えなきゃいけないと思い込んでいた。


 湊の前で出してしまったら、彼を驚かせて、幻滅させてしまうのだと。

 だけどこの想いは、そう簡単に消えてくれない。


 でも、それは僕が駄目なんじゃなくて――この想いがまるごと、僕にとって大切な一部だからなのかもしれない。


 僕の中に居座っていた重苦しいものが、すっと晴れていくような心地がする。


 今でも、湊の姿を思い浮かべると、心臓が激しく音を立てる。


 だけど僕は、もうその音を否定しない。


 ただ、優しく受け入れるように――高鳴る鼓動を聞いていた。


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