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最近、湊の様子がおかしい。
僕が委員会活動を始めてから、その違和感は日に日に大きくなっていた。
「渉。俺、これから生徒会の予定があるんだけど……すぐに終わらせてくるから、教室で待ってて」
昼休みのチャイムが鳴ってすぐ、彼は立ち上がってそう言った。
――たぶん、今日こそお昼を一緒に食べようということなんだろう。
「わ、わかった」
僕は言われるがまま頷く。
だが、なぜか湊は眉間に皺を寄せたままだった。
湊はいつも『旭 ルイ』のことになると変だけど、それとはまた別の……どこか焦ったような、ヒリヒリとした空気が滲み出ている。
僕は彼が教室を出るのを見送ってから、お弁当を机の端によけた。
「とりあえず、湊が戻るまで待とうかな……」
手持ち無沙汰になり、スマホを手に持って俯く。
――一人きりのお昼は、久々だった。
スマホの画面をただ流しているだけで、内容が頭に入ってこない。代わりに耳に飛び込んでくるのは、クラスメートたちの会話だった。
『夏休みどうすんの』『海行こ!』と――間近に迫った夏休みの話題で、盛り上がっているのがわかる。
そんな渦の真ん中で、ぽつんと取り残されている。
――僕も湊と遊びにいきたいけど……今の気持ちのままじゃ、無理だよな。
「はあ……」
堪えきれず、ため息が漏れる。
――夏休みを挟めば、少しは気持ちが落ち着くんだろうか。
夏休みまで、あと三日。
彼と会えなくなるのは寂しいけど、この感情を抑えつけるにはいい時間なのかもしれない。
そうやって自分を納得させて、大きく息を吐いた。
「鵜月ー、ちょっといい?」
そのとき、頭上から声がした。
ぱっと顔を上げると、名雲くんが立っていた。彼はきょとんとした顔のまま、小首を傾げる。
「さっきから、すっげーため息ついてんじゃん。大丈夫?」
「あっ、うん……! 大丈夫」
「そう? あのさ、この前のゲームの攻略で聞きたいことがあって――」
彼は喋りながら、湊の席に座った。僕と向かい合い、スマホの画面を見せてくる。
「これ、この前俺が調整したパラメーターなんだけど。どうもしっくりこないんだよねー。鵜月はどうしてるのか聞きたくて」
僕は彼のスマホを覗き込み、質問に答える。
「このキャラね……。僕は攻撃力に特化させて、スキルを割り当ててるよ」
「あー、やっぱりそうかあ。最近このキャラ使ってんだけど、変にバランスとろうとしないほうがいいのか?」
「うん、そうだと思う。僕も均等にスキル振ってたら、全然使いこなせなかったよ」
「マジかー、ありがとう! やっぱりゲームのことは、鵜月に聞くのが一番だな!」
そんなにおだてられると、ちょっと照れくさい。
ただ配信でもプレイすることが多かったから、リスナーさんからのアドバイスを実践しているだけだ。
「そ、そんなことないよ。初見だと全然ダメだし……」
「いやいや、自信持てよー!」
名雲くんは僕の肩を軽く叩いた。
スマホをポケットにしまい、ふと思い出したように言う。
「あ、そうだ。今度、リアルで協力ミッションやらない?」
彼の誘いに、思わず目を丸くした。
「えっ……、僕でいいの?」
「当たり前じゃん! 師匠、お願いしますよー!」
「……師匠?」
「だって、高難易度のクエストも全クリしてるじゃん! 夏休み、空いてない?」
スケジュールを見るまでもない。配信以外、予定はガラ空きだ。
「だ、大丈夫だよ」
「お、やったー! すげー楽しみ!」
名雲くんが弾けるように笑うので、僕もつられてしまう。その場が一気に明るくなり、心が弾む。
胸を占めていたモヤモヤが、彼の笑顔に溶かされていくような気がした。
「僕も、楽しみ」
頬を緩ませながら答えた――その瞬間。
名雲くんの背後に、すっと人影が差した。
「――渉。なんの話してるの?」
張り詰めたような、冷たい声が響く。
名雲くんはびくりと肩を震わせて、ゆっくりと振り返った。
「あ、あれ……? 生徒会長?」
「生徒会が終わったから、急いで戻ってきたんだけど。二人で盛り上がってるから、気になっちゃった」
湊はぎこちなく口角を上げた。けれど目の奥は笑っていなくて、僕をまっすぐに見据えている。
――湊、怒ってる……?
肌にぴりぴりと刺さるような視線に晒されて、身体が固まってしまう。名雲くんも異様な雰囲気を感じ取ったのか、焦ったように立ち上がった。
「あっ、悪い! ここ生徒会長の席だったよな! すぐに退くから!」
名雲くんは湊と目が合った途端、頬を引き攣らせた。彼はそそくさと立ち去ってしまい、その場には僕と湊だけが残る。
長い沈黙のあと、湊は僕の腕を掴んだ。
「渉、一緒に来て」
「……えっ!?」
突然のことに、呆然としたまま引っ張られる。僕はなにもできず、彼についていくしかなかった。
無言のまま湊に連れられたのは、階段の踊り場だった。
壁際まで追い込まれ、ようやく彼と向き合う。抗う間もなく、ぐっと身体を寄せられた。
「名雲くんと、ずいぶん楽しそうだったね」
いつもの優しく、穏やかな雰囲気はどこにもない。湊の眉間には深い皺が刻まれ、綺麗な唇は苦々しく歪んでいた。
「俺が誘ったときは嫌そうだったのに。名雲くんに言われたら、あんなに嬉しそうにするんだ?」
「そ、そういうわけじゃ……!」
こんな風に感情を剥き出しにした湊なんて、見たことがない。
「この前遊んでから、ずっと様子が変だよね?」
色素の薄い瞳で射貫かれて、なにもかも見透かされているような気がする。彼はすっと目を細めて、掠れた声で問いかけた。
「渉。――俺のこと、避けてる?」
決定的な言葉を言われて、大きく目を見張った。
「ち、ちちが、違うよ……っ!」
視線を泳がせ、ただ狼狽えることしかできない。湊は一度吐息を零すと――そっと僕の顔に手を伸ばした。
「渉、こっち見て」
指先で顎を持ち上げられて、強引に視線が交わる。
「湊……!?」
「だって、全然目が合わないから」
吐息が肌を掠めるほどの距離に、頭が真っ白になる。
掴まれている手から熱が伝わってきて、耳まで茹で上がっていくような感覚がした。
「……渉は、俺だけと話してくれればいいのに」
「えっ……?」
「他の友達なんか作らなくても、俺が……」
彼の言葉が信じられなくて、思わず息をのむ。
――どうして。どうしてそんなこと言うんだ。
それじゃあまるで、湊が嫉妬しているみたいじゃないか。
「……俺、なにか嫌われるようなことした?」
――嫌いじゃない。むしろその逆だ。
そのせいで、いつものように話せないんだ。
小さく首を振って、口を開く。
「僕は、湊のことが……」
――「好き」だと頭に浮かんで、すぐに口を噤む。
同時に胸に湧き上がったのは、大きな不安だった。
――僕の感情が、湊に知られてしまったらどうしよう。
きっと湊は、僕を大切に想ってくれている。そうじゃなきゃ、嫉妬したりなんてしないだろう。
だけどそれは、友達としての気持ちだ。
彼が好きなのは――僕じゃなくて、『旭 ルイ』なんだから。
「渉、俺は…………」
湊は眉根を寄せ、手の力を強めた。煮え切らない態度の僕に、苛立っているようにも、苦しんでいるようにも見える。
彼はそれでも、僕の言葉を待っていた。急かすように手の力を強めて、さらに距離が縮まって――
「ご、ごめん!」
声を張り上げて、大きく後ずさる。
湊は僕の手を放し、そのまま立ち尽くしていた。
「じゅ、授業始まるから……!」
急いで顔を隠し、その場しのぎの言葉で繕う。
僕の反応がおかしいのはわかっている。けれど、真っ赤になっている顔を見られるわけにいかなかった。
「渉……」
湊の声が、ひどく切なげに聞こえた。
振り返ることすらできなくて、ただ胸が痛い。
僕を特別に想ってくれている彼に、こんな態度しか取れないなんて。
だけど僕は……これからも「友達」として、彼と向き合える自信がなかった。




