4-2
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翌朝。僕はひっそりと意気込みながら、教室の扉を開けた。
――今日から友達を作って、新しい一歩を踏み出すんだ。
気合いを入れて、辺りを見回す。
早く登校しすぎたせいか、生徒はほとんどいなかった。そわそわしながら待っていると、クラスメートが一人、また一人と入ってくる。
けれど、もちろん挨拶や会話はない。
僕はただ彼らの姿を眺めながら、あまりにも初歩的な問題に気づいてしまった。
……肝心の「友達」って、どうやって作ればいいの?
クラスメートたちは、すでに出来上がったグループで話をしている。考えてみれば、もう一学期も終盤。人間関係はとっくに固まっていた。
「部活に入る……とか? なにかのきっかけがあれば、他の人と関わりが増えるかも……」
みんながそれぞれの会話に夢中なのをいいことに、ぶつぶつと呟く。
配信は続けていきたいから、活動日が少ない部活が合っているかもしれない。でも、二年生の今から入れる部活なんてあるんだろうか。
ぐるぐると考えを巡らせていたが、結論は出てこなかった。
そうこうしているうちに、教室が賑やかになっていく。小窓からは、ちらりと湊の姿が見えた。
僕は慌てて、机に伏せる。
身勝手なのはわかっているが、湊と顔を合わせて話せる自信がない。
――早くこの状況をなんとかしたい……!
僕は仄かに罪悪感を覚えながら、寝たふりでやりすごす。ガタン、と隣の席に湊が座った気配がしたが、一切身動きがとれなかった。
「みんな、席につけー」
それから数分経って、先生が教室に入ってきた。ホームルームを告げるチャイムが鳴ると同時に、僕はようやく顔を上げる。
「知っての通り、あと二週間で夏休みだ。今日はそれに合わせて、文化祭実行委員を決めようと思う」
先生は出席確認を済ませると、すぐに話を切り出した。
――文化祭実行委員、か。
そういえば、毎年この時期に決めてたっけ……
「部活動で合宿があるやつ、あとは赤点補修があるやつはできないから、それ以外の人で頼むな。それじゃあ、立候補してくれるやつはいるか?」
先生が呼びかけると同時に、一人だけ手が挙がった。
「先生、俺やりまーす」
「おお、頼もしいな。それじゃあ名雲は決定だ」
立候補してくれたのは、前方の席にいる男子だった。
――名雲 樹くん。けっして派手なタイプではないが、明るくて、お調子者といったイメージの男子だ。
教室中に、無言の安堵感が広がっていく。
しかしそのあとは、誰一人として手を挙げなかった。
実行委員は夏休みも登校する必要があって、やりたがる人が少ないのだろう。
――もし決まらなかったら、先生から提案されたりするのかな……?
わずかな緊張を覚えながら、周囲を見回す。きょろきょろとしていたら、一瞬だけ先生と目が合った。
僕は部活にも入ってないし、補修もない。だから先生に言われても、おかしくない――
「……あ」
そのとき、ふと気がつく。
――これって、友達を作るチャンスなんじゃ……?
文化祭実行委員は、同じクラスの生徒はもちろん、他クラスの委員とも交流がある。部活に途中から入ることと比べても、ずっとハードルが低い気がする。
今までは一度もやりたいと思ったことはなかったけど、こういう機会がないと、僕は動けない。
それならいっそ、勇気を出して……!
「あ、あの……!」
掠れた声を出し、おずおずと手を挙げる。
クラスメートの視線を一斉に浴びてしまい、さっと下を向いた。隣席の湊も、「渉?」と驚いている。
「おお、鵜月! お前、やってくれるのか?」
先生は感嘆の声を上げた。普段は自己主張を一切しないから、意外に思っているんだろう。
僕が小さく頷くと、先生は目を輝かせた。
「鵜月、それじゃあ頼んだぞ!」
「は、はい……!」
「今日の昼休みに顔合わせがあるようだから、早速参加してきてくれ」
「わかりました」
なんだか照れくさいけど、ほんのちょっとだけ自分が誇らしい。わずかな達成感に、思わず表情が緩んでしまう。
ちょうどチャイムが鳴って、ホームルームが終わる。口角を引き締めながら一限の準備をしていると、後ろからポン、と肩を叩かれた。
「鵜月。同じ文化祭実行委員ってことで、よろしくなー」
顔を上げると、名雲くんが立っていた。寝ぐせのついた黒髪に、少しだけ着崩した制服。自然な笑顔で、どこか親しみやすさを感じる。
「よっ、よろしく……!」
まさか、いきなり話しかけてもらえるとは思っていなかった。
勢いでガタン、立ち上がると、名雲くんは目を丸くして仰け反った。
「わっ、びっくりしたー! そんなに気負わなくていいって!」
「あっ……。う、うん」
「じゃあ、また昼休みになー」
彼はひらひらと手を振って、その場を離れた。
名雲くんと会話を交わしたのは一言二言だけ。けれど、じんわりとした高揚感が広がっていく。
――勇気を出して、よかった……!
「……渉」
感慨にふけっていると、隣から低い声が聞こえた。
湊が口を尖らせて、僕をじっと見つめている。
「み、湊?」
「なんか…………。いや、なんでもない」
どこか歯切れの悪い返事。僕が小首を傾げた途端、湊は目を逸らしてしまった。
湊の様子は気になったが、それ以上聞くことはしなかった。
どちらにせよ、これで友達も増えるかもしれないし、湊と「友達」として、良い距離感を保てるようになるかもしれない。
僕はそんな希望を抱きながら、再び席に着いた。
四限が終わり、昼休みを告げるチャイムが鳴る。
いつもなら湊と裏庭に行っていたけれど、今日の僕には予定がある。
「湊。それじゃあ僕、文化祭実行委員の顔合わせに行ってくるね」
僕はお弁当を手にもって、席を立った。湊は一瞬目を丸くしたあと、きゅっと眉根を寄せる。
「ああ……。そういえば、顔合わせがあるんだっけ」
「うん。結構時間かかるみたいだから、お弁当はそっちで食べるよ」
湊は「ふーん……」と、低く唸った。頬杖をつき、不満げに目を細める。
「……なんか今日、全然渉と喋れてない気がするんだけど」
「えっ!?」
つい声を上げてしまった。「そんなことないよ」と繕うが、湊は納得していない様子だ。
――若干避けてるの、バレてる……?
冷や汗をかいていると、湊はさらに質問を続けた。
「文化祭実行委員ってさ、集まり多いの?」
「ま、まあ……。今週は結構多くて……」
「へえ……」
湊は険しい表情のまま、考え込むような様子を見せる。テンションが低くて、空気が重い。
沈黙のまま、数秒が経った。僕はそっと時間を確認して、おずおずと口を開く。
「湊、ごめん……。そろそろ行くね?」
「……わかった。いってらっしゃい」
湊はそれだけ言って、スマホに視線を落とす。
――なんか、気まずい……!
僕はその空気に耐え切れず、逃げるように教室から出た。
向かったのは、指定された特別教室。
緊張しながら中に入ると、教室の奥で名雲くんの姿を見つけた。
「あ、鵜月! こっちこっちー」
名雲くんは僕に気づくやいなや、手招きをしてくれた。彼は僕の隣席を指差し、「ここ、空いてるぞ」とジェスチャーをする。
「あ、ありがとう」
辺りを見回すと、他の生徒たちは学年やクラスに関係なく、バラバラに席に着いていた。どうやら彼は、わざわざ席を取っていてくれたらしい。
――名雲くん、いい人でよかった……
そっと席に着き、お弁当を開く。名雲くんはパンをかじりながら、椅子にもたれかかった。
「昼休みに顔合わせって、めんどくさいよなー。放課後にしてくれたら、部活もサボれたのにさ」
――僕に話しかけてる……でいいんだよね?
あまりにも自然に声をかけられたので、反応が遅れてしまった。
「たしかに昼休みは大変だよね。えっと……名雲くんって、部活はなにやってるの?」
何気ない会話なのに、たどたどしくなってしまう。
しかし名雲くんはそれを気にするそぶりもなく、軽い調子で答えた。
「テニス部だよ。夏休みは走り込みがキツくてさあ、うまい具合に部活サボれそうだなと思って、実行委員になったんだよねー」
「そ、そうなんだ……。すぐに立候補してたから、すごいやる気があるのかと……」
「えー? そんなわけないじゃん! 鵜月は部活入ってんの?」
「僕は……帰宅部、で」
「うわ、羨ましいー! 俺もそうすればよかったなー」
まるで弾むような会話。
湊とはまた違う、肩の力が抜けるような気さくさだった。
――名雲くん、すっごいフレンドリーだ……!
僕は勝手に感動しながら、全身から緊張が解けていくのがわかった。
「いやー、鵜月が立候補してくれてよかったよ。しっかりしてそうだし、頼りになるわー」
名雲くんは気づけば二個目の焼きそばパンを取り出し、頬張っていた。僕もお弁当に手をつけながら、おずおずと答える。
「ぼ、僕も……委員会活動なんて初めてだし、名雲くんと一緒でよかった」
「そうなん? 帰宅部ってことは、塾に通ってんの?」
「いや、そういうわけじゃ……! 家帰ったら、ゲーム……してる」
「がち!? 俺もめっちゃゲーム好きでさー。『クロニクル・オブ・エデン』シリーズって知ってる?」
咄嗟に箸を置いた。配信でプレイするくらい、大好きなシリーズだ。
「う、うん! 一昨日、外伝が発売されたよね。この前ちょうどストーリーモードが終わって、これから通信対戦とかしようかなって」
「え、俺も!」
どうやら名雲くんも、生粋のゲーマーのようだ。彼はテンションが上がったのか、目を輝かせながらスマホを取り出した。
「今度、通信対戦しようぜ! あ、これ俺のIDね!」
名雲くんはQRコードを出し、メッセージアプリのアカウントを教えてくれた。「友達に追加」ボタンを押すと、すぐに通知音が届く。
『よろしく~』
ゆるいスタンプに、つい笑みが零れる。
――もしかして僕、意外と友達作りがうまくいっているんじゃ……!?
スマホを両手で握りしめ、しばらく画面を眺めてしまった。
「でも、鵜月って意外だなー。あんまりゲームやらないタイプかと思ってたよ」
「えっ……! そう、かな?」
「うん。それに生徒会長とよく一緒にいるから、真面目なタイプなのかと思って」
いきなり湊の話題を振られて、心臓が跳ねた。
たしかに湊は学年トップの成績だから、一緒にいる僕も真面目に見られてもおかしくはない。
……実際は真ん中くらいの成績だから、そんなことはないんだけど。
名雲くんは曖昧に笑う僕をよそに、ふと思い出したかのように続けた。
「そういえば、ずっと不思議だったんだけどさあ。鵜月って、どうやって生徒会長と仲良くなったんだ?」
「……えっ?」
「いや、俺さー、一年の頃も生徒会長と同じクラスだったんだよ。そのときから、生徒会長って誰かとずっと一緒にいるタイプじゃなくてさあ」
僕はぴたりと箸を止めて、大きく目を見張った。
「そりゃあ超イケメンだし、すげーいい奴だから人気だったんだけど。昼休みは他の人の誘いをやんわり断っててさ」
たしかに、席替えをした当初はそうだった。でもまさか、一年の頃から一人でいたなんて。
名雲くんはさらに言葉を続ける。
「男女問わずモテまくって告られてたし、しかも断られた女子が逆恨みして、『あんな人だと思わなかった!』って喚いてたこともあったんだよ。それで人付き合いが面倒になったのかな? って、勝手に想像してた」
「そ、そうなんだ……」
僕はそのとき、ふと思い出した。
『周りが勝手に俺の理想を作って、少しでも理想と違えば攻撃されるんだ』
――湊と「友達」になったとき、彼が言っていたこと。
あの言葉の背景には、こういった経験の蓄積があったのかもしれない。
「……ルイのことがなかったら、今みたいにはなれなかったんだろうな」
「んっ?」
「ご、ごめん! なんでもないっ」
つい口に出してしまい、慌てて取り繕った。名雲くんは一瞬きょとんとしていたが、すぐに顔を上げる。
「あっ、実行委員長だ」
教室に入ってきたのは、三年生の生徒だった。委員長はそのまま教壇に立って、委員会の開始を告げる。
周りの生徒たちが一斉に前を向き、教室の雰囲気ががらっと変わる。
僕も椅子を引き、姿勢を正した。委員会の説明に耳を傾けながら、頭の片隅では、さきほどの名雲くんの言葉が巡り続けていた。
――湊はきっと、人との深い関わりを意図的に避けてきたんだろう。
僕と仲良くしてくれたのは、『旭 ルイ』の存在があったからだ。
そして湊は、「これからも友達として、一緒にいたい」と言ってくれた。
――それなのに、僕が変に意識をしていることがバレたら……?
胸の中がざわざわして落ち着かない。僕の中には、別の焦りが生まれ始めていた。




