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『お茶しか淹れられない無能』と婚約破棄されたので、喜んで隣国の溺愛国王陛下に極上 の一杯を捧げます 〜あなたのその偏頭痛、私の特別なお茶がないと治りませんけど大丈夫 ですか?〜

「エレナ・フォン・アスラン! お前との婚約を破棄する!」

きらびやかな王城の夜会。シャンデリアの光が眩しく降り注ぐホールの中心で、私の婚約者であ

る王太子レナード殿下は、会場全体に響き渡るような大音声でそう叫んだ。

彼の逞しい腕には、いかにも庇護欲をそそる風情の男爵令嬢、ミリア・カーターが小刻みに震え

ながらしがみついている。ミリアは怯えたような、潤んだ瞳で私を見つめつつも、その口元には隠

しきれない勝ち誇ったような笑みが浮かんでいた。

周囲の貴族たちは、一斉に私を憐れむような、あるいは好奇に満ちた目に晒す。

――が。当の私の心境を一言で表すなら、間違いなくこれだった。

(よっしゃああああっ!!)

心の中で特大のガッツポーズを決める。やった、やったわ! これで毎日の山のような書類仕事の

手伝いと、この我がまま王太子の理不尽な愚痴に付き合う地獄から解放される! おまけに、ストレ

スのせいで最近お肌の調子がすこぶる悪くて、高い美容液を買い漁っていたのよ。神様、仏様、ミ

リア様、奪ってくれて本当にありがとう!

しかし、私は歴史あるアスラン公爵家の令嬢である。いくら心の中で狂喜乱舞していようとも、

表面上は完璧な淑女の仮面を崩すわけにはいかない。

私はあえて、深く悲しみに沈んだような、それでいて毅然とした表情を作り、ドレスの裾を美し

く広げて完璧なカーテシーを披露した。

「レナード殿下......。そのお言葉、本気でいらっしゃいますか?」

「フン、今更命乞いなど見苦しいぞ! お前はいつも冷徹で、私を値踏みするような目で見おって。

ミリアのように私を心から癒やしてくれるわけでもない。毎日毎日、お茶を淹れることしか能のな

い退屈な女など、未来の王妃にふさわしくないのだ!」

お茶を淹れることしか能のない女、ねえ。


私は心の中で、今日一番の冷笑を浮かべた。確かに私は、彼が執務室でイライラしている時、い

つも決まったブレンドのハーブティーを淹れていた。彼はそれを「ただのお茶」だと思い込んでいた

らしいけれど、本当に救いようのない馬鹿だ。

私の固有魔法は『精神安定』と『魔力中和』。この国の王族は強力な魔力を持つ代償として、体

内の魔力が暴走しやすく、それが原因で激しい偏頭痛や情緒不安定に陥る悪癖があった。レナード

殿下もその血を濃く継いでおり、十代の頃から酷い頭痛に悩まされていたのだ。

私が毎日、彼の体調や魔力の乱れを観察し、最適な魔力を込めて淹れていたお茶。それこそが、

彼の理性を保ち、国政を滞りなく進めさせていた「命綱」だったというのに。

「......承知いたしました」

私は顔を伏せ、肩を微かに震わせる。周囲には「ショックで泣いている」ように見えただろう

が、実際は笑いを噛み殺すのに必死だっただけだ。

「殿下がそこまでおっしゃるならば、私は身を引きましょう。これまでの婚約関係を解消し、私は

速やかに城を引き払います」

「ふん、物分かりが良いな。アスラン公爵家には追って婚約破棄の書状を送る。せいぜい修道院で

己の無能さを悔いるが良い!」

誰が修道院なんか行くもんですか。実家に戻ったら、まずは一週間泥のように眠って、それから

美味しいケーキを食べ歩く予定が今決まりました。


◆ ◆ ◆


私は夜会を途中で退席し、その足で王城の私室に向かった。荷物はすでに、大半を実家に送り終

えている。レナード殿下の浮気現場なんて、我が公爵家の情報網で一ヶ月前から完璧に把握してい

たからだ。いつ婚約破棄されてもいいように、お気に入りの最高級茶道具一式と、一番お気に入り

のドレスだけを手元に残しておいたのだ。準備万端とはこのことである。

(さて、と。これで私の『お仕事』も本当に終わりね)


お気に入りの白磁のティーカップを丁寧にトランクに収め、私は深くため息をついた。あー、スッ

キリした。明日からの朝がこんなに待ち遠しいのは、彼との婚約が決まって以来、初めてのこと

だった。

城の裏門から、手配していた実家の馬車に乗り込もうとした時、暗がりに一人の男が立ってい

た。背が高く、仕立ての良い旅装を身にまとっているが、その佇まいだけで尋常ではない身分であ

ることが伝わってくる。

「......エレナ嬢」

低く、心地よく鼓膜を揺らす声。私は驚いて足を止めた。

「アルベルト様......? なぜこのような場所に?」

彼は、我が国と同盟関係にある隣国「ローゼンブルク王国」の特使として、ここ数ヶ月この城に

滞在していた男性だった。時折、私の淹れるお茶を飲みに執務室へやってきては、「素晴らしい」

「君のお茶は世界一だ」と大絶賛してくれていたのだ。気さくで話しやすく、私の遠回しな愚痴を

いつも優しく聞いてくれる、私にとって唯一の癒やしの存在だった。

「夜会での騒ぎを聞いてね。君がレナード王太子に婚約破棄されたと」

アルベルト様は、少し困ったような、だがどこか嬉しそうな、複雑な笑みを浮かべていた。

「ええ、見ての通りです。お茶しか淹れられない無能として、城を追い出されてしまいました」

私が少しおどけて肩をすくめて言うと、アルベルト様は一歩、私に近づいた。その距離が妙に近

くて、心臓が跳ねる。

「無能なわけがないだろう。君の固有魔法が込められたあのお茶が、どれほど価値のあるものか。

それを理解できないあの男は、ただの盲目の愚か者だ」

「......気づいていらっしゃったのですか?」

私は目を見開いた。レナード殿下ですら「ただの美味しいお茶」としか思っていなかった私の魔

法を、彼は見抜いていたのだ。

「当然さ。我が国も王族の魔力暴走には長年悩まされているからね。君のお茶を一口飲んだ瞬間、

体内の魔力が驚くほど綺麗に整うのがわかった。君は、あの男の理性を繋ぎ止めていた、本物の聖

女も同然だ」


アルベルト様はそう言うと、なんと私の前に片膝を突き、私の右手を取った。その流麗な仕草

は、一国の特使というよりも、まるで騎士の誓いのようで――。

「エレナ。実は、僕の本当の名前はアルベルト・フォン・ローゼンブルク。ローゼンブルク王国の国

王だ」

「えっ......!?」

特使というのは偽りで、実は国王自ら視察に来ていたというのか。あまりの衝撃に、私は淑女の

仮面を完全に忘れて「えっ」と素の声を上げてしまった。そんな私を見て、彼は愛おしそうに目を

細める。

「驚かせてすまない。でも、君が自由になるのをずっと待っていたんだ。エレナ, 僕の国へ来てくれ

ないか? 君のその素晴らしいお茶を、今度は僕のためだけに淹れてほしい。国賓として、いや――

僕の生涯の伴侶として、君を迎えたい」

「は、伴侶......って、王妃様ですか!?」

「そうだ。君をあんな暗い執飾室で酷使したりしない。毎日、君が笑って過ごせるように、全力で

君を大切にすると誓う。......どうだろう? 僕にお茶を淹れてくれないか?」

アルベルト様の瞳は、信じられないほど真剣で、そして温かかった。レナード殿下の、いつも私

を都合のいい道具のように扱う冷たい目とは大違いだ。それに、アルベルト様はかなり、いや、も

の凄く格好いい。顔がドンピシャで好みだ。国王としての包容力もありつつ、今私の前で少し緊張

したように耳を赤くしている姿が、たまらなく人間味があって愛おしく思えた。

(......王妃の仕事は大変そうだけど、この人と一緒なら、きっと楽しいわよね。何より、私の価値

をこれ以上ないほど認めてくれているし)

胃薬が手放せない生活から脱却し、イケメン国王との溺愛生活へ。断る理由がどこにあるってい

うのよ。

私は小さく吹き出し、彼の手をしっかりと握り返した。

「喜んで、陛下。ただし、私のお茶はとってもお高いですよ?」

「いくらでも払おう。僕の心も、国も、すべて君のものだ」


こうして私は、婚約破棄されたその日のうちに、隣国の王妃になることが決まったのだった。人

生、何が起こるか分からないものである。


◆ ◆ ◆


それから一ヶ月後。ローゼンブルク王国の王宮で、私は最高に充実した日々を送っていた。

「エレナ、今日のお茶も最高だね。頭の先まですっきりと晴れ渡るようだ」

陽光が優しく降り注ぐテラス席で、アルベルトは私が淹れたハーブティーを嬉しそうに口に運んで

いる。二人の時は、陛下ではなく名前で呼ぶように、と彼から甘く命令されているのだ。

「良かったです。アルベルトは最近働きすぎですから、少し魔力を多めに込めておきましたよ」

「あはは、君には敵わないな。でもね、君がこうして隣にいてくれるだけで、僕の魔力はいつも驚

くほど安定しているんだよ」

アルベルトはそう言って悪戯っぽく笑うと、私の手を引き, 自分の膝の上に私を乗せた。いわゆる

膝上抱っこである。

「ちょっと、アルベルト! 侍女たちが見ています!」

「いいじゃないか、僕の最愛の王妃なんだから」

クスクスと楽しそうに笑う彼にバックハグされながら、私は幸せを噛み締めていた。こちらに来

てからというもの、私の肌荒れは完全に治り、毎日が楽しくて仕方がない。あんなに手放せなかっ

た胃薬の出番も、今や完全にゼロだ。

一方その頃、私が去った元の国では、大騒動が起きていた。

アスラン公爵家経由で届いた定期報告(という名の、実家のお父様からの面白い噂話の手紙)に

よると、王太子レナード殿下は、日に日に狂暴化しているらしい。

私がいなくなってから一週間後、彼は原因不明の激しい頭痛に襲われるようになった。「エレナ

のお茶を持ってこい!」と暴れたらしいが、私が残していった茶葉をミリアが淹れても、ただの苦

い汁か、砂糖まみれの泥水にしかならなかった。私の『魔力中和』の魔法が入っていないのだか

ら、当然である。市販の頭痛薬など、王族の魔力暴走には一切効かない。


体内の魔力が暴走し始めたレナード殿下は、深刻な情緒不安定に陥り、執務室の重要書類を怒り

に任せて破り捨てたり、側近たちに物当たりを散らしたりして、完全に周囲の信用を失ったそう

だ。国政は大混乱である。

「こんなはずではなかった! ミリア、お前のお茶は何故これほど不味いのだ!」

とレナード殿下が怒鳴り散らし、ミリアは「殿下が怖い!」と毎日泣き叫んで、二人の愛(笑)

の巣はすでに冷え切っているという。

さらに、王太子のあまりの奇行と無能ぶりを見かねた国王陛下によって、レナード殿下はついに

王位継承権を剥奪され、辺境の幽閉塔へと送られることが正式に決定したそうだ。男爵令嬢のミリ

アも、王族をたぶらかし国政を混乱させた罪で、鉱山送りの刑だとか。哀れだけど、自業自得よ

ね。

「......ふふ、ざまぁみろ、ですわね」

私は届いた手紙を読みながら、ふっと鼻で笑った。ついお上品ではない本音が出てしまう。

「どうしたんだい、エレナ?」

アルベルトが不思議そうに私の顔を覗き込んでくる。

「いいえ、なんでもありません。ただの、昔の職場の破綻ニュースです」

「職場の破綻?」

「はい。経営者が無能だと、優秀な現場が一人抜けただけで組織が総崩れになるっていう、よくあ

るお話ですわ」

くすくすと笑う私に、アルベルトは一瞬ぽかんとした後、たまらないといった風に大笑いした。

「ははは! 君のそういう、時折見せる現実的で辛辣なところが、本当に好きだよ」

「あら、幻滅しませんでしたか? 私は結構、中身は可愛げのない女ですけれど」

「まさか。完璧な聖女のふりをする君よりも、僕の前でそうやって人間らしい本音をさらけ出して

くれる君の方が、何百倍も愛おしい。僕だけの特権だからね」

アルベルトは私の額に優しく、深くキスをした。その温もりに、胸がじんわりと熱くなる。

「これからも、僕の隣でずっと、美味しいお茶を淹れてくれるかい?」


「ええ、もちろんです。私の特別なお茶は、世界であなただけのものですから」

私はもう一度、愛する彼のために温かいお茶を淹れる。立ち上る芳醇な湯気の向こうで、最愛の

人が世界一幸せそうな笑顔を浮かべていた。

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