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遠山金四郎外伝  作者: 喜多甚
第3章 松平定信
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第42話 襲撃

 道場からの帰路のこと。

 護衛の小十郎と傅役の作左衛門が声音を低くして伝えてきた。


「若君、襲撃でございます。背後より四名。」

(それがし)と小十郎で防ぎますゆえ、次の角を曲がると同時にお屋敷へ駆けてくだされ。」


 襲撃も今年に入って三度目。どうせ辰丸兄上の手の者であろう。

 私が亡き者となっても、反撃して指示実行役を捉えても、どちらに転んでも八代様直系の御家門に瑕が付くということ、辰丸兄上やその取り巻きには理解(わか)らないようだ。溜息しか出ない。


 ともあれ、ここは三十六計逃げるに如かず。


「作左、小十郎、ケガをせんでくれよ。」


「「お任せあれ!」」


 四ツ辻の角を曲がるや駆け出した。背後から刀が交錯したのであろう金属音が響くも、作左衛門と小十郎は新陰流皆伝の手練れゆえ心配はない。三町(約330m)も走れば屋敷に着くだろう。


 次の角を曲がれば屋敷へ駆け込めると安心しかけたが、背後から新手の追手が迫ってきた。

 作左衛門と小十郎が打ち漏らすわけがない。敵は襲撃犯を二手に分けていたのであろう。このままでは追い付かれて捕らえられてしまう。屋敷への直行を諦め、小路に入って追手を撒くことにしたが、深川の奥深くまで逃れるも町人長屋の井戸端に追い込まれ、とうとう囲まれてしまった。


賢丸(まさまる)様、手荒なことはしたくないんで、おとなしく捕まってくれませんかね。」


 囲んで逃げ道を塞ぐ三名の男は辰丸兄上の直属家臣ではなく、家中で見た覚えのある顔でもなかった。金で雇われた浪人崩れなのであろう。


(これは万事休すか。や、時を稼げば作左衛門と小十郎が間に合うかもしれんな。さて、どうしたものか。)


 そんな緊迫した場に、固く丸められた(たが)を担いだ少年がトコトコと歩いてきた。

 ※箍…竹を割き、編んで輪にしたもの。桶や樽の外側に嵌めて締め固めるのに用いる。


「邪魔だ!ガキはすっこんでろい!」


 少年は男の怒声も聞こえないかのように私の前まで歩み寄るや、丸めた箍の輪の中に少年自身と私を封じた。


「坊主、でかした!」


 少年が私を捕らえたと見た男達が嬉々として寄ってきたところ、少年は固く丸められた箍の留め金をピン!と外す。すると、弾かれた箍に3人の男が顔を強かに鞭打たれた。


「お兄ィさん!こっち!」


 少年に手を引かれるまま、顔を抑えてうずくまる男達を横目に駆け出した。


「待ちやがれ!」


 虚は突かれたもののケガを負ったわけでもない男達が、怒りに顔を赤くしながら追いかけてくるも、少年はこの辺の地理に明るいらしく、右へ左へと縫うように深川の町中を駆け巡り、追い付かれそうでいて追い付かせない。

 いや、時折逃げ足を緩めては追手を誘っていた。それが理解(わか)ると、命懸けの逃走であることを忘れて楽しくなってきた。膝に手を置き肩で荒い息をしている追手の前にわざわざ姿を現し、尻を向けて「これでもくらえ!」と尻を叩く。憤怒の形相で追ってくるのが面白くて延々と繰り返していると


「お、おぼえてやがれ!」


 と捨て台詞を吐いて追手の男達がトボトボと去っていった。その様を見て、少年と二人して腹を抱えて笑った。こんなに笑ったのは生まれて初めてのことかもしれない。痛快だった。


「ありがとう、助かったよ。私はと……山村賢丸(まさまる)という。尾張藩士の家中の者だ。」


 とっさに生母の実家の家名を拝借してしまった。

 命の恩人である少年に偽名を名乗るのは気が引けたが、命の恩人だからこそ、家中の騒動に巻き込むわけにはいかない。


「私は遠山金四郎といいます。こんな姿形(なり)ですが、一応は旗本の家の者です。」


 なるほど、姿形(なり)は町人の子のそれだが、物腰や足取り、そして溢れる出る才気が町人の子のそれではない。年は私より下であろうが、幼さの残る外見に似合わぬ大人びた言動からすると、年は近いのかもしれない。


「山村様には事情がお有りのご様子。なぜ追われていたのかは聞かないことにしましょう。それより、奴らがこの辺をウロウロしているかもしれません。この近くに私の勝手を聞いてくれる料亭がございますゆえ、そこから使いを出して迎えを呼ばれてはいかがでしょう。」


 金四郎の申し出に甘えることにしたが、向かった先が高級料亭だったことには驚かされた。

 慣れた様子で離れに案内され、店の主も女将も満面の笑みで金四郎を歓待する。金四郎の身の上がさっぱり分からなくなってしまったが、勧められるまま酒を口にした。数え十六の齢にして初めての酒は、存外に美味かった。


 尾張藩邸にいる祖父に使いを出し、祖父からの繋ぎで傅役の作左衛門が迎えに来た頃には、金四郎と二人、すっかり酒に飲まれての酩酊状態。心配で蒼褪めていた作左衛門の顔が憤りの赤へと瞬時に変わり、大説教が始まった。


 作左衛門の説教に金四郎を巻き込んだのは申し訳なかったが、私は家に関わりの無い友人を初めて得たことが嬉しくて顔が緩んでしまい、作左衛門の説教を長引かせてしまうのだった。

安永3年(1774年)

遠山 金四郎 (10)

山村 賢丸 (15)

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