第40話 花頂山の蕎麦
寛政9年(1797年)
遠山 金四郎 (33)
花頂山 五郎吉 (30)
雷電 為右衛門 (30)
真田そばに仙吉らの舌がひん曲げられ、”おしぼりそば”に舌鼓を打った喧噪の直後とあって期待が高まる中で、花頂山の郷里である出羽国の蕎麦との触れ込みで供された蕎麦は、見た目ごく普通の蕎麦である。
雷電も観衆も狐につままれたような顔をする中、五郎吉は琴線に触れたような反応を見せた。
「ま、食ってみな。普通なのは見た目だけだから。」
金四郎がニンマリとした企み顔でそんなことを言うものだから、真田そばで一杯喰わされた仙吉らを筆頭に警戒が高まり、誰も手を付けない。
そんな中、五郎吉がおもむろに蕎麦を啜り始める。
百三十枚の蕎麦をやっつけて顔の色を無くしていたはずが、喜色満面に蕎麦を啜る五郎吉。
「んめ、んめ」(美味い、美味い)
すっかり江戸言葉に馴染んだ筈の五郎吉の口から庄内言葉が漏れ、涙さえ浮かんでる。
これを見て、雷電も観衆も訝し気に蕎麦を口に運ぶと……
「!」
「え? なにこれ? えええ?」
「蕎麦の香りも見事だけど、この喉越しは何? 蕎麦の野郎が勝手にツーっと喉を通り越しやがったよ。これ、ホントに蕎麦なの?」
夢中になって蕎麦を啜り続ける五郎吉に代わり、金四郎が観衆に説明する。
五郎吉の郷里である温海温泉から山間に入ったところに越沢という集落があり、そこで生産されている"三角そば"で作られた蕎麦だと言う。
そばの実が、米粒より少し大きいくらいの三角錐の実が特徴であることから”三角そば”と呼ばれており、木の実を思わせる風味で味が濃い。つなぎに自然薯を使うことでツルっとした喉越しを得ながら、コシの強さは崩れない。
これを一月もの間、寒ざらしをすることによって甘み、風味、舌触りを良くし、乾麺として江戸へ持ち込んだものを、花頂山の蕎麦としてお披露目したのだった。
「や、これは美味い。金の字、この越沢三角そば、なんとか手に入らねえものか。」
「生産量が少ないからね。今日は庄内藩のご家老様に無理を言って用意してもらったのさ。でも、この大好評を見たご家老様が、なんとかしてくれるかもしれないねぇ。」
そう言って金四郎が庄内藩江戸家老に目配せをすれば、彼は”任せとけ”とばかりに頷いた。物産に乏しい東北列藩であるから、江戸で流行ると確信できた蕎麦の生産には力を入れることだろう。
五郎吉はあっという間に二十枚を平らげて満足げな表情。
かたや雷電、越沢三角そばが美味いと言えども、五郎吉ほどには思い入れのない彼は満腹感に勝てず、三枚を残して白旗を挙げた。
こうして天下分け目の蕎麦っくらは花頂山五郎吉に軍配が上がったわけだが、本場所の対戦では、花頂山が雷電に勝つことの三度目は訪れなかった。




