表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遠山金四郎外伝  作者: 喜多甚
第2章 花頂山五郎吉
35/44

第35話 寛政九年春場所七日目

 寛政九年春場所。 

 料亭で酔い潰れた際、金四郎の言葉に迷いを吹っ切れた雷電は連勝街道を驀進していた。


 思い切って二場所休場して約一年間の修行の旅、地方を巡って己の相撲を整え、江戸に戻ってからは負け知らず。連勝をこの場所中も重ねて四十三まで伸ばしていた。


 一方、五郎吉は入幕を果たして四股名を花頂山(かちょうざん)と改め、雷電不在の場所で初の一等を得るなどして前頭の上位に定着していた。この場所の番付は東前頭二枚目である。


 雷電とは入幕して三度対戦しているが、いずれも押し出しで敗れている。

 初顔の際の油断は雷電に生じず、まったく歯が立たないでいたが、押し出されるまでの雷電による突き押しの手数は徐々に増えており、五郎吉は土俵にいる時間を長くしていく中で、雷電攻略の糸口を掴みつつあった。


 初顔の際は二十八貫(約105kg)だった五郎吉の身体は三十二貫(120kg)まで増していた。

 大食で肥え太ったのではなく、重石を抱いての四股や、満杯の水瓶を片腕で掴み上げる等の鍛錬により筋量を上げての増量が、五郎吉を精悍な風貌へと変化させていた。


「無敵無双の雷電の連勝を止めるのは花頂山ではないか。」


「いやいや、まだ花頂山ごときでは雷電には及ばぬよ。」


 といった具合に、雷電の相撲では珍しく下馬評の割れるこの取組は、七日目結びの一番として組まれた。


『ひがぁあしぃぃ、らぁいぃぃでぇぇぇん~、らぁいぃぃでぇぇぇん~』


『にぃぃぃしぃぃ、かちょぉおぉぉざぁん~、かちょぉおぉぉざぁん~』


 呼出は四年前の初顔の取組と同じく小鉄だが、小鉄は三役格から立呼出へと出世している。

 裁くは立行司・木村庄之助(七代)。四年前の取組を裁いた式守伊之助(初代)はあの場所を最後に引退している。


 雷電は四年前と異なり、油断など一片も感じさせず、土俵溜まりに控えているときより五郎吉をジッと観察している。

 入幕後の過去三度の対戦では雷電の視線の圧に耐え切れず瞼を瞑った五郎吉だったが、この日は視線をぶつけ返していた。


(ようやくにして雷電関と同じ土俵に立った気がする。)


 感慨を深くして土俵に上がった五郎吉、これよりは身体が反応するままに相撲を取らんとして心を無にした。


 傍目には淡々と仕切りを重ねる両雄は、三度、四度と仕切りを重ねてもなお立たない。


「もったいぶらねえでとっとと立ちやがれ!」


 気の短い江戸っ子らしい野次が飛び始めるも両雄は気に介さず、なおも仕切りを重ねる。


 やがて、仕切る両雄の僧帽筋から湯気のようなものが立ち始め、それは両雄の身体を包むまでに膨れ上がった。可視化された闘気に観客は声を失い、御蔵前八幡宮の境内は水を打ったような静けさと張り詰めた空気に支配された。


 その濃縮された空気に息が詰まる思いで観客が見つめる中、両雄突如として合気を得て立ち合う。


 花頂山が鋭い出足で頭から当たるところ雷電左かち上げも、花頂山の頭が先に雷電の左肩に当たるを得てかち上げの威力を消した。


 弾くを得られなかった雷電だが右突きから激しく突っ張って間合いを得んとすると、その突っ張りを花頂山下から宛がって威力を上に逃がしつつ雷電の懐に入り、(もろ)差しから両下手引き付けて東に寄り立てた。


 雷電は引き足速く自ら東へ後退することによって前傾姿勢を得て右で小手に巻いて花頂山を振り、右上手を得るや引き付けて左を差して左四つがっぷりの形にし、土俵中央からやや東寄りで膠着した。


 庄之助の「ハッケヨイ」が響くこと三度、先に動いたのは花頂山だった。


 花頂山右上手をパッと離すや右足を引いて頭を雷電の右肩に付ける形にすると、雷電の左差し腕を右おっつけを効かせてグイグイと絞り上げる。徐々に雷電の上体が立ってきた。


 雷電の腰をも立たせると花頂山左ハズ右おっつけにして雷電を押し込む、雷電苦し紛れに叩くも効無く、そのまま押し出された。


 常勝雷電のよもやの黒星に沸き立つ御蔵前(おくらまえ)八幡宮だったが、四年前ほどの大歓声とはならなかった。


 四年前、幕下が関脇に一本背負いで勝ったのと比べ、前頭上位が大関に玄人好みの相撲内容で勝ったのでは当然の反応ではある。しかし、五郎吉の充実感は四年前の比では無い。


 五郎吉が差し伸べた手を断り、自ら土俵に戻った雷電も同様であった。四年前のような悔恨ではなく、好敵手を得たことによる充足感に酔いしれた。

寛政9年(1797年)

遠山 金四郎 (33)

花頂山 五郎吉 (30)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ