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遠山金四郎外伝  作者: 喜多甚
第2章 花頂山五郎吉
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第33話 谷風梶之助

 常山こと五郎吉が見事な相撲で雷電を倒す大番狂わせを見届けた金四郎、意気揚々と御蔵前(おくらまえ)八幡宮を出ると、露月町(ろうげつちょう)の遠山邸に帰宅すべく両国橋を渡っていたところを呼び止められた。


「金さん」


「お、(でん)ちゃん。観てたよぉ良い相撲だったね。勝ち越しおめでとうさん。」


 金四郎を呼び止めたのは、東の幕下七枚目、伊勢ノ海部屋の秀ノ山だった。

 深川は材木町生まれの江戸っ子で、名を傳治郎(でんじろう)という。金四郎とは入門前からの付き合いだ。


「ありがとさん。ま、千秋楽まであと二番、も一つ星を載せられるように頑張るさ。」


 この時代の本場所は十日興行である。本日は八日目なので、あと二番。


「で、俺に用事かぇ。今日はおとなしく露月町に帰るつもりだったから、別に構わんよ。」


「それは助かる。じつは金さんを大関がお呼びでさぁ、ちょいと部屋に寄ってほしいんだ。」


 金四郎は渡りかけた両国橋を戻ると、傳治郎に連れられて伊勢ノ海部屋の門を潜った。


「よお金坊、待ってたぜ。こっちきて座ってくれや。飯はまだだろうな。」


 親し気に金四郎をちゃんこの席に呼び寄せたのは大関の谷風梶之助。

 長谷川平蔵の紹介により幼い頃から可愛がられ、三十路手前となった金四郎を今も「金坊」と呼ぶ。


 四年前、相撲頭取の吉田司家より横綱免許を授与された、名実ともに角界の第一人者である。雷電は浦風部屋の所属だが、浦風親方の依頼により内弟子として雷電を預かって鍛え上げた師匠でもある。


 その雷電を常山こと五郎吉が倒す切っ掛けを作った金四郎としては、少し居心地が悪い。


「あの勝負に欲のない常山をけしかけたのァ金坊だってなぁ。出羽が自慢してやがったよ。」


 案の定これである。金四郎、思わず首をすくめる。


「や、責めてんじゃねえよ。むしろ、よくやってくれたと感謝してるくれえさ。」


 金四郎は意外に思ったが、心当たりは無くもない。


「為には常日頃から『勝ちゃ良いってもんじゃねえよ』『いくら強いったって一本調子の突き押しじゃ足元を掬われんぞ』と言ってんだが、相手力士の腰が引けちまって問題にならねぇもんだから、為の野郎は鼻高々の天狗様になっちまっててな。」


 ま、飲め、と金四郎に茶碗を持たせて谷風は波々と酒を注ぐ。


「今日だって常山を両手突き一発で吹き飛ばしてやろうと安易に上体を預けちまった。それを躱されてスパッと一本背負いだもんなぁ、為の野郎も目が覚めたことだろうよ。」


 谷風は金四郎の返杯を断り手酌でクイと飲る。


「それに、常山にも一工夫があったね。あの足技、二丁にも見えたが違うね。あれは(やわら)の技よな。たしか跳ね腰とか言ったか。あれを相撲に取り入れるのは角力の発想じゃねえなぁ。おそらくは金坊、お前さんだろ。」


「や、俺の教導(おしえ)なんざ多寡が知れてますよ。全ては常山五郎吉と師匠の出羽ノ海の創意工夫と稽古の賜物。俺はその周りで囃し立ててただけでさぁ。」


「ま、それとな、為が常山に負けたもんだから、無敗の俺がこの場所の一等さ。俺も四十の齢だからな、これで為も本気になるだろうし、最後の一等だろうさ。」


「衰え知らず、負け知らずの天下の谷風が何を言ってんですかね。」


 金四郎は本気にしなかったが、谷風の予言通りに雷電無双の時代に入り、本場所ではこれが谷風最後の一等となるのだった。

寛政5年(1793年)

遠山 金四郎 (29)

常山 五郎吉 (26)

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