第30話 ゑびす屋
「五郎ちゃんも随分と江戸の水に馴染んだもんだねぇ」
「金さんが彼方此方に連れまわしてくれるからさ。」
出羽国より江戸に出てきた五郎吉が永代橋で金四郎と出会ってから五年が経っていた。
師匠である出羽ノ海より「江戸相撲で食っていくなら江戸の言葉を遣え」との厳命を受けた五郎吉は、三つ年長の金四郎に兄事して江戸言葉を習得。二人は実に馬が合い、出羽ノ海に「遊びが過ぎる」と小言を受けながら、今日も今日とて深川は門前仲町のゑびす屋で遊ぶ。
芸者衆が撥ねた後は締めに蕎麦を手繰り、金四郎は露月町の遠山邸へ、五郎吉は両国の友綱部屋へと帰るのが常だったが、この日の五郎吉はどうにも様子がおかしい。
「五郎ちゃんよ、何か気に病むことでもあったかぇ。」
「んー、金さんに言っても始まんねえんだがなぁ。」
「てこたぁ相撲のことかぇ。」
図星を突かれて言い淀んだ五郎吉だったが、金四郎を相手に悩みを吐き出すことにした。
「雷電関、知ってるだろ。」
「おお、あれは身体が大きくて強い。大坂から移ってきた関脇だったな。ただ、強いには強いが、相撲が力任せで荒い。あれじゃ相手力士が嫌がるだろうさ。」
「それよ。師匠が言うには、今度の本場所では雷電関との取組がある日から休場する力士が何名か出て、幕内の取組を割り崩した末に、幕下の俺との取組があるだろうってんだ。」
江戸時代の幕下は文字通りに幕内の下、現在の十両と同等の地位である。
十枚目以上の幕下に十両の給金が支払われることから「十両」と呼ばれるようになったのは明治から。
なお、五郎吉の番付は東の幕下筆頭。四股名は常山という。
「ほう、五郎ちゃんは入幕を待たずに役力士に初挑戦かぇ。そいつァ豪勢だ。必ず観に行くよ。」
「よしとくれよ。勝ち負けどころか相撲にもならねぇ。みっともねぇ姿を見せたかないぜ。」
「勝ちゃいいじゃねえか。」
「や、無理無理。見せ場を作れりゃ御の字だがよ、ま、トントントーンと二突き半で俺は土俵下さ。せいぜいケガしないようにするさ。」
そう五郎吉が愚痴るほどに、雷電は強かった。
三年前の秋場所に大坂相撲の小結から江戸相撲の関脇へと移って以降、本場所での負けはたったの一度きり。六尺五寸(約197cm)に四十五貫(約169kg)の巨漢。得意は突き押し。
対する常山こと五郎吉の五尺八寸(約176cm)に二十八貫(約105kg)は、当時の力士としては平均以上の体躯ではあったが、両者が並び立てば大人と子どものようであろう。
とはいえ、五郎吉の意欲が低すぎる。
もうとっくの昔に入幕していて然るべき資質と力量を持ちながら、勝負への淡白さが出世の足を引っ張り、入門から五年が経過して数え二十七の齢となるも、未だに入幕を果たせていない。ちなみに雷電も同い年。師匠の出羽ノ海はもちろん、金四郎も歯がゆく思っていた。
「五郎ちゃん、厳しいことを言うけどよ、負けて当然と相撲を取る前から諦めている、その料簡が俺は気に入らんよ。」
「だってよぉ。」
「だってもあさってもあるかぇ。いいか五郎ちゃん。最初から勝負を諦めてる力士なんざ誰が応援するよ。どんなに強い相手でも、例え天下の谷風が相手でも、万に一つの勝機を求めて闘う力士こそ応援しようってもんさ。そうは思わねえか。」
「そうは言ってもよお、その万に一つが俺には見えねんだから仕方ねえだろうよ。」
五郎吉とうとう不貞腐れたが、それを見て金四郎が切れた。
「おい五郎吉、明日朝の稽古が終わったら俺と相撲を取れ。闘い方ってものを教ぇてやらァ。」
そう言うなり立ち上がると、金四郎はゑびす屋の座敷から出て行った。
残された五郎吉、蕎麦を抱えたまま呆然と金四郎が去った廊下を見詰めるばかり。
寛政5年(1793年)
遠山 金四郎 (29)
常山 五郎吉 (26)




