第27話 五郎吉は七十枚
故郷に思いを馳せていると、五郎吉を蕎麦屋に連れ込んだ若者に肘で突かれた。
「お兄ィさんは細ぇが身長はあるから結構いけるだろ。何枚くれぇいけんだい?」
ほとんど聞き取れなかったが「何枚」だけ意味が分かったので、指で”八”と示した。百枚はいけると思ったが、両手を拡げて”十”と示せば十枚と思われかねないので、”八”と”十”を繰り返す。
「よし、俺に任しときな。」
丁度その時、”蕎麦っ食いの仙吉”こと蕎麦仙が白目を剥いて卓に突っ伏した。
「蕎麦仙、とうとう破れたり!」
「これで野郎にカモられたお金を取り返せるぜ。おう留、出し合ったお金の嵩は付けてあるな。倍付けの払い戻しだ、皆で吉原に繰り出そうぜ。」
「盛り上がってるところ悪ぃな、ちと聞いとくれ。」
「誰でぇ水を差すのはっ…て金坊…や、遠山様、いつからいらしてたんで。」
五郎吉を蕎麦屋に連れ込んだ若者、名を遠山金四郎という。
後の世にテレビ時代劇の主人公となる北町奉行…ではない。
「今までどおり金坊で頼むよ源三さん。ついさっき入ったばかりさ。盛り上がってんね。」
幕臣として出仕して以降、「金坊」「金ちゃん」と呼んでくれていた市井の人達に「遠山様」と呼ばれることが多くなり、それを寂しく感じる金四郎だった。
「蕎麦仙さんも、さすがに六十は無理だったみたいだね。」
「おうよ、あんの野郎『二十枚がやっとで』『三十やっつけたら翌朝はえらい目に』とか言って底を上手く隠しやがるもんだから、野郎に蕎麦賭けで巻き上げられた小粒(一分)は積もり積もって今や一両よ。それをようやく取り返したんだ、盛り上がろうというものさ。」
「盛り上がってるところで一口乗らないかい。こちらの背高のお兄ィさんが”俺なら七十はいける”ってんだ。ただ、お兄ィさんは文無しだってェから、元金は俺が出そうよ。」
そう言うや金四郎は懐から小判を二枚出して卓に置いた。
もちろん”背高のお兄ィさん”とは、金四郎に肩を抱かれた五郎吉である。
金四郎の言葉の「七十」だけ聞き取れた五郎吉は(や、俺は八十いけるって)と、慌てて金四郎に(違う違う)と手を振った。もう三日も食ってないのだから、しっかり食べたい。
その様子を見た源三、(七十は無理ってか)と勘違いしてニヤリと笑う。
「おい金坊、武士に二言は無しだぜ。蕎麦仙からせしめたばかりのお金、そのまんま賭けてやらあ。」
周囲の客も金四郎が安請け合いをしたと察したか「乗った!」「俺も乗った!」と続き、総取り四両の大きな蕎麦賭けが成立した。
天明8年(1788年)
遠山 金四郎 (24)
斉藤 五郎吉 (21)




