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遠山金四郎外伝  作者: 喜多甚
第1章 長谷川平蔵
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第23話 引導

「”本所の鬼(てつ)”に屈するのがそんなに嫌かぇ。」


「銕よ、道場で貴様が俺に勝てたことは一度も無ぇ。火盗の(かしら)がなんだってんだ、叩っ斬ってやる。」


「昔の(よしみ)だ。俺が引導を渡してやろう。」


 五間(約9m)ほどの間を空け、低い草叢(くさむら)を挟んで対峙する両名、平蔵が抜刀したのに対して小寺兵衛は薩摩拵えの大刀を八相に構えるも、平蔵は抜刀した刀を右手に下げ持ったままで構えない。


 平蔵の意図を読み取れずに訝しむ小寺兵衛だが、八相の構えに込める殺気を高めて機会を窺いつつ、ジリっと間を詰めた。


 すると平蔵は漲らせていた気迫を俄かに解くやパチンと納刀した。


(見逃してやろうてか。甘いわ!)


 小寺兵衛は一気に間を詰めて斬りかからんとしたが、何かに足を取られて顔からバタンと前に倒れた。平蔵はその後頭に手刀を当てて小寺兵衛の意識を刈り取った。


(銕三郎の昔ならば知らず、火盗改方長官という立場で一騎打ちなど出来るものかえ。)


 自嘲を溢す平蔵だった。


「これは金坊の仕業かえ。」


 同心に小寺兵衛を縛り上げさせた平蔵、地面を指差して廃屋の屋根上にいる久作に訊ねる。


「金坊にこれを教えたのぁ銕さまでしょうよ。」


 久作は苦笑しつつ頷いた。


 これとは、平蔵と小寺兵衛が対峙していた草叢の中に、草と草を結んで作られた十個ほどの罠。場所を指定しての多人数での喧嘩に際して使うのだと、銕三郎と称していた頃の平蔵が金四郎に教えたものである。


 小寺兵衛はこれに足を引っかけて転んだわけだが、これを金四郎に教えた平蔵であるから廃屋を包囲した時点で罠の存在に気付いており、それを利用したのだった。


 縛り上げられ、まだ意識を取り戻していない小寺兵衛に対して平蔵は独り言ちる。


「道場で師範代を務めていた頃のお前さんは人あしらいが悪く、稽古もキツイばかりで人気が無かった。だが、金坊はお前さんの本物の強さに憧れていて、打たれても蹴られても、お前さんに稽古を付けてもらいに行ってたよな。俺はそんな金坊の無垢さに当てられて正道に戻ったが、お前さんは自分が金坊の憧れであることに気付かぬまま、道を外したのだろうな。」


 小寺兵衛が少し呻き、意識を取り戻すかに見えたが平蔵は続けた。


「徳次郎一味としてお前さんの面が割れたとき、金坊の落胆ぶりといったら俺が心配するほどだったんだぜ。腐り切ったお前さんを俺は斬って捨てるつもりでいたが、草叢の中に金坊の作った罠を見つけた。あ、金坊は兵衛を助けたいんだな、まだお前さんが立ち直るのを諦めちゃいねぇんだな、と理解(わか)った。それで斬るのをやめたのさ。」


 縛り上げられた小寺兵衛をグイと引き起こす平蔵。


「これで心を改めずに金坊の憧憬を壊しやがったら、そんときゃ斬るぜ。」


「金坊…」


 平蔵の言葉を小寺兵衛がどこから聞いていたかは分からないが、小寺兵衛は憑き物が取れたかのような顔をしている。小寺兵衛と神稲の徳次郎一味は、舟に載せられて江戸に送られた。

天明8年(1788年)

長谷川 平蔵 (43)

遠山 金四郎 (24)

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