第15話 品川台町
菜飯屋から件の荷車を追尾ていた棒手振りの魚屋は、さほど長くは追尾ずに蝋燭問屋に呼ばれて魚を卸した。
「番頭さん、では行ってまいります」
その蝋燭問屋から丁稚小僧が元気よく飛び出したと思うと、荷車を追い越した先で煙草屋へ入る。
間もなく、お使いの目的だったのであろう煙草の箱を抱え、丁稚小僧は荷車とすれ違うようにして蝋燭問屋へと戻っていった。
煙草屋の前を荷車が通り過ぎると、煙草屋の前で紫煙を燻らせていた老隠居が煙管をトンと叩いて灰を落とすや、杖を手にして腰を上げ、荷車から間を空けてゆったりと歩む。
このようにして、職業も年齢もまちまちな、時には女性をも含めた幾人もの市井の人達が追尾を継承していくのだった。
魚屋「金ちゃん、本芝四丁目の蝋燭問屋な。」
丁稚「金さま、田町の煙草屋だよ。」
隠居「金坊、三田の十間長屋にな。」
……
金四郎は彼らを訪ね歩くことで確実に、そして全く気取られることなく荷車の行先を突き止めるのだった。
(ガキのお前さんを”金四郎様”なんて呼ぶ奴ァ碌な大人じゃねえから気を付けたがいいよ。目上なら”金坊”とか”金ちゃん”、同輩や目下なら”金さん”とか”金さま”と呼んでくれる奴こそが、お前さんの力になるだろうさ。そう呼んでくれる者を増やさにゃいかんぜ。)
金四郎の幼き日、当時は銕三郎と称していた平蔵が最初に与えた教導である。
これを金四郎は愚直に実践し、今や己の耳目として信頼のおける者が八百八町と呼ばれる江戸の町の全てに存在するまでになり、それらを縦横に繋ぐことで途方もない情報網を構築していた。
この情報網を元に、金四郎は今回のような追跡を始め、人探し、物探し等で小遣い銭を稼いでいる。
これを本職にする気はさらさら無いので、稼いだ銭は協力してくれた者達への心付けに使い、余った銭はパッと遊び散らしているが、無自覚なその行いが情報網を拡大させ続けているのだった。
十数人を継ぎ訪ねた金四郎が行き着いた先は品川台町の鍼灸院。
鍼灸師の話によれば、件の荷車は品川台町を抜けた先にある雉の宮へと入っていったとのこと。
金四郎は詰めの知らせを届けてくれた鍼灸師に礼を言い、日頃より「品川台町に鍼灸の名医あり」と言伝に載せてくれているからと固辞するのを押し付けるように心付けを渡して鍼灸院を出た。
天明7年(1787年)
遠山 金四郎 (23)




