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裏1話

視点が変わります。

 それは、母上が王宮に私と同じ歳頃の貴族子女たちを招いて開いた茶会でのこと。


 王太子らしく皆からの挨拶を受け平等に言葉を交わすよう課されていた私は、同年代の者たちから舐められないためにわざと小難しい話題ばかりを用意して臨んでいた。

 それに関して自分の持つわずかな知識を披露する者、何の話かわからないのを隠すように愛想笑いを浮かべる者、話題を変えようと試みる者など相手の反応は様々だったが、私は早々に飽きてしまった。


 そうして、茶会も終盤になって私の前にやって来たのがアンネリーゼ・キルシュ伯爵令嬢だった。

 冷たそうだと感じたのが最初の印象で、そのせいか私はこの日初めて緊張を覚えた。


 私はアンネリーゼの前でも用意していた話題の一つを口にした。

 じっとこちらを見つめて熱心に耳を傾けている彼女の様子を伺っているうちに、私は自分が抱いた冷たいという第一印象が誤りだったことを悟った。

 アンネリーゼの顔立ちがあまりに整っているせいで、そう見えてしまっただけだと。

 同時に、彼女が時おり小首を傾げたり目を瞬いたりしているのに気づいて、もしかしたら退屈なのではと気になった。


「こんな話はつまらないよな」


 なぜもっとアンネリーゼを楽しませることのできる話題を準備しておかなかったのかと後悔しながら言うと、彼女は首を振った。


「そんなことはありません。ただ、私には難しくて理解できないところがあって。不勉強で申し訳ありません」


「例えば、どこが理解できなかったのだ?」


「ええと……」


 アンネリーゼは視線は彷徨わせながらいくつか挙げていった。

 それで、彼女は本当に私の話をきちんと聞いてくれていたのだとわかった。

 だが、私の付け焼き刃な浅い知識で彼女に理解できるように説明することは難しく、途中で侍従に次へと促された。


「すまない。続きは今度会った時に」


「はい、楽しみにしております」


 茶会が終わってから母上に感想を訊かれた私は、「思いのほか有意義な時間を過ごせたのでまた開催してください」と応えた。




 それまでは王太子という立場上仕方なくやっていた勉強に真剣に取り組むようになった。

 アンネリーゼの前で知ったかぶりなんて恥ずかしい真似を二度としなくて済むように。


 その甲斐あって、母上は再び同じような茶会を開いてくださった。


 私は真っ先にアンネリーゼのもとに向かって彼女と話したい気持ちを堪え、前回同様に参加者一人一人と言葉を交わしていった。

 といっても、話題選びはほとんど相手に任せ、聞き役に回る時間が多かった。

 その間も気になっていたのは、アンネリーゼの目に自分がどう映っているかだった。


 そうして、ようやくアンネリーゼが私のもとにやって来た。

 私は意気込んで、前回の続きを語り出した。より詳しく、よりわかりやすくを心がけながら。


 私が話し終えると、アンネリーゼは感心した様子で息を吐いた。


「とてもよくわかりました。難しいことなのにこんなに詳しく知っていらっしゃって、やはり王太子殿下はご立派ですね」


 アンネリーゼの顔がふわりと綻んだ。

 そのとんでもなく可愛らしい表情に私の心は完全に鷲掴みにされた。




 その後も茶会は定期的に開かれた。


 私はいつもアンネリーゼの目に自分が王太子らしく映るよう意識して振る舞いつつ、彼女の順番になるのを心待ちにしていた。

 そしてその時が来ると、彼女を感心させることができて、かつ退屈させることのない話題を選んで話した。

 アンネリーゼは私の話を聞くたび、「そんなことまで知っているなんて殿下はすごいですね」といった感じで褒め、笑顔を見せてくれた。




 徐々にアンネリーゼへの想いを募らせていった私は、ある時、思いきって母上に尋ねた。


「茶会に招くのを一人だけにしてはいけませんか?」


 母上は厳しい顔で言った。


「ユリウス、アンネリーゼのことは諦めなさい」


 隠せていると思っていた気持ちに母上が気づいていたこと、そのうえ諦めるよう言われたこと。どちらにも愕然とした。


「あの子はキルシュ伯爵家の一人娘だから、王太子妃にはできないわ」


「だったら、私が王太子を辞めます」


 母上は小さく嘆息した。


「それはあなたが決めて良いことではありません」


「父上にお願いします」


「王太子を辞める、つまり廃嫡となれば皆があなたに問題があるのだとみなします。そうなれば、あなたを立派な王太子だと信じているアンネリーゼはさぞかし失望するでしょうね」


 その言葉で、アンネリーゼの表情が曇るのが見えた気がして、何も言えなくなってしまった。




 それからしばらくして、シュナイヒ侯爵家のハイデマリーが私の婚約者に選ばれた。


 茶会に参加していたらしく見覚えのある顔だった。

 髪色や体型がアンネリーゼに似ていることに大人たちの作為を感じた。


 絶対に仲良くなるものかと決意していたら、初めて二人きりになった時にハイデマリーに冷淡な声で言われた。


「この婚約が不本意なのはお互い様なのですから、いつまでも不貞腐れているのはやめていただけますか」


「王太子との婚約が不本意だと言うのか?」


「王太子殿下の婚約者に選ばれたことは栄誉あることですが、アンネリーゼ様しか目に入っていない方との結婚を喜べるはずがありませんわ」


 私は目を剥いた。


「な、なぜそれを……」


「あのお茶会に出席していて気づいていない方がいたら、余程鈍い方ですわね。皆、殿下に遠慮してアンネリーゼ様とは距離を置いておりますのよ。そうでなければ、あれほど美しい方が放っておかれるはずないですわ」


 てっきり冷たく見える顔立ちのおかげで私以外の者たちはアンネリーゼの美しさに気づいていないのだと思っていたのに。

 いや、彼女は内面まで美しいし、時おりとんでもなく可愛い顔になるのだと知るのはきっと私だけだ。


「まさか、これからアンネリーゼをいじめるつもりか?」


「そんなくだらないことをして何の意味がありますの? アンネリーゼ様が私を蹴落として殿下の婚約者に収まろうとしているならまだしも」


「アンネリーゼは謙虚なんだ。そんなことをするはずないだろ」


「ええ。謙虚すぎて王太子殿下からこれほど重い気持ちを向けられているなんてまったく想像もなさっていないのでしょうね」


「……いや、少しくらいは」


「まったくですわ」


 次の茶会では、私が他の者たちの相手をしなければならないのをよそにハイデマリーがアンネリーゼに話しかけているのが見えた。

 その後、アンネリーゼに「シュナイヒ侯爵令嬢は王太子殿下の婚約者に相応しい方ですね」と笑顔で言われて泣きたくなった。




 私たちが社交界デビューする歳になると、茶会は開かれなくなった。

 そして同じ頃、アンネリーゼにも婚約者ができてしまった。

 相手はやはり茶会の出席者だったバルト伯爵家のオスカー。


「あいつのどこが私より勝るというんだ」


「キルシュ伯爵がユリウス殿下と比べて優秀だと思ったからバルト伯爵子息を選んだはずがないでしょう。むしろ、扱いやすそうだから選んだような気がしますわね」


 ハイデマリーは冷静にそう分析した。




 夜会で初めて他の男にエスコートされるアンネリーゼを見た私の心は煮え繰り返った。

 しかし、オスカーはすぐにアンネリーゼから離れていった。

 が、安堵する間もなく、私より上の世代の男たちが彼女に近づこうとしているのが見えた。


「あの方々はユリウス殿下とアンネリーゼ様のことをご存知ないですわね」


 何が可笑しいのかハイデマリーはクスリと笑った。


 私はどうにか男たちより先にアンネリーゼのそばに陣取った。

 お茶会の時より長めに話すことができたが、ハイデマリーも一緒なのが煩わしかった。

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