Fugitives and the Threat of the Braver
その魔物は焦っていた。
一刻も早く、真実を伝えねばならない。
北の国に高くそびえる魔物たちの棲む塔。その中層を守っていたはずの一匹の魔物は、下層の魔物達が一撃のもとに勇者に葬り去られる様を見て恐れをなした。自分も一撃で肉片にされると思うと、とても立ち向かう気にはなれなかった。だからせめて自分たちの王に真実を伝えなければと考え、勇者が来る前に塔を飛び出した。しかし、そこで驚くべきものを目にしてしまった。
「魔王様に……伝えなくては……!」
人間は永い時を生きる魔物達から見れば、幼く矮小な存在。だが、数百年に一度現れる勇者と呼ばれる存在だけは別だ。
勇者は、魔族が人族を虐げ支配せんとする時に必ず現れる。勇者がひとたび現れると、その凶悪な力で魔族の殆どを葬り去る。勇者の手を逃れて生き残った魔族が力を付け、再び人族を滅ぼさんとしたときには、また勇者が現れる。まるで神が魔族と人族のバランスを保つために遣わしたとでも言うべき、世界の調整者。
しかし、今回の勇者出現は今までとは違った。
「あってはならない事だ……」
三百年前、先代魔王の時は異常な魔力を持った勇者が現れ、誰一人……勇者に指一本触れることすら叶わぬまま、大陸中心に建てられた魔王城……今のチュウシン城を炎で包み、先代魔王ごと焼き尽くした。魔族は故郷を追われ、散り散りになった。
魔族狩りは勇者が現役の間、絶え間なく続いた。だが、人間の寿命は短い。勇者が死ぬと、逃げ延びた魔族達は大陸の南端を拠点とし、勢力を拡大した。人間に踏み入れられない様に平原を瘴気で満たし、毒の沼を作り、結界を施した。そしてようやく人族に対して反転攻勢へ動き出したところで、やはり勇者が現れた。
それも、二人同時に。
「魔王様、魔王様はおられるか!」
「なんだ貴様は!」
「私は北の国の塔から来た伝令だ! 魔王様へ謁見の許可を! 勇者についての報告である!」
魔物は門番に喰らいつくほどの勢いで迫る。
「勇者の報告? それならば戦死したヨン・バーンから念話が届いていたぞ。三百年前の勇者よりも弱い、腕力だけの勇者だとな。ヨン・バーンはそんなやつに、殺された様だがな」
門番はヘラヘラと笑いながら魔物を見下ろした。魔物は自分の上官を侮辱された怒りを抑えながら、三つの目を見開いて門番を睨む。
「違う! その事ではない! 勇者は二人いたんだ! それを伝えに来た!」
「何……?」
「我々魔族の存亡に関わる事態だ! 魔王様へ謁見させてくれ!」
「良かろう」
城門へ、魔王の側近が現れた。魔王ほどではないがその身体からは強力な魔力が漏れ出ており、魔物は自分の感じた恐怖が杞憂だったのではないかとさえ思う。
これほどの力を持った魔物がいる。田舎魔物など足下にも及ばぬほどの、圧倒的な力を持った魔物が。
「あ、ありがとうございます……」
「まず私に、その話を聞かせてくれ。場合によっては……東西の拠点を、強化せねばなるまい」
魔王の側近の表情は穏やかだったが、纏う魔力は、怒りの色に染まっていた。




