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未来海軍  作者: 田山健一
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 かつての採石場では崩れかけたコンベヤーがキイキイ音を立てて揺れていた。オマハは支柱のそばにうずくまり、鉄の構造がきしむ音を聞きながら強風を避けていた。いつも風にさらされているので、白髪混じりの彼の髪はカサカサに乾燥しひどく乱れていた。風が吹きつけるたび乾いた前髪が目の上にかかるので、眩しそうに目を細めていなければならなかった。

 土けむりの向こう側に一つの人影が現れた。

 おや? とオマハは細めた目をさらに細めた。あいつは間違いなく街から来た人間だ、文明的なデザインの服を着ているから。

 オマハは警戒しなければならなかった。街の人間――すなわち「市民」はオマハ達元軍人のことをあまり良く思っていないのだ。市民にとり軍人とは、あの忌むべき戦争を始めた野蛮な悪党なのである。


               *


 ケルナはオマハを見下ろしてランチの提案をした。

 オマハが開いた口をふさぐのに要した時間はかなりのもの。

 彼は訳の分からぬまま、制服を着た娘のあとについて歩いた。提案を拒否する理由は見当たらなかったから。

 オマハは何年かぶりに街に入った。市民達から驚きと軽蔑の視線を向けられながら通りを進み、気が付くと広場の料理店で新人行政官と向き合って座り、温かいスープにありついていた。

「つまり島の危機というわけだな」

 ケルナから概要を聞いてオマハは関心なさげだった。電力のことは何となく知っていたので別に驚きはなかったのだ。

 ところがケルナが概要の続きの部分を述べた時、彼はスープを吹き出しそうになった。

「船で電力を取りに行くのよ、電力島にね。あなたはその船に乗り組むの」

 どうやら市民達はとんでもない大計画を立てたらしいぞ、とオマハは思った。

 ケルナは電力島の資料と称して、画家達が豊かな想像力をめぐらせて仕上げた幻想的な絵を何枚も何枚もオマハの手元によこした。

 ケルナは資料に目を落としてしゃべり続けた。

「電力島は光に満ちあふれ夜も眠らず、無限に生産される電力で貯蔵庫はあふれ、その貯蔵庫はこの島よりも大きいの」

 オマハも電力島の噂は聞いたことがあった。実際そういうものがあってもおかしくはなかったのだが、電力島へ行った者は一人もいないのだ。

「無理な相談だね」オマハは横を向いて言った。

 大きな窓から光が差し込んで白いタイル張りの店内は明るかった。タイルのいくつかにはひまわりの模様が描かれていた。

「なぜ無理かって? 両手いっぱいの理由を説明できるが聞くかね?」

 行政府の準備は完全だった。少なくともケルナはそう思っていた。乗組員さえ得られれば計画はうまく行くのだ。なのにこの男は行けないと言う。

「あなた元海軍なんでしょ?」軽蔑も非難も込められていないニュートラルな言葉だった。

「あの戦争の時、あなた達は危険な海へ出たのではなかったの? ミサイル……とか言ったかしら、そういう物で死ぬかもしれなかったのに」

 オマハは声を立てて笑った。

 実はこの時、オマハはOKの返事をしようと心に決めていたのだった。おかしな航海ではあっても船に乗れば食事と寝床には困らないのだから。けれど市民の考えていること言っていることがいちいちばかげていておかしかったので、ちょっとからかってやろうと彼は考えた。

 だがそれがいけなかった。

「あんた達のためにヒーローになれというのならお断りだ」

 言い放ってからオマハはいい気分になった。

 ケルナは一時ぽかんとしていたが、すぐに口もとがぴくぴくと震えだした。

「まあ、ヒーローですって!? あきれた!」

 彼女は自分を抑えてこの無礼な浮浪者とテーブル越しに向き合って来たのだった。すべてはノルマ達成のために。しかし自制心はどこかへ吹き飛んでしまった。

「今からあんたの立派なご身分を説明して差し上げるわ! あんたは住み込みで働くのよ、船の上で。私達から食事をもらいながら。そうよ食事のためだけに働くのよ」

 ケルナは今や荒れ狂う暴風だった。

「なにさ、偉そうなことを言っているけれど、あんたは食べるものに困っていたからここへ来たんじゃない! ただ来たのよ、ふらっとね!」

 オマハは暴風に打ちのめされて、しばらく返す言葉を見つけられずに歯ぎしりするのみだった。

「ああそうさ! 私はね、ふらっと来たんだよ!」そう言ってやけくそになって席を立った。

「他の、もっとまともなやつに頼め!」

 ケルナは困った。本当に困っていたので「そんなの困るわ!」と思わず叫んでしまった。

「あんた達の他に、いったい誰が行きたがるっていうのよ!」

 ケルナはテーブル越しにオマハの腕をつかもうとした。オマハが身を引いたのでケルナの手は空をつかんだ。

 そのままの姿勢で時間が停止したかに思えた。

 二人の心は「しまった」と叫んでいた。

 再び時間が動き出した時、オマハは思わず間抜けな言葉を発した。

「そのう……スープをもう一杯もらえないだろうか?」

 ケルナはスープにパンもつけてくれた、そうして店を出て行ってしまった。

 オマハは惨めな気持ちでスープをすくって、遠ざかるケルナの後ろ姿を見つめていた。

 追わねば……彼は席を立ち、パンを小脇に抱えて、少し迷ってからスープの皿も持ち上げて店を飛び出した。

 オマハはケルナを追いかける。

 丘の上でケルナが振り返る。

 そしてオマハに向かって大きな声で言った。

「出航は明日。集合場所は森のドックよ!」

 昼下がりの陽光が坂道にやさしく降り注いでいた。

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